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愛憎の華(笑)  作者: 雨鴉
第二章:種蒔き編
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梅子、スピリチュアルな毛玉と出会う 2

本日二話目です。

 

 小さな目が私を面白そうに見ている。

 カウンセリングじゃなかったのかよ!!まるで尋問だ!!

 私の心臓のドラマーは、高級ホテルのスイートルームでお休み中……えぇっ!?数人の美女と真夜中の熱く激しいライブしちゃってんの!?オイオイ、十歳児の心臓のくせにR指定入る事してんじゃねーよ!!


 ドクドクと脈打つ心臓に妙なツッコミを入れながら、私は目の前の毛玉を見つめていた。私……アドリブに弱いんですけど!!


「……ま、そんな事聞いても答えてくれそうにないのは解ってるけどね」


 蜘蛛の糸のように絡め取られそうになったと思えば、ぱっと放される。ふわふわと掴み所のない曖昧な駆け引き。

 カウンセラーの肩書きをもつ人間の癖に、人を不安に陥れるような酷く際どい問い掛け。

 不味い、と思った時には既に遅く。

 私は彼の術中に嵌まったのだ。




「貴族という人種は、大きく分けて二種類いるんだ」


 緊張に僅かに汗ばんだ肌を、窓から入り込む優しい風が撫でていく。

 高くも低くもない、癖がなく印象に残らない声音なのに、彼の声はよく通った。静寂に響く声は少しの感情だけを乗せて、部屋に淡々と拡がって行った。


「一つは、その特権に甘え溺れる人間。そしてもう一つは、その重責に怯え潰れる人間。……君は後者かな?花園梅子さん」


 言葉に乗せられた感情が“興味”だと気付いていた。私は……彼の言う通りなのだろうか。

 私が彼の言葉を反芻してる間にも、淡々と言葉が紡がれて行く。恐らく問い掛けに対しての答えはいらないのだろう。


「後者の人間は沢山いるよ。だから僕みたいな人間が重宝されるんだけどね。貴族は平民の子どもが無邪気でいられる頃から既に、大人同様の対応を求められる。……親の愛情を欲しがり求める当たり前の事すら許されない……君と君の兄上のようにね」


「……お兄様も?」


「そう。君の兄上もね。小さい頃は僕の所に通っていたよ。跡継ぎの重責に母親の過剰な干渉、そして父親の形だけの信頼」


 ……まぁ、そうだろうな。普通に考えれば。

 漫画では百合子嬢を可愛がる二人だが、兄が百合子嬢に複雑な感情を抱いていてもおかしくない。もし彼女が男だったら、自分のアイデンティティーの崩壊にも繋がるのだから。必死に父親の前では“イイ子チャン”でいたのだろう。


「ふふふ……やっぱりあまり驚かないね。君は兄上よりも貴族に向いているのかもしれないね。人の意思の裏まで読んで、自分に火の粉が掛からないようにする……まだ不完全だけど、その心構えが出来てるように感じるよ」


 ……何やら誤解されてしまった。前世の記憶持ちというハンデがあるだけなのだが。これをカウンセラーに言ったら、頭がおかしくなっていると判断されそうだ。

 しかし、あまり褒められた事がないので、この人の話の中で自分を評価してくれてるのが解ると、どうにも居たたまれない。そして恥ずかしい。百合子嬢なら『嬉しいっ☆ありがとうございますっっ!!』とか平気で言えるだろうな。うん。


「私は貴族の心構えなんて、要らないんですけどね……」


 だって、将来は貴族籍を返上して平民になるのだから。

 ポツリと溢した言葉に、毛玉頭のカウンセラーは穏やかに笑う。その何もかも見通した目が、とても居心地が悪い。


「人生は長いんだ。十歳で全てを決めてしまうには早いだろう。……何もかも割り切って考えようとすると、いつかまた壊れてしまうよ」


 ()()と言うのはあの暗く冷たい記憶の話だろうな。確かに一度梅子は壊れてしまっている。

 割り切る……別に割り切っている訳ではないのだけど。ただ、取捨選択を間違えないようにしているだけ。

 私の武器は少ないし、まだ子どもだから本当に適している事が見付けられてない。確実に貴族社会で生きていくには向いていないと思うのだが、この人は何を持って私が“貴族らしい”と言うのか……こういう人の心理を暴こうとする人間の考えは分からん。


