心からの承諾
圭祐さんの事だから早めに来てくれるだろうと思って、ロビーの隅で待っていると電話が入る。
「さっき翔真たちを見たんだが、まさか泊まっていたのか」
「父親からのクリスマスプレゼントとして、二人で泊まったらしいよ」
「会った、のか?」
「朝食の時に少し話を。圭祐さんも居るのかと聞かれたから誤魔化したけど、今はもう居ないよ」
「悪いけど駐車場に来てくれるか。昨日と同じ場所だよ」
荷物が大きいけど、電話を切って駐車場に行き合流する。
「ずいぶんな荷物だなぁ」
「だって二日分だもん。昨日と今日と」
そう、今晩は圭祐さんの家に泊まる気でいたので、その分も持って来ている。もっとも圭祐さん家に直行だったらパジャマは不要だったんだけど。
昨晩の話をしなければ成らないので、荷物を車に積んだ後でカフェに移動する。
朝の早い時間なので店はガラガラで、カフェラテを頼んで奥の席に着く。圭祐さんがカップを持って来て座るのを待ち、食事の際のやり取りを話して聞かせると「渋っているじゃないか」と口を挟んでくる。
「でもね」
そう言って録音したものを聴かせると、渋い顔で「既成事実ってなんだ」と呟いたものの最後は真剣な顔で「本当に良いんだな」と確認される。
「だから、彼方の気持ちに即した指輪をください」
「ならば指輪は、無しだ」
背中がザワッとして「え?」としか言えないで固まってしまうと、優しく手を包むように握ってくる。
「中途半端な指輪は渡したくない。卒業式の日に婚約指輪を、三月中に結婚指輪を受け取ってもらいたい。だから長く使える様な、思い出にもなるようなネックレスとかにしないか?」
嫌われた訳ではないんだとの安堵や、真剣に考えてくれたんだとの安心なんかが混じりあって、ホッとしたら涙があふれてきた。
「裏切られた気分だったか? なぁ、意図して言葉を隠した昨晩の会話は、両親との間にわだかまりを作ってやしないか?」
そう言われると、狙って誘導した結果がアレなのだから返す言葉が無い。
両親に対する反発は幼い頃からあった事は確かで、優しくも甘い父はお金に関してルーズで、何事も押しつけがましい煩わしさが有った。母に関しての反発はもっと強く、態度・言葉使い・友達関係にまで口を出し、御淑やかな理想の娘を作る事が教育だと信じている節が有った。
だから、道場に通う際も誤魔化した。高校の志望理由も真意を語らなかったし、付き合っている事も触れずにいた。
今朝の両親は明らかに元気がなかった。相羽家の話を抜きにしても、特に母の表情は暗く落ち込んだものではなかっただろうか。
私は両親から受けていた愛情を、裏切ってしまったのかもしれないと思うと、とめどなく涙が溢れてくる。
「沙織は泣き虫だなぁ。今日もう一度、ちゃんとした挨拶をさせてもらえないか?」
そう困った顔で言うと、まだ止まらない涙をハンカチで優しく拭ってくれる。
それでも化粧は崩れてしまったし、目は真っ赤だろうから、伊達眼鏡をかけて帽子を深めにかぶって店をでる。ここみたいな大型施設は各店舗にトイレが無いので、ちょっと化粧直しをしたくても出来ないのが不便だと思う。
「少し落ち着いたらジュエリーショップを巡ろうか。誕生石のネックレスでも良いよ」
「誕生石が何だか知ってる?」
「婚約指輪にも使うあれだろ、知ってるよそれくらい。だから永遠の誓いとして送りたいんじゃないか」
泣かせてバツが悪かったのだろう。カフェでも店員さんに見られていたし、お化粧を直すまではすれ違いざまにヒソヒソ話もされていた。だから、少しおどけてみせているのだろう。
海外ブランドのショップに入って見て回れば、奥に行くほど金額の桁が変わってきたりする。一角にはブライダル用のコーナーも有ったけれど、圭祐さんはそこには近寄りたがらなかった。後で聞いたら「お義母さんもいた方が良いだろう」との事だった。
ペンダントトップにハートが多いのは、ブランドイメージだからなのか。その中でダイヤをあしらったクロスのモチーフがあって、それを買ってもらってその場で着ける。総プラチナなので高かったから一度は断ったものの、「困ったら質屋にでも入れてくれ」なんて薦めてくれたのだ。
昼食をとりつつ母に電話を入れると、今日は特に出かける予定はないとの事なので、午後に圭祐さんを連れて行くからと話をしておく。そのお店で食べたケーキがとても美味しく種類も豊富だったので、手土産として父と母の好きそうな物を選んでお持ち帰りする。
