プレゼントの選択
進学希望である体育会系の短大へは、指定校推薦での受験となった。願書は郵送でも良かったのだけれど、せっかくだからと窓口へ提出しに出向いて出願する。そのついでに学校の周辺を散策して、イートインできるパン屋さんや美味しそうなケーキ屋さんを見つけたりした。
入試はそれから二週間後に行われ、一週間ちょっとで合格発表日を迎える。
慌ただしく過ぎた一カ月弱ではあったけれど、クリスマスの挨拶を成功させるためにと、集中して取り組めたおかげで無事に合格する事が叶った。
圭祐さんはキスで祝ってくれて、真理佳ちゃん達とはハイタッチで喜び合った。公務員志望となった翔真君からは「俺の方が早くから試験だので動いたのに、合否がまだ来ない」と愚痴られてしまったけれど、ジュースを差し入れてもらえた。
十二月に入ると街はクリスマスムード一色になり、いつものメンバーでクリスマスプレゼントを買いに行くことになった。
彩萌ちゃんは彼氏が居ないはずなので、「だれあて?」って聞いたら自分用だと言い出した。もっとも彩萌ちゃんは『危険な恋がしたい』とは言うけれど『彼氏が欲しい』とは言わないので、本気で探す気は無いのかもしれない。
圭祐さんに渡すプレゼントを悩んでいて、美紀ちゃんに相談したら「自分にリボンを掛けたら?」と言われ、真理佳ちゃんからは「先生のシャツだけ羽織って、ベットで待つとか?」なんて参考にもならないものばかりで、もっと親身になってほしくて言い返す。
「美紀ちゃんも真理佳ちゃんも、自分が言った事を実行できるの?」
すると真理佳ちゃんが真面目な顔をして、私の両肩に手を置いて諭す様に答える。
「私は既に実行済みです。奥手な彼氏には、それくらい積極的にならないと胸も触ってもらえません」
いや胸くらいは触られているし、お泊りもしてはいるけど……。ここで美紀ちゃんに助けを求めると、泊まりに行ったことをバラされてしまいそうなのでやめておく。
「わかった、どっちが良いか本人に聞いてみる」
その場はそう言いつくろって切り上げてしまう。どうせ向こうからも聞かれるのだろうから、その時に聞けばいいや。
「少しは、料理をするようになりましたか?」
引退している立場ながら部活に顔を出し、圭祐さんに聞いてみると笑って誤魔化されてしまった。
「夜はお酒とつまみだけ、って事は無いですよね?」
「だけは無いが、ビールと揚げ物とかが多いかな。付け合せはカット野菜とか買ってあるから、そんなんだったりニンジンかじったり」
「お酒はビールが好きなのですか? うちの父は日本酒や焼酎が多いですけど」
「翌日になんも無ければウイスキーとかも良いだろうけど、つい深酒してしまうから定量でおさまるビールが多くなるな」
不摂生な生活が続いているようで不安はあるものの、お酒が好きなのならプレゼントにしても良いかもしれない。それにしてもニンジンをかじるって、丸ごと生のままで食べるのだろうか。
「クリスマスのプレゼントはお酒にしますか?」
「バイトしているわけでも無いんだから、安い物でいいよ。それより、未成年はお酒を売ってもらえないのは知っているよな」
「はい。母にでも頼もうかと思ったのですが……」
そこまで言って、実は年上の男性と付き合っている事を知られていると、圭祐さんに話していない事に気付いた。
「えっとですね。文化祭の翌日に、両親には話してあるんですよ。道場で知り合った年上の人と付き合っていると。父なのかその同僚なのか判りませんが、食器を買っていたところを見られていたみたいで、泊まったのもその人の部屋だと伝えて謝りました」
ギョッとしてこちらを見る圭祐さんは、口をパクパクさせていて言葉が出てこない様だったけど、溜息を一つ吐くと「挨拶に行くのが怖い」と言い出した。心中は察するけど、ここで引かれてしまうのは寂しいものが有る。それが表情に出ていたのか、「心配するな」とだけ言って指導に戻って行った。
夜になって圭祐さんからメッセージが届く。
『沙織はプレゼントに何が欲しい』
『ピンキーリングかネックレスで悩んでる』
『決まったら教えてくれ。一緒に店をまわろうよ』
『圭祐さんはどちらのプレゼントがほしい?
