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行商人からの噂(後編)

「“実枯らし病”ですか。まさか大陸中央のここにまで持ち込まれているとは」

「結構ヤバいのか?」

 俺の質問にレオンが神妙に頷く。

「ええ。南の方じゃとんでもない被害が出ている奇病ですよ。いや、奇病と言うよりも正確には毒ですねアレは」

「毒?」

「南の方に生息する魔物が作り出す毒によって発生する病気なんです。本来なら、その魔物から一定の距離が離れたら毒素は失われるはずなんですけど……」

 レオンは腕組みをしながら困ったように呟く。


 俺も小さくため息を吐く。

 まさか魔物から排出される毒が原因とは。

 人間に影響のある植物の病気と言えば、小麦に発生する赤かび病などがあるが、まさかカビではなく毒そのものだったとは。

「治療や防除の方法は判らないのか?」

 横からギースが口を挟んで来る。

 どうやら他の三人の興味を引いた様だ。


「今の所、人間はともかく植物の方はまだ確立してはいないんです。南の方でも熱心に進められているようですが。しかし妙ですね」

「何がだ?」

 レオンが納得いかないといた様子で首を傾げるので、俺は思わず聞き返す。


「今まで“実枯らし病”が南の方で留まっていた理由がわかりますか?」

「ん?その魔物が南から動かないからじゃないのか?」

「それも一つなんですけど、実はその魔物が生息しているところに紅国軍が駐屯地を設置しまして」

 紅国軍。正式名称、レガンティア帝国軍。

 この世界の大陸を支配する勢力の一つだ。

 紅国軍と呼ばれる所以は、攻め入った敵国の都市を残らず焼き尽くす紅蓮の炎と、鎧についた返り血に喩えられてそう呼ばれている。

 何とも物騒な集団だな。


「その折に生息地を脅かされたその魔物が紅国軍を襲い始めたんです。しかし、泣く子も黙る、いや黙らせるのが紅国軍です。瞬く間にその魔物のほとんどを狩り尽してしまったんです」

「じゃあ、その原因となる魔物自体が少なくなったからますます“実枯らし病”は広がらなくなったということですか?」

 俺の背中に乗っているジャンヌがレオンに聞き返す。

「ええ。……その筈だったんですが」

「筈だった?」

「実は最近その魔物の生き残りが南から逃げて何処かに潜伏しているという噂を耳にしましてね。今でも各地の冒険者ギルドが血眼になって討伐依頼を出しています」

 レオンはそう言うと同じ馬車に乗っていた、犬人族の仲間に頼んで書類の束を取り出すと、その中から一枚の羊皮紙を取り出して俺達に見せる。


 その中に描かれた魔物は全体的に毒々しい色合いをしており、俺の世界で言う緑色の肌をしたライオンの胴体に蝙蝠の羽根が生え、尻尾は先端に大量の棘を生やしている。

 何より異形なのは頭部だ。

 紫色の長い鬣に隠れたその顔には他の生物とは違い、ギョロリとした一つ目だけが描かれている。


「これが例の魔物です。名前をマンティコア。報酬金は200万ジュエルとされています」

「マンティコアですか……」

 それを聞いたライファが神妙な面持ちで呟いた。

「あれ?ライファ知ってるの?」

「少し前に小耳にはさんだことがあります。その魔物は様々な毒を体に有しており、酷く獰猛なうえ、歩いた後には毒の煙を撒き散らしていくと」

 随分ヤバいなそれは。

 俺はふと気になったのでさっきのリーダーゴブリン、ケリーに聞いてみる。


『おい。お前らの住処で病気以外に変わったことはなかったか?』

『変わったことですか?そう言えば、仲間の一人が聞いたことない魔物の鳴き声を聞いたと言っていたような』

『その魔物を見たのか?』

『いえ、見てません。そう言えばその数日後位から“実枯らし病”が出てきたような?』

 おいおいピッタリビンゴじゃねえか。


「兎に角、こいつ自体も凶暴な魔物ですので真治さん達も気を付けて下さいませ」

「了解した。レオン達も気を付けろよ」

「大丈夫ですよ。私はしがない商人ですので危険と感じたらすぐに逃げます。それに優秀な用心棒もいますし」

 レオンが先程書類を手渡した犬人族を指差す。

 シェパード犬の特徴を持つ……女?


