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勝ち得た返事

 二学期の終業式を終えて家に戻ると、両親ともに出かける準備をして待っていた。通知表を見せて安心させると、部屋に戻って着替えを済ませ、荷物を持ってリビングに降りる。

 今晩は恒例になっているクリスマスのお泊りで、ホテルの展望レストランで期間限定のコース料理を食べる事になっている。今年が特別なのは、圭祐さんが挨拶に来てくれることなのだけれど、正直なところ不安しかない。

「彼と一緒に行くから、荷物を持って先に行っててくれないかな」

「わかった。着いたら連絡しなさい」

 そうして荷物を預けると、駅に向かい電車に乗る。向かう先は学校の最寄り駅で、打上げの時に停めていたコインパーキングで待ち合わせをしていた。


 クルマに着くと圭祐さんはまだ来ていなくて、預かっていたスペアキーを使って車内で待たせてもらう。

「すまん。校長先生に捕まっていて、すこし遅くなった」

 乗り込んできて早々に捕まっていたと聞いて驚くと、「詳しくは後でな」と言って車を走らせる。

「翔真の件も有って、クラスの雰囲気とかを気にされていてな。あれこれ聞かれた挙句に、橘さんとはどうするつもりなのかと言われた」

「——どう答えたの」

「そりゃ、ずっと守っていきますって言ったよ。で、在学中に親御さんに挨拶に行くつもりですって言った」

「反対されなかったの?」

「されると思ったらアドバイスを貰った。嘘も方便とは言うけれど、()いて良いのは彼女を守るためだけにしなさいって」

「変わった校長先生だよね」

「たしかに、変わってるよな」

 そうして着いたホテルで父に連絡を入れると、部屋番号を告げられて案内するように促される。

 さすがに緊張している様だけれど、畏縮する様子は無いので腕を絡めて部屋まで案内する。扉の前ではさすがに足が止まったので、私がいるからと軽く口づけを交わして扉を開ける。


「なぜ……」

 入った先で待ち受けていた母の第一声が、それだった。それきり何も言えないでいると、圭祐さんが一つ頭を下げて父に向かって話し始める。

「奥様には何度かご挨拶をさせて頂いた事がございますが、井口圭祐と申します。仙見台学園で英語の教諭をしておりまして、今年はお嬢様のクラス担任をしております」

「え、先生? 剣術道場で知り合ったって……」

 母と圭祐さんの顔を交互に見ていた父は、状況が把握でき無い様で、そう言ったきり言葉を無くしてしまう。

「私が大学生だったころに道場で沙織さんとお会いし、相羽翔真君と沙織さんに三年間かけて基礎から指導をしました。二人ともタイプは違えど優秀な教え子でしたので、教師になるに当たり赴任先の高校を薦めさせていただきました」


 そこまで言った圭祐さんは、その場で正座をして手を床に着き説明を続ける。

「そこに、私の沙織さんに対する恋愛感情があった事は否定しませんし、沙織さんが私に対して、幼くも淡い感情を持っていた事も知っていて、それを利用しました。そして沙織さんには酷な事とは承知しながら、成人するまでは恋愛関係にはならないと宣言して、顧問として指導に携わってまいりました」

「なら! なぜ今なんだ!」

 掴みかからんばかりの形相で問い詰める父に、それでも姿勢を変えることなく淡々と答える。

「この四月、沙織さんの誕生日に告白を受けました。『貴方に迷惑をかける関係を望んでいるわけではないけれど、彼女としてそばに居させてほしい』と。その時にはクラスを受け持つ事も分っていたので、人の目が有る以上は自制できるだろうと告白を受け入れました」

「だから、なぜ泊めたりしたんだ! なぜ挨拶などと言ってこの場に現れた!」

「この夏に学校で起きた事件。その被害者であり生還者でもある翔真に、悔いは無いかと尋ねた事が有ります。すると彼はこう答えてくれました」


 どんなに鍛錬を積んだとしても、極限の力が引き出せたとしても、それを凌駕するモノは必ず居る。妹一人を守れるかも怪しい状況で、そんなモノを相手にしたのだから、隠れるしかない状況だった。そして悲鳴が上がる度、助けに向かうべきではと葛藤し、隠れているしかない自分を恥じた。だから悔いは残っていて、未だに夢に出て来る事が有る。

 それでも大切な存在は守りきる事が出来た。たとえ後悔があったとしても、妹を守る事が出来たのだから最善だったと言いたい。


「そう答えた翔真を、私は羨ましくなりました。いまの私には同じ様な状況下で、沙織さんを優先するだけの理由が有りません。いえ、教師の立場を捨てて沙織さんを優先した時の、弱い自分を納得させる理由が欲しいだけなのだと思います」