・リボンを結んだ私
・あなたのシャツだけを身に着けて、ベッドで待つ私』
『どちらも捨てがたいが、ビールを飲むグラスを割ってしまったので、グラスが欲しい』
『スクショを残しました、近い内に受け取ってね』
『覚悟しとく』
最後の返信には間が空いていたけれど、この返信はどうかと思う。覚悟しとけなら判らなくもないのだけれど。
さて、グラスってどんなのが良いのだろう。ビールなんて飲まないから良し悪しが判らないので、明日にでも父に聞いてみようかな。
真理佳ちゃんが誕生日を迎えた。当然ながら翔真君の誕生日でもあり、結婚が許される年齢になったのだ。
真理佳ちゃんにはプレゼントとして焼き菓子を渡したのだけれど、どこか上の空なので翔真君に尋ねてみる。
「今晩は外食になるそうだから、その店を考えあぐねているのかな。それとも教習所に通うから、標識が覚えられる不安なのかもね」
「誕生日のプレゼントは何にしたの」
「指輪。入籍する訳じゃないけど、決意を示そうと思ってね」
ならば嬉しくって舞い上がっているのだろう。今週末にクリスマスのプレゼントを買いに行く約束をしていたのだけれど、土曜日の夜にでも連絡を入れることにする。
美紀ちゃんと彩萌ちゃんには、日曜のお昼頃から巡る約束を取り付け、真理佳ちゃんは直前にならないと判らないと伝えてもある。土曜日の夜になってメッセージを入れたのだけれど、返事が来たのは日曜になってからだった。
乗る電車を教えておいたのに、その電車に間に合わなかったみたいで『次の電車で行きます』と連絡が来る。待ち合わせの店に着くと、彩萌ちゃんと美紀ちゃんが待っていてくれて、美紀ちゃんは既に買い袋を持ている。
「おまたせ。真理佳ちゃんは遅れて来るから中で待とうよ。ところで、もう買い物済ませちゃったの?」
「これはお菓子の材料。神崎君って歳の離れた弟妹がいて、けっこう懐いてくれているからクリスマスケーキを作ってあげる事にしたんだ」
「は! 実は神崎君の弟が目当て?」
「それって天然? 狙って言ってるの? てか、彩萌ちゃんはショタコンなの?」
そんな会話をしている二人を急かして店に入る。少し早い時間だからか席はまばらに埋まっている程度なので、ハンバーガーのセットを受け取って窓際の席に着く。
「私はビール用のグラスを買うから食器屋さんに行きたいんだけど、みんなは決まっているの?」
「彼のパスケースがダメになってきてたから、雑貨屋さんか紳士用品を扱うお店かな」
「旅行用に大きめのキャリーバッグを買おうと思っていて、それってどこに売ってるかな」
「そういえば、翔真君は指輪をプレゼントするって言ってたよ」
「婚約指輪的な物かな?」
そんな話をしていたら真理佳ちゃんがやってくるのが見えた。十五分間隔くらいで電車が来るので、次の電車には間に合ったようだ。
「ごめんね、遅くなって。お詫びにナゲット頼んだから、みんなで食べよ」
そう言って席に着いた真理佳ちゃんは、テーブルの真ん中にナゲットとマスタードを置いてくれるが、その左手の薬指には指輪が嵌っていて、どう見てもアクセサリーとして売られている物には見えない。
小さなダイヤが埋まったその指輪は、デザイン的に見ても、質感にしてみても、結婚指輪にしか見えないのだ。
翔真君から聞いていた話と違うぞ、と思いつつ美紀ちゃんに肘打ちで合図を入れと、美紀ちゃんも気付いたらしくて、彩萌ちゃんに目配せする。真理佳ちゃんが何か言っているけれど、生返事でやり過ごして聞き出すタイミングを計る。
指輪に注目したり上目づかいでうかがってみたりするけど、真理佳ちゃんは何が有ったのか判らないでいるようだった。しばらくそんなやり取りを繰り返すと、やっと自分の薬指を見て赤くなる。
シルバーじゃないよねと聞くと「プラチナだよ」と答え、翔真君からのプレゼントかと聞けば、「親にも出してもらったけどね」と答える。そこまで聞けば、だれもが結婚指輪だと認識する。見せつけられて感じる思いは三者三様だろうけれど、私は羨ましくって仕方がない。
こっちは六年近くも思い続けていて、この春にやっと彼女にしてもらった。それなのに、夏休みから付き合い始めて十二月には結婚指輪を交換しているなんて!
