第二十五話 大逆罪
なぜ、俺はこんな所に立っているのだろうか。
なぜ、俺はこんなにも注目を集めているのだろうか。
なぜ、俺は宣誓をしなければいけなくなっているのだろうか。
話は二日前に遡る。
◆◆◆
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王都は日が昇る前から既に動き出している。
普通の村でもそれに近いものはあるのだろうが、王都はそれにもまして早いのだ。
尤も、入場門が開くのは日が登ってからではあるのだが。
しかしこの日の入場門は少し様子が違った。
日が昇るはるか前に開いたのだ。
このような特例処置を受けれる人間、そして内容は極々限られている。
何かあったのだろうか?
王都の住民はこぞって噂するのであった。
「お待たせしました」
「いえ、騎士の方々に歓待を受けておりましたので」
「そう言ってもらえると幸いです」
俺達が王都に到着して二日後の朝、ヒザヤ閣下も王都入りした。
夜通し馬車を走らせてきたらしく、その目には疲労の色が見えたがそれ以上にギラついていた。
「長らく我慢してきましたが、今回の件は許せません」
いくら現状の俺が地下貴族のそれも当主ではなくただの跡継ぎ候補とはいえ、ほぼ当主と同じ扱いとなっている。
自分の寄子を襲ったのだ。
しかも自分の領地で、勝手に兵力を展開し、だ。
「国王陛下に直訴します。レオ君、君にも同席をお願いしますよ」
「え? しかし私は……」
「大丈夫です。私の付き添いという形にしますから」
念のため、礼服を用意しておいて正解だった。
なかったらまた大変なことになるところだった。
尤も、貴族というのは常に非常時に備えておくものらしいが。
疲れてしまうな、ほんとに。
「それでは行きますよ」
「え? 今からですか?」
「ええ、もちろんです。このような蛮行、一分一秒たりとも放置する訳にはいきません。早馬で陛下には連絡してありますから」
「なんとまぁ……」
「元老院への根回しも済んでいます。と言うより喜んで協力してくれましたよ」
奴から借金をしている貴族は元老院にも存在しており、奴が破滅するならそれが全てチャラになるということで諸手を挙げて歓迎してくれたらしい。
これが普通の借金ならそこまではならなかったのだろうが、相手の弱みに付け込み法外な利息を要求していた所為で貴族社会で奴は浮いていたそうだ。
そこにゲートの問題で困窮した奴は借金を無理やり回収したらしく、かなりの恨みを買っていたらしい。
「ある意味ラッキーともいえます」
「危うく死ぬところでしたけどね」
「それについては申し訳ありません」
「いえ、ヒザヤ閣下には責任はないかと……」
「私の領地内でのことですから、私にも責任があります。お詫びというわけではありませんが、全力で協力しますよ」
何に協力するのかと聞く前に謁見場の前に到着してしまい聞きそびれてしまった。
その後陛下との謁見だったのだが……。
俺には発言権がないので黙って聞いていたわけだが何やらとんでもないことになっていた。
「此度の件、よく聞き及んでおる」
「ははっ」
「ラーダス男爵家は大逆の罪で取り潰しとし、その領地は王家が接収することとする」
わーお……。
取り潰しか。
思ったより厳しい対応だなぁ。
「また、反乱を未然に防いだレオポルト・フォン・ミューゼルには地竜勲章を与えるとする」
え?
地竜勲章?
「これに伴い、ミューゼル家は男爵家に昇爵とし、旧ラーダス男爵家領を与えるとする」
な!?
マジかよ!?
本気!?
「レオポルト・フォン・ミューゼルご苦労だったな。これからも国のために努めよ」
「はっ! お言葉頂戴いたしました!」
「うむ、昇爵の義は後日改めて行うとする。以上だ」
え? え?
これって……。
「少々予想外のことになりましたね……」
王城を出た後、ヒザヤ閣下が呟いた。
うん、予想外にも程があるだろう。
てっきり金品の授与だけだと思っていたのだが、勲章に領地に昇爵とは。
これは位打ちではないのかと訝しんでしまう。
もしかしたら面倒事を引き起こしたと陛下に睨まれてしまったのだろうか……。
「とにかく、レオ君は急ぎ実家を相続する必要がありますね」
「え? 何故です?」
「君が地竜勲章を受章し、それを持ってミューゼル家が昇爵するからですよ」
「なるほど……」
功績を上げた者への褒美なわけだから俺が全て受け取らなければならないということか。
しかし、相続の手続きが間に合うのか?