「それにしたって軽率だろう。二度も三度も起きる様な事ではなかろうし、これから娘にだって出会いの機会が無い訳ではないのだし」

 母は未だ蒼白な顔のまま、成り行きを見守っている様子だったけれど、父は少し落ち着きを取り戻してきているようで、口調も声の大きさも抑えられていた。そして圭祐さんは、真剣な表情のまま頭を下げる。

「高校を卒業するまでは教師と生徒の関係は崩しませんし、進学後も卒業を妨げるような行いは慎みます。ですから何かしらの選択を迫られた時、沙織さんを一番に選べる立場として、お付き合いのご了承を頂きたいのです」

「泊めたという事は、体を求めたのではないのですか」

 ここで始めて母が涙ながらに言葉を発したのだけれど、以前に否定したはずの事を蒸し返してきて、その辺りの信用が私には無いのかと落胆する。それでも私が口を開いて解決するとは思えないので、圭祐さんに任せるしかない。


「言い難い話なのですが、求めてこないのは風俗的な所に出入りしているのでは、と疑惑を持たれまして。そうした浮気に当たると考える行為はしていない、と説明するに適した場所が他に思い付かなかったものですから」

 顔をあげてそう釈明した圭祐さんを含めた大人が、三者三様の表情を浮かべて目線を合わさずに押し黙ってしまう。

 このままでは(らち)もないし、知りたい事でもあったので父に質問をぶつけてみる。

「お父さん。彼はこう言っていますが、男の人って性的な欲求を抑えておけるものなのですか? それとも、そう言ったお店が有る以上は抑えられないもので、お父さんも利用したことが有るのですか?」

 当然、男性陣はギョッとした表情を浮かべ、言い淀む父を母が睨み付ける。

 母は潔癖すぎるきらいが有るので、キャバクラでさえ否定的なのだが、父だって付き合いも有るだろうから利用したことが無いとは言い切れないだろう。そもそもどこまでが許される範囲かは、突き詰める程に父の立場を危うくするだろう。

「話してわかったと思いますが、彼は誠実な人です。高校進学の際も翔真君に頼んでくれて、無事に進学できました。剣道で成績が残せたのも、厳しく指導してくれたおかげです。大学の受験だって、親身になって尽力してくれました。今の私が有るのは彼のおかげなのです。今すぐにとは言いませんから、お付き合いについて考えてもらえないでしょうか」

 圭祐さんの横で私も膝をついてお願いすると、しばらく唸っていた父が「少し時間をくれ」と言ってきたので、圭祐さんと二人で一旦部屋を出る事にする。


「すまなかったな、こんな状況になってしまって。とりあえず、俺はこれで帰る事にするよ」

「そうね、後は私が頑張る番だから。それより今日はありがとう。やっぱり私には圭祐さんしかいないわ」

 ロビーに向かうエレベーターでキスをして、明日も会う約束をして別れる。もっとも直ぐに部屋に戻っても居辛いので、ティーラウンジで紅茶を飲みながら時間をつぶし、食事の時間くらいに戻ることにする。


 部屋では、父も母も疲れ切った感じでベッドに腰掛けていて、入ってきた私に精気の無い目を向けてくる。

「食事は家族で楽しめって事なので、ロビーまで送ってきました。やはり認めては貰えないですか? それでも私は圭祐さんを諦めるつもりは無いですし、彼に尽くしたいと思っていますけれど」

 それを黙って聞いていた父は時計を確認して立ち上がり、母を促して最上階のレストランへと向かう。

 案内された席は例年とは違い窓際ではなく、少し奥まっていて周りの視線も無ければ話が聞かれる事も無い。前菜やスープに始まり、メインのローストチキンが出されるに至っても会話らしい会話が無くて、こちらから切り出す必要があると口を開く。

「そんなに彼が気に入りませんか?」

「貴女は騙されているのではないの?」

「私が迫ったのです。それでも彼は頑なで、彼女は作らずに待っているから焦るなと」

「キスが如何のと言ってはいなかったか?」

「それだって、彼の飲み掛けをもらった間接的な物です」

「それにしたって、相手の立場がなぁ」

 やはり、両親ともに乗り気ではないことが伺える。


それでは少し攻め口を変えてみよう。

「それよりも心配なのです。彼は学校でも人気がありますし、前任から乞われる程の指導力も実証しました。独身女性も多い職場ですし、断り切れない縁談などをされないかと、不安が日に日に強くなるのです」

 母は学校の行事にはほとんど参加していて、教師の素行についても把握している。部の実績に目覚ましいものが有るのも、大会応援の折に来て知っているはずである。その上で、今まで圭祐さんを快く思っていない素振りは見せなかった。

 「私は背も平均以下で、胸は有る方だと思いますが、学力も秀でたものは無く、求められない程に私には魅力がないのですから……」

 すると、口々に「そんなことは無い」とか「世の男性がほっとくはずがない」とか、気落ちした風を装った私を一生懸命に慰めようとしてくれる。そして慰めがひと段落したところで賭けに出た。

