第八話 市場調査
「……、一日でついちゃったよ……」
はい、一日でついちゃいました。
馬車だからてっきり引いているのも馬だと思ってたんだけどね。
よくよく見れば馬(?)だったんだよね。
途中で旅人や馬車を追い越したけど、誰もこっちに気が付いている様子がなかったからたぶん光学迷彩的な何かをしたんだろうな……。
何でもありだな、おい。
「今回は出血大サービスですよ。毎回というわけにはいきません」
御者席から俺に向かって竜牙さんが話しかけてくる。
「そないですか……」
「ダンジョンをあまり長い間留守にするわけにもいきませんから」
なるほど、確かにリスクではあるしな。
とはいえもう夕方だ。
貴族への挨拶は明日かな。
いや、まてよ……。
これ先触れ追い越してるだろっ!?
しかたない、この町でしばらく待つしかないか。
せっかく竜牙さんが急いでくれたのに申し訳ないな。
……、あれ。
宿ってどうやってとるんだ?
相場もよくわからないし……。
「あちらの宿がいいでしょう。運よく誰も宿泊していないようですし、馬車を止める場所もありそうです」
そんなことを考えていると竜牙さんが宿の案内をしてくれた。
『運よく』ねぇ……。
まぁ深いことは考えないでおこう。
明日に備えて今日は早く寝なきゃな。
隣の席で爆睡しているシンディーと御者席で気を失っていたアルを起こすと俺達は宿へ向かった。
「うう……、こんなの馬車じゃないやい……」
「まぁ馬というにはちょっと厳しいかもしれませね」
竜牙さんがアルを慰めているセリフに引っ掛かりを覚えつつも宿の中へ入る。
「いらっしゃい」
店の奥から厳つい顔をした店長と思わしき人が声をかけてきた。
「……、ふん。一人一泊銀貨一枚、晩飯は銅貨十五枚だ。湯は桶一杯は無料、二杯目からは一杯あたり銅貨五枚だ」
何やら値踏みしているような目線が不快感を与えてくる。
「朝食は付いて来るのですかね?」
「いや、朝食は銅貨十枚だな」
竜牙さんは店長の迫力に動じることもなく条件を聞いていく。
「少し高くないですか? このあたりの相場だと銀貨一枚で夕食と朝食付きだと伺っておりますが?」
「おいおい、にーちゃん、そりゃないぜ? せいぜい銀貨一枚と銅貨五枚だ」
「一人一部屋ではなく四人で三部屋でもですか?」
「……、あー、わかったわかった。一人銀貨一枚。これでいいか?」
「ありがとうございます。それでは馬車もおかせていただきますね?」
「へいへい。なんだよ、貴族のボンボンの気まぐれ旅行かと思ったら案外しっかりした従者をつけてるじゃねーか」
「はは、ありがとうございます」
そう言って笑った後、竜牙さんは雰囲気を一変させる。
「店長殿、あまり貴族を舐めない方がいい……」
「っ! ……わかったよ、すまなかった。だからそんなに怒らないでくれ」
「ええ、分かっていただければいいのです」
肩をすくめながら竜牙さんは元の雰囲気へと戻った。
「本当は値切るなんて貴族のやることではないのですがね。舐められても困りますので今回は少しばかりお話しさせていただきました」
こそっと俺に耳打ちする竜牙さんは本当に頼りになる。
だが頼りきりにならないように俺も頑張らないとな。
普通はこういう交渉は侍女の役割なのだろうが……。
「うう……もう食べられないです……」
寝起きでボケているシンディーには少し荷が重かったようだった。
そうでなくても厳しかっただろうけど。
「晩飯は適当な時間になったら下に降りてくれば食える。飯を食ったら湯を取りに来てくれ。朝飯も同じ感じだ」
「わかりました。それでは三日程お世話になりますよ」
そう言って竜牙さんは大銀貨二枚をカウンターに置いた。
あれ、せっかく三日で銀貨十二枚に値切ったのに銀貨十枚分の価値のある大銀貨を二枚も出すのか?
「どういうつもりだ?」
「迷惑料みたいなものですよ」
「……、厄介ごとは御免だぜ?」
「大丈夫ですよ、ちょっと便宜を図ってもらいたいだけですから」
「ふん、問題があったらすぐに出ってもらうぞ。当然金は返さん」
竜牙さんをにらみつける店長と軽く受け流す竜牙さん。
これも何かしらのルールみたいなのがあるのだろうか。
よくわからん、勉強不足だな。
「はい、それでいいでしょう。さ、それでは部屋に入らせてもらいますよ」
「これが鍵だ。そこの階段から二階に上って右手の部屋だ。わかるか?」
「はい、ありがとうございます」
鍵を受け取ると俺達は宿の二階へ向かった。
「さて、これからの行動予定を立てましょうか」
「うん、そうだね。早く着きすぎちゃったから二~三日時間をつぶす必要があるし」
「市場調査とかいかがでしょうかっ!」
ああ、ポーションとかスクロール、魔道具の値段とか全然わからないし、ちゃんと調べないとな。
特に復活の首飾りは値段のつけ方が難しい。
いや、あれは売るんじゃなくてレンタルオンリーにするんだったか。
万が一持ち出されたときが心配だが……。
一応うちのダンジョンでしか使えないってちゃんと周知するけど一定数のバカはでるからなぁ。
少し心配だ。
「シンディー、君は買い食いしたいだけだろう?」
元気よく提案したシンディーにアルからの冷静な突っ込みが入る。
「そ、そんなことはないです! ただついでに役得があってもいいんじゃないかなって思ったり思わなかったりです!」
「まぁ必要なことだとは思うし、いいけどな」
冒険者向けに軽食等も提供しようと考えているからね。
相場を知る必要がある。
あとどれくらいのレベルかも。
さすがにうちの食事のレベルが一般より上とは信じたくない。
きっともっとうまい飯が世の中にはあふれているはずなのだ。
シンディーではないが、役得としていろんな美味い物を食べれたらいいな。
◆◆◆
◆◆
◆
そしてその日の夜、俺は感動に打ちひしがれた。
「美味い……! 美味いぞおおおおおおお!!!」
きっと世界が違えば口から光線を出していたに違いないレベルだ。
口からビーム!
