梅子、スピリチュアルな毛玉と出会う 1
お待たせしました!!二話同時に投稿です。
新キャラ登場です。
父親との一戦を終えた私は、心身ともに疲労しきった状態で、青柳に言われるがまま馬車に乗り、チャカポコチャカポコと揺られている。私の心臓のドラマーは、長時間のライブを終えて控え室でシャワーを浴びてる頃だ。ドラマーお疲れさま!!
脱力感に身を任せていると、馬車が停まり青柳から外に出る。手を取られるまま馬車から降りると、目の前には煉瓦造りの何だかオシャレな建物があった。でっかでかと掲げられた板に黒々と書かれた文字を見て、此処が病院であることが判った。
しかし、記憶の中の病院は木造の薄暗い建物だったのに、何コレ、病院に見えない。
中に入ると、光が沢山入る大きな窓ガラスが並ぶ待合室で、待っている人達も病気や怪我などで訪れているのに、何処か明るい雰囲気が漂っている。
菊乃が入院していたあの病院は、精神科の隔離病院だったのだろう。心を病んだ人やその家族、そんな患者ばかりと接する医師や看護師。……陰鬱な雰囲気でも仕方ないのだろう。
病院か……原作では登場しなかった場所だ。
物語の展開上、意味もなく怪我や病気をしていた百合子嬢やイケメンたち。普通の学園漫画なら病院のシーンは少なからず入るが、此処は設定ユルユルなファンタジー溢れる明治~大正時代。病院へ行くのではなく医者が来る、KIZOKU styleだ。……まぁ、手術する程の大病や怪我はしなかったからなんだろうけど。
この世界の医療ってどの程度の進み具合なんだろうか。流石に『人間の腹を切り裂くなどー!!』的な事はないだろうけど……。
ちらちらとドアに書かれた文字を見ていると……放射線科がある。レントゲンはあるみたいだが、私の前世に存在したMRIとかCTスキャンとかは無いっぽいなぁ~。医療に詳しくないから、どの程度の治療までが可能なのかは解らない。二十一世紀よりは確実に後進的なのは解るけど。
そんな事をつらつら考えていたら、前を歩いていた青柳が立ち止まった。
「お嬢様、こちらになります」
精神科……と言うより心療内科的な感じかな?とドアを見てみると。
(*´∇`*)
え?
何だこの顔文字。謎過ぎて怖い。
青柳はこの謎の顔文字を完全にスルーして、ドアをノックした。
え?何でノーリアクションなの?
普通は『診察室』やら『処置室』なんて書いてる場所にある、妙に存在感のある『(*´∇`*)』を無視するなんて、青柳お前スゲェな。
「早苗先生、お世話になります」
「……んぁ?」
スライド式のドアを開けて青柳が挨拶をすると、何とも眠そうな男の声が聞こえた。部屋の主の了承も得ずにズカズカと入る青柳。……お前スゲェな!!
「本日午後に予約をしていたはずなんですが?貴方の頭はそんな事も覚えてないのか?」
ちょっ……、最後!!最後本性現れてるよ!!陰険鬼畜執事!!
青柳の口振りからして知り合いみたいだが、原作漫画に医者のキャラなんていなかった……はず。最近自分の記憶にある原作にない展開が多くて、自信がなくなってきた。
そもそも原作もネタ的な意味で読んでただけで、別に大ファンってな訳でもない。キャラは好きなのは何人かいたけど、それを上回るストーリーのクズさにディスっていたのだ。
あの原作者、キャラ作りは上手いんだけどなぁ……、展開がワンパターンで無理のある設定多くて、ファンをアンチに大量に変えてた。ストーリーを誰かに作ってもらったら、何作かはアニメ化やドラマ化しただろうに。
私の思考が毎度の事脱線していく間に、青柳と部屋の主である早苗先生とやらの会話は続いている。
「あれぇ?青柳じゃん久しぶり~花園の旦那は元気かい?」
「貴方は昨日のやり取りすら忘れる鳥頭でしたか。……はぁ、時間の無駄なんでもういいです。お嬢様のカウンセリングをお願いいたします」
「お嬢様?……ん~……あ、ああ!!思い出した!!繊細な心が傷付いた美少女な貴族のお嬢様ね!!」
「……大体合ってますが、所々誇張し過ぎですね」
青柳ィィっ!?間違ってないけど、ムカつくな!!どうせブサイクな図太いお嬢様だよ!!……てか何それ!?何がどうなってそう伝わった!?
「……さてさて、薄幸の美少女は……っと」
入り口に立ち尽くしていた私は、部屋の主と青柳からは壁があって姿が見えなかった。のそのそと壁の向こうから姿を現したのは……灰色の毛玉を頭に乗せた男だった。
毛玉の下にある、開いてるんだかどうか分からないくらいな糸目と目が合った。
「……予想外」
「ブサイクで悪かったな毛玉ヤロー」
しまった!!心の声が!!
