梅子、学校生活を考える
学園編、突入です。
「ごきげんよう。梅子さん」
「ごきげんよう。杏子さん、苺花さん」
小学五年生が『ごきげんよう』と挨拶する世界……付いていけないわ~。
花園家では、居ないものとして扱われているが、学校ではそこそこ地位があるのが私だ。
父親は最低限の教養として、私を三歳から幼稚舎に通わせていた。本当、最低限な扱われようなのだが。
此処、聖樫学園は、幼稚舎から大学院まである良家の子女たちの通う学校である。
この世界では、身分に応じて行く学校が決められている。それは、身分差によって生まれる差異で、余計な軋轢を生まない為であった。ただし、平民の通う学校だからと言って学力に差がある訳ではない。特色として平民の学校は普通科目の他に、初等部の内から商業系や工業系の科目を習う事が出来るのだ。私としては、貴族のマナー教室やダンスレッスンよりそっちの方が習いたい。
まぁ、貴族の学校でも高等部から商業系の科目が選択出来るので、高等部に上がったら商業系を選択するつもりだ。
私は、前世を思い出した時、漫画の世界観や登場人物をまとめるのとは他に、進路について考えた。
行く行くは家を出て、自力で生活していきたいと考えている。出来れば事務系に進みたい。
しかし、前世より随分女性の社会進出が遅れているこの世界では、容易なことではない。
色々調べてはいるのだが、やはり十歳と言う年齢では限界がある。長期戦と考えた方がいいだろう。
話を戻そう。
先程『ザ☆お嬢様』な挨拶をしてくれた二人―――間宮杏子と谷崎苺花は、私の所謂『取り巻き』である。
勿論、主人公である百合子嬢をイジメまくる梅子の取り巻きなので、容姿はよろしくない。ぶっちゃけブサイクである。
杏子は、黒い背中までのロングヘアーで前髪パッツン、私と同じそばかすが頬に散らばり眼鏡を掛けた、一昔前のガリ勉女子のような姿をしていて、苺花は、名前との落差が激しすぎるくらい太ましい体型をしていて、目鼻立ちは肉に埋もれて判別出来ないくらいだ。
二人とも、子爵家のご令嬢で幼稚舎から聖樫に通っている。
今日の授業は終了し後は帰るだけなのだが、二人は私の前でまごまごして、中々要件を話さない。これから習い事があるから早く帰りたいのだが……。
「二人とも、私何か用でもあるのかしら?」
全然可愛くないけど、首を傾げてみる。今日の習い事の日本舞踊の先生は、滅茶苦茶厳しい人だ。遅刻なんかしたら……恐ろし過ぎて考えたくない。
内心振り切って帰りたいが、数少ない話し掛けてくれるクラスメイトである。大事にしなければ。
「お前ら三人集まって何してんだよ。……また良からぬ事でも考えてるのか?」
そこへ私たちの会話に割り込む声がする。その声に、私はげんなり、二人はきゃあっと歓声を上げる。
「……ごきげんよう。葛城様」
葛城藤真は、三ノ宮家に次ぐ公爵の地位にある貴族の嫡男である。葛城家と言えば、昔神皇の娘が降嫁したり、三ノ宮家へ娘を嫁がせたり……何かと皇族に縁のある家である為、貴族の筆頭に当たる。
……お気付きかもしれないが、『愛憎の華』の主要キャラクターの一人で、物語が動き出す十六歳の時には、ちょい不良系のイケメンに成長している筈だ。
赤みの強い茶色の髪の毛と、翠色の猫のような瞳。この頃から既にガキ大将的な性格が出ていて、何かに付けて私に絡んで来る。
ぶっちゃけウザいのだが、何せ格上の公爵家のお坊っちゃま。あからさまな態度で不興を買うのは止めた方が身の為だろう。
私が反応をしたのを見た藤真は、得意気にニンマリと笑う。その表情が機嫌の良い猫みたいで、大層可愛らしい。
