表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛憎の華(笑)  作者: 雨鴉
第二章:種蒔き編
24/41

百合と梅と 3

お待たせしました!!

 

 本日の昼食メニューはパスタ。

 春野菜とモッツァレラチーズのアラビアータ、サラダ、野菜スープ、バケット。

 ……十歳の子どもの食事にアラビアータなんて……、と思うが、我が家のシェフのアラビアータは、絶妙な辛さで子どもにも美味しく食べれるように出来ている。流石伯爵家のシェフだ。


 執事と侍女二人に見守られて始まった、私と百合子嬢の昼食会は静かに進んだ。

 目の前に座る百合子嬢は、美しい所作でフォークを操りパスタを口に運ぶ。とても二年前まで庶民の生活をしていたとは思えない。


 ……あれ?本当なんでこうなった?


 野菜の旨味たっぷりのスープを飲みながら、私は内心首を傾げていた。野菜スープ美味い。

 天下無敵の主人公である百合子嬢だが、それは私が結末を知っているからで、本人はそんな事知るよしもない。だから、こうして誰かに意見を求めたりするのだろう。


 だが百合子嬢よ、完璧に相談者ミスだぞ!?

 成績は中の中、人望も殆ど無い、家の関係で無駄に恐れられている私は、はっきり言って学校で浮いている。

 私に近寄る人間は、取り巻きか嫌味を言ってくる葛城くらいだ。

 アラビアータをモグモグ食べながら私は自分の事を反芻した。辛美味ーい。しかし、私って不憫だな!!

 ワサビ入ってないのに何か鼻がツーンとするぜ!!

 私が遠い目をしながら食事を味わっていると、バケットを小さく千切って口に運ぶ百合子嬢が、そわそわと私の方を見ていた。


 ……本当に何にも教える事、無いんだけどな。


 ガチリ、とフォークを噛んでしまう。チラリと青柳が見るが気にはしない。私は一人でゆっくり昼食を摂りたかったのに、有無を言わせず押し通したそちら側の方が無礼だろう。

 私の丸太叩きの時に叫ぶ名前が一つ増えた。……陰険鬼畜執事め、後でメタメタのギタギタにしてやるぜ!!丸太がだけどな!!


「梅子さん、私お友達が出来るかしら?一応、パーティーでお知り合いになった方々はいるのだけど、皆さん年上だし、クラスメイトと馴染めるか心配なの」


 いや、めっちゃ馴染みますよ。光の速さで馴染みますんでご安心を。

 ……おっと、やべぇやべぇ。口が滑る所だった。

 口の中がパスタで埋まってて良かった。百合子嬢の発言一つ一つにツッコミを入れてしまう。

 百合子嬢は私の意見は必要ないのか、食事の手を止めて切々に語りだした。……サラダのドレッシング美味いなぁ。


  「パーティーでお会いした方々は、聖樫は素晴らしい所で私ならすぐ馴染めると言って下さったし、お父様とお兄様も直ぐにお友達が出来ると言ってくれているけど、私……不安で」


 んん?コレ自慢話なのか?

 無意識なのだろうか、百合子嬢の話は『家族にも知り合いにも大丈夫って言われたけど、身内贔屓のある彼らじゃ当てになんないから、ぼっちのお前の意見聞かせろ』と言われてるみたいに聞こえる。ぼっちは言い過ぎだけど、何となく私に当て付けてるみたいに感じる。


「梅子さんは私と同じ歳だし、異性の方々よりも同性の方に聞いた方がいいかなと思って……ねぇ、梅子さん。聖樫ってどんな所なの?私、生まれが庶民だから虐められたりしないかしら?」


 あっはー!!笑いが出る。

 確かに、今までと全く違う環境の学校に編入とか、不安で仕方ないし、近くに在校生がいるなら意見を聞くのもアリだと思う。

 ねぇ、主人公さんよ。順番間違えてないか?


