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再会と出会い

2018/04/23にタイトルを変更しています。

旧タイトルは、『その隣は私だけのものです!』です。

 中学校の入学式に茶色い髪の子がいた。その髪色には覚えが有り、その子も私の事を覚えていたようだ。

沙織(さおり)ちゃん、だよね?」

 幼稚園が一緒で仲の良かった相羽真理佳(あいばまりか)ちゃんが、笑顔でそう声をかけてきた。

翔真(しょうま)君と言う双子のお兄さんが居たはずだけれど、その姿は今は見えない。髪の事でよくいじめられていた真理佳ちゃんを守るナイトの様な存在だったので、私立高に行ったとは思えないのだけど。

「真理佳ちゃん、久しぶりね。翔真君は一緒じゃないの?」

「お兄ちゃんは顧問の先生のとこに行ってるよ」

「顧問の先生? もう部活が決まっているの?」

「強くなるんだって、剣道を始める事にしたんだよ」

 小学校の学区が違ったので疎遠になっていたけれど、幼稚園時代は三人で一緒に居ることが多かった。なぜなら、真理佳ちゃんと一緒だといじめられると言って、遊ぶ子が私くらいしか居なかったからだ。


 私の名前は橘沙織(たちばなさおり)。真っ黒で真っ直ぐな髪は日本人形のようで、それでいてお転婆でいじめを見過ごせなかったし背も大きい方だったので、正反対の真理佳ちゃんを羨ましいと思いつつ、翔真君と一緒に守る役割をしていた。

 疎遠(そえん)だったとはいえ、目立つ彼女の噂は隣り学区の私にも届いていたし、中学が一緒になる事も解っていたので、また仲良くできたらと楽しみにしていた。そして、今の会話で未だにいじめられる事が有るのも気付いてしまったからには、守れるようにならなくてはと思った。


「おや、沙織ちゃんが小さい」

「え?」

 成長が早かった私は五年生までは大きい方だったけれど、そこからが焦れる程しか伸びなくって、今では前から数えた方が断然早い。目の前にいる真理佳ちゃんがそんなに変わらない背なのだし、男の子の成長は遅いので翔真君も同じくらいと思っていたけれど、現れた翔真君は軽く見上げる程に大きかった。

「その背は、双子なのに反則ね」

「二卵性だから参考にはならないだろうに」

 確かに参考にはならないけれど、これでまだ成長期なのだろうから更に伸びるはずだし、スポーツをしているせいか整った体型をしている。

 ちょっと見惚れてしまったのを誤魔化したかっただけなのだけれど、続ける言葉が出てこないでいると、体育館に集まる様にと放送が入る。

「それじゃ行きましょうか、真理佳ちゃん」

 そう声をかけて手を握って歩き始めると、真理佳ちゃんは嬉しそうに握り返してくれて、翔真君は黙って後をついてくる。


 体育館の入り口にはクラス分けの名簿が貼り出されていて、残念なことに真理佳ちゃんとは別のクラスになってしまった。翔真君は真理佳ちゃんと同じクラスで、他に二組知っている双子もクラスが別れていないので、そういった学校方針なのだろう。

「沙織ちゃん、別のクラスになっちゃったね。私は二組だったよ」

 入り口からそう声をかけて来たのは、小学校で仲の良かった木下美紀(きのしたみき)ちゃんで、さばさばした性格が一緒に居て心地良かったりする。

「私は相羽真理佳。沙織ちゃんとは幼稚園が一緒で、私も二組。よろしくね」

「私は木下美紀。沙織ちゃんとは小学校が一緒だったんだ」

 真理佳ちゃん達も二組なので私だけが除け者みたいだ。それでも、美紀ちゃんだったら真理佳ちゃんと仲良くなってくれそうだし、同じクラスになるのは来年に期待しよう。


 入学式後のクラスでの挨拶も終わり、それなりに仲の良かった子と帰り支度を済ませて教室を出ると、真理佳ちゃんと美紀ちゃんが廊下で待っていた。美紀ちゃんと仲が良かった事を知っている子達だったので、気を利かせてくれたのか「また明日ね」と言って帰って行く。

