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第二十七話 絆

 王都-ミューゼル家領間ゲートが開通して三ヶ月が経った。

 ゲートのお陰で物流が活性化し、凄まじい勢いでミューゼル家領は発展している。


 事務所から見る景色も大きく代わった。

 停留所の規模が三ヶ月前に比べて数倍では効かないレベルになっているのだ。


「すごいな……」


 一時はすっからかんだったDPもほとんど元に戻っていた。

 開通直後からDPが爆増しはじめたのだ。

 ……、今までの努力は一体何だったのかと言いたい。

 まぁそれがあったからこそ、王都の崩壊を防げたのだが。

 なんだかなぁと言った気分だ。


「言ったでしょう?」


 珍しく事務所でくつろいでいる竜牙さんは新開発された肉まんを頬張っていた。

 どうやって兜かぶったまま食べているんだか。

 ……、詳しいことは聞くまい。


「まさかこれほどとは思っても見ませんでしたよ」

「さて、それではどうするか、考えましたか?」

「え?」

「元の世界へのゲートですよ」

「あ……」


 すっかり忘れていた。

 多忙を極めていたとは言え、すっかり忘れることが出来る程度に向こうの世界への思いが弱まっていたことに衝撃を覚える。


「支度、しなきゃなんですよね」

「帰るのでしたら」

「……」


 帰る、か。

 今となってはどちらが主体となっているのかよくわからない。

 こっちにはこっちの家族や仲間がいるのだから当たり前か。

 しかし向こうにおいてきた家族や仲間は……。

 せめて、ひと目会いたい。


「それから、レオ君。いえ、司くんは聖杯を求めてこの世界にやってきたんでしたよね?」

「……?」

「あれ? 違いました?」

「あー、あー。そうだった気がしないでもないです」


 聖杯のことは本当にどうでも良かったから完全に忘却の彼方だったわ。


「はは、君らしいですね」

「まぁ、見つからなかったですけどね」

「ふふ、そんな君に私から餞別です。これ、持っていってくださいな」

「これは……、水が美味しくなるゴブレットですか?」

「ええ。これ、聖杯なんて呼ばれてたりもするんですよ?」

「……、マジデスカ」


 結構これ使って飲み会していたようなきがするんですけど?

 というか、竜牙さん貴方、これに食べ物入れようとしてましたよね?

