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愛憎の華(笑)  作者: 雨鴉
第二章:種蒔き編
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硝子の華 2

 

 菊乃の解雇は、私が寝込んでいる間に速やかに行われた。


『どうしてですか!!どうしてわたしからきくのをとりあげるの!!』


 菊乃が居なくなって、みるみる回復した私は、父の執務室に乗り込んだ。突然入って来た私に驚く訳でもなく、父は私をじっと見つめ『やはりな』と呟いた。


『お前の為を思ってだ。……寧ろ感謝して欲しいくらいだ』


『………?』


『お前もおかしいと思わなかったか?私が見舞うと身体の調子が良くなり、見舞うのを止めると途端悪くなる……初めはお前がしているのかと思っていたのだが……お前はあの女の被害者だった』


『……なんの、ことですか……』


 心臓が早鐘を打っている。

 すごく嫌な予感がする。


『あの女は、お前に親身になって世話をしてる裏で、お前の食事に毒を盛っていた。……子どもを亡くして何処か狂っていたのだろうな』


『うそだ……』


『嘘ではない。現に今、お前の体調は安定している。医師の診断もある。お前は狂った女の理想に無理矢理付き合わされていたんだよ』


『うそだ!!うそだ!!……だってきくのは、わたしがくるしんでいたら、だきしめてくれた!!』


『……それこそ、あの女の理想だろう。子ども亡くした事で壊れた夫婦関係や舅姑、親戚の風当たりの強さから逃げ、お前で理想的な家族を構築しようとしていたのだ』


 現実味のない、何処か遠くの話のような事を、父は淡々と告げる。その無感情な様に身体の奥から溶けるような熱を感じた。

 そう、それは怒りだ。


『うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!』


 今まで出した事もないくらい、低く大きな声が出た。きつく睨み付けても、父は無表情のままでこちらを見ている。それが酷く燗に障り、ぶるぶると全身が震える程の怒りが沸き上がる。


『わたしがなにをした!!わたしがなにをした!!……やさしさもぬくもりもくれないくせに、わたしからだいじなひとをうばう!!わたしがなにをした!!』


 父が座っている前にある机に飛び乗り、父の綺麗に整えてある襟元を掴む。

 こんなに間近で向き合うのは、生まれて初めてだった。

 そんな私の暴挙に慌てる事なく、父は目を細めただけだった。


『きらいなら、なぜわたしはここにいる!!どうしていきている!!……なぜわたしはうまれてきたのだ!!』


 沸き上がる怒りに任せて、机にあるペン立てにある鋏を取り、父の肩目掛けて降り下ろした。


『……っ!?』


『旦那様!!』


 肩口に食い込む鋏の隙間から、赤い紅い色が零れ落ちる。その時になって初めて、目の前の男は顔を歪めた。


『お嬢様!!何を……!!』


 私を父から引き離したのは、蒼白な顔をした青柳だった。

 そんな青柳に目を向けず、私は父だけを睨み付けていた。


『……青柳、梅子を別館へ隔離しろ』


 苦し気な息遣いの合間に、青柳に指示を出す。

 ……久し振りに名前を呼ばれた気がする。


 それから、私は別館の一階の片隅にある小さな部屋に閉じ込められた。

 閉じ込められて直ぐに母がやって来たが、父の命令なのか青柳が頑として私と会わせなかった。

 多分会っていたら、母に酷く折檻されていただろう。これ以上の醜聞を嫌った父の判断に私は怒りを募らせた。


 当時、私には乳母の菊乃の他に、二人の使用人が付いていたが、菊乃がいなくなってから私はその二人を拒絶した。

 その二人には、菊乃のような優しさを感じられず、寧ろ両親のような義務感で私に接していた。幼いながらも……いや、幼いからこそ、それを敏感に感じていたのだ。


 一人で服を着替え、入浴をして、学校の送迎の車を用意する。

 七歳で菊乃と離された私は、少しずつ自分で出来る事を増やして行った。

 そうして八歳になった今、私は一人になったのだ。




 私はこの期に及んでも、愚かにも菊乃が迎えに来てくれると信じていた。

 この冷たい人間しかいない所から連れ出して、優しい菊乃と二人で暮らせるようになると、約束もしていないのにそう思っていた。

 そんな私の態度が気に食わない父が、青柳を連れて閉じ込められた部屋にやって来た。


『いい加減にしろ。あの女は戻らない』


 冷たく見下ろしてくる父をきつく睨み上げた。


『そうやって反抗ばかりしているのなら、私にも考えがある……お前を遠方の親戚に預けるようにする』


『……え』


 やだ。

 そんな事になったら、菊乃が迎えに来れなくなる。


『やだやだやだ!!おねがいします。おねがいします。ここにおいてください。おねがいします』


 私は床に座り込み、額を付けて懇願した。

 その様を見た青柳は、私を立ち上がらせようとするが、私は床にへばりつき、動かなかった。


『伯爵家の者とあろうものが、無様だな。……そんなにあの女に会いたいのなら、会ってみればいい』


『旦那様!!』


『青柳、連れて行ってやれ』


 そう言い残すと、父は振り返りもせず部屋を後にした。

 私と青柳だけが残された。


『あおやぎ、きくのにあえるの?』


 床に座り込んだまま、傍らにいる青柳を見る。

 青柳は何とも言えない顔をしてから、息を大きく吐いた。


『お嬢様、菊乃に本当に会いたいのですか?』


『うん』


『……彼女は、旦那様がおっしゃったように、心を病んでお嬢様に危害を加えました。それでも会いたいのですか?』


『そんなのうそよ。きくのがそんなことするはずないわ』


『……っ、彼女は自分の理想の“家族みんな仲良く暮らす”事を、半ば強引に叶えようとしました。旦那様と奥様の事情などを無視して』


『それがどうしていけないの?わたしのことをおもってくれたからでしょ?』


『確かに、悲しい事にお嬢様のご両親、お兄様は不仲でございます。使用人がそれを悲しく思うのもまた、正しい事なのだと思います。……しかし、それは使用人一人が不用意に触れて良い問題ではありません。その上、彼女は自分の欲だけでこの花園家を掻き乱しました。それはどうあっても許される事ではありません』


 青柳の目は子どもを宥めるような色はなく、寧ろ対等に向き合うように見つめてくる。その色に嘘は見当たらず、私の自信は揺らいでいた。


『例えどんな結果でも、受け入れて下さるのでしたら……私はお連れします』



 その言葉に頷いて良かったのか、悪かったのか……未だに分からないけど、私は青柳の手を取ったのだ。


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