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月夜烏は焔に還る  作者: タカノケイ
イグマイの怪事件
9/17

物言わぬ

 

「着いたぞ、フルス」


 ジギーの声で、フォルテナは薄く目を開けた。イグマイから数時間馬車に揺られ、二人は農地に囲まれたダチアという小さな町に到着していた。


「寝るとはさすがじゃねえか」


 茶化すジギーを横目で睨みながら馬車を降りる。眠っていなかったことなど知っているくせに、この痩せぎすの中年男は人を苛立たせる才能にだけは長けている。

 馬車は南へと走り去り、外は細かい雨が降っていて景色が霞んで見えた。何かでそうだな、というジギーのつぶやきが、不吉な予言のように暗い街並みに吸い込まれた。


「何が出たとしても悪霊よりはマシでしょう」


 肩をすくめて返事をしながら、フォルテナは背後を確認した。何かに見られているような不快な感覚がする。雨のせいだろうか……傘を差すほどではないが、髪や肌が静かに濡れてなんとなく鬱陶しい。

 雨を除けば、美しい街並みの住宅街だった。道路ギリギリに建物が並ぶイグマイの中心街とは違い、道から広い庭を挟んで家が建っている。

 庭は板塀かレンガで隣の家の敷地とあっさりと仕切られていて、隣近所で競うように様々な植物が植えられている。競うと言っても、派手すぎず、個性的になり過ぎず、ここに住んでいるのは温厚で常識的な人間です、とも主張していた。


「あのう、トギノス機関の方でしょうか」


 後からおどおどした声が聞こえて、フォルテナは驚いて振り返った。そこには警官の制服に着られているような体格の男が立っていた。成人していないと警官にはなれない筈だが? と訝しむほどに幼げな印象だ。白い肌に細かいそばかすが散って、これまたサイズに合わない大きな眼鏡をかけている。

 そうです、とフォルテナが頷くと眼鏡の男は嬉しそうに微笑んだ。笑うと余計に子供っぽい。


「僕はロシュクール・ディガーです。ワノトギ様がいらしたら案内するように言われて、ここで待っていました」


 挨拶まで、まるで学生のような物言いである。ぺこっと頭を下げる所作も大人げない。恐らくではあるが、他で役に立たずここに追い出されていたのだろうと思えた。

 フォルテナの内心など知らぬロシュクールは、害のなさそうな丸顔でニコニコと笑っている。人がよさそうと言えば聞こえがいいが、だらしないと言えなくもない。そこまで考えて、どうやら自分は初見でこの男を気にいらない奴、と判断したらしいと気づく。


「私はフォルテナ・フルス。こちらはジギー・ザック。イオヴェズ教団イグマイ事務局から派遣されたトギノス機関の者です。早速ですが案内していただけますか?」


 フォルテナが促したのに、ロシュクールは窺うようにジギーを見た。なるほど、こちらが責任者だとわかる程度の頭はあるらしい。更に気に入らないけれど、とフォルテナは視線を逸らせた。


「じゃあ、案内を頼む」


 しばらくの間をおいてジギーが静かに言うと、ロシュクールは任せてくださいとばかりに頷いて、軽い足取りで二人の前を歩き出した。返事をするのに間が開いたことなど、何も気にしていないようだ。

 黙って歩き出すジギーに合わせて、フォルテナも足を進める。

 ワノトギは、あまり警察には歓迎されない。国家の法で動く警察と、独立した存在として許されている神殿はあまり相性が良くないのだ。

 そもそも、人民が警察よりもワノトギを敬うことに問題がある。ワノトギは人を傷つけることが出来ないから、犯人の逮捕などには全くかかわることが出来ない。しかし、自然災害や突発的な事故から人々を守るためには、持たざる警察官よりも数段、役に立つからだ。

 そんな中、ロシュクールの態度は、良いほうだと言って間違いない。あまり悪く思うまい、とフォルテナは気を取り直した。


「僕、小さいころに死霊に憑かれたことがあるんですよ」


 突然、ロシュクールがくるりと振り返った。なるほど、とフォルテナは納得した。彼は個人的な理由でワノトギに感謝しているから、こんなにも愛想がいいのだ。恐らく、命を救われたのに違いない。自分たちのやっていることに感謝してくれる人が居る。それはとても嬉しいことだった。


「僕、試練の時のことって全然覚えてないんですよ。お二人は何か覚えてますか?」

「いや」


 苦笑いしながらフォルテナは首を振った。眼鏡の奥からフォルテナを見たロシュクールは、そうなんだ、と言いながらつまらなそうに前に向き直った。

 真の神殿内で起きたことを記憶しているものはない。それは精霊憑きワノトギでも同じだった。神殿に連れていかれたところまでは覚えている。そこで、これは人の立てた形だけの神殿で、この世界と精霊たちの世界の狭間に神霊様は居る、と説明された。

 重い扉が開かれて洞窟のような場所が見えたところまでは覚えているが、その後は「目覚めたら精霊憑きワノトギになっていた」というより他ない。

 ロシュクールはあまり膝を曲げずに、前方を蹴るようにして歩いている。ガツガツと大きな靴の音がして、少し不快だった。


「僕も、神霊様に会ったはずなんですよねえ。どんな顔してたのかなあ、神霊様……あ、スミマセン! 精霊憑きワノトギ様に会うことって滅多にないですから浮かれてベラベラと」


