御披露目パーティー 2
ちょっと長めです。
花園梅子の性格は、卑屈で陰険。……いつも不平不満ばかり言っているのに、それらを改善させようとする努力を嫌う。
その所為で梅子は頭と運動神経が悪く、悪役としての小者感が目立ってしまい、原作では咬ませ犬としての扱いだった。
原作通りになってたまるかと、日々努力している私を嘲笑う呪われた設定。
昼夜問わず、勉強や武術等に取り組んでいるのにも関わらず、私はどう足掻いても平均を少し上回る事ぐらいしか出来ない。
……どうやら梅子は破滅的に運動音痴らしく、舞踊も武術も全く身に付かない。
まぁ、体型維持が目的なので、別に大会に出場して賞を獲りたい訳ではない。咬ませな悪役なので、主人公よろしく華麗な立ち回りをしたい事もないしね。
しかし、勉強の成績が思うように上がらないのは辛い。
元々が地を這うような成績だったから、努力をしたら上がったが……一定以上は上がらない。
思うようにならない苛立ちを、庭に設置した丸太にゴザを巻いた即席のサンドバッグに叩き付ける。
「うぉりゃぁぁぁ!!禿げろクソ親父ィ!!腐り果てて捥げろクソ兄貴ィ!!前歯折れろクソババァ!!」
巻いてあるゴザがボロボロになるまで木刀を打ち込む。前世の記憶を思い出したからと言って、私の性格が良くなる訳でもなく、溜まりまくる鬱憤をこうして無機物にぶつけるのだ。
これがすごいストレス発散になるのだ。やっぱり溜め込むのは良くない。
ボロボロのサンドバッグを見て悦に入る……我ながら陰険そのものだが、百合子嬢に直接何かをしてるのではないので許してほしい。
「呪われろぉぉぉぅっ!!クソ作者ぁぁぁ!!滅びろぉぉぉぅっ!!クズ作者ぁぁぁ!!」
「……おい」
「大体何なんだよ!!悪役待遇悪過ぎだろ!!ブラック企業めぇぇぇっ!!」
「おい」
「不細工にするか、不幸な境遇にするか、どっちかに絞れよコノヤロー!!」
「聞いているのか」
「顔面・体型・性格!!三重苦なブスってどんだけよ!!絶対お前もブスだろ!!こっち側の人間だろ!!」
「……面白いな」
「ハーッハッハッハ!!お生憎様!!顔面と性格はどうもならないけど、美ボディだけは手に入れてみせるわ!!身体だけ良けりゃ顔は気にしないゲス男なんぞ、掃いて捨てるくらい……ギャッ!?」
先刻から何か聞こえるなと思ったら、すぐ後ろに人いた!!
……しかも
「……れ、レンレン」
「レンレン?」
しまったぁぁぁ!!本人に言っちゃったぁぁぁ!!
軽く首を傾げる麗しい少年の前で、バチンと音がなるくらい強く口を押さえる。
れ、レンレンだ。モノホンのレンレンだ。何でこんな時間にこんな所にいるんだレンレンよ!!
確か君は日が暮れた後に、パーティーの招待客として我が家を訪れるはずでしょうが!!今昼だよ!?……しかも、従者の一人すら連れていない!!いくら無敵なチートなレンレンでも、宮家の跡取りとしては迂闊過ぎでしょ!?
今の私の顔は、蒼白で冷や汗ダラダラになっていて不細工二割増し……いやもっとか五割増しくらいにはなってるだろう。
めっちゃ素を出して盛大に家族ディスってたし、皇族に向かってニックネームで呼んじゃうなど……不敬罪で首チョンパも有りうる展開だ。
……しかし、十五歳のレンレンは大人の時とは違い、美麗な少年だなぁ……。大人の時は禁欲的な色気がある端麗な青年だったからなぁ……。
大ピンチな状況なのに呑気にそんな事を考えてしまう。……ううっ。ミーハーですまん。
二十一歳の彼は軍人らしく髪を短く切り、サラサラフワフワクルクルした髪型の多い男性キャラクターの中で異彩を放っていた。
だが十五歳の彼は、艶やかな黒髪を襟足に掛からないくらいに伸ばしている。澄んだ漆黒の瞳は切れ長で形良く整っている。
大人の禁欲的でクールな顔立ち派と、少年の涼し気で気品に満ちた顔立ち派とで、ファンの間では派閥が出来ていた。
どちらも高貴で端正な顔立ちなのだが、ファンは微妙な違いに萌えを感じるらしい。
軍学校の黒色の学生服に身を包んで、学生帽とマントの姿はまさしく大正浪漫だ。同じ黒でも軍服とはまた違った良さがある。学ラン万歳!!
