第十四話 ダンジョンを案内しようⅡ
『ピンポンパンポーン』と案内放送の音がダンジョンに鳴り響く。
「えーマイクテスト、マイクテスト、ワンツー、ワンツー。ごほん。トロールで手の空いている方は一階Jの十区画まで来てください。繰り返します、トロールで手の空いている方は一階Jの十区画まで来てください」
「……、これは……?」
「ダンジョン内の放送設備です。運営を開始しましたら営業時間の終了のお知らせ等に使う予定です」
「そう、ですか……。私の知っているダンジョン運営とだいぶ違いますね。復活の首飾りがある時点で大きく違うとは思っていましたが」
そりゃそうだよ。
命の危険はない、モンスターは友好的、そしてダンジョンは本当の意味で俺が完全に掌握している。
前提条件が違うんだよね、そしてその目的も。
普通は金を稼ぐために、そして不要な人員の処分のために冒険者という職業は存在している。
それを俺は今の不遇職から普通の職業に、そして他の手に職ある人間にも冒険者になってもらおうと考えているのだ。
「どちらかといえばアトラクションに近いものと思っていただければ」
そうすればきっと多くの人が来てくれるに違いない。
そしてDPやマナを俺達に貢いでくれる。
ああ、今から楽しみだ。
早くおうちに帰りたい……。
「ふむぅ……」
「もちろん、宝箱等からリターンもありますし、モンスターを倒せばドロップアイテムもありますから」
「今迄みたいに命のリスクがない分、多少気軽に冒険者になることが出来そうですね」
「ええ、普通に仕事をしている方でも休みの日に運動として冒険者をやっていただければと思っています」
命の危険はない、装備は現地でレンタルできる。
これならレジャーとして成立すると思うのだ。
「週末冒険者ということですか。面白い発想ですね」
「復活の首飾りがあってこそですけどね」
「それでも、ですよ。よくそのような発想が出たものです」
閣下とそんなことを話しているとダンジョンの奥から気配を感じる。
「来ましたね」
「あれが、トロールですか」
緑の体に粗末な腰布、そして片手に巨大な棍棒を担いだトロールの集団がこちらに向かってくる。
十体は居るだろうか。
その目は大きく開かれ、口元には獲物を見つけて喜んでいるかのような笑みが張り付けられている。
まさに怪物、人類の敵対者といった様相だ。
「ちわー。トロールでっす」
「お待たせしました。とりあえず来てみたんですけど、うちら何すればいいんっすかね?」
「ボスー、やっぱこの衣装やめません? ちょっとハズいんっすけど」
……。
何このチャラい奴ら。
俺達の存在に気が付いていないんじゃないか。
野生はどこに行ったよ?
竜牙さんも手を頭にやっている。
うん、わかるわかる。
「……、お客様の前なのですからもうちょっとしっかりしてください」
「え? あっ! し、失礼しました!」
「とりあえずやり直しで」
「へ、へいっ!」
そう言ってトロール達はダンジョンの奥へと戻り一度姿を隠した後、再びこちらに向かって来た。
「GALAAAAA!!!」
「GURUAAAAA!!」
「GIRYAAAAAA!!」
そうそう!
こういうのがモンスターだよね!
さっきの見てた所為でいろいろ台無しだけど!
「……、演技指導していたのですね」
「お恥ずかしい限りで……」
ヒザヤ閣下の一言に竜牙さんも立つ瀬がないとうつむいてしまう。
「ま、まぁとりあえずはどんな感じになるか戦闘させてみましょうよ!」
「レオ君……、そうですね。気を取り直して。それでは戦闘開始ということで。とりあえずは一体だけで様子を見てみましょう」
「あ、はい」
「わかりました」
リッファーさんもクルスさんも微妙な顔をしながらも剣を鞘から抜き、正面に構えた。
「所詮モンスターの一体、軽くひねってやりますよ」
「騎士の力を見せて差し上げます!」
そして戦闘が開始された。
開始と同時にトロールは棍棒を二人に向かって投げつける。
「なっ!?」
「くっ!?」
「GURAAAA!」
そして二人が怯んでいる隙にクルスさんの足元へスライディング。
バランスを崩したクルスさんの手を叩き、剣を落とさせるとそれをキャッチ。
すぐさまリッファーさんに剣を投げつけると同時にクルスさんの腹に膝を入れる。
「うわっ!」
「ぐはっ……」
「GISYAAAAA!!!!」
地面に沈むと光の粒子となり消えていくクルスさん。
「GURYAAAAA!!!!」
剣を投げつけられた衝撃で体が泳いでいるリッファーに向かって、トロールはいつの間にか拾っていた棍棒を叩きつけた。
「ぎゅべらっ!」
哀れリッファーさんは壁に叩き付けられ、そして光の粒子となって消えていった。
「Win!」
後には腕を組んでどや顔でこちらを見るトロールが。
WINってお前、それどう見てもモンスターの戦い方じゃないだろうが。
近頃近接格闘戦の研究にハマっててじゃねえよ。
つかしゃべんなし!
