御披露目パーティー 3-2★
百合子サイド②
「さぁ!!此処が百合子お嬢様のお部屋ですよ!!」
二階に上がったらとても長い廊下があり、その廊下の一番奥に私の部屋があった。菜月さんがドアを開けてくれると、そこはとても広くて、日の光が沢山入る部屋だった。
部屋の壁紙はクリーム色で細かな模様が入っている。レースのカーテンの掛かったベッドのシーツやカーペットは、私の大好きなピンク色だった。
まるでお姫さまのような部屋に私はドキドキした。
「このお部屋は、旦那様が百合子お嬢様の為に用意したお部屋ですのよ。漸く部屋の主が使って下さるので私たちは嬉しいですわ」
バルコニーに繋がる大きな窓を開けた梨沙さんが、嬉しそうに話してくれた。フワリと揺れるカーテンも、ピンク色をしている。
「私の部屋?私がお屋敷に行くのが決まったの、昨日よ?」
一日でこんな綺麗な部屋を作ってくれたのかと驚いていると、菜月さんと梨沙さんが顔を見合わせて、クスクスと笑う。
「違いますよ、お嬢様。このお部屋はお嬢様が生まれた時にご用意したものです。旦那様は直ぐにでも桃香様とお嬢様を屋敷にお呼びしたかったのですが……」
「奥様がお許しにならなくて……けれど、いつかは絶対に一緒に暮らすと決めていたそうで、お嬢様が大きくなるにつれて、少しずつ内装を変えたりしているのですよ」
「そっか……」
お父さんはずっと、私たちと同じ家で暮らしたかったんだ。
なのに私、少しもお父さんの気持ち考えてなかった。
もう二度お母さんには謝れないから、お父さんにだけは謝ろう。
大きなクローゼットの中には、色とりどりのワンピースが所狭しと飾ってあり、梨沙さんにその中から薄い黄色のワンピースを選んで貰った。
「自分で着れます!!私、今まで一人で着てたから!!」
梨沙さんに着ていた紺色のワンピースを脱がされそうになって、私は慌てた。
「まぁまぁ、お嬢様!!私たちのお仕事は、お嬢様の身の回りのお世話ですわ!!それでお給料を頂いておりますので、もしお嬢様が一人でしてしまいますと、私たちは馘になってしまいますわ」
「お嬢様は私たちが路頭に迷っても宜しいのですか?」
二人に哀しそうな顔をされ、私は言葉に詰まる。さっきお父さんが言ってた難しい話の意味がこれだったんだ。
「ごめんなさい……一人で出来る事を人にやってもらうの、何だかとても悪い事のように思えて……二人を哀しませたいわけじゃないの」
「では、これからは私たちにお任せ頂けますか?」
「は、はい。宜しくお願いします……」
私がそう言うと、今まで暗く哀しそうな顔をしていた二人が、パァッと笑顔になる。その変わりように私は目をパチクリと瞬かせた。
「ではっ!!張り切ってやらせて頂きますわ!!」
「お嬢様の柔らかい髪には、このリボンがお似合いですよ!!あっ!!でもこちらも……うーん、迷いますねぇ」
「え、えぇ~」
二人の切り替えの速さに私が驚いている間に、綺麗なワンピースを着せられて、髪はハーフアップにしてもらい、絹のリボンで結んでもらった。
支度が終わると、お父さんが迎えに来るまで部屋で待つことになった。その間、私は二人と沢山お喋りをした。
栗色の肩までの長さの髪に、翠色の瞳でハキハキと話すのが菜月さん。
薄墨色の背中まである髪をゆるく三つ編みにしている、琥珀色の瞳のおっとりと話すのが梨沙さんだ。
梨沙さんの方が菜月さんより二つ歳上で、お屋敷に勤め出したのは同じくらいだそうだ。
お父さんの考えで、ここで働く人たちはみんな家族のように仲が良いそうで、それは貴族の家ではとても珍しい。
「旦那様のそのお考えが、生粋のご令嬢だった奥様には理解出来なくて……使用人たちに当り散らしたりして、不当に扱う事が多くて……怒った旦那様は、奥様が連れて来られた使用人以外は、奥様のお世話をしないようにとおっしゃったの……」
「絵に描いたような政略結婚なのに、旦那様に愛されていると思ったのかしら?毎日旦那様に付き纏って……奥様がもう少し穏やかな気性だったなら、旦那様もあんなに冷たい態度を取らなかったでしょうに」
二人の話で、お父さんがお屋敷の人たちにとても好かれている事と、奥様がとても怖い人だと言う事が解った。
「奥様には私と同じ歳の娘がいるのでしょう?……その子はどんな子?」
私の質問に二人は難しい顔をした。戸惑っている……言っていい表情だ。
「梅子お嬢様ねぇ……とても失礼だけど、私、あの方が一番不気味に感じるわ」
「……奥様は良くも悪くも感情を露にするのだけれど……梅子様は、何を考えているのか解らないわ……」
奥様の娘の名前は、梅子さんと言うらしい。同じ歳なら友達になれないかなと、密かに思っていたけど、二人の話を聞く限り難しそうだ。
暫くすると、お父さんが迎えに来てくれて、二人に着飾ってもらった姿をとても褒めてくれた。
「百合子、今からとても嫌な思いをするかもしれないけど……お父さんが守るからね」
奥様と梅子さんの待つ部屋の扉の前で、お父さんがギュッと抱き締めてくれた。
「うん。ちょっと怖いけど……大丈夫だよ」
そう言うと、お父さんは優しく笑ってくれた。
奥様たちとの対面は、お父さんが言うような嫌な思いはしなかった。
奥様や梅子さんが何かを言う前に、お父さんが私を守るように二人に言ってくれたからだ。
奥様と梅子さんは、私が今まで見た人の中で一番怖い顔をしていて、挨拶するのがやっとだった。
私を見るなり、奥様は顔を真っ赤にしていて、睨み付けて来たけど、梅子さんはボンヤリと、置物を見るような目で私とお父さんを見ていた。
私はその目が何も映して無いことが怖くて、戸惑いを隠せなかった。
対面時間はとても短く、私は戸惑ったままお父さんに部屋を連れ出された。
それからは、ガラス張りの綺麗なテラスで、お父さんと桜哉お兄さんとお茶をした。フカフカのソファーに綺麗なティーセット、そして甘いケーキが対面で緊張していた私の心を解きほぐしてくれた。
お茶が無くなりかけた頃、テーブルを挟んで向かい側に座っていたお父さんは、これからの話をした。
「百合子は今まで平民の子どもと変わらない生活をしてきた……それは亡くなったお前のお母さんである桃香の願いだった。だが、これからはそうはいかない。……お前は貴族の娘だ。平民の教育だけでは、貴族の世界は生きていけない。家庭教師を付けて、貴族の令嬢に相応しい教育を受けてもらい、ゆくゆくは学校に通うようにしよう」
お父さんの言う学校が、私が今まで通っていた平民の学校ではなく、貴族の通う学校の事だとは解った。
目まぐるしく変わる環境に、私は戸惑ってばかりだ。
私が余程不安そうな顔をしていたのか、隣に座っていた桜哉お兄さんが私の手を握ってきた。
「大丈夫だよ、百合子。僕も父さんもいるし、家庭教師も優秀な方たちばかりだ。最初は慣れなくて辛いかもしれないけど、将来必ず役に立つから」
優しい二人に励まされ、私は令嬢教育を始めた。
菜月と梨沙は百合子の味方なので、勿論美形です。