第十一話 え?婚約者ですか?
「ほえ~……、すごいです……」
「シンディー、しゃんとして」
「流石伯爵家。といったところでしょうか」
「これ皆貴族なのか……」
翌日、パーティー会場に着いた俺達の目に飛び込んだのは、上品な衣装に身を包んだ貴族達。
煌びやかなドレスを纏った女性達は彼らが連れてきたのだろう。
入り口からでは全体を見渡せない。
いったい何人いるのだろうか。
彼らはワインを片手に談笑に興じている。
男一人で来たのは俺だけくらいじゃないだろうか。
そう思っていると喧噪の中から俺の噂をしているような声が聞こえてくる。
「あれが……」
「パーティーに一人で出席ですか?」
「少々常識が……」
「……ダンジョンを運営しようとしているらしいですよ」
「今時ダンジョンですか? なるほど、余程箱入りで育てられたのでしょうなぁ」
「少し世間の厳しさというものを教えてやらねばなるまいでしょうな。理解できる頭があるかはわかりませんが」
「はっはは、違いない! まぁ痛い目に合えば理解できるでしょう。なに、動物と同じですよ」
「貴殿はお優しいですなぁ! ブヒヒ、私も一つ世間知らずの小僧に教育をしてやりましょうか」
不快だな。
仕方ないだろうが、昨日いきなり誘われたんだし。
今日の今日で連れ合いを探してくるとか無理がある。
一応シンディーも連れてきてるけど侍女はカウントされないしなぁ。
入り口で突っ立っていても仕方ないし、諦めて入場するとするか。
軽く顔出してとっとと帰えるとしよう。
「こんばんわ」
少し機嫌を悪くしながらパーティー会場に入場するとすぐさま声がかけられる。
てっきり遠巻きで噂するだけで誰も話しかけてこないかと思っていたが、予想外だな。
「貴殿はお一人で?」
ねっとりとした声の方を向くとはち切れんばかりのわがままボディ―を持て余した貴族がそこにいた。
おい、やめてやれよ。服が可哀想だろ。
今にもボタンが明後日の方向に飛んでいきそうじゃないか。
「ええ、急に招待されたもので」
「ブヒッ、それは招待した方も配慮に欠けるというものですなぁ!」
ブヒヒヒと下品に笑うそれも、一応は貴族であるらしい。
そして彼に付き従う女性。
煌びやかな会場に咲く一輪の薔薇。
そんな表現がふさわしいブツが話しかけてきた貴族の横にそっとと佇んでいる。
あ、少しいい香りが漂ってきた。
まさに豚に真珠。とは言えないので若干顔を引きつらせながら俺はかろうじて笑顔を作ることに成功する。
「いえいえ、私が予定より早くこの町に到着してしまいましたので」
「ブッヒッヒ、貴殿は若いので仕方がないでしょう」
「は、はぁ……」
この豚、じゃなかった貴族は何が言いたいのだろうか。
「なんでもダンジョンの経営を行うとか?」
「……お耳が早いようで」
「ブヒヒッ、これでも情報収集は得意なのですよ」
ああ、野生的に耳がいいのかね。
勘は悪そうだが。
「おっと、自己紹介がまだでしたな。私はファグリー・ド・ラーダス。ラーダス男爵家の当主をしております。こちらは今度私の6番目の妻になる予定のリリーです」
「……ご紹介に与かりましたリリー・フォン・ダグラスです」
そう言って彼女はスカートを指でつまみカーテンシーを行う。
その優雅なしぐさと物憂げな表情、そして大きく盛り上がった胸元に輝くクロス。
炎の明かりが彼女の褐色の肌と風に揺れる黒い髪の毛を艶やかに染める。
何故彼女の様な美人がこんな豚にと思うが、貴族の事情というものなのだろうか。
「失礼しました。私はレオポルト・フォン・ミューゼルと申します」
「ブヒヒッ、ミューゼル準男爵家の長男殿ね。なるほどなるほど」
なんなんだこいつは。
全身を舐めまわすような不快な目線。
それにこちらを馬鹿にしたようなしゃべり方。
「準男爵家でしたらまぁ問題はないのでしょうねぇ?」
「何か粗相がありましたでしょうか?」
「ブヒヒ、まぁ気にしなくても大丈夫ですよ。それよりもダンジョン経営するには、まず元手となる資金が必要でしょう?」
「まぁそうですね」
「当家は金融商品も取り扱っておりましてね。よろしければ融通することも可能ですよ」
「はぁ」
「……、はぁ、じゃないですよ? お金、必要でしょう? 同じ貴族どうし協力し合うのはやぶさかではないのですよ」
ああ、金を貸して利益を吸い上げようとしてるわけか。
まぁ俺には必要のない話だ。
「いえ、手持ちで賄いきれますし」
「一割の利子で金貨十枚まで貸して差し上げましょう!」
「いや、だから要りませんと」
年一割なら確かに金利としては安いのだが、うちは割と現金潤沢だしな。
今のところ急に大金が必要になるということもない。
それに必要であるのなら、まずは寄り親であるヒザヤ閣下に相談すべきだろう。
それが筋というものだ。
「遠慮することはありませんよ! 何せ同じ貴族、仲間ですからなっ!」
要らないといってるだろうが、聞けよ話。
「心配ご無用ですよ、ダンジョン運営に成功したら毎日金貨一枚の利子なんて簡単に返済できますから!」
「おいまて」
毎日金貨一枚の利子って、年利じゃなくて日利ってことか?
