百合と梅と 4 ★
お待たせしました!!
今回は百合子サイドです。
自分の部屋に帰ってきて、柔らかな色合いの壁紙や光がふんだんに取り込まれる大きな窓を見て、梅子さんの部屋が随分寂しい場所だったのに気付かされた。
私の部屋に溢れるぬいぐるみやアクセサリー、ドレスや帽子など、小さい頃からお父様から贈られていた様々な品物。最近知り合った方々からも沢山のプレゼントを頂いた。
……梅子さんの部屋はそのような品物が一つもなく、十歳の女の子が暮らす部屋にしては、とても簡素なものだった。
誰もが梅子さんや奥様を見掛けると顔を顰める。肉親であるお父様やお兄様でもだ。
気位が高く気難しい奥様を敬遠するのは何となく理解出来るけど、使用人を一人も付けずひっそりと暮らす梅子さんに違和感を感じた。
「百合子?」
ノックして入ってきたのはお兄様。最近のお兄様は高校のお勉強に加え、お父様のお仕事も学んでいるらしく忙しそうだ。こうして会うのも数日振りで、私はとても嬉しかった。
「いらっしゃいお兄様!!今日はお話出来るの?」
はしたなく抱き着いた私を、お兄様は優しく抱き止めてくれた。……梅子さんだったら顔を顰めるんだろうなぁ。
先程まで一緒にいた異母姉の冷たい視線を思い出し、折角お兄様に会えた喜びも萎んでしまう。
私が表情を曇らせると、梨沙や菜月が心配するのは分かっているけど、どうしても気分が落ちてしまう。
「どうかしたのかい?いつもの百合子らしくない」
私の様子がおかしい事に気付いたお兄様が、日当たりの良い場所にあるソファーに私と一緒に座った。梨沙と菜月にお茶を出すように告げて、私と二人きりになるようにしてくれた。
……お兄様すごい。私が二人に聞かれたくないと分かってくれた。
「……百合子が気落ちしてるのは、あれの……妹の所為だろう?」
「はい……私が無作法だったから、梅子さんを怒らせてしまったんです」
そうか……と呟いて、お兄様は天井を仰いで溜め息を吐いた。癖のないサラサラの髪の毛が、日の光を浴びて輝いている。
お父様もそうだけど、まるで外国の彫刻のように綺麗な顔立ちだ。
私はお母様に似たし、お兄様はお父様、梅子さんは奥様に似たので、外見では全く兄妹に見えない。
ぼんやりとお兄様に見惚れていたら、菜月がお茶を持ってきた。
可愛らしい小さな白い苺の花と赤い果実の描かれたティーカップは、私のお気に入りでお兄様やお父様と一緒にお茶する時はいつも使っている。
アールグレイにほんの少し入れたハチミツが、昼食のパスタの辛味で熱をもってた舌に、トロリと甘く広がった。美味しかったのだけど、やっぱり辛いのは苦手みたいだ。
お茶で喉を潤した後、再び二人きりになった所で私は昼食の時の話をお兄様にした。お兄様は黙って話を聞いていたけど、梅子さんが青柳たちを叱った事を話した時に、僅かに顔を曇らせた。
「どうして梅子さんは怒ったのかな?悪いのは私だし、梨沙と菜月は私のワガママに付き合っただけなのに……」
「うーん……これは僕や父さんにも責任があるのだけどね」
困ったように笑うお兄様は、なるべく私にも解りやすく話してくれた。
「まず、事前に連絡もせずに会いに行くのは失礼にあたる。……家族にはそこまで徹底しなくてもいいけど、今まで特に交流もなかった妹の所には連絡するべきだった……百合子は気付いて反省してるね?」
「はい」
「百合子が一番腑に落ちない『主人である百合子の落ち度に対して使用人に注意したこと』はね……妹が正しい」
一つ大きく息を吐き、お兄様はまた話出した。それは私には理解出来ない『貴族と使用人の在り方』の話だった。
「使用人というのはね……主人の身の回りのお世話だけじゃなくて、事前に揉め事を回避するように計らったり、間違った事をする主人を諌める役割もある。梨沙と菜月は前者だけでいいけど、青柳は後者もすべき役割の人間だ。しかも、守るべき主人に庇われるなど、恥以外の何者でもない」
「私が悪いのに、庇ってはいけないの?」
「貴族は平民には得られない、数々の恩恵を手にする権利がある。だからいつも毅然……意思をしっかり持っていないといけない。その為には間違った事をしないようにする事が大切になる。そうしたら使用人が叱られて、百合子が庇う事を防げるだろう?優しい事は良いことだけど、優し過ぎるのは弱点となる」
「どうして優しいのは駄目なの?お母様は『人には優しくしなさい』っていつも言ってたわ」
『人には優しくしなさい』『悪い事をしたらすぐに謝りなさい』『ありがとうと言う事を忘れないように』……お母様の教えてくれた事は、今の生活にはあまり当てはまらないように思える。お母様の教えが間違ってるように言われてるみたいで嫌だ。
「桃香さんの言う事は間違いないではないよ?でもそれだけじゃ、貴族の世界じゃ生きていけない……」
暗い瞳で言うお兄様と私では、根本的な考えの隔たりがある。
私が何の決まり事のない平民出身で、お兄様や梅子さんは生まれた頃から貴族だ。