 つーか、俺これ二個くらい割ってしまったような……。


「別に追い求めるような代物じゃないんですけどねぇ」

「はぁ……」

「まだ私の部屋に三十個以上ありますから」

「多いですね!?」


 有り難みが薄れるから聞きたくなかったんですが。

 朗らかに笑う竜牙さんから聖杯(?)を受け取る。


「あまり悩む必要もないと思いますよ」

「そんなこと言っても……」

「ふふ、まぁじっくり考えてみて下さい。それが人に与えられた武器なのですから」

「武器、ですか」

「神をも貫く最強の矛であり、悪魔の一撃ですら防ぎ得る最強の盾。忘れてはいけません。常にそれは貴方と共にあるのですから」

「深い、ですね」

「ええ、とても」


 竜牙さんは肉まんを飲み込むと立ち上がりダンジョンへ戻っていった。

 今日も最下層で冒険者達の到来を待ち構えているのだろう。


「……、はぁ……」


 俺は事務所の椅子に座り腕を組んで考え込む。



 ベル。

 俺の幼馴染で、寄親の娘、そして婚約者。


 シンディー。

 一番長い付き合いの幼馴染。


 ミルフィー。

 こっちの世界での家族、妹。


 リリー。

 付き合いは長くないものの、いつの間にか俺の婚約者となっていた幸薄い娘。


 アル。

 どんな時でも俺を見捨てない、大切な親友。


 彼らに何も言わずに消えるのは、筋が通るまい。

 戻るのならば俺のことは伝えておく必要があるだろう。


「大事な話があるんだ。今日、閉店後集まってくれるか?」


 俺が伝えると皆二つ返事で了承してくれた。

 ああ、とても喉が渇くな……。



 最近では夜でも事務所は少し騒がしい。

 それもそのはず。

 人々の喧騒が遠くに聞こえ、街の発展を教えてくれる。


「さて、それで大事な話って何なん?」

「ああ……、嘘と思われるかもしれないが……」

「今更です」

「大丈夫、ですよ……」

「とりあえず聞かせてよ」

「ああ……」


 それから俺は、俺が異世界から転生していること等を伝えた。


「にわかには信じられないと思うが……」

「信じるよ」

「え?」

「事実なんやろ?」

「あ、ああ。そうだが」

「なら信じるですよ」

「疑ったりはしませんよ……」


 真摯な眼差しが俺に集まる。

 その眼差しに、思わず言葉が溢れる。


「お前ら……、正気か?」

「「「「は?」」」」

「いやだって、普通信じれないだろ!?」

「そうは言ってもやなぁ。惚れた男の真剣な言葉、信じんでどうするよ?」

「ですですー」

「はい……」

「ですわ」

「それに、僕達、親友だろ? なら信じるさ」

「お前ら……! すまん、すまん……」


 俺は疑っていたと言うのに。

 皆、皆俺を信じてくれるというのか……。

 こんなとても信じられない話を……。


「聞きたいのは謝罪の言葉じゃないんやけどなー?」

「そう、だな。 ありがとう。本当にありがとう」

「んで、帰るん?」


 ベルが微笑みながら核心をついてくる。


「っ! それは……」

「戻ってこれるん?」

「……、わからん……」


 情けないが、俺は彼女の目を見ることが出来ず思わず項垂れてしまう。


「そないか……。レオが帰りたいならうちは止めんよ」

「え……?」

「レオが本当にそうしたいなら。うち、レオの幸せが一番やもん」


 交わった視線の先には、涙をたたえた瞳があった。


「ベル……」

「レオがおらんでも、うちがどうにかする。後のことは任しとき」


 くそ……。

 そこまで言ってくれる彼女を置いて行くなんて……、俺には……。


「行くならはよ行き。うち、レオの重しになりたくないねん」

「っ!!」


 ゲートを開くだけのDPはもう十分貯まった。

 後は開いて帰るだけ。

 それだけのはずなのに。

 指が、動かない……。


 バンッ!!


「お前らを、お前らを置いていけるわけ無いだろうが!!!!」

「レオ……」


 思わずテーブルに叩きつけたてから赤熱が伝わる。

 ちくしょう、ちくしょう……。


「……、ねえベル。それくらいにしておいてあげたら?」

「……、え?」

「んー、せやな」

「は?」

「えっとやな、うちらゲートのことちょっちばかし竜牙さんから教えてもらっててな?」

「あ、ああ……?」

「レオは家族の顔を見に行きたいだけなんよね?」

「そうだが……」

「ゲート、固定できるやろ」

「……、あっ!!」


 え、つまり?

 なにこれ?


「レオがずっとうちらに秘密にしとった仕返しってとこやな」


 にひひ、と笑うベル達と血の気の引く俺。

 やばい、目が回る……。


「レオ君大丈夫ですか? これ飲んで落ち着いて下さい」

「あ、ありがとう御座います……」


 いつの間にか横にいた竜牙さんに差し出された杯の透明な液体を一気に飲み干す。


「ぶふぅっ!?」

「うわっ、汚っ!」

「こ、これ!?」

「おっと、間違えました」


 どう考えても確信犯だろ!?

 思いっきりお酒じゃないか!

 それも高濃度の!!

 ああ!

 もういいい!


「今日のところは無礼講だああああああ!!!」

「おー、バグっとるバグっとる」

「今日から再スタートだし、今日のところは羽目を外そうよ」

「ですです!」

「あ、私おつまみ持ってきますね……」

「うちは秘蔵のお酒持ってくるわー」


 その次の日、ダンジョン運営開始以降始めての臨時休業となった。


◆◆◆

◆◆


「そんじゃ、行ってくる」


 皆に告げてからメニューを操作し、ゲートを作る。

 こっちの世界に来て十五年以上。

 向こうはどうなっているだろうか。

 少し緊張しながらゲートをくぐった。


「え?」


 ゲートの先は、俺の部屋だった。

 テレビを付けてニュースで時間を確認する。

 ニュースキャスターが言うには今は夕方らしい。

 日付は……、あまり覚えていないが変わっていない気がする。

 十五年以上経っているのに?


「もしかして、こっちでは時間が経っていない……?」


 もう一度周囲を見渡す。

 記憶はだいぶ曖昧になっているが、間違いない。


「ほんとうの意味で、戻ってこれた、のか……?」


 椅子に腰掛け机の上を眺める。

 家族写真を見ると懐かしさに思わず泣きそうになってしまった。


「ん……?」


 その横においてあった卓上鏡が視界に入り込む。


「……」


 家族写真に写っている俺の顔、そして卓上鏡に写り込んだ俺の顔……。


「顔が、違う……? っ!! 異世界転生!?」


 そうか、俺は転生させられてたんだったな。

 当然今の肉体は元の体ではない。


「これじゃ家族に会うことも出来ないじゃないか……」


 というか元の体は一体どこに……?

 まさか、あの駄天使のところか!?


「もう一つゲートが要るじゃないか」


 あんにゃろう、会ったら聖杯で一発どついてやる!!