「彼女はとても強いですよ。とある商品を運んでいる時に知り合いまして。それからはうちの専属の護衛についてもらってるんです」

 レオンがニコニコと笑いながら言うと、女性の犬人族は手に持っていた刀を持ち直しながらそっぽを向く。

 が、尻尾が僅かに揺れているのでどうやら照れ隠しの様だ。

「では我々はこれで失礼します。今度会ったらまたご贔屓にお願いします」

「ああ。気を付けてくれな」

 お互いに分かれの挨拶を済ますとそのまま当初通りに進み始める。


 レオン達と別れ街道を逸れて森の中に続く獣道を歩く中、リミアが何かを発見する。

「あ!真治!あれ見てあれ!!」

「どうしたリミア、っ!」

 リミアが必死に指で何かを示しているので俺はその方向を見やる。

 昼間とは言え、枝葉に日差しが遮られる薄暗い木立に囲まれた空間の中、薄くなっている紫色の煙が漂っているのが見えた。


「ライファ、ジャンヌを頼む」

「判りました。さ、ジャンヌ殿こちらへ」

「え?あの、真治さん?」

 俺はライファにジャンヌを預けると草木をかき分けてその場所へと進む。

 ギースはこちらから言わなくても周囲の木々の間へ視線を投げ、リミアも杖を構えながら猫耳を動かして周囲の様子を探っていた。

 一歩一歩近づいていくと強烈な何かが腐った匂いが鼻につく。


「う!こいつは」

 鼻を抑えながら近づいてみると何かの動物の死体があった。

 死体というよりも何かでドロドロに溶かされた肉塊だ。

 それがとんでもない悪臭を放っている。

 念の為、あまり空気を吸い込まないように気を付けながら辺りを見渡してみるがこれやった犯人の気配はなかった。


 どうやらマンティコアは自身の毒で餌となる生物を仕留めて捕食するらしい。

 死骸に近づいてみると毒の影響か腐敗がかなり進んでいる。

 周りの草を見てみると、除草剤を掛けられたように枯れている。

 その中で巨大な生物が通ったと思われる跡が残っており、それはまだ真新しかった。

「通ったのは2、3日前くらいか」

 

 それが判ると俺は皆の元へと戻っていった。

「どうでしたか?」

「餌を食った後と、通った後しか残ってなかったな。ギース達はどうだ?」

「ダメっすね大将。草食動物以外、何も見えないわ」

「私もそれ以外の気配は感じなかったな」

 

 それを聞いて俺は顎に手を添えて考える。

 どうやらマンティコアと言うのは一か所に留まるタイプではなく、テリトリーの中を巡回するタイプかもしれない。

「何処かで鉢合わせになるかもな」

「一旦、戻った方が良いのではないですか?」

 ジャンヌがおずおずと手を上げて意見を述べる。

 普通ならそうすべきなのだろうが。


「いや、この先に目的地があるんだ。このまま進もう」

「ええ!?で、でもそのマンティコアと遭遇したらどうなさるつもりですか!?」

 慌てたジャンヌが聞いてくるので俺はシンプルに答える。

「ぶん殴る」

「はい!?」

「歯向かうなら力づくで黙らせるまでだ。人間ならともかく魔物相手じゃ話し合いじゃ解決しないことが多いからな」

 事実、ゴブリン達もそうやって仲間もとい荷物持ちにしたわけだし。


「で、ですがその魔物は毒をお持ちなのでしょう!?」

「そこでリミアの出番って訳さ」

「はーい!!」

 手と尻尾と耳をピーンと伸ばしたリミアが元気よく返事する。

「彼女が?」

 

ジャンヌが目を丸くしてリミアを見ると、リミアは誇らしげに胸を張る。

うむ。実に健康的な張り具合の……いやこれ以上は止そう。

「そういうことだから先を急ぐぞ。もうじき夕方だ」

「うわ、ちょ!」

 俺はライファに預けていたジャンヌを預かるとすぐに歩き出した。

 もうすぐだ。

 もうすぐ俺達の目的の一つが達成される。

 俺は密かに高揚しながら進む足を速めていた。


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