美女と達磨
長くなりました……。
いつも以上に会話文多いです。誰かは解るようにはしてますが、混乱させてしまったらすいません。
新キャラ出るよ!!
笹森君曰く“おじじ”と呼ばれる人は、古くからこの土地に住んでいる言わば『物知り爺さん』だと言う。
おじじは、あらゆる知識に精通しているらしく、街の人は困った事があるとおじじに相談しに行くのが当たり前らしく、中には自分の子どもの名付け親になってもらう人もいるらしい。
そんな街の知識人の所にフラッと現れるのが、私が会いたい恩人・フーキさんである。
フーキさんとおじじは血縁関係はないらしく、誰が聞いても二人は“古くからの知り合い”とだけ口にするそうだ。
……何それ、益々気になるんですけど。
その人が住まう家は、一言で言うと『質素』であった。
町外れにポツンと立つ木造平屋の小さな家は、年季の入った古い家で、……うん。好意的に言っても結構なあばら家だ。
立派だっただろう門戸は朽ち掛けており、最早門戸の役割を果たしていない。玄関まで続く砂利道は、砂利の間から草が生えており、飛び石も黒ずんで汚れていた。
外壁である木の板も門戸と同じような有り様で、所々穴が開いていて、冬はすきま風が凄そうである。
「……人住んでいるのかな」
玄関の引き戸に嵌め込まれた磨りガラスも所々欠けていて、セキュリティて何それ、美味しいの?状態だ。
前世でも今生でも見たこともないレベルの家に、及び腰になっている私に頓着せず、青柳は躊躇いもなくスタスタと玄関まで歩いて行く。
「ごめんください」
青柳が玄関の引き戸を開けながら声を掛ける。その行動に慌てて私は青柳の側まで走って行く。
青柳は笹森君の家とは打って変わり、何時もの無表情に戻っていた。……にこやかキャラじゃないから違和感しかなかったから、これでいいのだけど、一体あの愛想の良さは何だったのか。
「誰だぁ~」
胡散臭いと思いながら青柳を横目で見上げていたら、腹の底からビリビリくる低く野太い声が奥から響いて来た。
怖っっっわ!!!?
悲惨な境遇であるが、私は世間知らずなお嬢様である。未だかつてこんな声は聞いた事はない。何だかんだで、上品な貴族の子女か人の良い平民の家族としか付き合いがないのだ。
ズシズシと床を踏み締める音が近付いてくる。その音に混じって床が軋む音が聞こえる。いくらなんでもこの家の床が鶯張りな訳ないし。
「さ、お嬢様」
「へえぇぇっ!?」
奥から物凄いモノが来ようとしてる今、青柳が裏切った。えぇぇ!?何でぇぇ!?
横に並んでいたのに、スッと下がりやがった。
青柳ィィっ、てっっっめぇぇぇ!!
陰険鬼畜執事に殺意を募らせている間に、物凄いモノが目の前に現れた。
第一印象は『達磨』だった。
その人は縦にも横にも大きく、まさに“巨躯”と言うに相応しい体格をしてた。
剃髪しているのか単に禿げているのかは分からないが、つるりとした禿げ頭に剛毛の眉毛、その下の目はぎょろりと大きく、団子のような大きな丸い鼻に、分厚い唇。顔半分は髭が覆っており、テカテカと光る顔は赤らんでいるので、真っ先に達磨を思い浮かべたのだった。
草臥れた僧衣のような着物では隠せない、でっぷりとした腹回りに、胸元も腕もモジャモジャと毛が生えている。腕や脚は私のウエストくらいあるんじゃないかと思うくらい太く、脂肪ではない筋肉が付いているので、見た感じ僧兵と言われても納得する風貌をしている。
「貴族の~娘が~こんなあばら家に~何か用か~」
語尾伸ばして言うの止めて下さいぃぃ!!地を這う声なんで、余計怖いんですぅぅぅ!!