いえ、交換したとは言っていない。ならば確認すべきだろう、渡された状況を。
彩萌ちゃんが嵌めてもらったのかと問えば「そうよ」と答えるので、どこで嵌めてもらったのかを問いただす。
「それぞれの両親の前で……」
もう確定だ。結婚指輪として交換したという事なのだろう。疑う余地は無いのだから声をそろえて確認すと、衝撃の言葉を聞かされることになった。
「婚姻届を出してきました」
「「「いつ!」」」
「え、昨日の午前中に出張所で出したよ。ただね、着替える時間が無くって二人とも制服だったの」
二の句が継げないと言うのはこの事だろう。強者? 武士? そんな言葉だけが頭に浮かんで呆れてしまった。
年齢的に問題は無いのだから役所は受理するだろうけど、そう言えば、校長先生は問い合わせに了承したと圭祐さんが言っていなかっただろうか?
そんな事を考えていたら、美紀ちゃんも同じことを思っていたらしくて、いろいろ質問し始める。
「学校はどうするの。戸籍変わっているけど黙ってやり過ごすの?」
「住民票とか取って来たから、明日届け出るよ」
「認めてもらえるの?」
「ママが確認したら、校長先生は問題無いって言っていたらしいよ」
やはり認められるようだった。ならば、私と圭祐さんも認めてもらえるのだろうか。
『翔真君たちは制服姿で入籍したそうです。真理佳ちゃんが結婚指輪をしてきて、嬉しそうに話しています。なので、私も指輪が欲しいです』
そうメールしてしまって、圭祐さんから翔真君に電話が入る事が想像できて、母親経由でバレてしまうか不安がよぎる。
そんな私をよそに、美紀ちゃんと彩萌ちゃんがいろいろと聞き出している。夏休みに会った時には翔真君の出生などを聞いてはいたけれど、『認められてよかったね』みたいな話が多くて、いつから知っていたとか、告白された言葉とかは聞いたことが無かったからだ。
真理佳ちゃんは答えるにつれて、なんとも不安そうな表情をし始める。かなりプライベートな所まで聞いてしまったため、私達から嫌われるんじゃないかと思っているみたいだった。なので、みんなして祝福してあげる。いっぱい幸せになってね、離しちゃだめよ、って。
それでも先を越されて悔しい気持ちは別にあって、ちょっと意地悪を言ってしまう。
「それじゃ、昨晩は結婚初夜だったんだね。だから遅かったの?」
固まってしまったと言う事は、まだそこまで進んではいないのだろう。ちょっと溜飲が下がったけれど、美紀ちゃんが横やりを入れてくる。家に泊まる事にして先生と一晩過ごしただろう、と。
そうしたら、彩萌ちゃんが異常なほど食いついてきて質問攻めにされてしまった。嘘と真を混ぜ込みながら答えてあげて、彩萌ちゃんの欲求を満たしてあげると、黙って聞いていた真理佳ちゃんなんかは、恥ずかしそうにしていて急かされて店を後にする。
食器屋さんに入ってお酒用品の所にくると、年配の店員さんが寄ってくる。
「どのような物をお探しですか?」
「父へのプレゼントなのですが、ビールが好きで缶から直接飲んでいるので、なにかグラスでもあればお酌が出来るかと思って」
そうすると、「これは泡が綺麗に出る」とか「温くなりにくい」とか色々と説明をしてくれて、材質も硝子だけでなく、金属製だったり陶器だったりと目移りしてしまう。
いくつか出してもらった中で、ペアのステンレス製グラスに目が留まる。予算を少しオーバーしてしまうけれど、ジュースなどを入れても氷が要らないかもと思い至って購入した。
果たして喜んでくれるだろうか。一緒にお酒を飲む日が待遠しい。
皆がそれぞれプレゼントを買う事が出来て、彩萌ちゃんと美紀ちゃんはもう少し遊んでいくと言ってきたので、真理佳ちゃんと一緒に電車に乗り込む。
ついつい結婚指輪に目が行ってしまって決心する。
『両親に許されたなら、こんな指輪がほしいな』
そうメッセージを入力し、真理佳ちゃんの写真を取らせてもらって一緒に送信する。
真理佳ちゃんからは、本気なのかとか立場がどうのと言われたけれど、貴女も一緒でしょと言い返す。言われなくても解っているし、それを耐えて今に至るのだから。