 再び振り返り、ジギーの顔を見て慌てて口をつぐんだ後、言い訳をするロシュクールを見て、フォルテナもジギーの顔を見上げる。眩しくてよく見えないが、普段は無駄口ばかり叩くこの男が、ロシュクールのように人懐こい者を相手に黙っていることが少し意外だった。


「あ、着きました。あそこです」


 大通りを逸れた細い路地の、一番奥の質素な家をロシュクールは指さした。近くまで寄ってみると、質素というよりはみすぼらしいと言った方が正しい佇まいだった。

 ただ、庭だけは今まで見たどの庭よりも素晴らしかった。フォルテナは花には詳しくないが、一見好き放題に生えているように見えて、とても調和がとれていると思った。

 今まで見た庭の「ここで生えていろ」といった植え方とは違い、植物があるがままの姿で、居たい場所に、それでいて寄り添うように生えていると感じた。


「どうぞ、ごゆっくり」


 ロシュクールは顔をくしゃっと丸めて笑う。白い、手作り感あふれる門扉を押してくれている。ジギーが黙って中に入り、フォルテナも後に続こうとした。


「たす……け」


 ロシュクールの横を通る時に不思議な声が聞こえた。思わず立ち止まって、フォルテナはロシュクールを見る。明らかにロシュクールの方から聞こえたが、ロシュクールの声ではない。

 何も言わずに、ロシュクールの口元を凝視する。だが、声はもう聞こえなかった。ふ、と軽い息を吐いて、改めてロシュクールを見直すと、先刻と同じはずの笑顔なのに、何故だか歪んで見えた。


「どうしました?」


 ロシュクールは不思議そうに立ち止まって自分を見ているフォルテナに首を捻る。歪みはもう感じなかった。その顔には何の悪意もなく、歪んで見えたのは自分の目のせいなのかとフォルテナは瞬きを繰り返した。


「いや、何も」


 恐らく、空耳だったのだ。フォルテナは軽く首を振って、家の回りに張られていたロープをくぐった。立ち止まって自分を待っているジギーの横を通り過ぎる。


「じゃあ僕はこれで失礼します。鍵はそのままで大丈夫です」


 後ろでロシュクールが叫んでいたが、フォルテナは振り返らずに扉を開けた。


 家の中もその外観にそぐった質素な作りだった。入ってすぐに、右と左と前に三つの扉がある。

 ジギーは真ん中の扉を開けた。エレミタ・ベッカーがそこにいた。思ったよりも近い。遺体は見慣れているのだが、人の焼けた匂いにフォルテナは思わず顔を背ける。

 ジギーが部屋の中に入ってから、フォルテナを見返した。


「大丈夫か? 外で待つか?」

「大丈夫です」


 フォルテナはずかずかと部屋の中に入る。遺体は見慣れているとはいえ、消し炭のようになるまで燃やされてた遺体は見たことがない。気味が悪いのは、顔だけが生々しくそのままなことだった。不思議なことに少し笑っているように見える。

 遺体の表情から目をそらし、何を見たらいいのか、探したらいいのかわからないまま、フォルテナは奥に進んできょろきょろとあたりを見回した。

 家具は少なかったが、どれも大事に使われたことがわかる佇まいで、主の死を悲しんでいるようにさえ見えた。


「燃やされて、ここに運ばれた可能性もありますよね?」


 写真一枚飾られていない壁を見つめながら、フォルテナは呟く。部屋を見ただけだが、エレミタ・ベッカーは人の恨みを買って殺されるような男ではない気がした。


――ザク


 霜柱を踏むような音が聞こえて、フォルテナははっとして振り返る。信じられないことにジギーはエレミタの遺体を踏みつけていた。ジギーの足の形に遺体は崩れて壊れている。


「ジギー・ザック!」

「そりゃねえだろ、これじゃ運ぶのは無理だ」


 思わず大声を出したフォルテナに、ジギーは事も無げに告げた。


「なんてことを。足を下ろして!」


 死者を愚弄するなんて許せない。ジギーは悪かったというように両手を上げて足を遺体からおろした。


「エレミタのじい様は死霊になってない。つまり、マスカダインに還ったんだろ? これはただの抜け殻。いや、消し炭だ」

「そういう問題じゃない!」 


 変わり者だとは思っていたが、これは常識の範疇を超えている。ジギーはそんなフォルテナを見て意味ありげに笑った。


「すました敬語を使ってるより、そうやって怒鳴ってる方がいい」


 呆れてものが言えないとはこの事か。フォルテナはこれ以上の問答を諦めて、ジギーの足によって崩れた遺体を見る。確かにこれではどこかから運んでここに降ろすことは不可能だ。そして、中まで入念と言っていいほどに焼き尽くされている。


「ではやはり、精霊憑きワノトギの仕業?」

「ああ。警察の科学班も調べるだろうが、俺にはそうとしか思えないねえ」

「じゃあ、どこかで精霊トギ堕ちが?」


 あれが、また起こるのか。フォルテナは血の気が引いていくのを感じた。

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