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第二話 異世界に飛ばされたけどこれは無いんじゃないかな?

 皆様こんにちわ。

 僕の名前は神宮寺 司(じんぐうじ つかさ)

 ひょんなことから駄天使に異世界送りにされた可哀そうな高校生さ。

 のどかな昼下がり、そんな僕が今何をしているかと言うと……。


「おんぎゃー! おんぎゃー!」


 はい、赤ちゃんになってベッドで泣いています。

 どうしてこうなった……。


 うん、確かに病気になってもどうにかなるわな。

 看病してくれる人がいるしね。


 それに言葉はこれから学習して行けるもんね。


 ってふざけんな!?


「tq9ちg@bsd32-%)##あljkさAL+~?」

「バブバブ……」


 母親と思わしき女性に抱っこされて撫でられる。

 金の長い髪が頬をくすぐり、温かい蒼い眼差しを向けられる。

 むぅ……荒んでいた心が落ち着いてくる……。

 体に精神が曳かれているのかもしれない。


 くそう……。

 あの駄天使め、覚えてろよ……。

 そう思いながら俺は目を閉じた。


◆◆◆

◆◆


 そして三年後。

 三歳になり、どうにか言葉を理解した俺は状況の確認を行うことにした。

 今までずっと室内に閉じ込められていたからね。

 どうやら家の方針で三歳までは部屋から出さないことになっているらしかった。


 その結果分かったことだが、我が家はグレイス王国の貴族家らしい。

 と言っても下から二番目の準男爵だけどね。


 王様にお目通りが出来るのは男爵家からなのでなんちゃって貴族ともいえよう。

 最下位の騎士爵よりマシとはいえ、地下貴族かぁ……。

 せめて殿上貴族になりたかったな。


 あ、ちなみにこの世界での俺の名前は『レオポルト・フォン・ミューゼル』らしいよ。

 家族からは略してレオと呼ばれている。


「今朝も黒パンと野菜のスープだったな……」


 朝食を終えて裏庭に出ると俺はひとり呟く。


「今日は晴れてくれててよかった」


 表部分は体裁を整える程度には手入れされているが裏庭は手つかずだ。

 雑草が伸び放題になっており、俺の背丈を優に超えている。

 尤も、俺が小さいだけということもあるのだろうが。

 いつかこの生活から脱出、いや、元の世界に戻るんだ。

 俺は適当な花を摘み取ると蜜を吸いながらそう決心するのだった。


 家族と食卓を囲むようになって半年、一度として朝食のメニューが変わったことはなかった。

 ある程度定番があるのは仕方がないと思うのだが、流石にここまで続くと辟易してくる。

 それに野菜のスープには一応肉片が入っているのだが、本当に気持ち程度しか入っていない。

 両親曰く朝から肉が食べられるのは貴族の証らしいが、これならない方がましなのではなかろうか。

 早く元の世界に戻りたい……。


 ダンジョンマスターになるにはダンジョンコアに触れてマスター登録というだけでいいようなのだが、まずはダンジョンを探すところからなんだよなぁ。

 そしてダンジョンを見つけたとしても、三歳児にダンジョンを突破なんて出来るはずもない。


 それに家族から聞いた話を統合すると、この世界は中世ヨーロッパ程度の文化レベルくらいらしいからね。

 今の俺が一人で外出すればすぐに人攫いにあって売り飛ばされるだろう。


 尤も家を継ぐ予定の俺にはダンジョンを探しに行くことも難しそうだが。


 ……。

 これってやばくね?


 というか、聖杯ってどうやって探すんだよ。

 えっ!? この状態から探せる聖杯があるんですかっ!?

 ねーよ。


 一応聖杯はダンジョンの宝箱から出るらしいけど……。


 他の兄弟に家督を譲渡することも難しい。

 なんせ妹が一人いるだけで男兄弟がいないからね。


 にいちゃ、にいちゃと付いて来る可愛い妹を一人家に残して飛び出すのも心が引けるし。

 俺とは違い、母からは蒼い眼を父からは銀色の美しい髪を受け継いだ彼女はきっと将来美人になるだろう。

 きっと欲望を胸に抱いた腐った野郎共が押し掛けるに違いない。

 その時は俺が守ってやらねば……。


「はぁ……」


 メニューと念じ視界に現れたコマンドを操作して自らのギフトを確認する。


 そこには『マナの支配者』と『モンスターの支配者』の2つのギフトが並んでいた。

 それにさらにその下に薄く表示されている『ダンジョンの支配者』のギフト。

 これは隠しギフトの様だ。


 ギフト、生まれ持った才能の事だがこれにはランクがあって支配者は最上位のランクだそうだ。

 すごいだろ?


