御披露目パーティー 5
『一条少尉、これで以上です』
運び出された荷物は、貴族の令嬢にしては余りにも少ない量だった。
対して母親の方は、まだ運び出す作業が続き、終わりの目処が立たない。
小さな箱に収められた中身は、数冊の本と数着の衣服だけで、きらびやかな宝石やドレス等は一つもない。
一番上に置いてあった本を手に取ると、ヒラリと何かが落ちた。
『しかし……あの悪名高い花園梅子にしては、随分質素な生活してたんですね……』
部下の呟きを聞きながら、蓮司は本の隙間から落ちたものを拾い上げた。
それは桜の花弁を押し花にした栞だった。
『少尉、ご報告が!!』
蓮司が栞に目を落としていると、本部に詰めていた部下がやって来た。一拍置いて蓮司は目を上げた。
『……どうした』
『はい。第一監獄から連絡がありまして、獄中の花園梅子が死亡したそうです』
その報告を聞いた蓮司はきつく目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、桜舞い散る夜。
ひっそりとあった寂し気な庭に蹲る、小さな後ろ姿。
パーティーをしてもらった事がない、妾の子どもの百合子には花が贈られているのに自分にはないと、声を殺して泣いていた。
蓮司はその子どもの髪に絡まる小さな花弁を摘まんで、その花弁を子どもの小さな掌に乗せた。
ならば自分が子どもに花を贈ろう、子どもと同じ名前の白梅の木を……と。
『少尉、どうされました?』
部下の訝しげな声に目を開けて手元の栞を見る。
あの時の約束は果たされないまま忘れられ、そして永遠に果たされる事はなくなった。
蓮司と梅子が人知れず出会ったこの庭も、国家転覆を狙った極悪人の母子の暮らしたこの別館も、もうじき壊される。
蓮司は栞を再び本に挟む。その本のタイトルを読んで目を細めた。
『…………』
『少尉、何か言いましたか?』
『……いや』
本を小さな箱に戻すと、蓮司は一瞥もせずにその場から立ち去る。
箱の中にある忘れられた約束と、少女の淡い想いに気付かなかったようにして。
「………嫌な夢見ちゃった」
机に伏せた状態で寝ていた為、枕にしていた両腕が痺れている。腕の下のノートは少し皺が寄っていた。
先程まで見ていた夢は、『愛憎の華』のラスト辺りのシーンだった。
軍によって捕らえられた梅子が、獄中で発狂死したことをレンレンが知るシーンだ。
梅子の遺品となってしまった本の間に挟まった栞に、レンレンは昔梅子とした約束を思い出す。栞を挟んでいた本は、記憶を失った王子様が、愛していたお姫様を忘れてしまい、他の娘に恋をするが、最後には記憶を取り戻し、お姫様と幸せに暮らしたと言う内容の本だった。
桜の花弁に恋物語の本……その思わせ振りなモノに、レンレンは梅子の想いに気付くのだ。
主人公溺愛の原作者にしては珍しい梅子の最期のシーンは、ファンの間でもアンチの間でも話題となった。特に部下が聞き逃したレンレンのセリフは、ネットでも話題になり、真面目に考察する人もいれば、面白可笑しく大喜利に使う人もいた。
『馬鹿な女だ』『すまない』『いつか必ず贈ろう』……色々なセリフと思惑の推理が飛び交ったが、原作者はこの質問には完全黙秘を貫いた。……いつもは聞かない裏設定をSNSにアップしていたくせに。
私としては、担当に言われて入れたシーンじゃないかと思っている。イヤイヤ入れたシーンが、凄い反響なのが面白くなくて黙秘してるんじゃないかと。
多少変わってしまったが、レンレンのあのセリフは、原作通りのセリフだった。
このセリフの後、レンレンは軍学校での生活の中で、貴族が宮家にクーデターを起こそうとしている事を知る。兄である神皇に密命を受け、長時間に渡ってクーデターの証拠を掴む為に奔走する。それは学校を卒業し軍人となった時まで続いた。そんな日々に追われ、疲れて切った心を癒した百合子嬢に恋をするのだ……梅子の入る隙間などない。
「忘れちゃうんだよな……」
昼間のあの笑顔にときめいた。私は梅子だもん。ときめかない方がおかしい。
だけど、彼が此処を訪れる事はないだろう。忘れてしまうのだから。
深く溜め息を吐き、皺の寄ったノートを伸ばし、勉強を続けようとした時、窓を叩く音がした。
「……?」
初めは風が窓を揺らして居るのかと思って無視していたが、段々音が大きくなっていくので、これは人間が故意に叩いている音だ。
何なんだ!!パーティーにも呼ばれないボッチ梅子を嘲笑いに来たのか!!何処の暇人だ!!完膚なきまでに打ち負かしちゃる!!しかし、貧弱だから口撃でな!!
