異世界転生、ハードモード
「花園百合子です。よろしくお願いします」
まだ朝晩冷え込む春の初め、その少女は私の家にやって来た。
百合子と名乗ったその少女は、名前に相応しい可憐な容姿をしていた。
薄茶色の緩くカールした髪に、同色の大きく澄んだ瞳。綺麗な鼻筋に小さく形良い唇。
小柄で華奢な身体を更に小さくして頭を下げる姿は、男性が守ってあげたくなるような可愛らしさがあった。
滅多に私に話掛けて来ない父親が、珍しく私と母親を呼んだと思えば、自分の不貞の末に生まれた子どもを嬉々として紹介してきた。
父は、私と母に見せた事の無い蕩けた笑顔で、百合子嬢を優しく見つめており、私をドン引きさせた。
両親は貴族にありがちな政略結婚で、夫婦仲は最初から冷えきっていたらしい。
気位の高い貴族のお嬢様な妻に嫌気が差して街に繰り出している内に、美しく優しい百合子嬢の母親に出会い恋に落ちた。
……まぁ、娘の私からしても母は高飛車でヒステリー持ちな地雷物件だし、離婚出来ないから外にお妾さんを作るのは仕方がないと思う。貴族は一夫多妻OKだしね。
……ならば何故、私が生まれたのだろうか。
父と母の間には、私の他にもう一人兄がいる。
兄の誕生で、後継者問題は片付いたはずなのに、冷えきった夫婦間に何故私が生まれたのか。
聞けば百合子嬢、私と同い年じゃないか!!母と百合子嬢の母親を同時期に孕ませたんか!!何とも節操なしである。
「百合子の母親の桃香が、一昨日に亡くなった……他に身寄りの無い百合子を一人にしておく事は出来ない。これを機に正式に我が花園家の娘として迎える事にした」
ドン引きな私と顔を真っ赤にした母を置き去りにして、優しく百合子嬢の肩を抱く父。……私には虫を見るような視線しか寄越さないくせに、何とも分かりやすい男だ。
「……だから、蘭子、梅子……百合子に近付いたら容赦はしない。肝に銘じておけ」
……怖っ!?それが実の娘に向ける視線か!!
鋭く切り捨てるような目線で反論を許さない父の言葉に、違和感を感じた。
あれ?このシチュエーション……どっかで見たぞ……
私の脳裏に、白黒の紙面に描かれたこの居間の様子……あれ?あれれ?
私の名前は花園梅子。
伯爵である花園家の娘であり、『愛憎の華』の主人公である百合子の腹違いの姉である。
自分に見向きもしない父と兄に一心に愛され、初恋である宮家の御曹司の心を奪った百合子に嫉妬し、あらゆる嫌がらせを母とするのだ。
その結果、物語の終盤では母と共に家を追い出され、初恋の御曹司にもこっぴどくフラれた挙げ句、悲惨な最期を迎えるのだ。
……私の異世界転生、ハードモード過ぎじゃない?
※梅子が一夫多妻OKなのを知っているのに、不貞と言っているのは、前世との記憶がごちゃ混ぜになっているからです。




