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愛憎の華(笑)  作者: 雨鴉
第二章:種蒔き編
38/41

それを、華に例えた ★

青柳サイドです。


注意!!:この話は青柳の過去に触れていますが、その過去の描写に、人によっては不快になる描写が含まれております。


……あんまり青柳嫌いにならないでやって下さい(。´Д⊂)

 

 帰りの馬車の中で、彼女は見たことのない表情をしていた。

 嬉しいのだが、それを素直に受け止めても良いものか戸惑っている顔だ。

 ここ二年で彼女は劇的に変わった。

 愛されず、周囲を拒絶していたあの無気力な少女は、もういない。





「随分報告と違うじゃねぇか」


 屋敷の中で死角になるこの場所―――本館と別館の間にある、庭師が道具を収めるのに使っている小さな小屋の前で、いつも神出鬼没の男が、今回も唐突に姿を現したかと思ったら、開口一番にこの台詞だ。

 相変わらず草臥れた格好をしている。出会った頃と変わらない横柄な態度だ。昔から不快なその態度に、知らず眉を顰めてしまう。


「……此処には来るなと言ったはずだが?」


「そうも言ってられんだろ。お前ん所のお嬢様が、変態に襲われて怪我したんだからよ」


「……は?」


「貴族なら体裁やらなんやらがあるんだろうから、警察には言わずに直接言いに来てやったのに……ちょっとは感謝しろっての」


 不貞腐れたように唇を突き出す男の言葉に、頭が疑問符だらけになった。確かお嬢様は、今日は外出する予定がない事は把握していたからだ。

 ……ふと、そこまで考えてもう一人の“お嬢様”を思い出す。その娘を指しているなら、男が出会い頭で言った言葉にも納得する。


「そもそも何で伯爵家の令嬢が、通学に電車使って、放課後には習い事を一人で通うなんて事態になってんだよ」


 二年ほど前から馬車の手配をしなくていいと言い出したと思っていたら、そんな事をしていたのか。あの打たれ弱い娘が随分と行動的になったものだ。

 卑屈で恨めしいと言わんばかりの顔を思い出すと、暗澹(あんたん)たる思いが吹き出す。


「……さぁ、俺は伯爵に言われた通りにしてるだけだ。あの娘に対しても、伯爵家の業務に対しても」


「……お前の貴族嫌いは理解してるが、あのお嬢様はまだ子どもだぞ?親に見放されてもいい年じゃあねぇぞ?」


「それはお前の干渉すべき所じゃない。あの親子の問題だ。……伯爵には報告しておく」


 素気無く話題を終わらせたら、男の顔が不快に歪んだ。この男の言いたい事は理解している“執事なら親子の間を取り成してやれ”とでも言いたいのだろう。

 ……結局はこの男も“恵まれた生まれの人間”なのだ。




 先帝の御代には、今以上に身分差による差別が激しかった。

 皇族・貴族は、下の身分の者を嘲り侮蔑していたのだ。

 ……自分は、平民より更に下の身分である下民(げみん)と呼ばれる身分で生まれた。

 身分は生まれて死ぬまで変わる事はない。下民は生涯虐げられる存在だった。

 災害や戦があれば真っ先に犠牲となり、時には人権を無視した事をされたりもした。


「……親に愛されずとも、衣食住を保証され、散財をするだけの財力もあり、明日の命の心配をしなくてもいい。何を嘆く事があるんだ?」


 上を見上げてばかりで、自身が選ばれた特権階級の人間だとは、あの娘はつゆ知らずにいるのだ。親の愛情が欲しいと嘆ける環境が、どれだけ恵まれているのかも自覚していないだろう。


 ある年に農作物が不作で、大多数の人間が餓死した事があった。……その犠牲者の殆どが下民だったのだ。只でさえ痩せた土地で作物が育ち難いと言うのに、不作が重なったあの年は、本当に微々たる収穫量だった。その僅かな実りでさえも貴族連中に搾取されてしまう。食べ物に困った人たちは、土壁の中にある藁や木の皮や根を食べて飢えを凌ぐのだ。更に食糧難が続いた地域では、食い扶持を減らす為に力の弱い老人や子どもを間引いたり、挙げ句の果てには餓死した遺体を食らうまでに堕ちた人間もいた。

