006
パーカーから白く輝く、髪が全容を表す。
胸元まである二つ縛りにした長いおさげで、髪自体は見た事はあった。しかし、フードを脱いだ全貌を見るのは初めてだ。
銀色なんかじゃない。
あまりに白過ぎて、月光が反射してしまう程の純白な髪の毛。闇夜に映える、その白金はあまりにも異質とも言える。髪の毛一本一本が、光の粒子を放っていた。
そよ風が妖しく吹いて、佐藤さんの香りを運んでくる。生唾を飲み込む。我慢だ、我慢しろ。
いつの間にか火照った頬を、生温い風が気付かせてくれた。
佐藤さんは、ガスマスクに手を掛ける。
一気に鼓動が速まる。胸が痛い。
全てがスローモーションに見えた。
そよぐ風、ざわめく木々、揺れる水面。
そして、ガスマスクを脱ぐ佐藤さん。
視界や肌で感じられる多くの情報が、全て同時に脳で処理される。瞳孔が開いて、肺が大きく伸縮するのを自分自身で感じられた。
一瞬だった。ほんの一瞬。
何とも無いように、一瞬で佐藤さんがガスマスクを脱ぐ。
「はっ…………」
思わず、肺から空気が漏れた。
頭を金属バットで殴られた様な衝撃を覚える。
心臓が止まってしまったんじゃないか。
あれほど煩く胸を打っていた鼓動が、私の中からいなくなる。
佐藤さんは、他のニンゲンとはまるで違った。
純白の髪。
純白の眉毛。
純白の睫毛。
純白の肌。
そして、深紅の瞳。
存在そのものが儚かった。私は夢を見ているのでは無いかと思ってしまう。薬の影響で、幻覚を見てしまっているんじゃないだろうか。
純白の佐藤さんに手を触れたら、ガラガラと崩れ落ちて消え失せてしまいそう。
繊細な陶器のように美しい、美術品のような佐藤さんは、まるでそこら辺のニンゲンとは違った。
仄暗い月明かりでも、彼女の身体が全て反射させて、本当に佐藤さんが輝いている。光の粒子を放ちながら、何処までも底が見えない深紅の瞳が蠢きながら地面を見つめる。
純白の美少女が、闇に発光していた。
あまりの美しさに、本能が恐怖する。
正常なら畏怖するくらい、彼女の存在は尊かった。
そう、正常なら。
私は一歩、歩みを進めた。
足元にぶつかった何かを探すニンゲンに。
私は一歩、歩みを進めた。
純白を光放つ、真っ白な美少女に。
私は、距離を詰めた。
欲情してしまう程、美しい佐藤さんに。
彼女は突如現れた私に目を丸くして、しゃがんでいる体勢から仰け反るように立とうとする。
絶対ニ、ニガサナイ。
叫び出しそうな淡い薄紅色の唇を強引に手で押さえつけて、近くの草むらに押し倒す。ガスマスクが乱雑に並木道へ落ちた。
大きく息を吸う。脳を破壊されて、快楽に溺れてしまいそうになる彼女の匂いが肺を満たした。
服を脱がせようと思ったが、暴れる佐藤さんの口元を押さえつけながら片手で脱がすのは難しい。暴れないで佐藤さん。
仕方がない。手荒くパーカーを引きちぎるように、ジッパーを降ろした。案の定、首筋も美しいほどに白い。
口内を涎が支配する。思考はいつもより冴えていた。
佐藤さんの首筋に顔を埋める。
佐藤さんは麻薬だ。安心して、興奮する。自分自身がよく分からない。足元がマシュマロになったようにふわふわする。もう、佐藤さん以外、考えられない。なんか心がぽかぽかしてくる。
多量に薬を飲み過ぎた時になる、つまりはオーバードーズというやつとはまた違う感覚。
私という存在が、とろけてしまいそうだ。
気持ち良すぎる。もう、死んでもいい。
いや、駄目だ。食べなきゃ、佐藤さんを、タベナキャ。
意を決して、口を開いた。
大丈夫、殺しはしなきゃいいんだ。
大丈夫、殺さない。
大丈夫、味見だけだから。
だから、ちょっとだけ――
「イタダキマス」
ぺろり。