「ごめんね。約束もしないで待っていたりして」

 手を振って挨拶する美紀ちゃんの横で、真理佳ちゃんが謝ってくる。

「いいのよ、久し振りにお話したかったし。それより、クラスの方は大丈夫?」

「うん。お兄ちゃんもいるし、木下さんも友達になってくれたから」

「美紀でいいよ。私も真理佳ちゃん、翔真君って呼ぶから」

 そう、翔真君も一緒に居たのだけれど、女の子の輪に入るのが嫌なのか黙っていて、何となくソワソワしている。

「なあ真理佳、道場に寄りたいから先に帰っても良いか」

 そう言えば、翔真君は剣道を始めたのだと真理佳ちゃんが言っていなかったか。

「急ぎじゃないでしょ。沙織ちゃん家の方だから、途中までだけど一緒に帰ろうよ」

「ごめん。そしたら私は反対方向だから、真理佳ちゃん、沙織ちゃん、また明日ね」

 美紀ちゃんはそう言い残して帰って行った。私は近所に剣道の道場が有るのは知っていたけど、掛け声だけ聞こえて中が見えるわけではないので、興味は有ったものの入ったことが無かった。せっかくのチャンスなのだから、付いて行って覗かせてもらうのも悪くないな。


「それじゃ、帰りましょうか」

 私たちの歩く速さを気にしながら進む翔真君の後を、真理佳ちゃんと並んで歩きながら当然のように道場まで付いて行くと、中から威勢の良い声が聞こえてくる。

 失礼しますと声をかけて中に入る翔真君を、真理佳ちゃんと並んで入り口から見ていると、打ち合い練習をしていた中から一人抜け出してこちらに向かってくる。

井口(いぐち)師範、入学式前に顧問の先生に挨拶してきました。来週から部活の方に顔を出す様にとの事で、竹刀など細々したものを用意するようにと紙をもらいました」

「それじゃあ、防具は学校の一括購入で揃えた方が良いだろう。こっちに顔を出す時は竹刀と木刀を持ってくればいいから。あと、道着は道場用も有った方が楽だとは思うから、親と相談して来い」


 面を外して話し始めた井口師範と呼ばれた人は、大学生くらいだろうか。精悍な顔つきに優しそうな眼をしていて、汗をびっしょりとかいているのに不快な感じがしない。

 思わず目を奪われてしまっていると、目が合ってしまった。

「翔真、彼女か? それとも入門者でも連れて来たのか?」

 たぶん翔真君をからかっただけなのだろうけど、お互いが目を離せないままでいて、ものすごく惹かれるものを感じていた。


「入門したら教えて頂けるのでしょうか」

 翔真君が否定の言葉を口にする前に、自然と一歩前に出てそんな言葉を発していた。

「え、あぁ、やる気が有るなら歓迎するよ。小中学生の女の子も少なからず通っているし、大半の子は部活の指導では足らない部分をここで補っているからね」

「まったくの初心者ですが、どの位かかるものなのでしょうか」

「部活に入るなら用品代は翔真に聞いてくれ。ここのは、後で冊子(パンフ)をあげよう」

「いえ、貴方に指導していただけるのには、です」

 驚く二人をよそに言ってのけると、井口さんは満更でもない感じで微笑んでくる。

「ご希望ならば一から教えてあげるよ。もっとも、大学生でもあるから何時(いつ)でもとは言えないけどね」

「それでは、よろしくお願いします」

 これが、私が剣道を始める切掛けとなった出来事であり、その後の人生を大きく変える転機だった。


 手続き書類をもらって帰宅すると、母はすでに帰宅していてお昼の用意を済ませ、私の帰りを待ってくれていた。着替えを済ませて食卓に着き、真理佳ちゃんに会った事やクラスの雰囲気などを話しながら食事を取る。

