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月夜烏は焔に還る  作者: タカノケイ
ヴェイアの夜
15/17

孤児院

 イスラを探すのは諦めて、フォルテナは料理の並んだテーブルに近づいた。


「おいおい、まだ食うのか?」


 後ろから呆れかえったような声を掛けられて、キッと振り返る。声は同じなのにいつもと違う顔のジギーに少し戸惑ってからフォルテナは口を尖らせた。


「まだって、そんなに食べていませんし、食べるつもりでもありません」

「へーえ。まあどうでもいいが、そろそろ動けよ。まわりの会話に耳をすませろ」


 フォルテナの耳元で早口で言うと、ジギーは人だかりの中に消えていった。

 それもそうだ。フォルテナは本来の目的である情報収集をしようと頭を切り替える。

 なるべく主役であるゾーミエから離れた者の会話を聞くのがいいだろう。娘の耳に入る場所で母の事を噂する馬鹿もいるまいから。フォルテナは伸びあがって取り巻きに囲まれたゾーミエの居場所を確認し、少しづつ離れていった。

 周囲の声に耳を澄ませていると、それにしたって母親だぞ……という、単語が耳に届いた。いさめるような音が含まれているのも気になる。フォルテナは声の主を探した。


「だとしても、うまくやったものだろう……」


 あの声だ。フォルテナは目立たぬようゆっくりと泳がせていた視線を止める。年配の男性二人が、パーティも最高潮の盛り上がりを見せているというのに、壁際で顔を寄せ、声を潜めて話していた。フォルテナはもう少し近づこうと、バルコニーで夜風にあたりたいのだ、というふうを装って壁に近づく。


「お飲み物はいかがですか?」


 突然、飲み物を乗せたトレイを目の前に差し出された。あやうく躓きそうになりながらフォルテナは立ち止まった。若いボーイがにっこりと微笑んでいる。


「ありがとう」


 フォルテナは舌打ちを堪えつつ適当なグラスを取った。彼は彼の仕事をしているだけ、と怒りを顔に出さないようにして笑顔で立ち去り、ようやくパーティにはあまりそぐわない表情をした二人の男の横に辿り着いた。


「……しかし、いくらクズでも母親を殺すかね」

「おい、声が」

「構うもんか、みんな知ってるさ。ゾーミエ・ザッカルに逆らった人間がどうなったか」

「ゾナイヤに逆らった、の間違いだろう?」

「いいや。最初から娘が怪しいと俺は思ってたよ。ゾナイヤを殺ったのは間違いない、娘のゾーミエさ」


 男たちの話は、どうにも噂と憶測の域を出ていない。ゾナイヤに殺された者の死因について話さないだろうか、と思ったが話は相続される財産の話になってしまった。

 この二人はもう諦めよう、と思い始めたとき、その二人に一人の男が近づいていった。


「やあ」

「これはこれは」

「お兄さんが亡くなった時以来ですかね」

「あの時は本当に……」


 先ほどとは違うボーイが側をうろうろしているのを見て、フォルテナはまだ飲み物の残っているグラスを目立つように持ちなおした。


「おかしな死にかたでしたからね。口の中にびっしりと苔が生えて」

「いや、その話は……」

「おかしいと思いませんか? ザッカル家にとって目障りな有力者ばかりが、ここ数年で何人も……おかしな死に方をするなんて」


 会話は不意にそこで途切れた。目立たぬよう視線を左右に動かして、その原因がゾーミエである事がわかった。取り巻きの数が減って、その姿がはっきりと見える。

 それは逆も然りであった。ゾーミエの黒く縁どられた目が、壁際の三人の男たち注がれ、ついでのようにフォルテナを見て逸らされた。

 それきり、男たちは口をつぐんでしまった。フォルテナは三人を諦めて別のターゲットを探したが、あとはどれだけ会場内をうろついても、それらしき噂を聞くことはできなかった。相変わらずイスラの姿も見えない。


「フルス」


 ぽつりぽつりと招待客が帰りだしたころ、ジギーに名前を呼ばれた。


「帰るぞ」

「もういいんですか?」


 言葉とは裏腹に、かなりほっとしながらフォルテナは聞き返す。これ以上ここに居ても何も得られないと思い始めたところだった。

 ジギーはにやりと笑って返事をしなかった。今朝の移動から今まで、身も心も疲れ果てたフォルテナは、それ以上の追及はせずに迎えに来た馬車に乘りこんだ。



******


 翌朝、目を覚ますとすぐにフォルテナはジギーに書き置きをして宿を出た。孤児院にイスラを訪ねるためだった。イスラが妹思いの姉であることが、こんなにイスラが気になる原因だろう、と思う。姉のヒュンメルと重ねてしまっているのだ。


