行商人からの噂(前編)
河原から離れ、街と街をつなぐ街道を歩いているとジャンヌがふと後ろから俺に尋ねて来た。
「ずっと聞きたかったのですが真治さんはこの世界について知っているのですか?」
「いや、俺もこっちの世界の事については知らないことばかりだよ。こっちに飛ばされてからは自分の姿が変わっちまってたし、情報収集しようにもこの姿じゃあ街に近づくのはおろか、行商人たちから買い物どころか話を聞くことさえできないからな」
来て当初の苦々しい思い出が脳裏に蘇る。
鬼の姿でうろついてたのが迂闊だった。
人間に近づくと凄まじい形相でこちらを退治しようとしてくるほどだ。
流石にあの経験は一生忘れないぐらいのものだな。
「ではどうやってこの世界の事を?」
「偶々ある人物に会ってな。そっからこの世界の事とか、魔法の事について教えてもらったよ。まあ俺にとっては命の恩人で師匠ってところさ」
「師匠、ですか?」
「ああ。ホント師匠にはお世話になったもんだ。いろんなところを転々としてるからそれについていって色んな物を見たりしたよ。こっちに来てから驚きの連続さ。例えば今こんな風に会話してるのをおかしいと思わないか?俺は日本人……って言っても判らねえか。兎に角あんたからしたら外国人であんたはフランス人だ」
「そ、そう言えば!」
ジャンヌが衝撃を受けたように口元に手を当てる。
ホントに聖女様の反応は新鮮で面白い。
まあ、俺も同じような反応をしていたが。
「この世界に来た人間はどういう訳かこうしてお互いの言葉が判るらしい。他にもさっきみたいに魔物同士の会話に使う言葉も教えてもらったし、人間に化ける術も教えてもらった」
「その人は何処に?」
ジャンヌの質問に俺は肩をすくめる。
「さあね。突然俺の前から姿を消したよ。書置きを残してな」
「書置きですか?」
「そ。俺がこの旅を始めるきっかけになった内容が書かれたな」
「そ、それは一体?」
ジャンヌが固唾を飲んで俺を見つめてくる。
こういっちゃあ何だが、聖女様も年頃の女の子なんだなと思ってしまう。
今の表情だって好奇心旺盛の猫みたいな目で見つめてくる。
「そいつは着いてからのお楽しみ」
「ええ!?そんなぁ……」
俺が勿体ぶって言うとジャンヌが明らかにしょんぼりして落胆する。ついでにちょっと膨れてこっちをジト目で見て来る。
何この聖女様可愛い。
「おい大将!目の前から行商人だ!どうやら犬人族だ!」
後ろからギースが前方を指差して声を掛けてくる。
エルフの視力は数キロ先を見通せるらしく、それを活かした弓術などの遠距離武器を得意としている。
マサイ族涙目だな。あの人達の視力も俺にとっては羨ましいし大概だけど。
ギースの言葉通り、二足歩行している犬人族の行商人が馬車に乗ってやってくる。
俺はその顔に見覚えがあり、手を振ってこちらの存在をアピールする。
どうやら向こうも気付いたらしく、馬車の上から手を振ってこたえてくれた。
俺達の近くまでやってくると馬車を止めて、ハスキー犬の特徴を持った犬人族が下りてくる。
「やあ!これは真治さん!こんなところで会うとは奇遇ですな!」
「こっちもだレオン。これから商売か?」
こいつはレオン。以前に買い物をしたことがある行商人であり、大陸各地で商売を行っている。
「ええ。これからイリュシャンで商売ですよ。真治さん達は相変わらずですか?」
犬人族と猫人族は比較的、人間と友好的な種族であるため互いの街や村で商売をしたりなどしている。
その中でもレオンは腕利きの商人らしく、様々な人脈と商品のルートを持っている。
「まあな。でももう少しで着くさ」
「ゴブリンまで連れて、随分大所帯ですな」
「荷物持ちがいてくれて楽になったさ」
「ところで何か買っていきますか?今回はそうですね、道具じゃ質の良いヒールポーションと装備では鉄鋼の街で鍛えられた剣がおススメですよ!」
早速商売談義を始めるレオンに俺は思わず苦笑する。
根っからの商人気質なのか、レオンはこのようにおススメの商品を前面的に売り出してくる。
「っと、おや?後ろに背負ってらっしゃる御人はどうされたのですか?」
遅いよ気付くのが。
「ちょっと前に旅に加わったんだ。えーと」
「あ、ジャンヌ・ダルクです!貴方は?」
「ご紹介が遅れました。私はレオンです。このように大陸の各地を回って商売をしてるんですよ。真治さんとは過去にご縁がありまして贔屓にしてもらっています」
レオンがチョイスするラインナップは中々目を見張るものがある。
大陸の各地を回っているだけあって、中々手に入りにくい希少品を取り扱っていることすらある。
「しかし、その火傷の痕は一体どうされたのですか?見たところかなり酷いようですが」
「あ、これは、その」
「小さい頃に納屋で遊んでたら火事になって、逃げ遅れたけど奇跡的に助かったんだそうだ。これはその時のだってさ」
レオンが不味い所に触れて来たので、俺はすかさず嘘のエピソードをでっち上げてフォローする。
「それはそれは……私としたことがつい失礼なことを」
「い、いえ!気にしないでください!」
「あーそうだな。この肌を隠してやれる上着とかないか?できればフード付きの奴」
折角だ。この場でジャンヌの火傷を隠せる上着を買っておこう。
火傷の痕は顔の左頬にもあるので街中を歩く時に何かと目立つ。
「フード付きの上着ですか。でしたらこれはどうでしょう?」
レオンが荷物の中から提示したのは修道士が着るような、ゆったりとした丈の長い薄い青のローブだった。
試しにジャンヌに着せてみると、頭から足首までがすっぽりと覆われる。
これなら街中でも目立つことはないだろう。
「これ買うよ。それと少し聞きたいことがあるんだがいいか?」
「はい。2700ジュエルいただきます。聞きたい事とは何でしょうか?」
レオンに代金を払いながら俺は“実枯らし病”について訪ねる。
それを聞いた途端、レオンが眉間に皺を寄せて深刻な表情になったのだった。