 食事も終えて話も一段落したところで、部活動で剣道を選択したいと願い出ると、荒事を好まない母が予想通り否定的な表情をたたえる。

「武道って礼儀作法を重んじるし、姿勢が良い人が多いと思うの。実は相羽さんも最近始めたみたいで、すぐそこの道場に通っていて部活も剣道にするっていうから、運動部に入るのならばやってみたいと考えていて」

 そこまで言うと納得してくれて、書類を渡すと「夕食までには書いときます」と受け取ってくれる。決して嘘は言っていないが、母は真理佳ちゃんが始めたと思っているだろう事は解ってもいるし、訂正するつもりは最初(はな)からない。

 文具で足らないものが有ったので、夕方になって買いに出ようとしたら呼び止められた。記入が済んだとの事で申込用紙とお金を渡されて道場に届けると、すでに井口さんは居なかったけれど、話が通っていた様で手続きはすぐ終わった。


 翌日、学校では部活紹介などが行われ、希望する部活顧問の先生に提出するようにと入部届が渡される。迷う事無く必要事項を記入して、帰りがけに職員室に寄ると翔真君が居て、顧問の先生と話し込んでいた。

「すみません、剣道部の入部希望者なのですが……」

 近づいてそう告げると、翔真君が驚いた顔で、先生は嬉しそうな顔でこちらを見る。

 未経験者だと告げると、防具等は五月くらいに一括購入するので、まずは竹刀と手入れに必要な用品を用意するようにと紙を渡される。翔真君が井口さんに見せていた紙と同じものだと思う。

 二人して職員室を出ると、あきれ顔の翔真君が声をかけてきた。

「本当に剣道をやるんだね。これから足らない物を買いに行くけど、一緒に行くかい」

 願っても無い申し出なので、「よろしくね」とお願いして道場前で待ち合わせる約束をする。真理佳ちゃんが居ないので聞いてみると、木下さんと家庭科部に入るとの事で、まだ二人してクラスに居るらしい。翔真君はクラスに戻ると言うので、「過保護ね」と言い置いて先に帰宅する。


 自宅に戻ると、着替えと食事を済ませて道場へ向かう。道場横の駐車場には既に翔真君が待っていて、近づいて行くと車のエンジンがかかり、いぶかしむ私に車内から声がかかる。

「翔真から車を出してくれと頼まれてな。ちっこい車だが、遠慮せずに乗ってくれ」

 運転席に座る井口さんを一瞥した翔真君は、呆れ顔のまま黙って助手席に座り、私は後部座席に座る。シートベルトをしたところで車が走り出したのだけれど、チラチラとルームミラー越しに目が合う気がする。いや、後方確認をしているだけかもしれないので、あえて意識しない様に外に目をやる。


「橘さんは、なぜ俺に指導してほしいと思ったんだい」

「失礼とは思いますが……。お若いので話し易そうだと思ったのと、小柄な私に合った戦い方をご存知かと思って」

 私もまだ伸びるとは思っているけれど、平均身長には届かないだろう。そして、成長は止まっているはずの井口さんが平均以下であるのも、昨日の稽古から見て取っていたのでそう答える。もっとも、顔が好みだとかは思っていても言えるものではないし、中学生がそんな事を言っても迷惑以外の何物でもない。

「これでも相当の実力者で、高校総体で団体優勝もしているんだぞ」

「これでもって、背が低いのはしょうがないだろうに」

 援護射撃のつもりで口を開いた翔真君だったけど、井口さんには別の意味で響いてしまったようだ。

「まあ実力はともかく、小兵(こひょう)の戦い方に関しては熟知しているつもりなので教えることは出来る。それに教員を目指しているので、一から育てる弟子が欲しかったのも事実なんだよ。俺には渡りに船だが、二人ともそれでいいのか?」