「手続きは問題ありません、今回の件は国王陛下の号令の元ですから。実家への連絡も事後で問題ないでしょう」
しかし、とヒザヤ閣下は続ける。
「殿上貴族となるわけですから体制を整える必要がありますね」
「しかし、今までそんなこと考えたことありませんでしたから……」
「大丈夫ですよ、私に任して下さい。全力で、協力しますから」
「はは、助かります」
「こういうつもりではなかったのですがね」
そう言ってヒザヤ閣下は苦笑した。
「早急に家臣団を作り、まとめる必要がありますね」
「ラーダス男爵家の人達を再雇用する訳にはいかないでしょうか」
「……、えっと、レオ君、大逆罪を甘く見ていませんか?」
「え?」
「彼らは、全員処刑ですよ」
「なっ!?」
てっきり家の取り潰しだけかと思っていたのだが……。
「女子供も関係ありません。領内各村の指導者層まで全て。ですよ」
「そんなに……」
「なにせ反乱ですからね。ここで慈悲をかけると後々の禍根になります」
「一罰百戒というわけですか」
ヒザヤ閣下は黙って首肯を返した。
しかしそうなると村長とかまで新たに選定しなければいけなくなるじゃないか。
それも対立していた相手の領地の。
その上飛び地だぞ。
どうしろというのだ。
「不幸中の幸いですが、レオ君にはゲートがありますしね。それにラーダス男爵は領民からの人気はなかったようですし」
「それでもいきなり領地が二倍以上というのは……」
「私も協力しますし、ダグラス家もあるのでどうにかなると思いますよ」
ああ、そうか。
リリーさんの実家、ダグラス家はラーダス男爵家と隣接しているんだっけ。
「それなら良いのですけどね……」
◆◆◆
◆◆
◆
そして現在。
「レオポルト・フォン・ミューゼル、貴公を男爵に任命する」
「我が盾は王と国を厄災より守り抜く」
盛大な拍手とともにマントが手渡される。
これで俺も殿上貴族の仲間入りというわけだ。
王都に屋敷を構える必要もある。
実にめんどくさいことになった。
口には出せないけど。
俺は恭しくマントを受け取るとヒザヤ閣下と伴に式場を後にした。
王城の廊下を歩くこと十分、漸く落ち着いてきた。
こんなに緊張するものだとは思わなかった。
「おめでとう、レオ君。君がミューゼル家、中興の祖となるわけです」
「重い称号ですね……」
「なに、今まで背負ってきた責任がほんの少しばかり増えるだけですよ」
「そうは言いますがね」
「経験者の言葉ですよ? 少しは信じてほしいですね」
ヒザヤ閣下はそう言って俺にウィンクを飛ばした。
閣下も似たような事があったということだろうか。
「はぁ……」
「さて、それでは祝賀会を開く必要がありますね。なに、心配はしないで下さい。私が手配しておきましたから」
「何から何まで申し訳ありません」
「いえいえ、こういう所で返しておかないと借りっぱなしという訳にはいきませんから」
ゲートのお陰でかなり儲かってるらしく、その借りを返したいということだった。
それに今回の件の責任も感じているらしいし、今日のところはご厚意に甘えさせてもらうとしよう。
ヒザヤ閣下の厚意はそれだけではなかったのをこの時の俺は知らなかった。
数多の魔の手から俺を守ってくれていたらしい。
それも俺達に気取られることなく。
後からそのことを知って、ヒザヤ閣下の凄さに慄くのはまた別のお話。
「レオポルト閣下、少々お時間よろしいでしょうか」
「え、あ、はい?」
漸く落ち着いてきた俺に城の兵士が声をかけてくる。
一体何用だろうか。
俺だけに付いて来てほしいという兵士に案内され、客室へと通される。
王城の客室にふさわしくフカフカのカーペットにふわふわのソファー。
落ち着いた雰囲気の室内に紅茶の香りが漂ってくる。
乾く喉を潤し、クッキーをつまむ。
きっと美味しいのだろうが味がよくわからない。
紅茶から湯気が消えてしまっても待ち人は未だ来たらず。
お陰でヒザヤ閣下と打ち合わせの時間がなくなってしまいそうだ。
せめて先に要件だけでも教えてほしいと言ったものの、言えないとのことだったし。
う~ん、嫌な予感しかしないぞ……。
「待たせたかの?」
「え?」
目と目が逢った瞬間ー……じゃねえよ!!
え、なんで?
なんで居んの!?
ここはO-JO-! 波乱BANJO! 王様TOUJO! 手に持つはSYAKUJO!
YEAH!!
例外JUSYO! 酷いSANJO! 望むGENSO! 出来ないTO-SO!
(ドゥ~ン ドゥンドゥンドゥ~ン キュワキャキャキャッキャキュワキャ!)
人員減少! 領地倍増! 処刑で大変! 村長居ない!
少ない実家の生え抜き! 知り合い貴族から引き抜き!
どこだ JI-N-ZA I! 雇用MONDAI! そんな毎日リアルなSONZAI!
SAY HO!(HO!) SAY HO HO HO HO!
はっ!
いかん、つい現実逃避をしてしまった。
「へ、陛下。どうしてこのような場所に?」
「異な事を言うの? ここは王城、儂の住処じゃて」
「い、いえ、そうではなく……」
「ふぉっふぉっふぉ、冗談じゃよ、冗談」
「は、はぁ……」
「さて、改めて昇爵おめでとう。ミューゼル男爵」
口元には笑みを浮かべているが細い目の向こうでは何を考えているか全くわからない。
態々俺だけを呼んだということはろくでもないことであるとは思うけど……。
「あ、ありがとうございます」
「うむうむ。さて、それで卿には頼みがあるのじゃが良いかの?」
「何なりと……」
先程忠誠を誓ったばっかりだし、このタイミングで言われて断れるわけがないだろうがっ!
というか、内容を言わずに良いかって聞いてくるってひどくね?
「助かるの。それでは詳しいことはそこの者に聞いてくれ。じゃあの」
そう言って陛下は部屋を出ていった。
時間としてはほんの数分の出来事だと思うがかなり疲れた……。
「こちらを」
「あ、はい……」
一体どんな要件なのだろうか。
俺だけを呼んだということはヒザヤ閣下にすら聞かれたくない内容とも思えるし。
「お一人だけで読むようにと仰せつかっております」
「分かりました」
覚悟を決めて封を開ける。
そして俺は手紙を取り出し読み進めるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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