「一応レベル的には十分対応できるレベルだったはずなのですが……」
「ふむ……、二人は少々油断しすぎたようですね。帰ったら少し鍛えなおすとしましょう」
「申し訳ない……」
「とりあえず迎えに行きますか。入り口の建物の復活スペースに居るんですよね?」
「え、ええ」
レベルがいくら高くても油断してるとこうなる。
レオ、覚えた!
まぁ当たり前と言えば当たり前か。
さっきの二人みたいに所詮モンスターと高を括っているとモンスターが想定外の動きをしたときに対応できない。
それにさっきはトロール一体だけだったけど、複数のモンスターがいるなら彼らは連携してくるのだから。
連携が人間だけの特権だと誰が決めたよ。
まぁそれも俺と竜牙さんが教え込んだからなんだけどなっ!
◆◆◆
◆◆
◆
「面目ありません……」
「申し訳ありません……」
二人を迎えに復活スペースに行くと、二人の騎士が体育座りで俺達を出迎えてくれた。
もう次は油断しないだろうし、あまり気にしない方が良いと思うのだが。
二人にポーションを与えて回復させると再びダンジョンへ向かう。
今度は戦闘無しで見学だけだ。
「おや? これは……、宝箱、ですか?」
一階から二階に続く階段付近でヒザヤ閣下が部屋の片隅にある物体に気が付いた。
「ああ、それは最下級の宝箱ですね」
ぱっと見ただの朽ちた箱にしか見えないが、れっきとした宝箱なのだ。
「開けてみても?」
「はい、その宝箱にはトラップも仕掛けられておりませんから安心してどうぞ」
「トラップ付きもあるのですか。どれどれ……。これは?」
ヒザヤ閣下が宝箱(腐)から木を取り出す。
お、珍しいな。
「薪ですね。比較的当たりな部類ですよ」
「えぇ……、これで当たりなのですか?」
「最下級ですから」
「そういうものですか。少し期待したのですけどね」
「はは、閣下が期待される様なものが出るのは下層までいかないと難しいでしょうね」
「ふむ。それでは頑張ってみますか」
まぁモンスターは襲ってこないし行くだけなら余裕だろう。
お土産の一つくらい持たせないとあれだしな。
と、思っていたのだが。
「うっぷ……」
「大丈夫ですか……?」
「皆さんよく平気ですね……。私はちょっと無理そうなので戻ります……」
ヒザヤ閣下は二階層、三階層と進むにつれ体調が悪化し四階層にたどり着く前にギブアップしてしまった。
「ふむ、これは……」
「竜牙さん、何か知っているのですか?」
竜牙さんが呟いているのを耳にして、俺はこっそり彼に問いかけた。
「マナ酔いでしょうね。外に出ればよくなりますよ」
「そんなのあるんですね……。命に別条がなくてよかった……」
「おそらくヒザヤ閣下はウィザード適性が低いのでしょう。ウィザード適性はマナへの適正でもありますから」
「なるほど」
「この辺の階層であればDもあれば初見でも問題ないはずなのですけどね。まぁ慣れればそれも解消しますしあまり気にしない方が良いかと」
「それなら大丈夫ですかね。四階層へ行く階段の前にはボス部屋もありますし」
俺の仲間は皆ウィザード適性C以上だったからなぁ。
全然気が付かなかったわ。
小さいころからダンジョンで遊んでいたこともあって、マナに体が慣れているのもあるのだろうけど。
ヒザヤ閣下の体調はダンジョンから外に出て少し休憩しただけで回復していた。
「ふぅ、これがマナ酔いですか。なかなかつらいものがありますね」
「申し訳ありません」
「いえ、謝らないでください。まぁ三階まで見れましたし、視察としては十分でしょう」
「それならいいのですが。あ、あとこちらお土産というわけではありませんが下層に出現する宝箱です。記念に開けてみてください」
「いいのですか?」
「せっかくですから。騎士の方々にも少しランクは落ちますが用意しておりますので」
