第四話 ダンジョンマスター
「ふぅ、とにかく全員無事でよかった……」
とりあえずシンディー達を草で編まれたクッションの上に寝かして顔を上げる。
あの後すぐにマナを操作して新鮮な空気をダンジョンの外から取り入れたのでしばらく休ませておけば復活するだろう。
「あれ……?」
漸く一安心と竜牙さんの方を見ると、彼の鎧は血に濡れ怪しく光り輝いていた。
山賊の返り血ではない。
まだ新しい、流れ出たばかりの彼の血によって……。
「そ、それ……」
「はは……。ちょっと油断してしまいましたね……」
「大丈夫なんですか!?」
「……、私は長く生き過ぎました。もうこの辺でいいでしょう」
彼は俯きながら浅く呼吸を繰り返す。
足元を見ると血だまりが出来ていた。
「何を言っているんですか!?」
「レオ君、いえ、司君と言った方が良いですか?」
「……、知っていたのですね」
「ふふふ、私くらいになると大体の事はお見通しですよ。さて、最後に君に渡したいものがあります」
「……」
「はは、警戒しなくても大丈夫ですよ。私はあっち側ではありませんので」
「あっち側って……」
「おや、ご存じない? まぁ知らない方が良いかもしれませんね。所詮私は敗軍の将、本来君に関わるべきではなかった」
一体何のことだ?
いや、それは後回しだ。
まず彼を助けることを優先しなければ。
「……、そんなことはどうでもいいです。それより助かる方法はないんですか?」
「……、無いわけではありませんが……」
「教えてください、俺に出来ることならなんだってします」
「なんだってします。ですか。安易に言う言葉ではありませんよ?」
そう言って彼は目に力を籠める。
思わず後ずさりしそうになったが何とかこらえることに成功した。
俺は、彼に受けた恩を返せていない。
ここで見捨てては男が下がる。
「覚悟は出来ています」
「……」
ここまで言っても彼は逡巡している。
そして刻一刻とリミットは迫ってきていた。
くそ、やれるかどうかはわからないが、やるしかないか……。
「教えてください。いえ、『お前を助ける方法を教えろ』」
俺は力を込めてそう命令した。
モンスターの支配者のギフトによる強制力が彼に働いていくことが分かる。
「っ!」
「すみません、こういうことはしたくなかったのですが……」
「……抗えませんね。私が弱っていることもありますが、あなたの力も相当に強いようだ」
そう言って彼は立ち上がると洞窟の奥へ向かって行った。
ついて来い。
そういうことなのだろう。
洞窟の奥へ向かい五分ほど歩いただろうか。
洞窟の通路はヒカリゴケが生えており薄暗い程度だった。
足元を見ると彼の血が点々と続いている。
この一つ一つが彼の命なのだ。
急がなければ。
そう思いながら彼の背中を追いかける。
と、彼が足を止めてこちらを振り向いた。
目的地に着いたということだろう。
「こちらへ来てください」
「はい……」
彼に促されて足を進めるとそこには台座があり、バスケットボール大の白く輝く玉が鎮座していた。
「これは……?」
「ダンジョンコアです。ダンジョンの心臓ですね」
「これが……」
「ダンジョンコアに触れてマスター登録と言ってください」
「分かりました。……、マスター登録。うあっ!?」
一瞬ダンジョンコアが輝いたかと思うと強烈な頭痛に襲われる。
ダンジョンを操作するための方法や注意事項、その他もろもろの情報が叩きつけられたのだ。
意識が遠くなるが何とかこらえる。
「がっ、はっ、はっ……」
「大丈夫ですか?」
「……、な、なんとか……」
「それでは私をダンジョンの支配下に置いてください」
彼に促され俺はメニューからダンジョンを選択。
竜牙さんを支配下に入れるようメニューを操作する。
「ん……。これで私はこのダンジョンのモンスターとなりました」
「なるほど……。それで回復コマンドを使えばいいと」
「はい。ダンジョンマスターはDPをつかって自分のダンジョンに所属するモンスターを回復させることもできますから」
「ふむふむ……。こうですか?」
「ふぇぁっ!? う、くっ、こ、これは……」
「あれ、間違えましたか?」
「い、いえ。傷はすっかり治りましたが、なんというかこう……、くすぐったいものですね」
そう言って彼は苦笑いをするのであった。
◆◆◆
◆◆
◆
ダンジョンマスター。
それはダンジョンと共に生き、共に滅ぶ存在だ。
ダンジョンコアが破壊された時、ダンジョンマスターとダンジョンは消滅する。
所属するモンスターと共に。
それ故にダンジョンマスターの存在を知る者は少ない。
ダンジョンマスターとなった者自身がその存在を隠すからだ。
もしその存在がばれてしまえば欲深い人間達に囚われてしまうことは想像に難くない。
ダンジョンマスターの存在を隠すため、ダンジョンボスと言う憑代を置いて誤魔化すケースもある。
一般にはダンジョンボスがダンジョンを管理していることになっているようだ。
と、ダンジョンマスターになった際に植え付けられた知識が教えてくれる。
「なるほど、それでダンジョンを拡張してダンジョンコアを隠すと」
「ええ、ダンジョンコアを破壊すると得られる力を狙う人も多いですから」
腕を組んだ竜牙さんが首肯する。
誰だって死にたくないもんな。
そりゃ必死で拡張するわ。
「あー、これがDPか……」
「何かありましたか?」
「んー、DPを使えば元の世界に戻れるらしくて」
「ふむ、異世界転移ですか」
「ええ、こっちに来る時にちょっとあったんですよ」
そう言いながらメニューを操作し内容を確認していく。
異世界転移、異世界転移っと、あった。
ほー。
一回当たり十億DPかぁ。
結構するってことなんだろうな、これ。
そして現在のDPを確認しようとメニューの右上を見る。
十万ちょっとか。
……。
どんだけやねん!?
