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愛憎の華(笑)  作者: 雨鴉
第二章:種蒔き編
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硝子の華 4

 

 その後の事はあんまり覚えていない。

 多分、座り込んだ私を使用人が立ち上がらせて、この部屋に連れてきて服を着替えさせてくれたのだと思う。


 ベッドに座り込んでいた私は、ふと顔を上げた。

 正面にある鏡台に映る自分。

 長年の服毒の所為で痩せ細った、醜い身体。

 髪はパサパサで、肌はガサガサ。

 落ち窪んだ濁った瞳に、頬に散らばる無数のソバカス。

 醜い……醜い化け物が其処に居た。


『菊乃……お前がこうしたのではないか』


 私は喉が破れるような叫び声を上げ、目の前の鏡台の鏡に椅子を投げつけた。

 ありとあらゆる鏡を壊し、菊乃が贈ってくれた数々の品物も壊した。


『お前たちが私を化け物にしたのではないか!!お前たちが私を醜くしたのではないか!!』


 偽りのものを全て壊し尽くした後には、何も残らなかった。


 当然だ。――――何も与えては貰えなかったのだから。





 この頃から、私は考えるようになった事がある。


 私のいるこの世界が実は夢物語で、目を覚ましたら優しい両親がいて、沢山の信頼できる友達がいるのだ。

 特別裕福な家庭ではないけど、のんびりとした父に怒ると怖い母がいて、時には喧嘩もするけど、仲の良い家族で。

 毎日朝と晩は家族揃って食事をして、誕生日だったら母がケーキを焼いてくれる。休みの日は何処かに遊びに行って、夏休みは旅行に行ったりするのだ。


 そう。この世界は悪い悪い夢なのだ。

 早く目を覚まして、そして母に抱き締めてもらいたい。


『そうか。どうせ醒める夢なら、あんな奴らの事などどうでもいいじゃないか』


 この世界にいる人間は、所詮私の夢が造り出したキャラクターだ。実在しない虚構なのだ。

 そう考えると、一々奴らの言動にも傷付かないようになり、自分の境遇を嘆かなくなった。


 ―――そうして私は、心の平穏を手に入れたのだ。






 数ヵ月後、季節は冬から春へと変わろうとしていた。

 季節の変わり目の大雨が続き、この日は朝から大雨だった。


 昼過ぎくらいに、父親役の奴が慌ただしく出掛けるのを見掛けた。奴があんなに慌てているのは初めて見た。

 どうやら奴が大事にしていた妾が、土砂崩れに巻き込まれ亡くなったらしい。

 使用人たちは嘆き悲しみ、母親役の女は嬉しそうに笑っていた。

 私は……嗚呼、そう言う筋書きなのかと思っただけで、別に何の感情も沸かなかった。


 そんな事より、私には予感があった。

 もうすぐ、この悪夢から醒めるような予感するのだ。

 だから、誰が死のうが生きようが、夢から醒めたらもう二度と見ることもない奴らなど、どうでもいい。


 翌日、使用人たちが慌ただしくしていた。

 どうやら亡くなった妾の娘が、此処に来るらしい。

 この屋敷で一番陽当たりの良い快適な部屋に、その娘の部屋が造られるらしい。

 造ると言っても、前々から用意していた部屋なので、そんなに時間は掛からない。

 昔、綺麗なその部屋に無断で入り、ベッドで居眠りしてしまった事があった。その後父親役に酷く叱られて、あの部屋付近に近寄る事を禁止されたのだ。

 ……今となってはどうでもいい事だが。


 そして、次の日。

 早春の冷たい空気の中、目を覚ました。

 薄暗い部屋の中を、半身を起こして見渡した。

 父親役を傷付けてから、隔離される目的で入れられた、簡素で寒々しい部屋。

 最低限の家具と数枚の衣服。貴族の令嬢にしてはあまりにも粗末な部屋だ。

 ふと、私が元いた部屋はどうなったのかと思った。

 それなりに華美な部屋だった。

 ……もしかしたら、もう片付けられているかもしれないが。


 ひんやりする床に、スリッパも履かずに足を降ろす。

 そのまま机の横にある窓を開け放った。

 癖の強い私の髪を、春にしては冷たい風が巻き上げた。

 外はまだ闇色で、だけど東の空が暁色に染まりつつあるので、もうじき夜は明けるだろう。

 私は夜が明けるまで、色が移り変わる美しい空を眺めていた。

 ―――まるで、見納めるような気持ちで。




 暫く話す事もなかった執事が、私と母親役を呼びに来た。どうやら妾の娘と会わしたいらしい。

 私の横で、不機嫌に顔を歪ませている女と共に、応接間に通される。

 そのままぼんやりとしていると、ドアが開いた。

 そこから現れた父親役と見知らぬ少女。

 ……成程、これが“妾の娘”役の子どもか。

 愛されて育ったと一目で分かる、可憐な顔立ちを不安を滲ませ、少女は私の前に立っている。


 ―――この子役の夢だったなら、こんなにも苦しまなかったのかもな。






 先程から、視界が淡くなって来ている。


 嗚呼、もうすぐ、この悪夢が終わるのか。


 目の前の少女が桜色の小さな唇を動かした。







「花園百合子です。よろしくお願いします」


二話目に続く……となります。


私的にはかなりの鬱展開でした。

読んで下さってありがとうございました。


これ以上悲惨な話はもう無いと思うので、ご安心下さい。

次からは前世の記憶持ちの梅子のターンです。

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