 ……要らないと駄々をこね、ひっくり返した食事が、一体どれだけの価値があるのか、考えた事もない、考えなくてもいい環境が、どれだけ有り難い事なのか……。

 飢えも寒さも知らない子どもの嘆きなど、理解したくもない。


四葩(よひら)


 静かに、確かな重みを持って男が呼ぶ。―――とうの昔に棄てた名前を。

 家族や仲間が死んだ日に、四葩と言う存在も死んだのだ。もう何処にもいない人間の名前だ。


「その名で呼ぶな」


 その名はあの日の痛みを思い出す。忘れたくても忘れられない、“人間”としての最期の記憶だ。


「神の狗となった瞬間、その名前の人間は死んだ。二度と呼ぶなと言ったはずだ」


「……お前が神の狗だと言うならな、今の感情が狗としては不相応なものであると、理解してんのか?」


 睨み付けた先に立つ男は、同じように此方を睨み付けている。

 黄昏から闇が広がる逢魔ヶ刻に、未だ心中を理解出来ない相手と対峙する。


 少しの空白の後、溜め息を吐いた男は、髪を掻き回しながら言葉を吐き出す。


「お前の任務を思い出せ。糸敷侯爵の娘と孫の監視だろうが。()()()()()()侯爵の身内に、思う所があるのは仕方ねぇが、私情を挟まねぇと言ったお前の言葉を信じて、この任務に就けたんだからな……失望させんじゃねぇぞ」


「…………」


 花園梅子は今十歳。……妹が糸敷侯爵によって殺された歳だ。

 あの外道の孫娘は成長して行くのに、妹は十数年経った今でもまだ十歳のままだ。


「……確かにあの娘は、糸敷侯爵の孫娘だ。だけどな、ジイさんがクソだからって孫娘までクソと言う事はないと思うけどな」


「お前は知らないからだろう。あの娘は間違いなくあの外道と同じ血の人間だ」


「それな。お前、侯爵を憎みまくってて目ぇ腐ってんだよ。いっぺんあの娘を“糸敷侯爵の孫娘”って枕詞取って見てみろ。今までと違う一面も見えて来ると思うぜ?」


「……やけに肩入れするんだな」


 人とよく関わる癖に、人と距離を取る。……それが、自分の男の心像(イメージ)だ。

 そんな男が、珍しくあの娘に肩入れする。疑問に思ってもおかしくないだろう。

 怪訝そうに見ていたら、男は喉奥で笑いさも愉快だと言わんばかりの表情になった。


「父親から望まれない出生であり、母親には父親の歓心を得る為の道具にされた挙げ句に、歓心を得られないと判ると放置され、同じような立場の兄には邪険にされて、唯一信じた乳母は狂っていた。……ちょっとねぇぐらいの不幸な境遇じゃねぇか。お前は恵まれてるって言ったけどよ、ガキの頃に誰からも愛されねぇっつーのは、人格が歪んじまうくらいの事だぜ。……なのにな、ちゃんとしてたんだよ」


 そこまで言って男は頭を掻く。苦いものを飲み込んだような顔をして続ける。


「自分が予期せぬ出来事に遭って動揺してる時に、きちんと礼を言えるってのは、教育されてる証なんだよ。だけど、満足な貴族教育は拒否していて、周りには教えてくれる人間はいなかった。なのにそれが出来たって事は、誰にも頼らず自分で身に付けたって事だ。社会性なんて人と触れ合わなきゃ身に付かねぇのに……一体どれだけの努力したんだか」


「……それが肩入れする理由なのか」


「まぁな。俺は努力する人間は好きだからな……何と言うか、あの娘を見てると思い出すんだよ」


 誰を……とは聞かなかった。聞いてもこの男が答える事はないだろう。

 どことなく懐かしそうに笑う男は、夕闇に長い黒髪を遊ばせる。癖のないそれは、僅かな光を反射して艶やかな軌跡を描いた。


「……まぁ、それで最初に戻る訳なんだが」


「“報告と違う”……か?」


 この男が出会い頭に放った言葉を繰り返すと、態とらしく大仰に頷いた。その仕草に若干苛立ちを感じたが、敢えて指摘すると嬉々として反論しそうなので、止めておく。


「俺から見た花園梅子って娘は、“思った事が直ぐに顔に出る、とても腹芸が出来る(タイプ)じゃねぇ”ってとこだな。後、生い立ちの所為か、人を頼るのが苦手、でも変に素直なのは世間知らずなお嬢様ってかんじだな。……ん~お前の報告とは一致しなかったんだよ。俺はこれでも人を見る目は確かだと思ってるしな」