いやいや、まだ判断するのは早い。
このDPがどれくらいのペースで増えるかにもよるわけだし。
メニューを操作して収入を確認する。
どれどれ、一日当たりの増加量はっと……。
二百四十五DP……。
まじで……?
五百万日かかっちゃうじゃんよ!?
一万三千年以上だよ!?
そんなに経ったら死んでると言うか骨も残らないじゃねーか!!
そんなことを思っていると一日当たりのDP増加量が二百四十七に増えた。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
「え、ええ。急に一日当たりのDP増加量が増えたんですよ」
「ああ、恐らく侵入者があったのでしょう」
「そういえばそんな知識もありましたね……」
無理やり植えつけられた知識だからか、なかなか思い出せない。
他の記憶との紐付けが出来てないからだろう。
「ちょっとまて、侵入者!?」
まだ山賊が残っていたのだろうか。
もしかしたら外に仲間を残していたとか!?
まずい、今ダンジョンを入ってすぐの部屋にはベル達が寝ている。
俺は焦りながらメニューからダンジョンの簡易マップを表示させると入口に緑の点が二つある。
これが侵入者ということか。
青い4つの点は仲間ってことなのかな。
意識をダンジョン内へ向け、侵入者を確認するとそれはウサギだった。
「……ウサギでした」
「可愛い侵入者ですね」
くすくすと彼は笑う。
俺は笑う気にはなれなかったが。
本気で焦ったぞ……、いやほんとに。
「山賊の死体は回収しておいた方が良いでしょうね」
「わかりました。回収っと。おお……」
メニューを操作して山賊達に回収コマンドを実行すると、彼らの死体はダンジョンの中に沈んで行き、そして綺麗になくなってしまった。
便利なもんだなぁ。
「あ、シンディー達、起きたみたい。ん? 焦ってる?」
「私達がいないからでは?」
しまった!?
居るはずの俺と騎士が居らず、そして現地には血だまり。
さっきまでいた山賊達も居ないことからもしかしてすでに連れ去られたと思っているのかも。
俺は慌てて入口へ走って行ったのだった。
「心配、させないでください……」
「いや、ほんと焦ったよ……」
「無事でよかったです……」
「冷や汗かいたわぁ……」
「すまんすまん、ちょっと緊急事態でな」
「驚かして申し訳ありません」
アル達が大人を呼びに行く前に到着できてよかった。
呼ばれていたらいろいろめんどくさいことになっていただろうし。
しかし、ダンジョンマスターになったことは言わない方が良いだろうか。
万が一が起きた時に彼らを巻き込みたくないし。
しかしどう説明するか……。
「私がダンジョンボスになってこのダンジョンを管理することになったんですよ」
俺が逡巡していると竜牙さんはそう言いだした。
「え? そうなんです?」
「ええ、迷ってはいたのですが、ちょうどいい機会でした」
「それは、おめでとうと言っていいんですかね?」
「アル君、ありがとうございます。おめでたい話ではありますから」
そう言って竜牙さんはアルに首肯を返す。
「おめでとうございます」
「おめでとうございますです!」
「おめでとさんっ」
「ミルフィーさん、シンディーさん、ベルさん、ありがとうございます。これからも仲良くしてくださいね?」
「「「はいっ!!」」」
「レオ君もよろしくお願いしますね」
そう言って彼は俺にウィンクするのであった。
「ええ、これから末永くよろしくお願いします……」
まぁ、これでいいのかな。
俺はそう思うことにしたのであった。
しかしこれからどうしよう。
一応ダンジョンマスターはダンジョンから離れても問題ないらしいけど、自分の命がむき出しで晒されているというのは心臓に優しくない。
出来ることならダンジョンコアを持ち歩きたいがデカすぎるし、ダンジョンコアをダンジョンの外に出すとダンジョンは中のモンスターもろとも消滅してしまうみたいだし。
そんな風に一人悩んでいると竜牙さんが俺に話しかけてくる。
「あまり悩まなくても大丈夫ですよ。私、結構強いんですから」
「でもなぁ……」
「山賊相手に後れを取ったのだって自身に貯め込んでいたマナがほとんどなかったからですしね」
「そうなんですか?」
と言いつつも、そもそも俺達が人質に取られてなければ問題なく倒せてたと思うけど。
「ええ、やはり正規所属のダンジョンでないとマナがあまり吸収できなくて」
「なるほど……」
あれでも弱体化モードだったのか。
少し、いや、かなり驚きだ。
「今なら山賊の千人や二千人くらいちょちょいのちょいですよ」
「ははっ、まぁそこまで言われるならお任せしますよ」
「あれ? 信じていませんか?」
「まさか、これでもマスターですからね」
俺はそう言いながらメニューを操作するふりをする。
「なるほど、それは頼もしい」
「こちらこそ頼もしい護衛がいてくれて助かります」
「何を話しているんです?」
竜牙さんとこそこそと話しているとシンディーが訝しげな視線を向けてくる。
「何でもないですよ」
「何でもないさ」
そう言って俺達は笑いあったのだった。
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