「それならば、それでも認めてもらえないのならば、既成事実を作って彼に理由を与えます」

「——分った、認めよう。だから、彼の立場を危うくする様な、早まった真似だけはしないでくれ」

 絞り出す様に発せられた父の答えに、更に譲歩を引き出すべく嬉々として口を開く。

「早まった事はしませんから、学校の無い日には彼の家に行くことも許してください。一人暮らしなので、ちゃんとした食事を食べてもらいたいのです」

「分りました。外食ばかりでは健康的にも良くないですから、食事を作ってあげるのも良いでしょう」

「もし卒業後にプロポーズをされたら、お受けしても構いませんよね」

「卒業後なら好きにしなさい」

 言質は取れた。


 勝ち得た結果に満足して、それが表情に出ないように気を付けながら、膝の上においていた左手をテーブルの上に出す。そこには未だ録音状態のスマホが握られていて、それを見た両親は凍り付く。

「二月に入れば学校は無いですから、毎日でも構いませんよね。あぁ、卒業式が待遠しいです。大学入学前に籍を入れれば、途中で苗字が変わる事も無いですものね」

「——好きになさい」

 母から貰えた了承の言葉までを録音してポケットにしまうと、ちょうど出て来たデザートを食べる。料理はとっても美味しかったけど、今日一番の収穫は今年度中の予定が見えた事だった。

 ここまでくれば被っていた猫を脱ぎ捨てて、母と健全的な話をする事も出来る。

 冷蔵庫の中身や調理器具、食器などの話をすれば、父も一人暮らしの頃は酷かったと話し始め、男はほっとくと最低の食生活しかしないと愚痴りだす。物が無くって整理整頓が確りされていたと伝えると、(うち)も見習ってほしいものだと父を冷たい目で見る。

 すっかり悪者になってしまった父は、少し飲んでくるとバーラウンジに逃げてしまい、私が寝るまで帰っては来なかった。


 目が覚めると、昨晩打っておいた『了承を貰えたよ』とのメッセージに『何時に迎えに行けば良い』と返信が入っていた。朝食の時間を考慮して『九時半以降で』と返して一階にあるレストランに向かう。

 こちらもガラス張りなのは最上階のものと同じだけれど、植わっている木々の隙間から差し込む光が奥まで差し込んでいて、雰囲気ががらりと違う。ビュッフェ形式なので人の行き来が多い中、指定された席に向かおうとして足が止まる。

 始めに目が留まったのは綺麗な茶色い髪で、その向こうに座る男の子と目が合ってしまい離すことが出来ないまま、そのテーブルまで歩み寄る。

「ちょっとぉ、最愛の奥様を前にして他の女性を見つめるのは良くないよ」

 そんな軽口をたたいて振り向いたのは予想通り真理佳ちゃんで、視線を離してくれない翔真君に尋ねる。

「えっと、新婚旅行?」

 籍を入れたのは聞いていて、一つのベッドで寝ているのも聞いてはいたけど、新婚旅行については聞いていなかったので尋ねてみた。

 当然、二人とも家の両親とは面識も有り、慌てて立ち上がった二人は口々に挨拶をしてくる。もっとも挨拶された側は、私の言葉が衝撃的過ぎた様で「新婚、旅行?」と疑問を呈するだけに留まる。

 二人そろって結婚の報告をしてくると、「最近の若い子は……」的な視線を投げただけで指定されたテーブルに行ってしまった。そこには、当然ながら私も含まれているはずで、昨日のやり取りが酷だったことが伺えた。


 どうやら二人とも、親の好意でホテルに泊まってクリスマスを楽しんだようだった。そこまで甘えるつもりは無いけれど、家の親ももう少し理解があっても良いように思うのは贅沢なのだろうか。

 真理佳ちゃんの質問に、ここに泊まるのは恒例行事なのだと答えて、圭祐さんが両親に挨拶に来てくれた事も話すと、翔真君が圭祐さんも居るのかと嫌そうな顔で尋ねてくる。会いたくは無いのも分るけれど、邪魔者扱いされて気分を害したので笑顔を向けるだけに留める。

「挨拶は無事に終わったの?」

 苦笑いの真理佳ちゃんが聞いて来るので、事の顛末を簡単に語って聞かせると、嬉しそうに笑ってくれた。初詣の約束をして別れると、両親はすでに食べ始めている様なので、自分の分の朝食を取りに行く。

 昨晩は食べ過ぎ感が有ったので、クロワッサンとスクランブルエッグ、オレンジジュースと簡単に済ませ、一旦部屋に戻ると「この後は圭祐さんと合うから」と自分の荷物を持ってロビーに向かった。

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