「イスラはおりません」


 精霊憑きワノトギが尋ねれば面会を断られたりはしないだろう。簡単に会えると思っていたフォルテナの考えはどうやら甘かったようだった。

 孤児院の入り口に立ち塞がった女は、にべもなくそう言い放った。フォルテナは不機嫌をわざと見せつけるために眉を寄せる。


「は? じゃあ、どこに?」

「イスラなどという子供はおりません」

「いや……昨日の夜会で会って話したんですよ? では、アティファは?」

「そんな子もおりません。おそらく聞き間違いか、酔ってらしたのでしょう」


 女はフォルテナの目を見ることもしないで、取りつくしまがなかった。


「では、探しますので中に……」

「誰であれ、許可なく院内には入れません。お引き取りを」


 誰であれ、を強調して言うと、女は院内に戻った。ちょっと、を手を伸ばしかけたフォルテナにぶつかりそうな勢いでドアが閉まる。


「へえ……あっそう!」


 フォルテナは、そう吐き捨ててから孤児院を囲む塀に沿って歩く。こんなに高い塀をはる必要があるのだろうか。これでは、守っているというよりも閉じ込めているように見える。


精霊憑きワノトギなめないでよ?」


 小さく呟いて角を曲がると、孤児院の塀に沿って、人気のない小道が伸びていた。その小道を挟んで孤児院の向かい側にある林にフォルテナは入り込んだ。


精霊トギ


 ボウ、とフォルテナの全身が燃え上がり、着ていた服が足元に落ちた。フォルテナの形だった火はぐるぐると回って体積を減らし、小さな火の玉のようになって飛び上がった。一気に孤児院の塀を超えて中に入る。


――あそこ


 建物の最上階の奥……外から見てもわかるくらい他の部屋とは違う高級そうなカーテンがひかれている部屋をフォルテナは目指した。窓際まで近づくと外に掲げられたたいまつの上に留まる。


「大人しく帰った?」

「はい、ゾーミエ様」


 この部屋で正解だった。まさかゾーミエがいるとは思わなかった。もう一人の女はさっきフォルテナに対応した女だと思われる。


「で、イスラは?」

「はい、首尾よく行きました」


 やはり、イスラはここにいた。しかし、会話の中身のあまりの不穏さにフォルテナは息をのむ。首尾よく……と言ったか。昨夜だったのか。


「今回は上手くいくといいけれどねえ。うまく行っても、そこからがまた一苦労」

「ゾーミエ様」


 若い……というより幼い三つめの声がゾーミエの言葉を制した。


「どうしたの? エティア」

「外に誰かいます」

「外?」


 フォルテナは驚いて、松明の火のふりをやめて屋根の上へと移動する。


「誰も居ないわ」


 窓に寄ったのだろう。ゾーミエの声がはっきりと聞こえる。


精霊憑きワノトギです。まだ気配があります」

「始末できる?」

「はい」

「行きなさい」


 ゾーミエの命じる声とほぼ同時に、少女が窓から飛び出してそのまま空中に立つ。足元には蔦のようなものが絡んでいた。いや、足そのものが蔦になっている。

 自然を司る精霊シャンケルの欠片を受けた精霊憑きワノトギ、という答えがフォルテナの中に浮かぶ。少女――エティアの目はまっすぐに火の玉となったフォルテナを見ていた。


――植物であれば、私には効かない


 ゆっくりとこの場を離れればいいだけ。少女から目を離さずに後退しようとしてフォルテナは何かにぶつかった。おかしい、と別の方向に動くと、また何かにぶつかる。見えない何かに閉じ込められているようだった。

 空気の壁を作られているのか……どこかに風を司る神霊ヲン=フドワの欠片を受けた精霊憑きワノトギが? とフォルテナは見回した。

 能力との同化はいつまでも続けていられるような能力ではない。フォルテナが炎で居られる時間には上限である。このままでは空中で実体化して落ちてしまうだろう。そうなれば怪我では済むまい。


――そんな事になったら、精霊トギ落ちが出てしまう


 フォルテナはエティアの足元の蔦に意識を集中する。蔦が燃え上がり、エティアがよろめいて、フォルテナの周りの壁がなくなった。

 エティアが落下することを少し心配していたが、エティアは蔦なしで悠々と空に浮いていて、フォルテナはほっと胸を撫でおろした。風の能力を持ったもう一人が助けたのだろう。エティアが落ちたりしたら、精霊トギ堕ちするのは自分かもしれないのだ。


――さっさと離れよう。街まで行けば人目もある


 そう思った瞬間、目の前でエティアが消えて、来ていた服がひらひらと落ちていった。空気と同化して、こちらに向かってきたのだ、と気づいたのはエティアそのものであろう空気の壁に囲まれた後だった。

 まさか、エティアが二つの力を使っている? 混乱した頭でフォルテナは考えた。まさか、と思うが、目の前で見てしまった以上、それしか考えられない。

 またしても空気の壁に囲まれて、身動きが取れなくなった。これ以上同化しているのはマズイ、と思うが策もない。


――万事休すってやつかな


 自分が死に直面してもまったく焦らずにいることに気が付いて、おかしくなった。もう、無理だと思った瞬間、同化が解けた。フォルテナは裸のまま宙に浮いている状態になる。恥ずかしさから、もう落とすなら早く落としてくれ、と思った。それが通じたようにフォルテナは自分の周りから、空気の壁がなくなったのを感じた。支えるものの無くなった体が落下を始める。

 足にだけに力を集中して炎を少しずつ噴射して落下を遅らせたが、どうにも地面まではもちそうにない。


「だめ……だ。落ちる」


 フォルテナは目を閉じた。 

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