馬鹿なの? 死ぬの? むしろ殺す気か。
なるほど、貴族のバカ息子が道楽でダンジョン運営を始めようとしているからむしり取ってやろうと思ってるってことか。
いくらなんでも馬鹿にし過ぎだろう。
「レオポルド殿、こんなところに居ましたか」
「ヒザヤ閣下?」
「伯爵殿っ!? 何故このようなところにっ!?」
「何故と言われましても、このパーティーの主催は私ですし」
「そうですが……、この様な端の方まで……」
豚、もといラーダス男爵がボソボソとつぶやいているが……。
「それにうちの娘の婚約者の紹介が必要でしたからね」
「ブヒ!? そ、それでは以前の話を受けていただけるのでっ!?」
「……、とりあえずこちらへ」
ヒザヤ閣下に連れられて俺は会場の中心へ向かう。
会場の中心にあるステージに着くと上品なドレスを纏った美少女が待っていた。
閣下は彼女の手を取るとステージの中央へ向かった。
場違いだなぁと思いつつも俺も一緒に行かなければいけない雰囲気だ。
仕方あるまい。
……、何故か豚もついてきているし。
「皆様、本日は当家のパーティーにご足労いただきありがとうございます」
閣下がそう口上を述べると、出席者たちは歓談を止めて閣下に注目する。
「大いに飲み、食し、楽しんでいってください」
パチパチパチパチ!
会場からは大きな拍手の音が鳴り響く。
拍手は閣下に向けられたものだがその横にいる俺にも余波が届き思わずのどを鳴らした。
「さて、皆様に私よりご報告いたしたいことがございます」
会場がざわめく。
一体何事だろうか? と言った視線が閣下、俺、豚の間を飛び交う。
「まず一点。当家の寄子であるミューゼル準男爵家が此度ダンジョンを運営することとなりました」
ざわめいていた会場に沈黙の幕が下りる。
それはそうだろう。
モブキャラクター伯爵家ですら失敗したダンジョン運営を準男爵家ごときが成功させられるとは思えないだろうし。
にもかかわらずヒザヤ閣下はその暴挙を止めず、むしろ紹介したということは背中を押していると見て取れるわけで。
「当家はミューゼル準男爵家のダンジョン運営を応援しますので、皆様も意識していただけたらと思います!」
パチパチパチ……。
会場にまばらに広がる拍手の音がその思いを物語っている。
そりゃそうだよな、急にこんなこと言われても困るだろうし。
「そしてもう一点。当家がミューゼル準男爵家を支援することの証として、我が娘のベルとレオポルド殿の婚約をここに発表します!」
「ブヒ!? ナンデストオオオオオ!? ベルは私に嫁がせてくれるのでは!?!?!?」
パチパチパチパチ!!!!!!
豚の叫びは拍手に消し去られ、観客には届かなかったようだ。
だが俺には聞こえた。
この豚、ベルを嫁にするつもりだったのか。
俺の隣では豚が目を白黒させている。
そして拍手をしている貴族たちは……、笑顔は笑顔だったのだがとても好感が持てる笑顔ではなかった。
人を嘲笑している、そんな雰囲気だ。
だがしかし、その対象は俺ではなく、豚に向いていた。
余程嫌われてたんだろうなぁ。
いやまて、ベルが俺の婚約者?
どうしてそうなった?
まったく俺話聞いてないんだけど!?
というかベルはどこだよ。
本人不在で婚約発表とかありえないだろうがっ!
「レオ、よろしゅーな?」
閣下の横にいた美少女がそう囁いてくる。
まさか……、いや、なんとなくベルの面影がある?
「はい……? 君は……ベル、なのか?」
女は化けるというが……、ここまで変わるものなのか。
というか、ほんとにベルなのか? 清楚すぎて怪しいんだが。
「はいってゆーたな!? 言質取ったで!」
あ、この反応、間違いなくベルですわ。
いや、え、マジ?
