表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と佐藤さんのニンゲン計画  作者: 花井花子
黒髪の美人に襲われた
9/40

003

 

 大型ショッピングモールが出来たせいで潰れた商店街を抜けるのが、私の帰り道。本当はもっと近い道があるんだけれど、いつもここを通ってしまう。


 その商店街でも、特に錆びているシャッター、汚く剥がされた看板の跡がある店舗。


 ここは昔、魚屋さんだった。


 そして、私の家でもあった。


 お父さんとお母さんが、優しかった頃の記憶が思い出される。


 ここの商店街の人達は暖かった。

 学校で辛い目にあっても、皆は私を笑顔で迎えてくれたからへっちゃらだった。


 年々薄れてく記憶を、ここへ来る度に繋ぎ止める。幸せだった頃を思い出して、浴びた毒を浄化する。


 お父さん、元気かな。


 大きな声で、元気よく魚を売っていたお父さん。お店が潰れてからは、日に日にやつれて、最後はいなくなってしまった。


 いなくなってからのお母さんは、おかしくなった。もう、私のお母さんはいない。今はただの化け物だ。


 その頃から、人間が黒い塊に見えてきた。お母さんも、街の人も、クラスメイトも、みんな黒い塊に見えた。


 悪意が固まった化け物。


 人間は私一人になった。


 それからずっと一人。

 私は、これからも一人だ。


 駄目だなぁ。今日は毒を浴び過ぎて、考えが後転してしまう。


 ◆


 ずっと真っ直ぐ道なりに郊外へ行くと、湖が綺麗な湖畔公園に着く。ここは寄り道なんだけどね。


 この湖畔公園は、誰も利用しない割にはしっかりと整備されている。

 並木道は綺麗にウッドチップが舗装されているし、ベンチも綺麗に拭かれている。


 立派な設備こそはないものの、私はこの綺麗な公園が好きだった。


 誰もいないし、静かだし。


 だからここで私はマスクを外せる。

 肌で息が出来る。それがなによりも幸せだった。


 中学生から何度もここへは夜に足を運んでいる。夜が遅くても、お母さんは何も言わないから。


 多分、私に興味がないのだろう。

 お母さんが興味あるのは、あの変な宗教だ。


 いつものように、真っ暗な道を歩く。

 コンタクトがなくても、歩き慣れたこの道は平気だ。目を瞑っても歩ける自信がある。


 並木道はぐるりと大きく湖を囲うように一周している。一周、三十分はかかるけれど、夜の散歩には丁度いい距離だ。


 歩き慣れたこの道は、いつも私の味方だ。


 だからこそ、異変がすぐに分かる。


 今日は、いつもと違った。


 何か、気配がする。


 私だけじゃない、気がする。


 ピタリと足を止めて、振り向く。


「誰か、いるの」


 緊張で声が上擦る。

 上擦ると言えども、低く、篭って、ガサガサとした声質にはたかが知れてる。


 じりじりと嫌な感じが背中から込み上げてきた。汗こそはかかないものの、焦燥感が背中を照りつける。


 視界は案の定、闇しか見えない。

 一寸先も霞む状況だ。


 今更になって、コンタクトをつけ直さなかったことを後悔する。

 こういう日に限って、悪い事は連続するのを忘れていた。


 もう、“今日”は終わっていたと思っていた。


 “罰”はおしまいだと思っていた。

 私は馬鹿だ、なんで気を抜いたんだ。


 ぐっと闇を見据える。


 これ程、闇が怖い事は今まで無かった。

 あれだけ好きだった黒が、今は恐怖でしかない。


 しかし、何時まで経っても、返事は無かった。

 気の所為なんだろうか。

 今日は疲れているから、気が立っているのかもしれない。過剰に神経が尖っているのは、自分でも感じている。


「………………っ!?」


 刹那、足元に何かが突然ぶつかり、思わず飛び跳ねてしまう。

 何が当たってきたのか。

 爪先に硬いものが、襲ってきた。

 動物?にしては、あまりに直接的で硬かったような……


 スリッパを見るが、特に異変はない。

 鳥が木の実を落としたのかな……

 柄にもなく少し緊張している。

 幽霊、ではないと思う。いやいや、幽霊なんているはずがない。

 ちょっと混乱してるな……


 屈んで足元を見てみるも、ガスマスクのスモークガラスで視界が悪過ぎて何も見えない。


 ……マスク、外そうか。


 手袋を外す。外気が気持ちいい。


 フードを脱ぐ。篭っていた熱が消化される。


 ガスマスクを外す。世界の地に足が着いた気がした。


 空気が美味しい。


 夜露に濡れた草木の匂いが、鼻腔をくすぐる。


 肌が深呼吸をするように、人心地着いた。


 視界が、鮮明になる。


 やっぱり、外は気持ちいい。


 大きく息を吸って、肺に新鮮な空気を入れた。

 こんな事で幸せと思えてしまう。

 可能なら、毎日ずっとここにいたい。


 足元に目を凝らして、何か落ちてないか探してみる。

 そういえば小さい頃は公園でよく、こうやって虫を眺めていたものだ。


 どんぐりだ。まだ青いどんぐりが、数個落ちている。

 他には小さな石。あとは――


 瞬間、私の身体は後ろへ引っ張られて、並木道を外れて草むらに引き摺り込まれた。


 心臓が破裂しそうなくらい唸りを上げた。


 声が出せない。


 否、引き摺り込まれたのではなく、押し倒されて、口を塞がれたのだと気付くまでに数秒を要した。


 とてつもなく強い力で、身体と口を抑えつけられる。


 目が縦に回転してるんじゃないかという位、視界がブツ切りに感じた。


 近くには、息を呑むくらい美人な顔がある。


 吸い込まれそうな大きな黒い瞳に、端整な顔立ち。


 真っ黒い濡鴉のような、美しい髪を揺らしている――――


 教室で会った人、だ。


 理解出来ない程の情報量と状況に頭痛がする。

 もしかしたら倒された時に頭を打ったのかもしれない。


 ただ、昼と違うのは、彼女はヤバかった。


 酷く瞳孔が開いて、にたりとニヒルな笑みを浮かべている。

 呼吸は荒々しく、興奮しているようだった。


「イタダキマス」


 そして、彼女は艶めかしく、口を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