 ギフトは全ての人が持っており、その数は通常一個。

 二個もって生まれてくることは百万人に一人、そして三個持って生まれることはないと言われていたそうだ。

 そこに生まれたギフト二個持ちの俺。

 ギフトチェックを受け、ギフトが二個あることを知った両親は狂喜乱舞したらしい。

 さらに、ギフトのランクは二つとも最上位の支配者だった。

 これで喜ばないはずがない。

 ギフトの種類次第では王座すら狙えるわけだから。


 尤も、その喜びはぬか喜びだったわけだが。


 『マナの支配者』。

 マナは魔法を使うための原動力となるものだ。

 つまり魔法に対する絶対的な才能と言うことになる。


 そして『モンスターの支配者』。

 モンスター、マナの濃い場所に出現する怪異、強大な力を持ち普通の人では太刀打ちが出来ないモノ。

 それらを意のままに操ることが出来る。


 最後に隠しギフトの『ダンジョンの支配者』、文字通りダンジョンを支配する能力だ。

 ダンジョンを運営するには理想の能力と言えよう。

 まぁ、これは他人には見えないように隠されているようで俺しかわからないのだが。


 ここまでだと素晴らしい能力に思えてくる。

 しかし世の中そう甘くは無い。


 千年ほど前に終結した神魔大戦の際、神の手によりマナの大半は地下に封印されてしまっていた。

 この為に現在、地上では魔法はほとんど使えなくなっていたのだ。

 当然、マナの濃い場所にしか出現しないモンスターは地上には居ない。


 そしてダンジョンだが、死亡のリスクと常に隣り合わせの冒険者と言う職業は下火となっている。

 当然それに伴いダンジョン運営業も斜陽産業と言われている。

 国や貴族の管理の下で有益とみなされたダンジョンでは軍によって攻略が行われているらしいが……。


 ……。

 これでどうしろと言うのだろう……。

 せめて剣の主や、槍の盟友と言った使えるギフトがあればよかったのに……。


 武器関連のギフトを持っていればスキルの取得も簡単にできるしステータスにも補正がかかる。

 ましてやそのランクが支配者であればその世界で一番にも余裕でなれただろう。

 逆にギフトを持たない者がその道で食べて行くのは非常に厳しい。


 そして俺のギフトはマナとモンスター……。

 そりゃ両親も過保護になりますわ。


 まぁ、成人となる十五歳まであと十二年弱。

 それまでにどうするか考えればいいか。

 まだまだこの世界の事はよくわからないしな。


◆◆◆

◆◆


 そして五年後、八歳になった俺は両親に内緒で妹の他に幼馴染の友達三人と冒険ごっこに勤しんでいた。

 もちろん、ただ遊んでいるわけじゃない。

 こうやって野山を駆けることで体幹を鍛え、自然の知識を学ぶためだ。


「あー、またレオが女と遊んでらー!」

「うっわー、すけべー! ギルフォード、離れようぜ! すけべが伝染る!」

「そうだなリック! すけべが伝染るー!」


 ……、別に女のことだけ遊んでいるわけではないのだが……。

 まぁいいや。

 ともかく村の大人達から話を聞いてこの世界の事を学ぶことも忘れない。

 尤も、村から出たことがある大人はほとんどおらず、あまり得るものはなかったが。


 この五年間で一番の収穫は気の置けない仲間が出来たことだろう。

 従士長の家のアル、名主の家のシンディー、妹のミルフィー。

 そしてふらっとやって来てはふらっと消えていくベル。

 俺とアルが前衛で残り三人が後衛で、バランスの取れた五人パーティーだ。


 そうしていつも通り冒険ごっこに出かけた俺達は崖の下にあった洞窟を発見する。

 そしてその中に佇む騎士と出会ったのだった。


◆◆◆

◆◆


 洞窟の暗闇に映える銀色に緑のラインの入った綺麗な甲冑。

 その輝きには神々しささえ感じてしまう。

 そして兜の向こうに光る紅い眼光。


 ごくり……、一瞬緊張が場を支配する。


「あの、なにしてるんです?」


 しかし恐れ知らずな一個下の幼馴染、シンディーがその場の空気を破壊した。


「おや、可愛らしい冒険者さんですね?」


 騎士は立ち上がると鷹揚にそう答えた。


