百合と梅と 2
扉を開けた梅子を、百合子は上から下までジロジロ見たかと思うと、指先まで美しい華奢な手で梅子の骨ばった肩を強く押した。
痩せてガリガリの梅子は、女の力でも容易く後ろに倒れ、無様に尻餅をついた。
その哀れな姿を見ると、百合子は満足そうに紅い唇に弧を描いた。
『こんな醜女が私のお義姉様ですって?そんな笑えない冗談、止めて下さる?』
プクリとした吸い付きたくなるくらい魅力的な唇から発せられたのは、小鳥の囀りのような可憐な声音をした辛辣な言葉。
梅子は貧弱な身体を震わせ、圧倒的な美貌を誇らしげに見せ付ける自分と同じ歳の義妹を見上げた。
血色の悪い唇を震わせながら、蚊の鳴くような小さな声で梅子は言葉を紡いだ。
『い……今まで、私、貴女に関わらなかったじゃない。何故今ごろになって……、私を貶めに来たの!!』
梅子はずっと耐えて来た。
父親や兄が自分に見向きもせずこの美しい義妹を可愛がり、反対に梅子を貶していた事は、百合子が嘘を吹き込み続けた結果だと言う事も。
ほのかに想いを寄せる一条蓮司にも、巧みに近付き梅子を遠ざけている事も。
梅子はずっとずっと耐えているのだ。
『貶める?そんな事をしなくても、醜い貴女はどうせ美しい私の引き立て役なの。精々物語の主役の私が輝けるように、醜く無様に立ち回って頂戴』
――――ばたん。
前世で読み耽っていた二次創作の漫画『悪役令嬢百合子ちゃん』が頭を過って、反射的にドアを閉めてしまった。
大型投稿サイトで発見したその漫画は、百合子嬢が実は計算で梅子を追い落としていたと言う、ぶっちゃけ原作より面白い設定の漫画だった。
百合子嬢がムカつくくらいあざとくて、梅子がヒロインしていた珍しい漫画だったので、投稿サイト内でぶっちぎりの人気作だった。
……あれ、最終回どうだったけなぁ……。
「梅子さん?梅子さん?どうされたのですか?」
ドアの向こうから焦ったような声が聞こえる。……ごめんなさい。現実逃避してました。
だってさぁ……いきなり主人公が目の前にいたらさ、驚いて逃げるでしょ。私間違っているかな?
つか何故に百合子嬢は私の所へ?昨日の兄ばりに不気味な展開なんですけど。
ああもう、お腹が空いて頭が回らない!!何で昼時に来るんだよ!!外せよ!!礼儀知らずだなぁっ!!親の顔が見てみたいよ!!……自分と一緒だよ!!
レベルの低いノリツッコミしてても状況は変わらない。
……私的にはあんまり関わりたくないけど、追い返したら父親たちが何て言うか……。
武器が圧倒的に少ないんだよなぁ……百合子嬢に比べて。
「へぶ!!」
「……お嬢様、そこにいらしたのですか」
ドア前でぐるぐる考えていたら、いきなり開いて顔面にヒットした。やっぱり額が一番最初に当たるのね……
額を押さえ悶絶している私に、平然と話掛ける陰険鬼畜執事。青柳ィィ!!覚えていろよ!!
「だ、大丈夫ですか!?青柳!!」
慌てて私の側にやって来て、キッ!!と青柳を睨み付ける百合子嬢……天使か。
涙目で青柳の後ろを見ると、百合子嬢お付きの侍女さん二人がオロオロしていた。……心配しなくても大事なお嬢様には噛み付きませんよ。
見間違えじゃなきゃ、青柳が運んで来たの私のお昼御飯?……にしては、量が多いような。
私の怪訝な顔に気付いたのか、青柳がしれっと答えをくれた。
「百合子お嬢様が梅子お嬢様と一緒に昼食を摂りたいとおっしゃられたので、お二人分用意しました」
な、何ですと―――!!!!
ガラガラピシャーン!!と脳内に雷が落ちた。
何でいきなり難易度高めなミッションブッ込まれるんだよ!!
しかも私の部屋に、百合子嬢と侍女二人プラス陰険鬼畜執事。敵ばかりじゃねーか!!