振り向きながら思いっ切り窓を開ける。
「何か御用かしら!?」
「へぶっ!?」
やべっ!?勢い付け過ぎて相手に当たってしまった!!
窓はガラス張りで外開きな為、思いっ切り開けると人にぶつかるのは当たり前で……ううっ、鼻持ちならない貴族のボンボンだったらどうしょう……
「痛い……」
はわぁっ!?レンレンじゃん!!てか、『はわぁっ!?』って現実に言う奴いねーよ!!ってディスっていたけど、言っちゃったよ!!恥ずかしい!!
私が脳内で大パニック起こして固まっている間に、レンレンは、窓が激突して仰け反っていた身体を戻し、鼻を摩っている。……あ、まず鼻が当たるんですね。私は額が当たります。
「持ってきた」
「はいぃ?」
パニックな私を余所に、レンレンは手に持っていた袋を、私に見せるように掲げた。そのマイペースさに困惑してしまった私は、気の抜けた返事しか出来ない。
「い、一条様……あの、申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「うん。持ってきた」
微妙に会話になっていない。レンレンよ、君のオツムは優秀な筈なのに……。
取り敢えず、先程からやたらグイグイ押してくる袋を受け取る。
「……これは」
「昼間、梅林に行って貰ってきた。まだ若い木だから今年は花が咲かなかったみたいだが、来年は咲くだろうと庭師が言っていた」
枝数も少なく細く小さな若木。根ごと持って来てるから土の匂いがする。
「……どうした?」
俯いて黙ってしまった私を、不思議に思ったレンレンが顔を覗き込んできて、目を瞠った。
「どうして泣く?木が小さいからか?」
レンレンの言葉に首を振る。
私は泣いていた。別に泣きたくて泣いた訳じゃない。
ただ、ずっと自分なりに頑張って来たけど、状況は変わらないし、もしかして私が無駄に足掻くだけで、原作の流れは変わらないんじゃないかと思っていた。
強がって、負けるものか、挫けるもんか、と泣くのを堪えて来た。
此処で、此処に来て原作の流れが少し変わった。
「ち、ちがい、ます。うれ、しく、て……ありがと、ございます」
今、すっごいブサイクな顔してると思う。鼻水垂れてるし、口元引き攣ってるし。
前屈するくらい身体を折り曲げる。本当、嬉しい。
そんな私の頭をぽんぽんと叩くレンレン。流石ヒーロー。
「……折角だから、一緒に植えよう」
そう言うと、レンレンは私の手を引っ張り、窓際ギリギリに引き寄せる。
そして、
「……うわっ!?」
両脇に手を入れてヒョイッと抱き上げた!!少女漫画か!?
少女漫画だな!!
レンレンの腰位の高さの窓だから、簡単に外に連れ出される。……何かこのモロ少女漫画なシチュは凄い恥ずかしい。
月明かりの元、無表情な美少年と涙と鼻水でぐちゃぐちゃなブサイクな子どもが、庭で穴を掘っている図……すごいシュールだ。
手で掘り出して暫くしてから、庭師が使っているスコップを使えば良かったと思う。私ら無計画である。
うわっ!?速っ!!レンレン穴掘るの速っ!!何でこんな事も人並み以上なんだよ!!
レンレンの穴掘りの速度に助けられ、木を植えられる深さの穴を速く掘る事が出来た。
木を植えた場所は、私の部屋から見える所で、然り気無く場所を選ぶレンレンは凄い。流石ヒーローである。
二人とも手を土塗れにしながら植えた。何だか楽しかった。
小さな木を見て口元が緩む。そんな私の頭をレンレンはまたぽんぽん叩く。
……土塗れの手だったけど、まぁいいか。