モジャモジャの眉毛の下のぎょろりとした目が、涙目で若干腰が引けている私を映す。
も、もももしかして、この人が“おじじ”じゃないよねー!!
私のおじじのイメージは、頭も髭も真っ白でふっさふさの、仙人みたいなお爺ちゃんなんだけど!!この人、お爺ちゃんって年齢に見えないよ!!五十代くらいに見えるよ!!
ぬうっと屈み込んで、じぃっと私を見る。睨まれてる訳ではないのだろうけど、目ヂカラ半端ないんで石になりそうよ。
てか、青柳てめぇ何気配消してんだよ!!助けろよ!!
私が借りてきた猫よろしくブルブル震えていたら、達磨(推定おじじ)の後ろから呑気な美声が聞こえてきた。
「オッサン誰が来たんだ……って、お前あん時のお嬢様じゃん」
何してんの?と呆けた顔をしている(相変わらず前髪と無精髭でよく分からないが)、私の捜していた人であるフーキさんが達磨(推定おじじ)の後ろからひょいと現れた。
間抜けにも見えるその顔を見た途端、私の緊張の糸がプツリと切れた。
「ふ、フーキさぁぁぁんっっっ!!!!」
「なっ、お前、何泣いてんだよ!!おいっ、師匠何したんだよ!!身体つきがエロくてもコイツまだ小学生だぞ!?」
「儂は何もしとらん~この娘がいきなり泣き出したんだ~」
「怖っ!?その顔怖っ!?あんた顔が怖いんだよ!!この辺の図太いガキと違って、コイツは貴族のお嬢様なんだよ!!あんたみてぇな奴に免疫ねぇから、初見でビビるのは当たり前だろが!!」
「儂の顔は生まれつきだぁ~どうもならん~」
「あんたが泣いても可愛くねぇんだよ!!……オラ、この人顔は凶悪だが、気は優しいから安心しろ!!」
泣くオッサンとブサイクを宥める小汚ない男。カオスである。
助けないで成り行きを見守っていた青柳が、呆れたように口を開く。
「……玄関先では近所迷惑になりかねないので、お邪魔させてもらっても宜しいですか?」
「お前居たんなら、お嬢様に言っとけよ!!」
「お嬢様には聞いて頂くより、見て頂いた方が宜しいかと判断しましたので」
「はい嘘ー!!絶対ェ面倒臭いと思ったからだろ!!」
「勝手に決め付けるの止めて頂けませんか?」
「つか、その敬語、気色悪ィんだよ!!」
……ビービー泣いていたら、いつの間にか青柳とフーキさんが喧嘩し始めた。やっぱり知り合いなんだ。
「あらあら、お師匠様。一体何の騒ぎ?」
鼻先に芳しい薫りがしたかと思ったら、気配もなく達磨(推定おじじ)の腕に絡み付くように美女が現れた。
……黒く艶やかな髪を顔の横で結び前に垂らしており、黒目がちの流し目と、紅いぽってりした唇と黒子が色っぽい、婀娜っぽい美女だ。
地味な色の着物を着ていても、本人が輝くように美しいので、全体的に華やかに見える……すごい。私なんか何着てもブサイクには変わりないし。
「あら、女の子?」
ばちりと視線が合ったと思ったら、艶然と微笑まれた。……うっわ、スゴいエロい。
「薊~すまんがこの子を奥へ案内してくれ~」
まだ若干涙目な達磨(推定おじじ)が、薊と呼んだ美女に言う。
ぶっとい腕にしがみ付くように撓垂れ掛かっていた美女は、ニコリと笑いするりと腕から離れた。その一連の所作の慣れ具合に、彼女が夜の町で春を売る妓女のなのかと思うくらいだった。
「さぁさ、お嬢さん。こんなあばら家ですが、奥にどーぞ」
うーん。色っぽい。
薊さんと言う美女は、やはり夜の町……花街で働いている人だった。所謂遊女と言うのではなく、芸妓さんと呼ぶ方が近い。現代で言う高級クラブのホステス……の方が近いかもしれない。唄や踊りは披露しないみたいだから。
外観の荒れ具合を見て中に入ると、それほど痛み放題ではないみたいだ。古いがきちんと手入れされている廊下の板や、日に焼けて変色した土壁も、多少は痛んでいるが直ぐに崩れる程でもない。
しかし、歩く度にギシギシ音がする廊下を、薊さんは足音一つ立てずに歩く。大人の女性だし決して痩せ過ぎな体型でもないのに、体重を感じさせないで歩くってスゴい。忍者か!?