四月のまだ冷たい春風が、レンレンの羽織るマントをふわりと広げる。今月入学したばかりなので、まだ真新しい制服に包まれた腕が、私の木刀を持った腕を掴む。
本館の周りに溢れるほど咲き乱れる桜の花びらが、冷たい風に乗って殺風景なこの庭に舞い落ちる。
薄いピンクが彼のサラサラな髪に止まり、私の癖の強いきつく結われた髪にも絡まる。
……何この少女漫画な展開は。
少女漫画なんだけどね!!
肉体労働とは縁のない、この国で最も高貴な宮家の御曹司とは思えないくらい、レンレンの指は節くれ立っていた。
それは彼が幼少の時からあらゆる武術を会得し、努力し続けた結果である。
口を覆う手が外れたのも気付かず、私は自分の貧相な腕を掴むその指先をぼんやりと見つめてしまっていた。
「腕だけでは駄目だ」
「……は?」
「腕だけで木刀を振るから力が入らない。腰を落として、身体全体を使って振るんだ……貸してみろ」
「あ、はい」
私の今までの態度を咎める訳でもなく、レンレンは私から木刀を奪うと、正眼に構える。心なしか目がキラキラ輝いている。
ひらひらと桜が舞う中、背筋をスッと伸ばした姿は一枚の絵画のようで、私は見惚れてしまう。
足を一歩踏み出した途端、ガクンと腰を落としたレンレンは、上半身を反らしながら腕を振り上げ、片手に持ち替えた木刀をサンドバッグの丸太に叩き付けた。
その衝撃で、木刀と丸太が砕けた。……うそーん!!
全く正眼の構えの意味のない、剣道より野球の投球フォームのような動き。流石下調べをしない作者である。動きが滅茶苦茶である。
「む。砕けてしまった。すまん」
ボロボロになった木刀を見て、レンレンは謝ってきた。無表情だが心なしかしょんぼりしている。
「馬鹿力……」
こんな普通の木刀で、私が一抱えするほどの太さのある丸太を一発で砕くなんて、どんだけ力が有り余っているのか。
しかも、レンレンは動き難い学生服の上にマントを羽織っているのだ。……チート過ぎるだろう。
呆然としている私の手に、折れた木刀を持たせるレンレン……何故に。
私の処理能力が追い付かない内に、レンレンは丸太や木刀の欠片を集め、木陰に隠そうとしている。子どもか。
間近で見るレンレンの不思議ちゃんっぷりにビビる。この性格でよく軍人になれたもんだ。……まぁ、少女漫画だしね。
「……後で私が処分しますので、どうぞそのままで」
穴掘って埋めようとしていたので慌てて言う。もう一度言う。子どもか!!
「そうか。手間を取らせて悪いな」
庭の片隅にある水撒き用に外に設置されている蛇口を捻り、タオルを水で濡らす。大正浪漫溢れる洋館に、完璧に整備されたインフラ……違和感あるが、有り難い。
濡らしたタオルを持って戻ると、レンレンは庭にある一番大きな木に手を当て、仰ぎ見ていた。何の感情も浮かんでない綺麗な横顔に、やっぱり此処は『愛憎の華』の世界なんだなぁ……と、しみじみと思った。
「これで手を拭いて下さい」
「ああ、ありがとう」
タオルで手を拭きながら、レンレンはまた木を仰ぎ見る。何か気になるものでもあるのかと、釣られて見ると、何の変哲もない青々とした葉が茂っているだけだ。
それでもレンレンの事だから、葉に隠れた場所に鳥の巣があるのかもと、目を凝らして見てると、レンレンが口を開いた。
「此処は本館の庭園とはかなり違うな」
その言葉を聞いた私は、納得がいった。
レンレンの言う通り、本館の庭園にはこれでもかと花が咲き乱れている。今の季節は沢山植えられた桜の木が満開を迎えている。
「……本館の庭園の花は全て、花園家の一族の名前に因んだ花ばかりです。今は桜哉お兄様の名前に因んだ桜の花が咲いていますね……此方はそういった庭ではないので……」
勿論百合子嬢の名前に因んだ白百合も沢山植えてある。多分、彼女が生まれた日に。
父の名前に因んだ赤薔薇も、母も花園家に嫁いだ日に蘭の花を植えて貰ったらしい。
「……ではそちらに君の花も植えてあるのか?」
「……父にとっては、子どもは兄と異母妹だけですから」
私の花は何処にもない。
目を瞠り驚いていたレンレンは、少し考えるように顎に手を当てる。
サラサラ流れる風に、フワリとマントが靡く。
「手を出せ」
「あ、はい」
唐突に言われた言葉に、無意識に両手を差し出す。その掌に折り畳まれたタオルを乗せられた。……あ、タオル返したかったのね。
「ならば俺が贈ろう。……君と同じ名前の白梅の木を」
掌に乗せられたタオルを、思わず握りしめてしまう。
……駄目だ。駄目なんだ。
「では、今夜また会おう……梅子嬢」
目を細めて微笑むその姿に、胸の奥が引き攣るように痛んだ。
この時、レンレンが十五歳で梅子は十歳なんだよなぁ……