 どうやら翔真君も井口さんに師事しているようで、彼も私も異存は無く「はい」とだけ答える。


 そうこうする内に武具店に着き、入った店内には所狭しと品が溢れている。さらには竹刀(しない)の長さが昔の単位で○尺○寸と書いてあり、無造作に放り込まれたその枠には『高校男子』とか『中学女子』などの札が下がっていた。

「竹刀は割れたりするから、四〜五本は買っとけ。竹刀袋は肩紐の有るのが良いかな、自転車で移動する事も有るだろうし。後は手入れに必要な用品だが、こっちのセットが有れば取り敢えず足りる」

「竹刀ってそんなに壊れるものなんですか?」

 竹が折れるほどに叩き合うのかと思って質問すると、苦笑いをこらえて答えが返ってきた。

「まっすぐ打ち込めればそうでも無いが、最初の内は角で叩いて割れやすい。手入れをせずにささくれ立っていると尚更だな」

 竹刀と竹刀袋を選び終わった翔真君は、用品の棚の前で首を捻っている。

「こっちの変な形の小刀は何ですか」

「竹刀のささくれを落とすのに使うんだが、道場に来れば貸してやるから」

 それでも翔真君は買うようで一つ手に取る。私は『手入れの時間も一緒に居られる』との期待から、借りるつもりで他の物を物色する。

 目を引いたのは手拭(てぬぐい)の多さだった。色もそうだけど、勇ましい文字がいろいろと染め ぬかれていたりして、昨日は井口さんも頭に巻いていたはずだ。文字の入った物はまだ早いかと考えて、オーソドックスな柄の物を選び、一通り購入する事が出来た。


 会計を済ませると、井口さんが竹刀を持って車まで運んでくれて、そろって乗り込むと二人して紙袋を渡された。開けてみると桜の模様が入った鍔止(つばど)めが入っていて、翔真君のそれはトンボの模様だった。

「初弟子に師匠からのプレゼントだ。——こういった物を貰うと辞め難いだろ」

 照れ隠しなのだろう、そう言って車を走らせると無言のまま翔真君の家に寄って彼を降ろし、私の家に向かってくれる。


「井口師範は、どうしてこの柄を選んだんですか」

「綺麗な髪に凛とした目が印象的でな。時代劇に出て来る武家の娘って感じだったからかな」

 やはりこの人は目を見て話をする。さっきまではチラッとしか合わなかった目が、今はハッキリと合ったままでいる。そんな些細な事にも好意を覚えてしまうのは、意識している証拠なのかもしれない。

「大事にします。そして、認めてもらえるよう強くなります。ところで、彼女さんとか居ないんですか?」

「え? なんで?」

「いえ、さん付けだったので呼び慣れていないのかと」

「あぁ、どう接するべきか戸惑ってはいるな」

 ちょっとだけ目が泳いだようだけれど、どう取れば良いのだろうか。少し押してみる事にしよう。

「それでしたら、翔真君を呼ぶ時みたいに『沙織』でいいですよ。体育会系のノリってそう言う感じだと思うので」

 少しの間、小声で『沙織』と『橘』を繰り返していたのだけれど、家の前に車を止めると一つ咳払いをする。

「忘れ物をするなよ、橘。あー、明日は夕方から入るから、都合が合えばその時間に来てくれ」

「はい。今日は、ありがとうございました」

 慌てたような口ぶりの井口さんをよそに、落ち着き払って見えるよう頭を下げてお礼を述べ、見送ってから家に入る。


 明日は朝練を覗くつもりで早く寝たかったけれど、初めて男性からプレゼントを貰った事も有って、うまく眠れる自信がない。お風呂に浸かりながら「枕の下に入れて寝ようかしら」なんて考えてみたものの、実際は恥ずかしくなって竹刀袋に入れて眠りについた。

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