 猜疑心と卑屈の塊で、感情的な面がある―――自分が見た花園梅子とは真反対の人物像だ。自分が見てきた花園梅子と、男が見た花園梅子が同一人物か疑いたくなるくらいだ。


「僅かな接触で解る訳がないだろう。お前はあの娘の激しさを知らない」


 思い出すのは、あの日の光景。

 父親の胸ぐらを掴み叫んだ、慟哭のような声。

 小さな手が刃物を握り、父親に突き立てた衝撃。


 両親に好かれようと、精一杯関心を得ようとしていた姿しか知らなかった自分は、その光景に一瞬躊躇してしまった。

 何度も人の命を奪って来て、最早恐怖など感じなくなったと思っていた時に、竦み上がる程の恐怖を与えたのは、花園梅子だった。


 この娘の激情は、何れ神皇の……ひいては国にどんな災いをもたらすのか恐怖した。花園梅子の激情を糸敷侯爵に知られてはならないと、直感的に思ったのだ。


「激しくて結構じゃねぇかよ。国を動かす存在か……いいね。育て甲斐がある」


 自分が述べた見解に、悪巧みを思い付いたようににやつく男の言葉に、目を見開いた。


「まさか……花園梅子を神狗にするつもりか?」


 兄の桜哉ではなく、父親である伯爵の後継者とするつもりなのか。

 だが、男はその言葉を否定した。


「いや、そもそも神狗には向かねぇよあの娘。腹芸出来ないんだからよ。……あの娘の性質は……人に影響を与え、そして自分も影響されて育つ、どっちかって言うと表側の性質なんだよ」


 俺は何も裏側ばかりに気を取られてる訳じゃねぇんだよ、と、呆れたように付け加える男。


「ああ、もう一人の花園家のお嬢様も、そう言った性質っぽいな。これはお前の報告でしか知らないけど」


「花園百合子ですか。……そうですね。平民育ちであり尚且つ母親の教育が良かったんでしょう。母親が妾であるが、父親は貴族であると言うのに、贅沢を望まず与えられるものに感謝するのを忘れない」


 はっきり言って、梅子よりは百合子の方に好感が持てた。

 平民と下民の間にも確かな身分差があるが、貴族よりは何倍もマシであったからだ。それに百合子にはあの外道の血か流れていない。


「成程なぁ……面白ぇじゃねぇか。一方は荒れ果てた土地で憎しみだけ与えられた華、もう一方は肥沃な土地で愛情だけ与えられた華。全く違う条件下で育って来た双方の華が、これから先どんな色や形で咲くのか、すげぇ興味がある」


 そう言って至極愉しそうに笑んだ男は、花園梅子の護衛を快く引き受けたのだ。




「青柳、どうしたの?」


 子どもの声音にハッと顔を上げる。長く思考の波に漂っていていた途中で、俯いて固まっていたらしい。

 目線を上げた正面に、長い思考の原因となった子どもの不思議そうな顔。

 ……早産で未熟児として産まれただけでなく、長年に渡り唯一信頼していた乳母に毒を盛られた為に、同じ年頃の少女たちより明らかに身長も体重も足りてなかった。

 しかし、この二年間で生活習慣を一変させたお陰で、身長も体重も平均的になり、血色の悪い不健康だった顔色は、子どもらしい瑞々しさを取り戻した。


 男に言われ、一度全ての先入観を捨てて“花園梅子”と言う娘を見てみた。

 まず、同じ年と百合子に比べ酷く大人びた考えをしている。貴族としては当たり前だが、梅子は貴族教育は受けていないのにも関わらずだ。侍女や自分に苦言を呈した時や、父親と話し合いをした時も、感情的にはならず冷静沈着であり続けた。

