職人の町 1
※前話の注意書を見て読むのを止めてた方へ
◆簡単なあらすじ◆
結局習い事に遅刻した梅子は、先生にこってり絞られて帰途についていた。
薄暗い路地を歩いていたら、突然背後からガチムチ親父に襲われた梅子は大ピンチ!!
運良く小汚ない男フーキと、爽やかモブ顔少年に助けられた。
怪我をした梅子は、手当てする為爽やかモブ顔少年の家へと向かうのだった―――。
人生初の痴漢体験をしたのに、妙に落ち着いていられるのは、彼のお陰だろう。
「すぐに助けられなくてごめんね。俺だけじゃアイツをどうも出来なかったから、大人を呼びに行っていたんだ」
申し訳なさそうに言う彼は、笹森翔太君と言う。年齢は私より一つ上の小学六年生だ。名前まで爽やかなサッカー少年っぽい。
と言うか、笹森君が謝る事はこれっぽっちもない。あんなガチムチなオッサンに小六が立ち向かえるはずがない。
……本当、何て紳士な小学生だな。貴族の葛城藤真よか貴族に相応しい立ち振舞いだ。
私は内心とても感動していた。
「あのフーキさんと言う方は、笹森君の親戚の方ですか?」
「いや、フーキは俺たちの町の顔役っつーか、面倒事なんかを解決するのが上手くて、結構頼りになるんだ」
小汚ないけどな、と笑う笹森君を見て納得した。
フーキさんは人情漫画の主人公のような人物だった。
憎まれ口を叩いても、困っている人を助けてくれる……私の好きな青年誌で連載されてた漫画の主人公にそっくりだ。
笹森君やフーキさんは、原作漫画では見たことがない。
梅子が変質者に襲われる描写もない。
―――私は、原作にない展開の真っ只中にいるのだ。
擦り傷だが流血している膝は、歩く度にピリピリとした痛みを伝えてくるので、どうしても歩みが遅くなる。それでも笹森君は私を焦らす事なく、ゆっくりと歩いてくれる。
周りの景色は、先生の自宅の周辺の閑静な住宅街とは様変わりし、活気溢れる喧騒に満ちた商店街になっている。
小さな店舗が道の両脇に所狭しと並び、大声で呼び込みをしている店員や、店舗前にある長椅子で酒を酌み交わす客たちがいたりと、私が住んでいる高級住宅街では見られないものばかりだ。
辺りは日が暮れて闇に閉ざされようとしているが、店舗の明かりや、道に等間隔で設置されているガス灯が明るく照らしている。
……大正というか昭和の高度経済成長期前後の、古きよき時代のような光景だが、貴族の暮らす地区よりもずっと人情味があり、何処か懐かしさを感じる。
「ごめんね。貴族のお嬢様には五月蝿い所だろうけど、ちょっと我慢して」
「いいえ。私は全然気にしてませんから、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。……寧ろちょっとワクワクしてます」
そう。私はちょっと所かすごくワクワクしていた。
先程から、揚げ物や焼いた肉の匂いがあちこちから漂ってきてるのだ。
夕飯時だからか、着物に割烹着姿の女性たちが、店員や同じ主婦たちと軽快に会話をしながら、食材を買っている姿が多数見られた。
うわっ!?あの焼き鳥すごい美味しそう!!ああっ!?あの揚げ物、コロッケかな?メンチカツかな?……買って帰ろうかなぁ……。
お腹が鳴りそうになるのを堪えながら辺りを見渡す私を、笹森君が驚いた目で見ていた事に気付かなかった。
笹森君の家は商店街を突っ切って暫くした場所にあった。ここでも私のテンションは上がりまくりだった。
京都の町家のような建物が立ち並び、あちこちから甲高い金属音や、木を削る音やトンカチを打ち付ける音が響いている。
鍛冶屋に木工細工や硝子細工……技術と経験がモノを言う世界、此処は職人が多く住まう町だ。
火や水を多用する所が多いのだろう。開け放たれた一階の入口から、もうもうと煙が上がっている。
時々その中から、上半身裸の男性が汗だくで出てきて、入口前に置かれた樽から水を汲み、頭から被っている。うーん、素晴らしい筋肉の持ち主ばかりだ。
「表からは入れないから、裏口に回るよ」
笹森君の家は鍛冶屋のようだ。表からは入れないのは、製鉄する場所は女人禁制な事が多いからだろう。
二階建ての一階部分は、作業場が大部分を占めていて、片隅にある四畳程の小上がりの場所で、商品の販売やメンテナンスの受注をしているらしい。(この部分には女性は入れるらしい)
裏口の扉を開けると靴が並んでおり、此方を玄関として使用しているようだ。
「ちょっと待ってて」
笹森君はそう言うと、入ってすぐある扉を開ける。扉は不透明なガラスの嵌め込まれた引き戸だ。どうやらその奥は台所になっており、多分母親だと思われる女性と話をしている。
まぁ、いきなり息子が同じ年頃の貴族の娘を連れて来たら驚くだろう。私もノコノコ付いて来てしまったが、初対面の異性の家に行くなんて、非常識だったと今更ながら思う。
しかし……先程から漂うこの香り……もしかして……いやいや、ハチャメチャなファンタジー設定だけどあるはすがない。いやでも昭和感溢れるあの商店街を見たら有り得る……
「……どう考えてもこの匂い、カレーだよなぁ」
商店街で売られてた焼き鳥やコロッケは、今生じゃ一度も口にしたことはない。家や学校で出される料理は全て高級料理だ。
フルコースや懐石料理なんかは、年に数回しか食べれないから美味しいのであって、毎日だと流石に飽きる。前世で食べていたジャンクフードや家庭料理が懐かしいと思っていた矢先に出会うとは……。
私がヨダレを垂らすのを必死に堪えていたら、ガラス戸が開いて桶を持った笹森君と、恰幅の良い女性が出てきた。……人の事は言えないが、この女性が母親なら笹森君とあまり似てないな……
「ちょっとあんた。大丈夫だったかい?可哀想にねぇ……気持ち悪かったろ?」
大きな身体を揺すりながら来た女性は、丸太のような腕でバンバンと背中を叩いてきた。……ぐはっ!?めっちゃ痛ぇ!!
「母ちゃん、そのくらいにして。朱音じゃないんだから、母ちゃんの力で叩かれたら痛いってもんじゃないよ」
水の入った桶を置いた笹森君は、手に持っていた手拭いを濡らし始めた。
「あら、ごめんねぇ。……あんたを見てても、どうも貴族のお嬢様に見えなくてねぇ……親しみがわく顔と言うか、庶民的な顔と言うか……」
……ブサイクは親しみがわくのか。
すいません。職人の町や商店街にテンション上がったのは、梅子じゃなく私です。
一話で終わらなかったです……orz