「おお、それはかたじけない」
俺の合図で宝箱(金)と宝箱(銀)を台車に乗せてモンスターが運んでくる。
宝箱(金)は竜牙さんが守っている宝箱なのでまず冒険者たちが手に入れられることはない。
が、それをわざわざ教えてあげる必要もあるまい。
なお、今は最高ランクが金だがそのうちもっと上のランクの宝箱を設置する予定だ。
……、本当はマナをドカ食いするしあまり設置したくないのだが、そうしないと聖杯が出ないだろうしね。
それに宝箱狙いの冒険者が増えれば入手DPも増えるし、そうすればダンジョンを拡張できる。
そしてマナがもっとたくさん手に入るからな。
ある程度利益を還元してやって冒険者を増やさないとだし、必要経費というやつであろう。
「では遠慮なく」
閣下が恐る恐ると言った雰囲気で宝箱に手をかける。
カチリ。
軽快な音がして宝箱の蓋がゆっくりと開く。
「おお、これは……」
「おめでとうございます」
閣下が宝箱を開くとそこには金色に輝く短剣と虹色に輝くバックラーが入っていた。
「これは金、ではないですね。この軽さ、オリハルコンですか?」
「大当たりですかね」
短剣を手に取った閣下は驚きに目を見開く。
うん、結構な当たりの部類ではなかろうか。
魔剣や神器には劣るとはいえ、オリハルコン製の剣なら鉄でも真っ二つに出来るであろう。
「そしてこの小盾、虹色に輝いていますが……。まさか、アダマンタイト……!?」
閣下はそう呟きながら軽くオリハルコンの短剣で盾を叩く。
カツンと小気味の良い音がするが、それだけだ。
「間違いなさそうですね。しかしこのような物を頂いてもいいのでしょうか」
オリハルコンで傷をつけることが出来ないような素材で虹色に輝くとなればアダマンタイトくらいしかない。
オリハルコンにしてもアダマンタイトにしても、非常に希少ではあるのだがなんせ召喚したものだからね。
俺の財布は痛まないのだ。
閣下へのお土産、そして宣伝にはちょうどいいだろう。
「ひとえに閣下の日頃の行いのおかげでしょう。遠慮なくお持ちください」
「……、それではありがたくいただきます。ふふ……」
きらきらとした目で短剣を見つめ、そして小盾を愛おしそうに撫でる閣下。
おぅおぅ、完全に魅入られとりますがな。
「さ、お二方もどうぞ開けてみてください」
「そ、それでは……」
「ゴクリ……」
二人の騎士は期待を込めた眼差しで宝箱を見つめ、そして手を伸ばす。
「おお、私の宝箱は金のインゴットが入っていましたよ!」
「私は宝石です!」
「お二方もおめでとうございます」
よしよし、これで一般にも情報が流れてくれるだろう。
普通に宣伝するよりも口コミの方が効果があるからな。
彼等には『他の騎士の方々と一緒に飲んでください』と酒樽もプレゼントしてある。
きっと酒の席で盛大に同僚達に自慢してくれるだろう。
「こういうものが出るのでしたら人も集まるでしょうね」
「それでは?」
「乗合馬車の定期便、手配しておきましょう」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、それに物販所に宿でしたね。こちらもギルドに口添えしておきますよ」
「助かります」
「頑張ってくださいね」
「はい!」
閣下はそういって馬車に乗り込むとダンジョンを後にした。
ふう、何とか乗り越えたな。
少しほっとした。
さて、後は冒険者を待つだけだ。
商業ギルドや宿ギルドも冒険者がある程度集まってからじゃないと動き出さないだろうしね。
それまではのんびりやらせてもらおう。
お読みいただきありがとうございます。
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