「ごめんなさいねぇ。驚いたでしょ?お師匠様のあのお顔、慣れてしまえば可愛いのだけど、初めて見たのなら怖くて当たり前よねぇ」
くすくす笑いながら、薊さんは私に座布団を勧め、御茶とお茶うけに草団子を出してくれた。草団子は薊さんの馴染みのお客さんからのお土産らしい。
口いっぱいに広がる蓬の薫りと餡の甘味。何でも老舗の和菓子店の人気商品らしい。人気なのも頷ける美味しさだ。
しかし……。
もぐもぐと口を動かしながら、目の前に座る薊さんを見る。
この美女と達磨(推定おじじ)やフーキさんは、一体どんな関係?
達磨(推定おじじ)とベタベタしてたから、年の差夫婦なのかとも思ったけど、“お師匠様”って呼んでたしなぁ。
年齢的にも絵的にも似合うフーキさんとの方が、夫婦っぽいよなぁ……。
「あの……薊さんはフーキさんの奥さんなんですか?」
うわっ、めっちゃ単刀直入に聞いてしまった!!私の突拍子もない質問に、薊さんは目を丸くして驚いたかと思うと、弾けたように笑い声を上げた。
「うふふっ、そうだと嬉しかったんだけどねぇ……アタシ、振られちゃったの」
「え?こんな美人を!?どんだけ理想高いの!?」
「うふふ、ありがとうね。……あら、お嬢ちゃんのお名前聞いてなかったわねぇ」
「あ、申し遅れました。私、花園梅子と申します。先日フーキさんに危うい所を助けて頂いたんで、お礼に伺ったんです」
「まぁっ、梅ちゃんって言うのね!!可愛らしいお名前ね」
……ババ臭いと思ってました。まさかこんな美女に褒められるとは……まぁ、お世辞だとは思うけどね。
「おっ、何か盛り上がってんなー」
触るだけで壊れそうな障子を開けて、相変わらず草臥れた小豆色の着流し姿のフーキさんが入ってきた。その後ろから達磨っぽいおじじ(もう確定だろう)が入って来る。……よくよく考えれば顔が怖いくらいで泣いては失礼だったな。私も顔がブサイクで泣かれたら凹むのに、駄目だな~私って。
「あの……先程は大変失礼しました。私、花園梅子と申します。お邪魔しています」
「むぅ?」
きちんと立ち上がって頭を下げる。そうすればぎょろりとしていた目がまん丸に見開かれて、驚いた顔になる。
……こうして落ち着いてみたら、愛嬌のある顔だよね。
「おー偉いじゃねぇか、お嬢様!!」
「あだっ、あだだ!!」
「ちょっとフーキ。梅ちゃん痛がってるでしょ?女の子はもっと優しく接してあげなさいよ」
私の頭を遠慮なしに叩くフーキさん。雑過ぎる。それに引き換え薊さんは女神である。
折角綺麗に梳いてきたのに、髪の毛がグチャグチャにされてしまった。
「あ、フーキさん。私お礼を持って来たんですが!!」
「お前ガキの癖に考え過ぎだろ。別に大した事してねぇのに」
モジャモジャな頭のまま、フーキさん宛てのお酒の入った袋を渡す。口ではこう言いながらも、ガサガサと袋を漁るフーキさん。案外俗物である。
「お」
「あらっ!!綺麗な瓶ねぇ」
桐の箱に大事に仕舞われていた瑠璃色の瓶が現れる。切子細工に光が反射して、キラキラ輝いていた。
「むぅ……これは、『瑠璃の雫』お嬢ちゃん、こんないい酒を此奴にくれてやるのかい?」
あ、おじじの語尾伸ばしがなくなった。あの地を這う声怖かったのに、気付いて配慮してくれたのかな?