「八歳から二年間貴族教育を受けたのなら、初等部からの編入なら問題ないと思いますわ。それに、百合子さんは誰とでも仲良くなれるようですし、ご学友についても悩まれなくても大丈夫かと」


 フォークを置きナプキンで口許を拭いながら言う私を見て、百合子嬢はあからさまにホッとした顔をした。

 私はそんな彼女の表情に、苛立ちを感じてしまった。


「―――ですが、中には私のように捻くれた方もいらっしゃると思いますので、例え百合子さんが仲良くしたくとも、こうして何の承諾もなく貴女の予定に合わせられたりすると、無礼に感じる方もいるかもしれないので、気を付けておいた方がよろしいかと」


 私のあからさまな嫌味に、百合子嬢の顔色が変わる。やっと気付いたといった感じだ。


「梅子様、そのような言い方あんまりです!!」


「百合子お嬢様は新しい生活に不安を感じてらしているのに!!相談するくらい……!!」


 百合子嬢の後に控える侍女二人が、私に食って掛かってきた。

 中々の美人さん達だが、私を見る目には明らかな侮蔑の色が見てとれた。


「貴女たち、何か勘違いしてるのではなくて?」


 ダンッと音を立てて、テーブルにナプキンを叩き付ける。

 そんな私の行動を、青柳は静かに観察するように見ている。

 ……ああ、イライラする。


「貴女たちは私のお父様に雇われた使用人でしょう?……その使用人が、いくら蔑ろにされているとは言え、主人の娘に対して随分大きな態度を取るのね」


 父は使用人を家族のように扱う。だからと言って主人の家族を下に見て良いとは言ってはいない。

 百合子嬢至上主義な所為か、私に挨拶もせずに彼女らは、私の部屋に勝手に入り、部屋のものを勝手に触り、その一連の作業を私に何の承諾も得ずに行った。

 私の言葉に彼女らは顔を青くさせる所か、悔しそうに睨み付けてくる。本当、何を考えているのやら。


「……青柳」


「申し訳ございません。私の監督不届きです」


 本当それな。使用人を統括する執事が、明らかに主人の家族を蔑ろしている使用人を諌めないのは、許される事ではない。……まぁ、コイツの場合はわざとのような気がするけどな!!

 恭しく頭を下げる陰険鬼畜執事に、内心歯噛みしていた。


「梅子さんごめんなさい!!私が悪いんです!!……私、不安で……梅子さんの都合も考えないで、自分の事ばかり優先してしまったの。だから、青柳たちを責めないで!!」


 ああ、百合子嬢は、良くも悪くも『主人公らしい性格』なんだ。

 愛されているから、自分の感情を相手に曝け出すのに躊躇しないし、それを拒否されるとは思わない。

 そして常に自分の正しいと思う事に真っ直ぐに行動し、他人の為に泥を被る事も厭わない。

 他人に愛され他人を惜しみなく愛す。……まさに主人公に相応しい清廉で傲慢な性格だ。


「……百合子さん、貴女が新しい学校に不安を感じて誰かに相談したいと思う事は理解出来るけど、私は相談者には不向きな事くらい、お父様やお兄様の私に対する態度で解らなかったかしら?……それに、貴女に初めて会った時、お父様に貴女に近付くなと言われたの、貴女も知っているでしょう」


 段々顔色の悪くなる百合子嬢だけど、私は止める事は出来なかった。

 グラスに口を付けて水で口を湿らせ、少し息を吐いて口を開く。

 ……嫌われまくりな私だけど、貴族令嬢としての矜持があるのだ。


「お父様に生まれた時からずっと愛されて、お兄様にも可愛がられている貴女に、私がどんな感情を持っているか使用人は気付いていない訳ない。だから真に貴女を思うなら、彼女たちは貴女を止めるべきだったのよ。この状況は、貴女を甘やかし過ぎた彼女らとそれを諌めなかった青柳の所為よ」


 綺麗な瞳に涙が溜まりはらはらと零れていく様に、私は喉の奥が詰まるような息苦しさを感じた。感情のままに涙できる彼女が酷く憎らしく感じる。きっとこれからも、泣いたら優しく涙を拭ってくれる手が、彼女にはたくさん伸ばされるだろう。

 ……じゃあ私は?

 きっと百合子嬢は、零れて落ちた涙の冷たさなんか知らないだろう。

 零れて滴った涙は辛く、指先が凍えるくらいに冷たい。拭った掌の温度を奪い、身体を芯から冷やしていく。

 周りに誰もいない私には、泣くことは無駄な事であり、涙は凍えるくらいに冷たいものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