私が背中に冷や汗をかいている私を、細い糸目を見開き驚きを露にする毛玉。
毛玉は痩躯で、栄養が全て身長に行ったと思う程の長身。私の知っている中で一番の長身であるフーキさんよりも高い。しかし、筋肉がしっかり付いていたフーキさんよりも薄い身体なので、全く威圧感がない。子どもの私がタックルしても倒れそうなくらいの頼りなさだ。
糊付けされてはいないが、きちんと洗濯された白衣を羽織り、同じく糊付けされてないシャツとベージュのスラックス。青柳のパリッとした執事服を見ていた所為か、非常にラフに見える格好だ。
「うーん…」
毛玉は私をジロジロ見たかと思うと、視線を私から外して青柳に向かって言った。
「青柳~ちょっと席外してくれる?彼女と一対一で話したい」
「……先生、お嬢様は……」
「うんうん。解ってるよ。……多分、そのことは大丈夫。だから、外で待ってて」
“そのこと”とは、昨日の暴行未遂事件の事だろう。それが大丈夫なら、何故私と話そうと言うのか。
「……そういう成長をしたか~って感じだよ。全く、だから人間は興味深い」
「お嬢様は貴方の研究材料ではありませんよ」
「解ってるって……お前の立場も解らんではないけど、ちょっとだけな。なっ、いいだろ?」
最後の一言は私に。その小さな目には面白がるような色が浮かぶ。
……医者って変わり者が多いって聞くけど、本当なんだな。
小さな目って……梅子も大概小さいつり目だったわ。
カウンセリング室は、精神的な悩みを抱えた患者が来る為、他の科とは離れた場所にある。更に部屋は、ドアを開けたら外から見えないように設計されており、時代設定にしてはかなりケアがしっかりしている。
清潔な光が沢山入る明るい部屋に、遠い喧騒……。何もかも違うのに、あの重くのし掛かるような雲の下の、陰鬱な木造の建物を思い出す。
……あれから二年。彼女……菊乃はまだあの部屋にいるのだろうか。
毛玉が窓を開けると、初夏の爽やかな風が入ってくる。
今日の天気は晴れで、雨の降りそうな曇天ではない。
「さて……と」
毛玉のようなふわふわな髪を風に遊ばせ、彼はこちらに振り向いた。
「青柳は追い出したし、やっと君と二人きりだ」
部屋の奥には、日当たりの良い場所にテーブルと、そのテーブルを挟んで向き合う二脚の椅子。
「さぁ、カウンセリングをはじめよう」
二脚の椅子の片方に座るように促した毛玉は、直ぐにカウンセリングに掛かるわけではなく、いきなり珈琲豆を挽き始めた。
「僕は珈琲が好きでね~豆から挽き方まで拘りがあるんだぁ~」
「はぁ……」
別に珈琲に詳しくも拘りもない私には、どう答えていいか分からない。そんな気のない私の返事に頓着する事なく、毛玉は楽しそうに豆を挽いていた。
ちゃんと豆を挽いてから煎れた珈琲に、たっぷりのミルクを入れて作られたカフェオレ。前世でも飲んでいただろうが、インスタント珈琲が普及していたから、豆を挽く段階からというのは、お店に行った時くらいしか飲む機会はなかっただろう。
……前世に比べたら、私はかなりグルメなんだろうなぁ。
ホカホカ湯気が立つそれを、私は一口飲む。うん、美味しい。
「二年も経つと、子どもは大きくなるんだなぁ~……ちょっと発育良過ぎて心配だけどね」
自分用にはブラックでマグカップに入れて、私の向かい側に座る毛玉。その目は、昨日のガチムチ親父とは違い、いやらしさの欠片もない。……当たり前か、いくらナイスバディでも顔がこれでは、食指も動かないだろう。ブス専のあの親父が異常だったのだ。
「二年?」
ちょっと待て、私はこの人とは初対面のはずだ。二年前……激動八歳の記憶には、この毛玉っぽい頭の医者なんかいなかった……え?
「まぁ……頑なに僕に会おうとしなかったからねぇ~君は。部屋に閉じ籠って全てを拒絶していた悲劇のお嬢様が、こんなにも真っ当に育っていて驚いた」
コトン……と、マグカップを机に置く音がやけに響いた。
「二年前の君は、盲目に他人を信じ依存して、思い込みが激しい子どもだったけど、今の君は、多少無謀で考えなしの所もあるけど……うん。きちんとした“貴族のお嬢様”だね」
カフェオレが喉を通る音が、やけに聞こえる。この人は何を言いたいのだろうか。
「聞いた話によると、突然放り出していた勉強を熱心にし始めたとか。一体どんな心境の変化があったのか……非常に興味深い」
補足説明として、毛玉こと早苗先生はオーラを見る事が出来る人だったりします。それを活かしてカウンセラーのような事をしております。……オーラが見えるだけなんで、能力バトルやチートなどにはなりませんのでご安心下さい。
この世界では、小さな頃から抑圧されている貴族の子女へ、こう言ったカウンセリングを行う事を推奨しています。なので、桜哉兄さんと百合子も早苗先生にお世話になっています。