◆◆◆

◆◆


「ただいま……」

「え!?」

「はやっ!?」

「え?」

「今行ったばかりなのにもう帰ってきたです?」

「えっと……?」


 ああ、そういうことか。


「あー、どうもゲートで異世界間を往復した場合、元の時間に戻されるっぽい」

「つまり?」

「向こうでいくら時間を使ってもこっちだと一秒も経ってないってことかな」

「なるほど……」

「それで、家族には会えたん?」

「いや、それがな……」


 俺は皆に懇切丁寧に駄天使の駄天使っぷりを伝えた。


「それは……」

「それ、ほんとに天使なん?」

「ポンコツすぎるです」

「少し、神の使いとは思えないですね……」

「そんな訳で元の体を取り戻すのにもう一つゲートを作る必要があるから……」

「ほんじゃ、これからもまたよろしゅーな?」

「ああ、頼む」


 まぁ数ヶ月の辛抱だ。

 まってろよ駄天使。

 その可愛いお顔を真っ青に染めてやるからなっ!!


◆◆◆

◆◆


「ふぇっくし! うん? 誰か私の噂でもしてるんですかね? ふわっ!? なんか悪寒が……? 風邪でも引いたのでしょうか……、クワバラクワバラ」


 駄天使はっけ~ん♪

 ゲートを真後ろに作られても気が付かないとかマジ駄天使だな。


「ハロー」

「え? あれ? 貴方は、司さん? お久しぶりですね、どうしてこんな所に?」


 ああ、そんな無邪気な微笑みを俺に向けるなよ。

 俺のリビトゥーが溢れ出してしまうじゃないか。

 しかししかたない、どうしてもと言うなら説明してやろう。


「どうしてじゃねえよ!! 体返せこの駄天使!!」

「体? 貴方体あるじゃないですか」

「も・と・の体のことだボケええええええ!!!」


 駄天使の足をつかむとジャイアントスイングを決める。

 スカートが全力で捲れているが気にしない。

 横向き巾着とか斬新だな! おい!?


「ぎゃああああああ! やめて! やめてください! 中身が出ちゃうううううう!!! あっ、あっ、ちょっと気持ちよく……」

「良いから早くよこせええええええ!!!!」

「のおおおおおおおおお!!!!!」


 一通り駄天使にお仕置きをしてちょっとスッキリしたので奴が回復するまで待つ。


「ぜはぁ、ぜはぁ……。一体何事……」

「俺、異世界でDPためてゲート作って元の世界に戻った。OK?」

「はぁ……」


 へたり込む彼女を睨みつけながら俺は続ける。


「体、違う。元の家族に、会えない。OK?」

「はぁ……」

「はぁ……じゃねえよ!! どうしてくれる!!」


 もう一発スイングすっぞ!!と睨みつけると駄天使はビクリと怯えた様子でこちらに疑問を投げかけてきた。


「い、いえ、どうして体変わっただけで会えないのかなと……」

「相手が俺だと認識できないだろうが!!」

「ああ! なるほど! 全く気が付きませんでしたよ!」

「わかったか? わかったなら俺の体をもとに戻せ!」

「は、はひぃ! すぐにっ! すぐに戻しますからぁ!!」

「ったく、早くしろよ……」


 はぁ、漸く元の体に戻れる……。


「あ、あれ……?」

「どうしたよ?」

「そ、それがそのぅ……。何故か戻せなくて……」

「はぁ?」

「あの、司さん、何か変なもの食べたりしました?」


 この駄天使、言うに事欠いて……。

 こめかみがピクピクと痙攣してしまう。


「いえ! 本当なんですよぅ! 何か魂にいろんなものが混ざりすぎてよくわからない事になっているんです……」

「意味がわからん……」

「聖杯さえあればその力でどうにかなるかもしれませんが……」

「ん、ああ。これでいいのか?」

「ちょ!? そ、それ聖杯ですか!? というか聖杯をそんなぞんざいに扱わないでくださいよ!!」


 駄天使は俺の手から聖杯をひったくると大切そうにその胸に抱え込んだ。


「これ! これですよ!!」

「そないか……、んじゃ早く頼むわ」

「ええ、はい! ……、あれ?」

「うん?」


 まだ何かあるのか?

 いい加減早くしてほしいんだが。


「あのー……。まさかとは思うのですが……」

「なんだよ」

「もしかして、この聖杯使って、水を飲んだりとか、してないですよね……?」


 駄天使がプルプル震えながらこちらを見つめてくる。

 まるで信じられないものを見たと言った風だ。


「ん? ちょくちょく使ってたけど?」


 あのゴブレット、聖杯で水飲むと美味いんだよね。

 元の体を取り戻したら返してもらわないとな。


「なっ、なっ、なっ……」

「あん?」

「それでですか……」

「なにがだよ?」

「神の血肉を人の身で取り込むなんてどんだけアホなんですかああああああ!!!」


 世界に駄天使の絶叫が響き渡ったのだった。


 完

これにて完結。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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