私……貴族には染まりたくない。お母様との思い出が間違ってるとは思いたくないし、何より梅子さんのあの寂しい部屋やお兄様の暗い瞳を見て、そう思ってしまう。
「しかし……あの妹がそんな事を言うとはね……」
腑に落ちないと言った風に首を傾げるお兄様に、私は思い切って梅子さんの事を聞いてみた。
「お兄様、梅子さんは何故あのような寂しい部屋にいるの?私やお兄様みたいに使用人がいるようには見えなかったわ」
表情が固まるお兄様に、私はしまったと一瞬思ったけど、これから同じ学園に通い出来れば友達になりたいと思っている相手の事を知りたいと思った。
「私……お母様の事で奥様に凄く嫌われてて、梅子さんにも嫌われてて当然で、お姉様なんて呼べないけど……せめてお友達にはなりたいと思っているの」
「百合子は悪くないよ。悪いのは僕の両親だよ」
頭を撫でながらお兄様が慰めてくれる。お兄様だって私やお母様にいい感情を持ってないかもしれないのに。悪くは言わないでくれている。
「僕は桃香さんに感謝しているんだよ。……桃香さんが父さんと出会ってくれたから、父さんは僕と向き合ってくれるようになった」
私の思いに気付いたのか、お兄様が静かに語り出した。それは、私が知らないお父様とお兄様と……お母様の関係だった。
「見ての通り僕の両親は不仲で、世話は乳母に任せてそれっきりで、父さんには見向きもされてなかった。だけど、桃香さんに出会って父さんは変わった。少しずつ僕に関心を向けてくれるようになったよ」
どうやらお母様は、自分の子どもに見向きもしないお父様の薄情さを怒ったらしい。それは私にしても当然の感情であるけど、お父様には驚きだったらしい。
「百合子が生まれる前に何度かお会いしたけど、優しげな顔立ちなのに、随分物事をハキハキと言う人でビックリした」
「お兄様、お母様に会ったことあるの!?」
初耳だ。お父様やお母様からは聞いた事がない。
「自分の愛する人が別の人との間に作った子どもなのに、優しくしてくれた。今でも憧れの女性だよ」
「お兄様がお母様とお知り合いだったなんて……しかもお父様とお兄様が昔仲良くなかったのにも驚き」
今じゃ食事中に言い合いをしたり、お仕事を手伝ったりしているのに、不思議な感じがした。
「じゃあ梅子さんは?どうしてお父様やお兄様、奥様と距離を置いているの?奥様は梅子さんのお母様よね?」
梅子さんの事を聞くと、お兄様は口を閉ざしてしまう。何か考えるように眉を顰めるお兄様は、ゆっくりと口を開いた。
「母は、父さんの関心を引きたい為だけに妹を産んだ。だけど、父にとってそれは許されない事だった……だから、妹の存在を憎んだ。関心を得られないと悟った母もまた……妹の存在を無いものにしたんだ。……恐らくそれは妹も知っている」
あまりにも衝撃的な事実に、私は言葉を失った。
存在を憎まれ、無いものにされる……。
「どうして……お父様はそんな酷いことを……」
「妹の……梅子の存在は、桃香さんへの裏切りだ。父さんは母との間の子どもは僕だけと決めていた。それが妾にすることしか出来ない桃香さんへの誠意だったんだ。だけど……」
「梅子さんは悪くないわ……お兄様は何故、何で梅子さんに冷たくするの!?」
あまりにも梅子さんが可哀想だった。
涙が滲む目尻を擦りながら言うと、お兄様は困ったように笑う。
「百合子は知らないだろうけど……百合子が来る前までは、梅子は貴族の娘らしくない、我儘な性格な子どもだったんだ。父さんも梅子が悪い訳ではないと理解してても、どうしても優しく出来ないでいたけど、それでも普通の令嬢と同じく乳母を付けて、貴族教育を受けさせていたんだ。だけど、そんな事知る由もない梅子は反抗ばかりして、僕にはそれが許せなかったんだ」
「……両親を同じとする妹なのに、貴族としての考えを理解しないで、自分勝手に振る舞う姿に落胆と嫉妬をしてたんだ。それは今でも続いてて、随分複雑になってしまった」
「お兄様……」
「勿論、今のままでいいはずがないんだけど……あまりにも時間が経ち過ぎて、どう接すればいいのか解らない」
お兄様の苦悩と梅子さんの境遇……私はその間、両親に愛されて何不自由なく暮らしていた。
お母様が亡くなって身を引き裂かれるような痛みを感じ、未だに悲しみは薄れはしないけど、周りの人たちに助けられて乗り越えてきた。
……そんな優しい世界でしか生きて来なかった私が、不安になったからと言って梅子さんに相談をした事は、彼女からしたら耐え難い苦痛だっただろう。
ただ、仲良くしたかっただけなのに。
姉妹なのに、こんなにも遠い―――。
◆お願い◆
『愛憎の華(笑)』を御覧下さりありがとうございます。
感想のお返事を御覧下さってる方ならご存じでしょうが、私はネタバレしやすい人間です。実際ご注意も頂きました。
なので、皆様が下さった感想の中で私がネタバレしそうになる内容をスルーさせて頂く事があることをご了承下さい。いや、本当にペロッと書きそうで怖いんですよ(笑)
感想の内容を規制するつもりはありません。一言でも長文でもバッチコイです!!ただ、上記した内容にご理解の程をお願いします。
雨鴉 拝




