第一話 異世界に行こう
二作目、がんばっていこー。
放課後の図書室。
夕日がカーテンを照らし室内をオレンジ色に染める。
「神宮寺、後は頼むから施錠忘れずにな。鍵は職員室に持ってきてくれ」
「はい、わかりました」
先生も、誰も来ないことを知っているからか入り口の鍵を開けるとすぐに職員室に戻って行ってしまう。
それでも自ら鍵を明けに来てくれるだけマシというものだろう。
少し埃っぽい空気の中、俺は雑巾を片手に気だるげに通路を進む。
図書委員と先生以外が最後に来たのはいつだったか。
そんなことを思いながら雑巾を絞る。
「誰も使ってないとはいえ、これくらいはね」
そんな独り言をつぶやきながら棚を拭いていく。
「ん?」
ふと目を横にやると一冊の本が床に落ちていた。
「あれ……?」
ここまで来る時には無かったはずだ。
訝しみながらその本を手に取りながら一人ごちる。
「見落としただけかな。それにしてもなんで落ちてるんだ?」
気が付かぬ間に来客でもあったのだろうか。
そうであるなら元の位置に戻しておいて欲しかったな。
そう思いながら何の気なしに本を開くと視界が暗転し、そして再び明るくなった。
「な!?」
驚いたのは仕方がないだろう。
図書室だったはずの周囲は、何故か宇宙空間に代わっていたのだから。
「は……? なにこれ? 夢でも見ているのか……?」
「夢じゃないですよ」
俺の独り言に返事が返ってきた。
誰も居ないと思っていたが誰か居たようだ。
しかし声のする方を見ても誰も居ない。
「うふふ、そちらではないですよ。上です、上」
「え?」
慌てて上を見ると白い椅子にたたずむ美少女がこちらを見て微笑んでいた。
ウェーブのかかった金髪に青い瞳。
白いフリルが多くあしらわれたドレス。
そして足の隙間の奥には白い……。
そこで俺の意識は一度途切れた。
「ハッ!?」
「気が付かれましたか?」
「あ、ああ……。ここは……?」
「ここは何と言いますか。世界と世界の狭間とでも申しましょうか」
目を泳がせながら少女はそう言った。
「狭間……?」
「はい、あまり気にされない方が良いかと」
「そう……? 後、なんか額が熱いというか痛いんだけどこれは?」
「自業自得です」
「……」
まぁ、仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ。
ちょっと手が早すぎやしませんか。
いや、手じゃなくて足か。
「それでですね、ここにわざわざ来てもらった理由なのですが」
「ちょっとまって。『来てもらった』ってことは君が俺を呼んだのか?」
「えっと、他には誰も居ませんよ?」
「そうじゃなくて……、いいや、うん、話進めて」
俺は混乱する頭を押さえながら首を振ると話を進めることを優先することにした。
この調子だといつまで経っても本題に入れそうにないし。
「はぁ……。げふんっ、気を取り直しまして。あなたに異世界で聖杯を回収してきていただきたいのです」
「聖杯……?」
「はい、私達の主神様の血を受けた聖なるアイテムです」
「はぁ……」
「えっと、もちろんタダとは言いません! もし司様が聖杯を手に入れることが出来たら私にできることなら何でもしますから!」
なんでも、とな?
いやいや、女の子がそんな簡単に何でもするとか言っちゃダメでしょ。
……、女の子、だよね?
ちょっとさっき見た光景を思い出す。
うん、妙なふくらみは無かったはずだ。
よし。
……、何がよしなんだ。
「あ、信用できませんか? いいですよ! 奮発して宣誓してあげちゃいますっ!」
彼女はそういうとどこからともなく紙を取り出し何かを書き込んだ。
そしてその紙は書き終わると同時に燃えあがり、消滅した。
「これで私は万が一にでも約束を違えることは出来ません!」
「まぁそれはどうでもいいんだけど」
「はいっ!? 宣誓をどうでもいい!?」
信じられない、と言った風に目と口を大きく開けた彼女は何と言うか、鯉の様だった。
「それより一つ質問良いか?」
「うう……ぐすっ……、いいですよ……なんなりと聞いてください……」
「俺と君、どこかで会ったことあったっけ?」
「えっ? ナンパですか? ごめんなさい、私そういうことはお断りしているんです」
「そうじゃなくて、さっき俺の名前読んでたろ?」
「ああ、そういうことですか。失礼しました。私は熾天使のガブリエルって言います。気軽にガブちゃんって読んでくれていいですよ?」
自称天使(笑)の彼女はそう言って無い胸を張った。
それにしてもガブちゃんって呼べとか、痛いなこいつ。
と言うか、俺の質問に答えてないし。
誤魔化そうとしているのか?
「ガブリエルさん、それでどうして俺の名前を知っていたんです?」
「いえ、ガブちゃんで……」
「ガブリエルさん、教えてもらえますか?」
俺は狼狽えるまな板天使(笑)を半眼で見つめながら質問を重ねた。
誤魔化せれると思うなよ?