現に、杏子と苺花は顔を赤らめキャッキャッとはしゃいでいる。……いや、コイツ私らにイチャモン付けてるんですが。
ああ、イケメンは何しても許されるのね。
「来週からお前の妹が来るらしいな。お前みたいな女じゃない事を祈ってるぜ」
ふふん、と鼻で笑う藤真をジト目で見る私を許してほしい。
……こんな事言ってるが、奴は百合子嬢を一目見た瞬間からフォーリンラブ状態になる、滅茶苦茶チョロい奴なのだ。
「……ご安心下さい。妹は私に似ず、大変可愛らしい子なので仲良くしてやって下さいませ」
ニッコリと笑って言ってやると、私から思った反応を出せなかったのか、不機嫌な猫の表情になっている。その様は大変可愛らしいのに、何故数年後には、あんな噛ませ犬みたいな残念な俺様キャラになるのだろう。
しかし、奴のお陰で杏子と苺花が私に話し掛けて来た理由が解った。来週に控えた百合子嬢の学園デビューについてだろう。
先日、社交界に華々しくデビューした百合子嬢は、父の親戚友人だけでなく、貴族の面々に広く知られるようになった。
……え?私?勿論呼ばれてないですけど。
百合子嬢の評価は真っ二つに割れ、白百合の姫と賛辞を贈る者もいれば、平民の妾の娘と蔑む者もいた。後者は百合子嬢だけでなく、花園家にもあまりいい感情を持ってない……まぁ、私の母の生家である糸敷侯爵家とその信奉者なのだが。
杏子と苺花の家が侯爵家の信奉者な為、百合子嬢の編入に関して家の方から何か言われて来たのだろう。
……ぶっちゃけ私は何もする気はないのだが、二人は私が何かをするのではと思い、指示を仰ぎに来たのだろう。原作では度々見られたシーンだ。
「では、私、習い事がありますので、失礼させてもらいますわ」
ゲッ!?本格的にヤバイ!!
時計を見ると、かなり時間が経過していたので、三人に失礼を承知で慌てて教室を出た。
基本的に貴族の子女は、専用の車か馬車で送り迎えしてもらうものだが、私は初等部からは路面電車を利用している。
そう!!路面電車だ!!
この世界は車がとても高級で、上級の貴族ぐらいしか所有出来なくて、貴族でも馬車を使うのが主流だったりする。
その馬車も、平民にすれば高価な乗り物だ。そんな平民の交通手段は専らこの路面電車だ。
道路の真ん中をレトロな列車が走る風景……正しく浪漫である。
運賃は一律なので、街中を飛び回る営業職の人とかは助かるだろうな。
列車に乗ると乗客からジロジロと見られる。断じて私がブサイクだからではない。見られる理由は、私の着ている制服だ。
臙脂色のセーラー服は聖樫の証。
それくらい有名なのだ。
臙脂色のセーラー服に少等部は白色のセーラータイ。因みに中等部が紺色、高等部は深緑色である。黒のショートブーツ……美少女な百合子嬢が着れば可愛いのだが、ブサイクにはキツい制服である。
最初は肩身が狭い思いをしたが、五年生にでもなれば慣れっこである。
リンリンと涼やかなベルの音が響くと、列車はゆっくりと動き出す。
ドアの前に立ち、ゆっくりと移り変わる景色を眺める。
街を行く人々は洋装と和装が半々で、また町並みも煉瓦造りや石造りの建物が立ち並んでいるが、路地に入ると伝統的な日本家屋が並んでいたりする。
前世を思い出した時、この町並みを見たら『随分遠くに来たものだ』と呆然としてしまった。
あの見慣れたビルや、夜空を眩しく照らす電飾もない。
次の駅を告げる車掌の声を聞きながら、ぼんやりと窓の外の景色を眺め続けた。
※捕捉:時系列
三月下旬・御披露目パーティー(梅子四年生)
↓
四月・百合子社交界デビュー(梅子五年生に進級)
↓
五月・百合子編入←今ココ
……何故に四月進級時にしなかったのか(笑)