家に戻ると車を寄せてくれていたので、圭祐さんの車も駐車場に入れる事が出来た。
両親はリビングに居たので入ってもらい、ケーキを頂いたからと紅茶の用意をしてもらってソファーに座る。
「あの。昨日は、自分の気持ちと都合だけを押し付けてしまって、二人の気持ちを考えなくってごめんなさい」
父と母は顔を見合わせると、穏やかな表情で首を振って「大丈夫だよ」と答えてくれて、圭祐さんに向けて軽く頭を下げる。
「昨晩の会話は沙織さんから聴かされてはいますが、改めてお願いに上がりました。結婚を前提としたお付き合いを、お嬢様とさせていただく事をお許しください。そして、早い時期の結婚も考えて頂けないでしょうか」
「昨日は声を荒げてしまって申し訳なかった。娘には言ったが、二人が付き合う事も許そう。結婚についてだが、君に異存が無いのならば時期も含めて二人で決めてもらって構わない」
「ご存知の通り一人娘ですが、婿を望んでいるわけではありませんから、この子で良ければ貰ってやってください」
「ありがとうございます。私には兄と妹がおりまして、二人とも実家暮らしなものですから、両親の事はお願いしてあります。このまま井口の姓を名乗りたいと考えていますが、婿養子だと思って頼っていただきたいと考えています。結納が必要であれば卒業式辺りでお願いしたく、式と披露宴に関してはお希望に沿いたいと考えますが、籍だけは三月中に入れさせてください」
「お願いします」
それぞれが今ある思いを告げ合い、思うところに違いの無い事が確認できたようだった。ホッとしたところでケーキに手を付けると、母が「熱いのを」と新しい紅茶を煎れに台所に下がる。
「結納は両家の顔合わせ程度で良いだろう。こちらは親類が多い訳ではないので、式の規模もお任せする。二人で思うものにしてほしい」
その後は雑談になり、私の黒歴史的なものが飛び出し始めたところで圭祐さんが「そろそろ」と帰るそぶりを見せると、母に促されて二人だけで廊下に出る。
「泊まりに行きたいのならば、急いで支度してきなさい。ただし、大晦日は帰ってくること」
「いいの?」
「時間も無いでしょうから、色々と相談してきなさい。迷惑はかけない事と、どうしてもと成ったら避妊はちゃんとしなさい。これは食材費にでも使いなさいね」
そう言って三万円を渡されたので、お礼を言って部屋に戻ると下着や着替えを詰め込んで玄関に急ぐ。戻ると既に圭祐さんは玄関に立っていて、「それでは三日に」と話していた。
私が靴を履き終えると「お預かりします」と挨拶したので、「行ってきます。ありがとう」と言って家を出た。
途中でスーパーに寄って、使い勝手の良い豚バラや鳥モモ、キャベツと根野菜を中心に買い込む。ジュースは要らないのかと聞かれたので、粉の緑茶を選んだら「回転すしと同じのか?」と言われてしまった。
相変わらず物も少なく綺麗されている部屋に上がると、まずは冷蔵庫のチェックをしながら食材を詰めていき、献立を考えながら聞いてみる。
「ビール飲む?」
「折角のプレゼントだから使わせてもらおうかな」
それではと、豚バラで生姜焼きを作って千切りキャベツを添える。炊飯器が無いのでご飯が炊けないから、パックのご飯をレンチンして分けると、ささやかながら夕ご飯の出来上がる。
注ぎ慣れていないので泡がこぼれそうになったけれど、お酌をして気分だけは新妻に浸ってみる。
「そう言えば、三日は何かあるの?」
「沙織を家族に紹介しようと思って、いつなら良いか聞いてたんだ」
「そっか、私も挨拶しないとね。でも、大丈夫なの? 私、女子高生だよ? 立場的には、教え子だよ?」
「妹は驚くだろうけど、兄貴はあまり気にしない方だし、両親にはそれとなく言っては有るから」
「それでは、よろしくお願いします」
食事が終わると二人で食器を洗って、パソコンを前に相談を始める。
一緒に住むにはさすがに狭いので、年越し前に家さがしを始める必要があるし、家に合わせて家電だとかを買い足さなければならない。それにベッドだとかも買い直す必要があると思うし、カーテンとかにもこだわりたい。
書き出してはネットでおおよその金額を調べて行くと、金銭感覚がおかしくなってきて、一万二万の違いが気にならなくなってきた。
