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「ゆり。今日は先に初香の方行ってから、舞結と万桜の方でもいい?」
「うん。そうしよ。この前逆やったし。」
「おっけ。ま、のんびりしていこか。」
今にも物干し竿から引き剥がされてしまいそうな程にはためく洗濯物が心配になりながら、瑜里逢はシートベルトを締めた。エンジンがかかる。
「ほらもう、髪の毛ボッサボサやん。」
呆れたように美水都は笑って、瑜里逢の髪をはらうように梳いた。よく気づくし直そうとしてくれるのに、その直す仕草はおおざっぱなのだ。
「あ、ほんま?ありがとう」
「ええからじっとしとき。」
こんな些細なことでも楽しそうに笑う。苦笑いだけど。
「ありがとう。もうおかんみたいやわほんま。」
「せめておとんやろ。」
「ちゃう、おかんなの。」
ただ、思う。美水都の苦笑いは人に不快さも緊張も与えない。こちらも自然と笑みが浮かんでしまう。前の日の夜に雨音を聞きながら寝入った翌日、ねぼけまなこでカーテンを引くと晴れていた時。真っ青な空が覗いたレースの隙間から見えていると「よかった、晴れた」と安堵して嬉しくなる。あの感じにちょうど似ている。
「ようわからんけどいいや。出るで。」
目指す場所はここからは100キロほど先にある。さっきまで行ってもいいものか行かまいか、迷い迷っていた瑜里逢の気持ちは、だいぶ落ち着いていた。
ゆっくり動き出した車は近道の路地を抜けて、川沿いの道にでた。この、朝祇川沿いにずっと進んでいくと、たんぽぽ野原が見えてくる。もう少ししたら隣は、れんげ畑になって田んぼは水を張り出し、緑色の柔らかな苗がさわさわと大きく小さく息をするようになる。
「あの店いつからできたん??」
美水都が左手で指し示した建物は、割と最近といえば最近にできたものだった。あっけなくそのまま後ろの景色にとけていく。
「多分ね、ほんまに最近。美水都がいってから二ヶ月くらいかな?」
「そら知らんわけやなぁ。なんかでも変わった色やな。屋根も壁も。屋根は青っぽいけど青じゃないし壁もくすんだクリーム色がめっちゃくすんでる感じがする。新築よな一応?」
瑜里逢は思わずふきだした。遠くを見やる目はそのままで、美水都は首を傾げている。
「新築新築。屋根の色は青は青やけど、花紺青っていう青。壁の色は蒸栗色っていうんやって。」
「そんな色あんの。お店の人に教えてもらったん?」
「そうそう。めっちゃ喋りやすい人やったよ。」
少し高いハスキーな声の「お好きな場所へどうぞ」という言葉に、静かな雰囲気にたじろいでいた心を解かされた。本人から聞いた年齢は実際は13も上だったけれど、背中のしっかり伸びた少し華奢な体格、人懐こそうな大きな黒い瞳の二重の目、それに白いシャツの出で立ちは、瑜里逢達とそう変わらないようにも見えさせたからだった。
「そうか。美味しかった?」
「おいしかったよ。あこのランチ、野菜多めやったし量多いしおすすめ。」
「あ、そらええよな。またいこか。」
二人とも野菜・野菜料理がメインの料理が好きで、バーベキューやクリスマス、互いの家に遊びに行った時のご飯は、よくとりあいをしたものだった。「水菜と菊菜のとほうれん草のおひたし」と「かぶらと茄子の甘煮」はみんなで気を付けていないと、二人でほとんど食べてしまっていることばかりだった。
「いこういこう。」
「また誘うわな。ってか暇な時誘って。」
「うんうん。おっけい。」
こうして窓を開けて車で走っていると、町々が、からだを吹き抜けていく気がする。
瑞々しい。眩しい。気持ちいい。
ゆえに、今は切なかった。思わず、手に持った花束に顔をうずめたくなった。