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第十七話 逆転商店

 数時間前に一度通ったばかりの敷居を再びまたぐ。

 その時と同じように、同じ部屋の、同じ席に案内され、同じお茶を出される。

 だが、数時間前とは違うものが一つある。

 それをゲバーさんに教えたいと思う。


「忙しいところ度々申し訳ありません」

「いえいえ、仕事ですからね」


 苦笑いを口に浮かべ、しかし笑っていない目をしたゲバーさんと再び対峙する。

 彼との間に置かれたテーブルの上に置かれた紅茶からは湯気が上がっていた。


「さて、ナリキン商会殿の要望は優先権と変更禁止の一年の契約期間に違約金。それと利益の一割を我々に収めるということでしたね?」

「ん? ええ、まぁそうですな。それに加えて出店にあたって倉庫も提供していただきましょうか」

「またっ!」


 追加の要求に対し、シンディーが再び激高しそうになるが今度は俺が抑える。


「シンディー、俺に任して」

「……、わかったです……」


 渋々と言った表情で下がるシンディーを見て少し落ち着いてきた。

 ここからが勝負だからな。

 少し目をつぶり気合を入れ直すととゲバーさんの方を向く。

 涼やかな、冷淡な表情を浮かべているが彼の思いはそれだけではないことを俺はわかっている。


「失礼、それだけですか?」

「……、レオポルド殿、譲歩を自分から積極的に行っていくのはやめたほうがいいですぞ?」


 譲歩、ね。

 それは誤り、勘違いと言える。

 俺は譲ってなどいない、むしろ踏み込んでいるのだ。


「いえ、それらの条件、全て受け入れましょう」

「は……?」

「貴方がおっしゃった条件、全て受け入れます」

「このような無茶な条件を受け入れると? 失礼ですがご自身が何をおっしゃっているのか、理解されておりますかな?」


 これまで平静な表情を貼り付けていたゲバーさんの顔に動揺が浮かぶ。


「もちろん、私は貴方の要求も自分の発言もしっかり理解し、その上で受け入れると申しております」

「ほぅ……」

「優先権? 大いに結構。ナリキン商会殿は当家のダンジョン周辺に多数店舗を出店していただけるということですよね?」

「む、まぁそうですな」

「アイテム屋だけでなく、武器屋、防具屋、それに宿屋。早期の開店を期待しておりますよ」

「む、むぅ」


 別に独占させたってかまわない。

 ロイヤリティーや店舗の土地代なんてなくても俺達には関係なかったんだ。

 困惑しているゲバーさんへ更に追撃だ。


「倉庫の提供、悦んでさせていただきます。ダンジョン内に設置しますので管理、警備は貴商会でよろしくお願いします」

「な!?」

「ああ、もちろん急にそれだけの人を集めるのは大変でしょうから当家の領地から人員を集めるご協力はさせていただきますよ。雇用対策にもなりますしね。ついでに建物を建てるための木材も提供しましょう」

「……」

「そして一年の契約、つまり一年間は撤退しないと確約していただけるわけですよね?」

「むぐ……」


 むしろこの期間は商会側の縛りでもある。

 一部の商会のように商会都合で撤退してもこちらに違約金を求めてくるような条件ではなかったし。


「貴殿は無茶な条件とおっしゃった。しかし私はそれを受け入れましょう」

「……」

「ただし! その無茶、貴方にも通していただく!!」

「っ!!」

「貴方が出した条件だ! そうでなければ筋が通らない!」

「た、たしかにそうだが……」


 っと、少しやりすぎたか?