「それじゃエスコート頼むで?」
「お、おぅ……?」
後ろにいる豚からの凄まじい怨念を背中に受けながら俺は彼女の手を取ってステージから会場に向かうのだった。
「いやはや、パーティーにどなたも連れて来られていなかったので何故かと思っておりましたがこういうことだったのですね」
「あはは……」
「それにしても、ダンジョン運営ですか。ヒザヤ閣下も随分と入れ込んでいるようですが何か秘策をお持ちなので?」
「ええ、まぁ……」
閣下からの紹介前とは打って変わって俺の周りには人だかりが出来た。
ここまで露骨だと怒りもわいてこない。
そしてベルの思わぬ能力を垣間見るのだった。
「そうなんですの? ふふ、それはまたの機会に聞かせていただきますわ」
誰だよお前。と言いたくなるくらい華麗な彼女は俺が多くの貴族に集られておどおどしている中、上手に貴族達を捌いていってくれたのだった。
流石大貴族のご令嬢と言ったところであろうか。
「レオもそのうち慣れなきゃやで?」
「お、おぅ……、努力するわ……」
普段の雰囲気とお嬢様モードでの雰囲気が違い過ぎて少しドキドキしてしまう。
これがあれか、ギャップ萌とかいうやつなのだろうか?
その日のパーティーではご馳走がたくさん出たはずなのだが俺の口には一口も入ることなく閉会の時間を迎えてしまった。
なんということだ……。
割と俺、楽しみにしていたんですけど……?
パタパタパタ。
「レオー!」
とぼとぼと会場を後にする俺に向かってベルが小走りでやってくる。
「ん? どした?」
「はい、これ」
魂の抜けかけている俺に、ベルが小包を握らしてくれた。
「これは……?」
「レオ、何も食べ取らんかったやろ?」
小包からはいい香りが漂ってくる……。
「ベル、お前は良い嫁になりそうだな!」
「いや、うちレオの婚約者やし?」
そうだった。
「マジうれしい! ありがとう!!」
「ちょっ! やめーや! 人がみとるでっ!?」
思わず抱きしめた彼女から俺は脳天をぶっ叩かれる。
「そういうのは、ちゃんと結婚してからやな」
この世界、案外貞操観念が高いらしい。
「お、おぅ、すまん……。でもほんとありがとうな?」
「どういたしましてやでー」
俺はお土産を片手に意気揚々と宿へと向かうのだった。
◆◆◆
◆◆
◆
会場からの帰り道、星だけが道を照らす。
「今日は新月だったか。暗いな」
「少し怖いです……」
宿まではあと一時間程度歩く必要がある。
馬車を手配しておけばよかったと思うが、街にある馬車は他の有力貴族たちに抑えられていただろう。
「……。つけられていますね」
「へ?」
暗い夜道を足早に宿へと向かう途中、竜牙さんが硬い声でそうつぶやいた。
「前を見たまま、後ろを振り向かないでください」
「……はい」
竜牙さんの言葉に従い俺達は前を向いたまま少し歩を早める。
「七人ですか。しかしこれは……」
「盗賊ですか?」
困惑している様な竜牙さんは珍しいな。
普段毅然としているだけにその違和感が気になる。
「巡回の騎士達じゃないです?」
「巡回の騎士は三人一組だよ、それにこの道は巡回ルートに入っていないはずだ」
シンディーが怪訝そうにそう言うもアルに否定される。
「もしかして、俺達狙われてる?」
「もしかしなくても狙われていますね」
まじかよ。
俺達が一体何をしたと言うんだ。
こそっとメニューからマップを開き周囲を確認する。
赤い点が7つ、間違いなく敵だな。
……、貴族の餓鬼が馬車にも乗らず夜道を歩いてれば当たり前か?
以前の山賊の件を考えるとありえなくもない。
「それにしても、伯爵家の関係者を襲おうだなんてよっぽど食い詰めているのかな」
「そうだな、普通は手を出すのを躊躇するはずなんだが」
しかしこのまま見逃してくれるって希望的観測は捨てたほうがいいだろうな。
また竜牙さん頼りになってしまうか……。
「先生、お願いします」
「任せなさい」
ノリいいなー。
と思うやいなや、竜牙さんの姿が闇に溶けて消える。
ガキンッ! ガツッ! ガッ!
「ぐあっ!」
「な!?」
「うわあああああっ!!」
そしてそれとほぼ同じくして後方で金属同士がぶつかる音と悲鳴が上がる。
「まずいぞ、こいつは手練だ! 引け! 引けっ!」
「く、くそっ!!」
そんな会話と同時に足音が遠ざかっていく。
どうやら諦めてくれたようだ。
「……」
「竜牙さん、ありがとうございました」
賊共が逃げていった方向を睨みつける竜牙さんの所まで行って礼を言う。
相変わらず強いよなぁ。
奇襲とは言え、七対一で圧勝だもんな。
さすがうちのダンジョンのボスだ。
対して俺は緊張のせいか少し目眩がしていた。
情けないな……、もっと頑張らないと。
「いえ。それよりも早く帰りましょう」
「え、ええ。そうですね?」
竜牙さんの態度が気になるが、何か問題があるなら言ってくれるだろうし別にいいか。
それよりも早く帰ろう。
宿についたらベルから渡されたパンドラの箱を開かなければならないのだから!
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想等いただけると励みになります。
あと↓のランキングをポチってもらえるとうれしいです。