はっ。
おれはしょうきにもどった。
しかしこの感動をどう表現すればいいのだろうか?
舌に絡みつく濃厚なスープ。
具材がたっぷりと入り、歯ごたえも抜群。
もちろん、その具材は野菜ではなく肉を主軸に置いたものだ。
塩だけではない、香草だけでもない、少し酸味の効いたスープはまさに桃源郷。
メインとなる肉野菜炒めは塩がたっぷりとかかっており、その塩気が野菜と肉の旨味を引き立てる。
一口噛みしめれば口いっぱいに広がった旨味と香りのハーモニーが俺の鼻孔を軽やかに駆け抜けた。
シャキシャキシャキと鳴り響くは福音の音色。
その者、肉を纏て野菜の野に降り立つべし。
失われし肉汁との絆を結び、ついに人々を祝福の大地へ導かん。
さらには白パンである。
そう、白パン。
白いパンだ。
黒くない、茶色でもない、純白の白。
何物にも染まらない聖なる輝きを宿したそのパンを口に含んだ瞬間、芳醇な味わいが脳天を貫いた。
エエエエエエエイメエエエエエエエエンンンンンンンン!!!!
これぞジャスティスウウウウウウ!!!!
これぞディスティニイイイイイイイ!!!!
俺の頭の中では七つのラッパが鳴り響く。
今晩も伝説のハレルヤが聴ける。
天界生まれの黙示録育ち。
今宵こそ本物の終末が見れるのだ。
「あ゛あ゛……。終末を迎えてしまった……」
俺の目の前には綺麗になった皿だけが残っている。
俺の、俺のジャスティスが……。
「美味しいは美味しいですけどそこまでです……?」
「シンディー、ほら、レオの家は……」
「ああ、そういえば健康志向だったです」
「行き過ぎたね」
何やら雑音が聞こえるがどうでもいい。
この皿、ちょっと味がついているんじゃないだろうか。
一口かじってみるか?
「落ち着いてください」
「ぐおっ……」
脳天を揺さぶられた衝撃に、漸く正気に戻れた。
「……、竜牙さん、ありがとうございます……」
「いえ……。なんだかすみません……」
「? 竜牙さんが謝ることありましたっけ?」
「直接はありませんが……、本当にすみません……」
彼がものすごく申し訳なさそうにしているが、こころ当たりが全くない。
そもそも、仲間の俺にそんなに謝る必要などないのだが。
「はぁ……。まぁいいです。本当に、おいしいご飯でしたし」
や、ほんと、久しぶりに味のある食べ物を摂取した感じがする。
食にうるさい日本人にあるまじきだが、転生して十四年。
この世界に毒されていた俺は久しぶりに『食事』をした。
ビバ美食……。
明日より異世界グルメ、開始します。
って訳にはいかないけど、提供する飯にはこだわることに決定した。
異論は許さん!
「お、おぅ、兄ちゃん大丈夫か……?」
店長さんが少し怯えた様子でこちらに向かってきた。
竜牙さん相手にしても吠えていた彼がそこまで怯えるとは。
いったい何があったというのだろうか。
「あんまりにも美味そうに食うもんだからよ。ちょいとこいつはサービスだ」
そう言って目の前に置かれたウィンナーに、俺は再び七つのラッパを鳴らすのだった。
「エクスタスィイイイイイイイイイ!!!!!」
「「「「Oh……」」」」
◆◆◆
◆◆
◆
「ハーレルヤッ! ハーレルヤッ!」
「今日もまだ変です……」
失礼な奴め。俺は正常だぞ、正気だぞ、間違いない。
だって俺がそう言ってるんだもの。
「ああ、今日もいい天気だ!」
「曇天です……」
「今にも雨が降りそうだね」
「風が生暖かいですねえ」
うるさいな。
俺がいい天気といえばいい天気なんだよ。
朝食の後、俺達は市場調査に向かうことにした。
朝食?
うん、ほんと今日もハレルヤだったよ。
ああ、今日からの市場調査、がんばらないとな!
とりあえずはいろんな店を回って味とボリューム、それから値段を調べてこなければっ。
「……」
「ちょっと早すぎたんじゃないです?」
勇んで広場に出かけたものの、まだ早すぎたらしく食べ物関係の出店は出ていなかった。
尤も、果物や野菜をそのまま取り扱う店はもう出ているけれど、俺が食べたい……げふんげふん。
調査したかったのは調理済みのものだからな。
「く……」
「ほら、そんなに落ち込まないで。小物類はもう売り始めてるから先にそっちの調査をしようよ」
「あ、ああ……」
「それにミルフィーやベルにお土産も買っていかないと」
「ソウダネ……」
「はぁ……、食べたばっかりですぐには入らないでしょ? ちょっとお腹すかした方が美味しく食べられるよ」
「……、ん、それもそうか……。そんじゃ適当に頑張るかなぁ」
気は乗らないがそれでもやらなければいけないことには変わらない。
重い足取りで俺達は小物を見て回っていった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想等いただけると励みになります。
あと↓のランキングをポチってもらえるとうれしいです。