 ゲバーさんは頭を抱えて項垂れてしまった。


「……。と、啖呵は準備してきたわけですが、我々としては別に内容を多少変えても問題ありません」

「……、君は私に何をさせたいのだ……?」

「仲間になってもらいたい」

「は?」

「我々は、いえ、私は貴方に仲間になって欲しいのです」

「どういう意味で?」


 ゲバーさんは頭を振り意味がわからないとジェスチャーしてくる。


「簡単ですよ。我々には商売のノウハウがない。だからそれを持っている貴方に仲間になってもらいたい」

「それこそ意味がわからない。私はナリキン商会の者だぞ? 私を仲間に取り込んでも私は商会の利益を第一に考えて行動するぞ?」

「別に構いませんよ。貴商会が利益を上げれば当家には税収が入ってきますし」

「……」

「それが我々の武器でもあります」


 ゲバーさん、貴方が気づかせてくれた俺達の武器だ。

 せっかくだから使わせてもらうよ。


「なるほど、な。しかし何故私なのだ? 他にももっと力のある商会や信頼できる商人もいただろうに」


 ゲバーさんは少し疑わしそうに眉をひそめ、こちらを見やる。


「失礼になる物言いになりますがよろしいですか?」

「ここまで言っておいて今更ですな。言ってみてください」


 苦笑いをするゲバーさんに俺は率直に理由を伝える。


「それでは。貴商会以外にも幾つかの商会と商談してきたのですが、忠告をしてくれたのは貴方だけだったのです」

「……」

「貴方は義理人情に厚い人だ。ひよっこを無闇に踏み潰すような真似はしない。そして同時に商会の利益も誠実に考えている。で、あるならば我々が裏切らない限り、そして利益を提供し続ける限り決して貴方は我々を裏切らない。信用に値する人物だ。そう思ったのですよ」

「それだけですか?」

「ダメ、ですかね?」


 ゲバーさんはため息をつきながらすでに湯気の上がらなくなった紅茶に手を伸ばし、一気に飲み干した。


「くくく……、なかなかに興味深い経験をさせてもらった。男子三日会わざれば刮目して見よというが、さっきまでピィピィ鳴いていたひよこが数時間で鷲となるとは。いや、合格だ。いいだろう。私の無茶、受け取ってもらおうか」

「ありがとうございます!」


 俺とゲバーさんは握手を交わす。


「契約成立ですね?」

「ああ、これからは運命共同体というわけだ、よろしく頼む」


◆◆◆

◆◆


 あれから三ヶ月か、長かったんだか短かったんだか。

 そんなことを思いながらゲバーさんの横に並び商店建設予定地を見つめる。


 建物の建設予定位置にはすでに木材が積み上がり、今か今かと着工を待っている。

 ゲバーさんが連れてきた丁稚達が先行してテントを組み立てようと四苦八苦しているのを見ると微笑ましい。

 彼らは将来の幹部候補らしく、今回店舗の新規立ち上げを経験させるために連れてきたらしい。


 今は商店と酒場だけだが二ヶ月後には宿屋が、そしてもっと人が集まれば武器屋、防具屋等も出店してくれる約束になっている。

 ダンジョンの前はちょっとした町になる予定なのだ。


「前に報告を受けたときよりずっと人が増えておりますし、武器屋と防具屋も極力早く開店できるようにしましょう」

「ありがたいですね」

「それと、我々の住居を建てても問題ないですかな?」

「ああ、そうですね」


 そうか、定住者用に住居も作っていかなければならないな。

 各店舗の店員が宿屋に泊まるわけにも行かないし、ましてやテントぐらしというのもあれだし。


「商店の裏の空き地を住居区画にしますのでそちらにお願いします。ああ、いえ、住居もダンジョン側で建てさせてもらいましょう。井戸もこちらで準備しますから」

「本当にいいのですか? 至れり尽くせりですね。感謝しますよ」


 適当に家を建てられると後々厄介なことになるかもしれないし、多少めんどくさくても区画割は必要だ。

 それに井戸の配置も最初に決めておかないとだしね。


「我々の力を見てもらいたいと言うのもありますから。少々お待ちください」


 そう言って俺は事務所に戻り周りにだれもいないことを確認するとメニューからメッセージ機能を選択、ネームドモンスターの欄にある『ゲコ太』を選択するとメッセージを送付した。