「お酒の良し悪しは分からないんですが、瓶がとても綺麗だったので、空になっても何かに使えそうだと思って」
我ながらお嬢様の癖に貧乏臭い考え方だ。
私の言葉に、目を輝かせたのは薊さんだった。
「まぁまぁ!!やっぱり女の子のお土産は綺麗な物よねぇ……。青柳に任せたら絶対、お肉の塊にしちゃうわよ。見た目よりも食い気だもの」
……はい。めっちゃ肉の塊をプッシュしてましたよ。
「……まぁ、アイツの場合は仕方ないんだけどな」
瑠璃色の瓶を掌で転がすフーキさんがポツンと呟いた言葉は、残念ながら私には届かなかった。
「そう言えば青柳は何処に?」
あの陰険鬼畜執事の姿が見えない。私が入り口の方に視線を向けていると、おじじが答えてくれた。
「青柳は外で待っとるよ。お嬢ちゃんの用事が終わるまでに、馬車を此方に連れてくるそうだ」
「……皆さん、青柳とは知り合いなんですか?」
フーキさん達の繋がりも気になるが、神狗の青柳との関係も気になる。もしかしたら将来敵対してしまう事があるかもしれない。
……そんな事は永遠に来てほしくはないけど。
「まぁ、腐れ縁だよ」
読めない表情で、フーキさんは短く言った。
「さて、お嬢ちゃん。儂らは青柳……と言うか君のお父上の依頼で、平民街にいる間君の護衛を引き受けた。……だが、フーキも薊も普段はこの街には居らん。儂もずっと君には付いておけない。……だから、儂が街の連中に君の事をそれとなく気にしてもらうように言っておく……が、街の人間は大体が気のいい連中だが、中には貴族を嫌う連中も居る。当分は仲の良い翔君や朱音ちゃんと行動するようにな」
いつの間にそんな話になっていたのか。ひょっとしてこれが、父親の前で言っていた青柳の考えだったのか。……めっちゃ他人任せじゃないか。
「でも……ご迷惑ですよね?私の我が儘に皆さんを巻き込むのは……」
「だぁぁぁっ!!もう、お前は!!ガキの癖に遠慮し過ぎなんだよ!!いいか!!これはお前の親父との仕事の契約だ。無償の奉仕じゃなく報酬が発生するんだ。俺らは金が貰えるし、お前は社会勉強出来る。……簡単な図だろうが!!無理に難しく考えるんじゃねぇよ」
「そうよ。仕事抜きにしても、アタシまた梅ちゃんとお話したいわぁ」
「お嬢ちゃん。平民になるつもりなら、誰かを頼り誰かに頼られる事を学ばなければならん。これはその第一歩として考えてはどうだ?」
フーキさんにまた頭をグチャグチャにされて、呆然と三人の大人を見上げた。
「ま、お前が大人になったら、身体で返してもらうかもしれんから、覚悟しておけよ」
「フーキ!!」
「違ぇよ!!身体つっても、別に抱かせろってな意味じゃねぇよ!!……ちょっと俺がやりたい事を手伝ってもらうかもしれねぇって事だよ!!」
まさかのフーキさんのセクハラ発言に、薊さんが鋭い声を上げたが、どうやら意味合いが違うみたいだ。まぁ、そうだろうよ。
……しかし、フーキさんのやりたい事って何だ?平民街をより良くする事業でもするのだろうか。
それは気になったが、私は今まで経験した事のない三人の大人に優しくされると言うシチュエーションに、口許が緩むのを止められないでいた。
やっと書きたい所書けた!!
やっと大人に優しくされた梅子。これからもっと情緒を育ててやりたいです。
次は青柳サイドです。