「……せ、折角ですけど、二人で食べるテーブルがないので……」
「ベッドの横にあるテーブルを出して来ては?」
くうっっ!?何で私の部屋の家具に詳しいんだよぉぉっ!?
てか、私の部屋でレッツランチ☆は確定事項なの?部屋の主の了解ないよ!!人権大切!!
青柳の指示で侍女さんズがテキパキとテーブルセットしていく。オイ……私お嬢様だぞ?ブサイクだけど。
嘗てインテリアとして部屋に飾ってあったテーブルは、私は邪魔だと端へ寄せていたのを、有能な使用人達は綺麗に磨き、テーブルクロスを掛けてセッテングしていく。
私たちお嬢様ズは立ち尽くすだけだった。
……いや百合子嬢、私の方をチラチラ見てる。めっちゃ話したそうにしている。
しかし……二年振りに百合子嬢を間近で見たけど、本当キラキラ綺麗な女の子だなぁ~。
フワフワの薄茶の髪に色白で透き通る肌。ぱっちり大きな瞳に長い睫毛、整った鼻梁に小さく紅い唇。……THE☆少女漫画な顔立ちだ。
梅子……ボディは勝ってるな。うん。少女漫画の主人公はスレンダーが多いもんね。
春らしい薄ピンク色ワンピースの胸元は、小学生らしい慎ましさだ。梅子がワガママ過ぎるボディなんだな。
地味な紺色のワンピースを押し上げる発育良好な胸元を見下ろし、小学生女子にあるまじきエロ親父並の思考を巡らした。
「あの……梅子さん」
「はへっ!?」
疚しい事を考えていた所為で、突然話し掛けられて変な声が出た。良かった……『はにゃ?』とか『ふぇぇ?』とかキモい感じじゃなくて……いや、『はへっ!?』も中々にイタイな。
私の声に驚いて、只でさえ大きな瞳を見開いて驚く百合子嬢。何か彼女の方が生粋のお嬢様のように可憐な仕種をする。主人公力スゲェな。
……本当、突然話し掛けられて変な声出すの、気を付けなくては。変人扱いされてしまう。
私がつらつらと脱線していく思考など知らない百合子嬢は、おずおずと話を続けて来た。
「足を怪我されたと聞きました……あの、差し出がましいですけど、あちらの椅子に座られた方がよろしいのではないかと……」
大袈裟にガーゼを当ててるので酷く見える私の両膝は、擦り傷なので大したことはないのだ。勿論足を捻った訳でもないので、歩行などにも問題ない。
足よりも精神力がヤバイ。
主人公による強制イベント(予備知識無し)なんて、ハード過ぎる。
「見た目程酷くはないので、大丈夫です。……百合子さんは何故私の所へ来たのですか?」
私、父親に貴女に近づくなと言われてるのですけど。
百合子嬢からの接触はアリなのかな?青柳の態度を見てると父親も特に反対してないみたいだし。
……てか、百合子嬢の侍女さんズの視線がイタイ!!何で?私普通の事を聞いたんだけど!!
そんな私と侍女さんズに気付く事なく、恥ずかしそうに頬を染めた百合子嬢は、モジモジしながら話し出した。クソッ!!可愛すぎかよ!!
「私、来週から梅子さんと一緒の学校に通う事になったのですが……貴族の子女の通う学校には縁が無かったもので、学校生活の事を梅子さんに聞きたくて……」
イケメン相手にニッコリ笑ってれば、テッペン取れますよ。と言いそうになった。
誰よりも美しい、非の打ち所の無い完璧な淑女が、何をやってもダメダメな貴族としては落ちこぼれのブサイクに、一体何を聞きたいのだろう。
百合子嬢の顔は、新しい生活への不安と期待にキラキラ輝いている。その眩しさに、自分がいかに惨めな奴か思い知らされた。
テーブルのセッテングが終わり向かい合って座る、主人公と咬ませ犬な悪役。
百合子嬢への印象が変わりイレギュラーな事があっても、どう足掻いても、彼女へのコンプレックスが拭える事が無いのだと思い知ったのだった。




