第十五話 ダンジョンへようこそ
「冒険者四人。四人ともEランクだ。階層は八階層で頼む」
「四人ともEランクですね。適正ランクの階層ですので追加費用はありません。入場料は銀貨八枚となります」
カウンターに並ぶ冒険者たちをミルフィーがてきぱきと捌いていく。
かなりの早さで捌いているのだがそれでも営業開始直後はどうしても行列が出来てしまう。
カウンターを増設すべきだろうか?
まぁ、待ち時間も十分ないくらいだし問題ないかな。
そんなことを考えながら事務所の奥でのんびりとコーヒーカップを傾ける。
「ん、それじゃ行ってくる」
「頑張ってくださいね」
「おぅ!」
強面の冒険者が手を振りながらニカっと笑う。
様になるなぁ。
首にかけられた復活の首飾りのデザインが似合わなすぎることを除けば完璧ともいえよう。
……。
なんでハート形なんだろ。
「次の方どうぞー」
「はいっ! 冒険者五人です!」
「えっと、初めての方ですか?」
「は、はいっ!」
そして熟練の冒険者だけでなく、噂を聞きつけて新しく冒険者になろうとする者達も居る。
予定通り、というにはいささか多い。
命を失うリスクがないとはいえ、平日にもかかわらず多くの新人冒険者が行列を作っている。
それだけ景気が悪化しているということなのだろうか。
「それでしたらまず冒険者カードを発行しますのであちらの窓口へどうぞ」
「え? 冒険者カード?」
「説明も向こうの窓口で行っておりますので、まずはあちらにお並びください」
「せっかく並んだのに……。ねぇ、どうにかならないの?」
「ダメです」
「ね、そこをなんとかっ!」
後ろが使えているというのに空気の読めない子達だなぁ。
「坊主、ルールは守ろうか」
そろそろ介入する必要あるかなと思っていると新人の後ろに並んでいた別の冒険者が注意してくれた。
ありがたいけど、荒事に対応するための何かしらの手段を持ってないとまずいかな。
モンスターは……、外であまり活動できないって話だっけ。
ボス級モンスターなら外でもそれなりに活動できるらしいけど。
アル一人だけじゃどうにもならないしなぁ。
「ひぇっ!? ひゃいいいい!!」
「……。ドグマさん、ありがとうございます」
「いいってことよ。しかしこのダンジョンは新人が多いな」
それにしても、新人が予想外に多いおかげでベテランと新人で階層を分ける羽目に陥ってしまっていた。
まったくのド素人とベテランが同じフロアに居るとトラブルの元だしね。
そのため、冒険者のレベルとスキルに合わせてランクを付与し、そのランクによって適正階層を決定。
適正階層までは入り口からショートカットで行けるようにする。
そして適正階層以外の階層に行くためには別途料金を発生させることで各階層には近いレベル帯の人しか居ないようにしたのだ。
「ま、俺が行く階層にはほとんど誰も居ないから関係ないけどよ。それじゃ十二階層に五人頼む」
「はい、ドグマさんはDランクでしたね。一応冒険者カードの提示をお願いします。はい、あってますね。それでは入場料は銀貨十枚になります」
「今日こそはミスリル製の武具を出してやるぜ!」
「行ってらっしゃいませー」
もちろん、階段を下りたり上がったりすれば違う階層へは移動できる。
しかし低級冒険者が適正階層を越えてさらに下の階層に降りるのは困難だし、上級冒険者が上の階層に昇っても得るものが少なくなるだけだ。
結果、このシステムは上手く回っているといえよう。
ダンジョンの運営を開始して一か月。
思いの外運営は順調だ。
ダンジョンの外にはテントが多数張られ、十組以上の冒険者パーティーが常駐している。
そして今日も二組ほど新人冒険者たちがやってきた。
入場料以外にもDPやマナががっぽがっぽで笑いが止まらない。
ふふふ、珈琲が美味いぜ……。
この珈琲もたった今DPから交換したものだ。
至福の一杯をいつでも飲める。
多少の無駄遣いを気にしなくても済む程度にはリッチなのだ。
素晴らしいな。
ダンジョンコアが珈琲サーバーにセットされているのさえ目を瞑ればだが。
「入場料は銀貨二枚、無事に帰還できれば復活の首飾りを出口カウンターに返す際に銀貨一枚返却となりますです」
シンディーが新人冒険者達向けの説明を始めたので耳を傾ける。
なお、ダンジョン内で死亡した場合は復活の首飾りは消滅してしまうため銀貨の返却は無しだ。
……、ちなみに本当に消えているわけではなくダンジョン側で回収しているだけなんだけどね。
あまり無茶に突撃されてダンジョンが荒れても困るので多少のリスクを背負ってもらうことにしたのだ。
ベテランはともかく、初心者は無茶をよくするしなー。
「ぎ、銀貨二枚ですか……。もうちょっと安くならないんですか?」
「これがこのダンジョンの決まりです」
「そんな……」
「冒険者カードの発行は、初回は銅貨五十枚ですが二回目以降は銀貨一枚ですので注意してくださいです」
これでもかなり良心的だと思うんだ。
ぼったくってはいないと思う、なんせ命の値段なのだから。
尤も全部DPで出してるからお金はかかってないけど。
「冒険者カードの発行にもお金がいるんですか……」
「装備のレンタルはファイターが銀貨二枚、レンジャーが銀貨一枚に銅貨五十枚、シーフは銀貨一枚、ウィザードは銀貨五枚です」
「ウィザードだけものすごく高いですね。シーフなら何とか借りれるかな……」
「魔道具込みですから。魔法を自力取得している方でしたら魔道具無しでも魔法が使えますですけど、そうでないかたは魔道具が必要ですし」
「なるほど……」
先ほど来たばかりの新人五人組が青ざめているのが見える。