 かと思えば、感情を直ぐに顔に出したり、思いもよらず大胆な行動を取る事もある。

 次はどんな風に応えてくれるのだろうと、知らず知らずに意地の悪い事を繰り返してしまう。


 花園梅子は、貴族の令嬢でありながら、貴族の固定概念を覆す存在になるだろう。しかも、それでいて矜持は忘れないのだ。

 あの男が護衛を了承したと言う事は、この娘を育てるつもりなのかもしれない。


 未だ不思議そうな梅子に、少しの同情を込めて笑う。


「何でもありませんよ、お嬢様。考え事をしていて申し訳ありません」


「別に考え事をしてただけならいいのよ」


 返答に安堵の表情を浮かべた梅子は、乗り出した身体を再び座席に戻す。そして目を見て口を開いた。

 ……その姿に既視感を覚えた。


「青柳ありがとうね。フーキさんたちに護衛を頼んでくれて」


 恐らく確実に嫌っているだろう自分に、まさかお礼を言うとは思ってもみなかった。目を瞬かせて梅子を見るが、そこに他意は見受けられなかった。


「……執事として当たり前の事をしたまでです。……うちの使用人はお嬢様は落ち着かないでしょう」


「……まぁね」


 どうも伯爵は平民が多く占める使用人に寄り添う人間らしく、使用人への対応が甘い。恐らく平民出身の妾の影響があるからだろう。

 それが梅子を軽んじるような態度をとる原因となってしまった。

 以前はどうでもいいと思っていた。同じ狗である花園伯爵も嫌悪する貴族の一人として見ていたからだ。確実に糸敷侯爵を殺せる位置に居たいが為に、やりたくもない貴族の世話をしていたのだ。


 ……今は、却って梅子に使用人を付けない方がいい気がしている。

 梅子は花園家の使用人は誰も信用していないからだ。彼らとの関係を構築する気もなく、さっさと諦めたのだ。

 それなら、平民街に住まう人間に頼んだ方が梅子の為になるだろう。


「……それでお嬢様は、これから何をなさるのですか?」


「え?うーん……今日は取り敢えず笹森君と友達になるのが目的だったし……これからはねぇ……」


 そう言って腕を組み唸り出した。こんな所は貴族の令嬢らしからぬ所だ。


「取り敢えず、自分に出来る事と出来ない事を明確にする事かな?……それから出来る事から自分がやりたい事を見付けて、それをどうやって磨いて行くのか……説得力のある結果が残せて初めて、お父様は認めて下さると思うの」


「……そうですね。貴族籍を返上するのですから。旦那様は結果に満足しないと認めないでしょう」


 まだまだ未熟だが、未熟なりに考え行動に移す所は、成程フーキと()()()()()()男の関心を誘っただけはある。


「将来は平民になるつもりでも、まだ花園家のお嬢様です。伯爵家に泥を塗るような行動は慎んで下さいね」


 嫌味を込めて言ってみると、みるみる顔を歪めて不快だと言わんばかりの表情になる。その年相応の子どもらしい素直な態度に、笑みを噛み殺す。


 未だ糸敷侯爵への憎しみや、貴族に対する嫌悪は消えないが、自分もまたあの男と同じく、花園梅子と言う一人の少女がどんな華を咲かせるのか、見てみたいと思った。

二章終了です!!

……何だかんだで鬱展開ばっかでしたね。申し訳ありません。


青柳も漸く分厚いフィルター取り外し、一歩踏み出しました。至らない奴です、ムカつくかもしれません。でもどうか長い目で見てやって下さい。


因みに青柳の本名の四葩よひらは、紫陽花の別名です。花の名前って色んな読み方があって面白いです。


青柳の過去は結構カットしました。エグいし長いし梅子関係ないので(笑)

もし全部読んでみたいと思う方がいらっしゃいましたら、リンクしてある『愛憎の華(笑)のあれやこれ』に掲載してます。本編より更にエグく、ネタバレも含まれていますので、大丈夫な方だけご覧下さい。内容は本編から神狗になるまでになっています。神皇も出てます♪


では、活動報告にも載せた通り、一旦更新を休止して、今まで頂いた感想へのお返事をさせて頂きます。随時行いますので、気長にお待ちください。

では、三章でお逢いしましょう( *・ω・)ノ

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― 新着の感想 ―
[一言] 家族気取りのクズどもぶち殺せ 百合子なんざ散々輪姦された後に両手両足切り落として 犬とやらせろ
2021/06/10 08:25 退会済み
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