「人間と言う生き物は総じて身勝手なものだよ。聖人君子と呼ばれている人も、一皮剥けば利己主義者(エゴイスト)だよ。偶々それが世の為人の為になっているだけさ」


「先生は随分偏った考え方をされるんですね。別に割り切っている訳でも達観してる訳でもないんですけど……あ、変に期待する事はないようにはしてるかなぁ……」


 何せ原作者の悪意が詰まりまくったキャラクターでありますからね。努力して報われない事の方が多いのだ。勝手に良い方へ期待して裏切られるパターンは避けたい。

 温くなってきたカフェオレの入ったマグカップを弄びながら、これまでの出来事を振り返った。


 結局大人しくしていただけなら、梅子は原作の流れに逆らう事は出来ないだろう。

 原作を外れた(記憶が曖昧だから確信は持てないけど)事が起きる時は、決まって私が何か行動を起こした時だ。レンレンの梅の木のように良いことや、エロ親父に襲われかけた時みたいに悪いことなどの原因は、私の行動だろう。

 だから私は、家族との和解を諦めた。

 原作では最後の最期まで諦められなかった、梅子の感情。

 多分それにしがみついていたら、私でも原作通りの展開に陥ってしまうだろう。無理に梅子の行動をなぞる必要はないのだから、これが一番私が幸せになれる方法だ。


「勿論、先生のおっしゃったように、今全てを決めてしまうには早いと思いますし、決めるつもりもありません。ですけど、選択肢は沢山あった方がいいと思っています。……そんな考え方って“貴族らしい”とは言えないですよね」


 温くなったカフェオレを飲み干すと、底になるにつれて少し甘くなっていた。うまく混ざっていなかったのか、砂糖が沈澱していたのだろう。


「確かに、貴族の生き方としては失格かもしれないね。……でも、人としては非常に良い生き方だと思うよ」


 後味が甘いカフェオレのように、胸を疼かせる言葉。

 爽やかな風が入って来ているのに、私の顔は燃えるように暑い。

 ……私を肯定してくれている、のだろうか。


「だけどね。気持ちに嘘を吐いたり、見ない振りをしては駄目だよ。君は貴族の令嬢で、色んな感情を押さえ込んで生きていく事を強要されている。だけど、心の中は自由なんだ。理不尽な扱いをする家族への憤りや哀しみ、捨てきれない愛情を求める心。そして自分が焦がれた愛情を一心に受け、汚れを知らないまま生きてきた異母妹(いもうと)への、憎しみや妬みや羨む気持ち……持っていてもおかしくない、当然の気持ちなんだから」


 彼はそう言うと、腕を伸ばして私の頭を撫でてきた。

 レンレンより大きな掌は、まるで父親のような慈愛に満ちた優しさだった。


「その気持ちを外に出して、周囲に喚き散らす事は良くないけど、こうして少しずつ僕の前で吐き出して行こう。僕はその為にいるのだから」


 カウンセラーなのだから当たり前なのだけど、頼ってもいいなんて言われた事もない私には、救いの言葉だった。

 私は、原作とは違う道を歩く。その道は恐らく茨の道となるに違いない。

 まずは第一歩。笹森君と友達になる為に、彼にお礼を言いに行こう。

 私の中にある厚い雲が少し晴れた。この調子で少しずつ歩んで行こう……そう強く思ったのだった。

スピリチュアルと言うよりメンタリスト。

言うまでもないのですが、一応注意として。

早苗先生のカウンセリングは実際のカウンセリングとは全く違うものなので、誤解をしないで下さい。……患者の気持ちを不安にさせてる時点でアウトですからね。


◆補足

繊細な題材を書くに当たって、Google先生で少し調べてみました。

カウンセラーは、医師ではないので医療行為や投薬治療などは出来ないそうで、患者さんの話を聞いて快方へ促すようにするのが、カウンセラーの役目みたいです。

無知な私は、精神科医がカウンセリングをしていると思っていました……お恥ずかしい。医師なら問診だよね……。

そして、精神科と心療内科も一緒ではないんですよね。患者さんの抵抗感を和らげる為に『精神科』を『心療内科』と言っている所も沢山あるみたいですが。


医療がテーマではないので、正確な設定ではなく物語の進行に沿った設定にしました。

その結果、早苗先生は精神科医兼カウンセラーと言う大層な肩書きになりました(笑)多分心療内科医も兼任出来そうです(笑)


きちんとした設定を望む方には申し訳ないのですが、フィクションと割り切って頂けたらと思います。


次回は笹森君の家に持っていく手土産選びです。

青柳とウキウキウォッチングです(違)。

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