まぁこの時点で少なくとも銀貨十七枚と銅貨五十枚が必要なわけだしね。
適正にもよるけどバランスよくクラス編成するなら銀貨二十枚を超えてしまうだろう。
日本円で言ったら二十万円分相当の現金ってことだ。
若い彼等にはつらかろう。
「それと、そちらにレベル測定器と適正クラス診断装置がありますのでよろしければどうぞです」
「へ、へぇ……。一回銅貨十枚か。そこまで高いわけじゃないけど……」
「まってよ、これ全部確認しようとおもったら一人当たり銅貨五十枚要るじゃない!」
「え?」
「だって適正クラス診断装置、四つもあるのよ?」
「それって各クラスの適正を見るのにそれぞれ銅貨十枚いるってこと?」
「そうなりますです」
「「「「「なっ……」」」」」
絶句する新人達だが、別に必須という訳じゃない。
レベルや適正クラスは診断しておいた方が良いというだけで。
彼らは冒険者になったばかりだろうし当然レベルも三以下だろうしスキルもないだろう。
であるならばレベルは測定しようがしまいが関係なく、冒険者レベルはGだ。
そして適正クラスは診断しなくてもなんとなくわかるんだよね。
普段から自分に向き合ってさえいれば。
ま、お金に余裕がある人かきっちりしたい人向けのサービスって意味合いが強いんだよね。
「でも安心してくださいです。今ならビギナーズパックが準備してあるです!」
「ビギナーズパック?」
「なにそれ?」
「なんと入場料と装備レンタルが半額になるプランです!」
「ええっ! そんなのあるなら最初から教えてよっ!」
「そうだよー、すっごい焦ったし……」
「ほんとね、手持ちの資金残り銀貨十枚しかなかったからさ」
前情報は各地で流していたんだけど、まともに情報収集せずにやってきたのか。
無茶するねぇ。
というか、こいつらテントとか持ってないようだけど今日の宿はどうするつもりなのだろうか。
「その代わりドロップアイテムは全てこちら側で買い取りとなりますし、買取価格は査定額の半額となりますです。契約期間は一年です」
「う、う~ん、まぁ仕方ないな……」
「入場料とかが半額になるなら悪くないんじゃない?」
「そうだね、他に手もないし、そうしよっか」
「それではこちらにサインをお願いしますです」
「はいよっと」
はい、|お客様≪かも≫五名入店でーす。
一見良心的に見えるけど、全物品強制買取な上に査定額の半額での買取だからね。
査定額は元々低めに設定されている。
今はまだ商業ギルドが商店とかを出店してきてないからどっちにしろうちに売るしかないけれど、時間の問題だ。
契約期間満了までの一年、搾り取らせてもらおう。
まぁ頑張って探索してれば飢えはしないと思うよ?
貯蓄も頑張ればできるんじゃないかな。
「は~、これで漸く俺達も冒険者かー」
「やったね! いっぱい稼いで村の連中を見返してやるんだ!」
ちなみに装備を復旧できないレベルで破損させた場合は全額弁償だから気を付けてくれよ。
そこは半額にはならないからな。
まぁ頑張ってくれ。
俺は心の中でエールを送る。
君たちが延々冒険者として働き続けてくれればDPがたっぷりもらえるからね。
生かさず殺さず、見守ってあげるよ。
そして次の日、ダンジョンを無理に突き進んだ彼らは装備を全損させて金貨二枚の借金を背負ったのだった。
「しかたないです。借金は十日で一割の複利にしてあげるです」
「す、すみません……」
「か、必ず一年以内に返すから!」
「うん! 絶対返すよ!」
「そうです? それじゃ一年以内に返せなかったら皆さん奴隷になってもらいますです!」
シンディーが冗談っぽく言うと借金冒険者達は苦笑しながら肯定を返す。
だが俺は知っている。
シンディーは本気だ。
何故なら契約書にはその旨が明確に謳われていたのだから……。
というかトイチの利子で複利とか鬼だろ。
一年後に一体いくらになっているか想像できない。
「一年後にまとめて返してもらえば結構です」
「いや、そういう訳にはいかないだろう。少しずつ返していくよ」
「……、そうです? その気持ちがうれしいです! あ、これは私からの差し入れです! そこの売店で売っているものですが皆さんで召し上がってくださいです!」
そういってシンディーは彼らに串焼き肉とよく冷えたエールを渡した。
「あ、すみません。んぐっ……っ! う、うまい! ゴクゴク……、ぷはぁっ!」
ああそうだろうよ、慣れないダンジョン探索で疲れた体にはしみるだろう。
それもダンジョン内で全滅して体内のオドを失っている状態だ。
そこに注がれるエネルギーの塊、さぞかし美味いだろう。
彼らはこれから先、半分になった収入と爆増する借金、そして串焼き肉とエールの誘惑と戦い続けることになるのだろう。
せめてその味を知らなければ我慢できたかもしれない。
しかし彼らは知ったのだ。
知ってしまったのだ。
その魅惑の味を。
「ちょうど荒事に使える手が欲しかったんです」
ああ、うん。
そうね。
翌日以降、毎日の様に売店で串焼き肉とエールを買って行く借金冒険者達の姿を見ることになった。
「それで、借金はどうなったんだ?」
三か月後、ふと思い出した俺はシンディーに借金冒険者達のその後を聞いてみた。
「週に一度、銀貨十枚返済しに来てるですよー」
ああ、一応返済には来ているのな。
だがこれは無理ですわ。
たぶん彼らは利子の計算とかまともにできないんじゃないかな。
……、冒険者達の未来に幸あれ。
お読みいただきありがとうございます。
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