 ちょっと商会の人達用の住居を急ぎで作ってくれという内容だ。

 直ぐにポーンと返信通知の音が脳内に鳴り響く。


「どれどれ、まかせとけ。か」


 メッセージを受け取った俺はゲバーさんの待つ商店に舞い戻った。


 そしてそこには、なんということでしょう。

 既に住居の土台が出来上がっていたのでした。


「……、とんでもないですな……」


 そして呆けているゲバーさんの目の前であっという間に組み上がっていく建物。


「ボス……げふんげふん、坊主たっての頼みってことだからよ、超特急で仕上げたぜ!」

「ゲコ太さん、あ、ありがとう……」


 まさか頼んで三十分も経たない内に家が経つとは……。

 モンスター、恐るべしである。


「とんでもない技術力ですな……」

「あー、こいつは特別でな。普通タイプの住居だからできたことよ」

「ほぅ?」

「予めほとんど出来上がっている物を持ってきて組み立てただけだからな。変わった作りには対応できないのさ」


 あー、よくある組み立て式の家ってやつか。

 現場ではパーツを組み合わせるだけだから早いんだよな。


「なるほど。いや、それでも素晴らしい……。ありがとうございます」

「へへっ、いいってことよ。まぁどうしてもって言うなら今度できる酒場で一杯奢ってくれや」


 ニヤリと不敵に笑うゲコ太さん。

 鉢巻と法被が似合いすぎて困る。


「はは、その程度でよろしいのでしたらおまかせください」

「お? 言ったね? 俺は底なしだぜ?」

「おお怖い、せいぜい樽を切らさないように多めに仕入れることにしましょう」

「かっかっか!」


 彼は豪快に笑うと背を向け帰っていった。

 ……鯔背すぎる。


「あーっと、ゴミは集積所を作っておくのでそちらにまとめておいてください。あとでまとめてダンジョンに放り込んでおきますから」


 廃棄物関係はダンジョンの中に放り込んでおくといつの間にか消えるそうだ。

 逆に言うと都市近くのダンジョンが万が一消滅した場合、深刻な問題が発生する。

 ダンジョンが管理されたまま、なかなか潰されないのにはこういった理由もあるのだ。


 まぁ、実態はダンジョン側が廃棄物をアイテムとして回収、DPに変換しているだけなのだが。

 ビバ、ダンジョン。


 ダンジョンを根幹とした町を作ればDPが安定して入手できるだけではなく、俺の安全も保証される。

 自分達の食い扶持を潰すような真似をするやつは自然と排除されるだろうしね。

 商店、宿屋、酒場、武器屋、防具屋、これで全部揃った。

 完璧な計画、もう何も問題ないなっ!


◆◆◆

◆◆


 と思っていた日が私にもありました。


「だからよお、頼むって!」

「そうは言われましても……」


 最近商店の店員に冒険者が詰め寄っている姿を見かける。

 その内容は大体いつも同じものだ。


「ダンジョンにはつきもんだろ? 上の人間と話ししてくれよ!」

「一応上申だけはしておきますが……」

「頼むぜ?」


 ダンジョン、それは荒くれ者共が集まる場所。

 そして命のやり取りを日々行っている彼らには、あぶく銭がたんまりとある。

 そんな彼らが金、酒の次に欲するものは決まっていた。

 娼館である。


「だめやな」

「だめです」

「だめですの」


 デスヨネー。

 箱入りの彼女達の理解を得られるわけもなく。

 上申書は無慈悲にもゴミ箱へ破棄されるのであった。


「しかし必要なものは必要なんだよなぁ……」

「とはいえ、私も女性陣の反発をもらうのは勘弁していただきたいので……」


 いくら金になるのがわかっていても女性陣の不興は買いたくない。

 特にベルとミルフィーは貴族の令嬢でもあるわけだし。

 当たり前といえば当たり前なのだが……。


 今はまだいいが、そのうち溜め込んだ連中が彼女達に危害を及ぼしかねない。

 そうでなくても治安が悪化する可能性がある。

 闇でやられると困るんだよね。


「なんだよ、ボス、そんなことで悩んでんのか?」

「オーガさん、そんなことって軽く言いますけどね」

「ははっ、悪い悪い。だが俺に任せとけば軽く解決してやれるぜ?」


 悪い笑みを浮かべるオーガさん。


「……、お話、聞かせてもらいましょう」

「耳貸せ」

「へいへい……。なるほど、サキュバス……。条件付き扉を使って……。そんなのありですか……。え? モンスターからも? それはすごい……っ!」


 その後、ダンジョン内に女人禁制のエリアができるのだがそれはまた別のお話。

 だが、この話以降ダンジョンの資金繰りがかなり楽になったとだけお伝えしよう。

お読みいただきありがとうございます。

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