「……、一応これでも位階が高いので下の者に調べさせたんですよ」
「位階ですか」
「はいっ! 自慢じゃないですけど第一位階なんですよっ!」
「へーすごいすごい」
「……、なんでそんなおざなりなんですか……」
「自慢じゃないなら問題ないだろ?」
「そ、そうですけどぉ……」
「それにそれってストーカーじゃないですか。やだー」
「へっ!? そういう訳ではっ!?」
露骨に動揺する彼女。
少し可哀そうになってきたかもしれない。
でもなぁ、異界で聖杯探してこいとか意味が分からないし。
そもそもなんで俺なんだ。
「と、とにかくです! 私の為に異世界に赴き、聖杯を回収してきていただけないでしょうかっ!」
彼女は胸の前で手を組み、上目使いで聞いてきた。
くっ、こんなの卑怯じゃないか。
選択肢なんて、ない……。
俺は答える。
「お断ります」
時間が、止まった。
「いやいやいやいや! そこは普通分かりましたとか任せておけとかいうところでしょっ!?」
「いやいやいやいや! 普通は断りますって!」
「なんでですかっ!」
「当たり前だっ!!」
考えてみてほしい、どうして美少女とはいえ見ず知らずの他人の為に手を煩わせなければいけないのか。
それもちょっとやそっとではない。
異世界に行って聖杯探索とか、まともな神経してたら引き受けるはずがないのだ。
「いいじゃないですか! ちょっとダンジョンに潜って宝箱開けてくるだけの簡単な仕事ですよ!?」
「それのどこが簡単なのか三行で!」
「普通剣と魔法の世界で冒険をプレゼントって言えば断る人なんていないでしょうに!」
「むしろ受け取る奴なんざ居らんわっ! よしんば受け取っても直ぐに全力で返品するわ!」
剣と魔法、つまり暴力が幅を利かせている世界で、しかもダンジョンとかやばい香りしかしない。
「あれですか! チートですか!? チートがいるんですか!? 任せて下さい! もちろん付与しますよ!」
「いや、そういうの関係ないから」
「え? チート要らないんですか?」
「そうじゃねぇよ!」
くそう、こいつ言葉が通じねぇ。
俺が欲しいのはチートじゃない、安寧だ。
いつも通り図書室の掃除をして、いつも通り下校して、いつも通り家でのんびりネットでもしてたいんだよ。
決して異世界でヒャッハーしたいわけじゃない。
「そもそもだな、なんで俺が異世界に行かなきゃいけないんだよ」
「そ、それは……」
「別に俺じゃなくてもいいだろ?」
「そんなこと、ないです……」
「んじゃ理由教えてよ」
「……」
「言えない、いや、別に誰でもよかったんだろ?」
「ち、ちがっ……!!」
「まぁいいさ、ともかく俺は断る。さっさと元の場所に戻してもらおうか」
ふう、これでいいんだ。
俯いてプルプル震えている彼女は少し可哀そうな気がしないでもないが、かと言ってなぁ。
異世界なるところに行っても生き残れる自信ないし、ましてや聖杯なんて伝説級のアイテムだろ?
そんなものを手に入れるなんて夢のまた夢だろうよ。
「……せん……」
「あん?」
俯いたまま彼女がぼそぼそとしゃべるがよく聞き取れない。
「聞こえなかったからもう一回言ってもらえるか?」
「戻せません……」
「引き受けるまで帰さないってか? でも俺は絶対断るぞ」
「違います……、ここから司さんがいた世界に戻る方法が無いんです……」
ぱーどぅん……?
今、なんて、言った……?
「帰る方法が無い……?」
「はい……」
僕知ってるよ。
こういうの、『拉致』っていうんでしょ?
……、自分がその立場になると洒落になんねーな……。
「選択肢、無いじゃん……」
「ごめんなさい……。まさか断られるとは思わなくて、パスを切っちゃったんです……」
パスとやらをこいつが切っちゃったから戻れなくなったと……。
こいつ熾天使じゃなくて駄天使を名乗った方が良いんじゃねーの。
「二度と元の世界に戻ることは出来ないってこと……?」
「そんなに落ち込まないで下さいよ。異世界でダンジョンマスターになれば神からの祝福であるダンジョンポイント、通称DPを使用して異世界と通じるゲートを開くことが出来るのでそれで戻ってこれますし! ついでに聖杯もゲットしてきてくれるとうれしいですけど!」
「お前……、マジふざけんなよ……」
あまりの事態に俺はため息しか出ない。
「ひぃっ!? 許してくださいぃ……。チートおまけしますからぁ……」
「はぁ……どっちにしろ異世界に行くしかない訳ね」
「そうなりますが、でもでも、大丈夫ですよ!」
「何がよ……」
俺はガタ落ちのテンションを隠そうともせず彼女に問いかける。
「あっちの世界ではダンジョンは儲かるんです!」
「それで?」
「あれ、わかりませんか? お金持ちになれるんですよ? うっはうはっですよ!」
そう言って彼女は手のひらを上に向けて何かを掴む動作をする。
君はお金を掴む前に胸を掴めるようになるべきだ。
まぁないモノは無いんだからどうしようもないがなっ!
……、はぁ。
「うっはうはってまた古い表現だなぁ」
「あれ? そうですか? すみませんね、何分最近あまり地上を見ていなかったもので……」
「それに向こうでお金持ちになっても仕方ないだろうに」
「むむぅ……。あ、後病気になっても大丈夫なようにいろいろ手配しますから安心してください!」
「ああ、そういうのもあるよね」
向こうでは未知の病原菌もあるだろうし。
そういえば言語は大丈夫なのだろうか。
当然向こうとこっちでは言葉が違うだろうし。
「言語についても心配いりませんよ! ちゃーんとどうにかなるようしときますからっ!」
「そうか……。もう行くしかないんだよな……。仕方がない、な……」
俺は何とか覚悟を決める。
元の世界に戻るまでどれくらいかかるだろうか。
DPだっけ?
早く貯まるといいんだけど……。
「はい! それでは逝ってらっしゃいませっ!!」
落ち込む俺とは対照的に彼女は元気よく俺を送り出すのだった。