「ありがとうございますです! それでおじさんはなにしてるんです?」


 彼女のピンク色の撥ねた髪がピコピコと動く。

 そして同じくピンクのクリクリとした瞳が怖気ずくことなく彼を見つめた。


「お、おじ……。げふんげふん。私は、そうですね、竜牙の騎士とでも名乗っておきましょうか。ちょっとこちらのダンジョンにお邪魔させていただいているモンスターですよ。気軽にリューちゃんとでも呼んでください」

「え……?」


 ダンジョン……?

 そしてモンスターだと……?


「ああ、そう構えなくてもよろしい。危害を加えるつもりはありません」

「で、でもモンスターって……」

「はは、モンスターが全て人を見たら襲い掛かるというのは誤りですよ?」

「そうなのです……?」

「ええ。人間の方から襲いかかってきたり、後はそうですね、よほどお腹がすいていればわかりませんが」

「!?」

「レ、レオ! ミルフィー! シンディー! ベル! 後ろに下がって!!」


 もう一人の幼馴染のアルが木剣を構えて前に出た。

 握りしめた木剣は震え、燃えるように真っ赤な髪の毛は逆立っているかのようだ。

 それでも恐怖に負けることなく、紅い瞳で彼をにらみつけている。


「おやおや、なかなか素敵な騎士様もいるようだ。しかし安心してください。先ほども言いましたが、私から手出しをすることはありませんよ」

「……それを信じろと?」


 アルは何とか声をひねり出す。

 しかし実力差はいかんともしがたい。

 見るだけでわかる。

 こいつ、強い……。


「困りましたね……。本当に手出しをするつもりはないのですが……」


 ふむ……。

 彼は本当のことを言っている気がする。

 なんでだ?

 もしかしてギフトの効果か?

 メニューからログを確認するとギフトのパッシブスキルによるチェック履歴がある。


 生まれてこの方一度も役に立ったことが無かったギフトだが、初めて役に立った。

 しかしこの感覚、皆に理解してもらうのは難しいな。

 メニューも俺しか使えないようでこちらも説明することが難しい。

 どうするか……。


「お腹がすいていなければ襲わないと言われましたよね?」

「レオ!?」

「アル、俺にちょっと任してみてくれ。俺のギフト、知ってるだろ?」

「で、でも……」

「大丈夫、たぶんどうにかなる」

「……、わかった……」


 渋々だが引き下がったアルに代わって俺が前に出る。


「後ろに隠れているだけかと思いましたが、案外胆力があるようで?」

「子供に何を言ってるんだか。それよりお腹がすいてなければ襲わない。それは間違いないですね?」

「……、ええ、そうですよ」

「ならばこれをやる」


 そう言って俺は昼飯の入ったバスケットを前に出した。


「これは?」

「俺たちの昼飯です。食べてください」

「くくく、なるほど。存外頭も回るようですね」

「余計なことは言わないでください」

「ふふふ、良いでしょう。ありがたくいただきます」


 騎士は俺達の昼飯の入ったバスケットを受け取ると、元居た場所に戻り座った。


「さ、これで大丈夫だ」

「なるほどね、お腹いっぱいなら襲ってこないって言ってたしね」

「あ、そういうことだったのね。流石お兄様!」

「レオ君頭いいですっ!」

「レオやるやんっ」


 お腹いっぱいであれば襲わないというのを信じるのも、何もしなくても襲わないというのを信じるのも同じことだと思うのだが子供相手ならこれで十分だろう。

 それにしても竜牙の騎士の奴、どこまでわかっていたんだろうか。


 ちょっとした疑問と、昼飯抜きとなって空いた腹を抱えて俺達は家路についたのだった。


「それにしてもアル、お前無茶し過ぎだろ」

「そんなことないさ。僕は従士長の家の者だからね。レオを守る義務がある。……それに僕達友達だろ?」


 そう言ってアルは指で鼻を掻いた。

 同い年のこの幼馴染は、恥ずかしいことがあると鼻を掻く癖がある。

 相手が照れているとこっちまで照れてしまうな。


「そう言われたら何も言えないけどな」


 帰り道、そう言って俺達は笑いあった。

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