「一緒に住むって大変ね」
「そうだな。妥協すべきものも出て来るだろうし、焦らずにやって行こう。それより、風呂も沸いたから先に入っておいで」
「じゃあ、パジャマを持って来てないからシャツを貸して。約束だもんね」
「そうなるとは思っていたから、通販で買っておいた」
そうして出されたのは私サイズのパジャマで、サイズの基準はちゃんと胸に合わせてあった。どうしてサイズを知っていたのか気にはなったけれど、必然的に丈は長いのでズボンは履かなくても問題なさそうではある。
黙って受け取りお風呂を使わせてもらって、パジャマは上だけ着てリビングに戻ってあげる。
「下は?」
「履いてますよ。ほら」
後ろを向いて裾をめくり下着を見せると、「ソレまで履いてなかったら引くわ」と言い残して風呂場に行ってしまった。
母から許しが出ている事は圭祐さんに伝えていない。怖いと思う気持ちが強くて言い出せていなくて、避妊具なんかを買うのも恥ずかしいので用意もしていない。それでもベッドの上に座って待っている間に、汚れてしまうのも嫌だしと下着は脱いでしまった。引かれてしまうかもだけれど。
戻って来た圭祐さんは、上気しているであろう私の顔を見ると電気を消してくれる。ゆっくりとベッドまできて端に座ると、私の腰に手をまわして膝の上に跨らせるように誘う。
誘われるがままに跨り、そっと首に手をまわすと、苦しいくらい舌を絡ませた口づけを交わす。そうするうちに解かれた右手が腿に触れ、ゆっくりと臀部の方に移動してきて動きが止まる。
「下着、は?」
「いっぱい触られたらね……、恥ずかしいから……」
「理性が飛んじゃうよ」
「避妊だけはしなさいって」
「さすがにそこまでは用意して無い。無いけど、沙織が望むタイミングでホテルでも行こうか」
「圭祐さんはそれで良いの?」
「何年待ったと思ってるんだ。今更、一月や二月伸びたって」
「今日はここまで?」
そこまで言うと唇を求めてこられて、直に胸やお尻なんかを触られて、声を殺すのに精いっぱいになって、いつの間にか眠ってしまっていた。
目が覚めるとベッドには私しか居なくて、パジャマの上だけを身に着けた状態で布団にくるまっていた。リビングの方からキーを叩く音が聞こえるので、パソコンで何やら作業をしているようだった。
「おはよう。あの、シャワー浴びてきていい?」
扉を少しだけ開け、そこから顔だけ出して聞いてみると、こちらに背を向けたまま「どうぞ」とだけ帰ってくる。こちらを向かないのは、私の格好に配慮してくれているのだろう。
下着とパジャマのズボンを抱えてお風呂場に行き、シャワーを浴びて目を覚ます。
「お仕事? それとも眠れなかった?」
キッチンで朝食の用意に取り掛かりながら聞いてみると、やっとこちらを向いて目を細める。ブラはしていないので、それが気になったのかもしれない。
「個人情報の保護だとかで、仕事を持ち帰ることはまずないよ。その分、朝は早くて帰りが遅い。眠れなかった訳じゃなくって、今日の予定を調べていたんだ」
「どこに連れてってくれるのかな」
「まずは不動産屋だな。最近は繁忙期になると引越し屋も頼めないようだから、早めに決めて道場仲間にでも手伝ってもらおうかと思う。後は家電量販店に行って沙織が必要と思う物を少し買って置こうか」
「炊飯器くらいは欲しいけど、土鍋とかでも炊けるからね。強いて言えばフードプロセッサーが欲しい」
お肉を買うにも二人分だと、切り身だ挽肉だと買おうとすると割高感が有る。使うときにミンチにできれば大きなパックを買って小分けにし、冷凍しとけばいいのだから。
「家はどの辺りにするの?」
「学校の沿線かな、沙織の家も道場も乗継ぎなしだし。短大は乗継ぎ出ちゃうけどね。駅近でスーパーとかも近い物件を少し探してみたんだけど。新しい物件となると……」
短大の事を考えて決めて、二年で引っ越すのは確かに莫迦らしいけど、リフォームはされているだろうから、あまり築年数にこだわる必要も無いと思う。それより、治安とか散歩が楽しいとかの環境面を重視したい。
「そろそろ出来るから、テーブルの上を片付けてね」
お皿にハムエッグと茹でたブロッコリーを盛り付け、マーガリンを塗ってチーズを乗せたトーストに黒胡椒を振って、コーヒーを添えてできあがり。