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愛憎の華(笑)  作者: 雨鴉
第二章:種蒔き編
17/41

硝子の華 1

注意!!

『硝子の華』は梅子の過去になります。

前々から伝えていた通り、不愉快な描写があります。以下の描写に嫌悪感がある方は、読むのを控えて下さい。

【精神的虐待・暴力・流血・精神病患者・人格否定・崩壊から逃避、等】

『硝子の華』の次話の前書きに簡単な粗筋を載せますので、読まなくても話が分かるようにします。

 

 一番古い記憶は、優しい手だった。


 私が生まれた当初は、母も普通の母親のように可愛がってくれていたらしいが、父の関心を誘えず、挙げ句に日増しに自分に似てくる娘に嫌気が差し、乳母に丸投げした。


 乳母の名前は菊乃(きくの)と言った。

 母よりも若く、凡庸な顔立ちではあったが気立てが良く優しい人であった。

 菊乃は私が生まれる半年程前に実子を亡くしており、その子の分まで私を可愛がってくれていた。


 私が両親を恋しがって泣いていた夜も、傍らに寄り添って一晩中付いていてくれたりと、本当の親よりも愛情を注いでくれた菊乃に、私は次第に依存していった。


 何をするにも菊乃と一緒でなければ嫌だと、駄々を捏ねる私に、菊乃は優しく諭してくれていた。


『お嬢様、大丈夫ですよ。菊乃が居なくとも、貴女にはお父様とお母様、お兄様がおられます』


『……でも、みんなわたしのそばにはいないじゃない!!きくのだけ、わたしのことをみてくれてるのは』


『……大丈夫です。今は側に居られなくても、きっと一緒に居られる時が来ます。私も協力しますので、お嬢様も頑張りましょう』


『うん。わかった。わたしがんばるね!!』


 そうして私は、何度も両親や兄に何処かに行こうとか何が欲しいとか、積極的に話し掛けたのだが、私と同じ年に生まれた妾の娘を溺愛していた父は無視をし、興味を失っていた母は邪険に追い払った。兄は勉強が忙しい、お前もそんな事ばかり言ってないで勉強しろと、眉を顰めるばかりだった。


 私以上に必死だった菊乃は、何度も両親に掛け合ってくれていた。

 その甲斐もあって、何回か家族全員で食事をした。

 その時の私は舞い上がって、両親や兄に話し掛けていたが反応は薄く、次第に口数は減って行った。


 何度も何度も話し掛けても、両親や兄には響かないストレスで、私は体調を崩す事が多くなった。

 菊乃は甲斐甲斐しく私の看病をしていたけど、両親は数分顔を出す程度で、兄に至っては伝染(うつ)る病だといけないからと、両親から私に近付くなと言われていたらしい。


 子どもらしくふっくらとしていた私は、みるみる痩せて行き骨と皮だけになって行った。

 医師に見せても原因が解らず、不治の病として私は死を待つだけになっていた。


『きくの……わたし、しぬの?こわいよ。しにたくない』


『大丈夫ですよ、お嬢様。今日もお父様とお母様が来て下さったではないですか。きっと直ぐに良くなりますよ』


 すると、次の日本当に体調が良くなり、私も菊乃も喜んだ。

 病気をしていた時に、両親は私の所へ来てくれていた、だからこれからは仲良く出来ると思っていたのだ。


 しかし、私が回復すると同時に、両親は義理でも私の側には寄らなくなった。そこで初めて、私を心配して来てくれていた訳ではなく、体裁を気にしての嫌々の行動だった事を知った。



 どうして、わたしをみてくれないの?


 いいこにするよ?もう、わがままもいわない。


 ねぇ、だから、こっちをみてよ。


 わたしはここにいるよ?



 折角回復していた体調もまた直ぐに悪くなり、私はベッドから出られなくなった。

 そうしたらまた両親が来てくれるようになり、私は嬉しかった。

 けれど、回復したらまた来なくなり、また体調を崩す。


 何度も何度も続けば、周囲は怪しむのは当たり前だった。


『いい加減にしろ。お前の仮病に付き合っている暇などない。』


 ある日、ベッドに横たわる私に向け、父苛立たしげに声を荒らげた。後から聞いた話では、その日は丁度妾の娘の誕生日だったらしい。


『ちがうよ……うそじゃないよ。ほんとにくるしいよ……』


『……ふん。顔だけでなく性根の悪さも母親似か。その媚びた態度が腹立たしい』


『ちがうよ……うそじゃないよ。しんじてよ……』


『また同じ事を繰り返すようなら、この屋敷には居られないと思え』


 私の訴えなどまるで響かず、忌々しげに顔を歪める父に、菊乃は追い縋った。


『旦那様あんまりです!!お嬢様は間違いなく旦那様と奥様の子。何故にそんなに邪険にされるのです!!何故に妾の子ばかり可愛がるのです!!』


『……使用人の分際で私に意見するか。お前には聞きたい事がある』


 菊乃が縋っていた腕を振り払い、父はきつく睨み付ける。

 その剣幕に菊乃が後退りするのを見た私は、身体が辛いのを我慢して起き上がった。


『やめて!!きくのにひどいことしないで!!きくのはわたしにやさしくしてくれたの!!ひどいこといわないで!!』


 ゼェゼェと肩で息をする私を見て、父は唇を歪めて笑う―――嘲笑、と呼べるような笑みを浮かべていた。


『優しい?……どうだろうな』


 意味深な言葉を残して、父は私の部屋を後にした。



『お嬢様、お嬢様、大丈夫ですよ。落ち着いて下さい』


『きくの、もうわたし、きくのだけいればいい。おとうさまもおかあさまもだいきらい!!』


 自分も相当ショックを受けているのに、菊乃は私を優しく抱き締めてくれた。


 嗚呼、私の最初の記憶の優しい手は、菊乃だ。

 母の温もりも、父の力強さも知らなくていい。

 菊乃さえいてくれれば……―――。


 なのに。


 父は無情にも、私から菊乃を離したのだ。

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