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私と佐藤さんのニンゲン計画  作者: 花井花子
この世から逃れるたった一つの方法
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003

 

 ◆


 拍子抜けする程、施設からは簡単に脱出出来た。

 と言うのも、私がいた牢獄部屋の付近はあの男しか立ち寄る事が出来ないので、裏口を使えば誰とも会わずに済んだからだ。


 だからと言って、安心は全く出来ない。


 飴子ちゃん曰く、リアル大乱闘スマッシュなんちゃらをして来たらしいので追手がくるのは間違いないだろう。


 鬱蒼とした森の中を、二人で突き進む。道無き道を進む辺り、私達らしいと言えば聞こえはいいか。


「それにしても、こんな分かり辛い場所、よく分かったね?」


「そんなもの、でたらめ子には速攻分かったよ」


「……そうだよね」


 私は狡い女だった。

 飴子ちゃんと初めて遠出した日。

 私は飴子ちゃんに遠回しに施設の場所を教えていた。


 わざと施設とは逆方向に誘導したり、道中に落ちてなかったライターを施設から取ってきたり、電車の時刻表を知っているような発言をしたり。


 “今日のことは忘れないで”


 飴子ちゃんはあの約束をしっかり守ってくれた。

 そして、私なんかの為に来てくれた。

 こんな性悪の私の為に。


 飴子ちゃんが好きだ。大好きだ。

 多分、飴子ちゃんも私のことを好いてくれてる。


 だからこそ、きっと、心の奥底で、私は飴子ちゃんの気持ちを利用してしまい、その結果飴子ちゃんを危険な目に合わせた。

 飴子ちゃんに甘えたと言うなら聞こえもいいけれど、紛れもなく、なにものでもない、それは明確な“利用”だ。


「飴子ちゃん、私――」


「何考えてるかは分かんないけど」


 私の言葉を遮って飴子ちゃんは続ける。


「私は佐藤さんが好き。佐藤さんは私のものだし、誰にも取られたくないわけ、佐藤さんの気持ち抜きにして。だから、私が好きで好きな佐藤さんを奪いに来たんだから、佐藤さんはどこかの姫様宜しく何も言わず、私に黙って連れ去られたらいいんじゃない?」


「…………うん」


 言葉を飲み込んだ。

 飴子ちゃんに謝罪したところで、私は私の事を絶対に許さないのを知っている。知っててなお、私は罪を逃れる為に謝罪を言いかけた。

 どこまでも私は、臆病で、卑怯者だ。


 反対に飴子ちゃんは、強い。


 私なんかと違って、純真で、それ故に危うさも秘めているけれど、“嘯木飴子”という“芯”がある。


 この世界を恨んでばかりの私とは対照的に、飴子ちゃんは自分の世界を切り開いていく。世界から拒絶される境遇こそ似ていれど、飴子ちゃんと私と決定的な違いはそこだ。私はそこに、強く憧れる。


「飴子ちゃんは、本当に凄いよ」


「え?」


「飴子ちゃんと居たら、私も強くなった気がしてたの。でも、今回の件で分かった。ただの気のせいだって」


 恨みをつらつら憂いても仕方がない。キリがない。

 私も強くなりたい。いや――――――


「強くなる。私の飴子ちゃんは、私が守ってあげるから」


 強く飴子ちゃんの手を握り締める。

 冷たいその手は少し震えていた。平気な振りをして、飴子ちゃんだって不安なんだろうか。


「わはっ、佐藤さんイケメンかよ、愛してる」


 照れる様におどける飴子ちゃんが愛おしい。

 もう、この手は離さない。

 きっと、この先、何があっても。


「それで、飴子ちゃん。何処に向かってるの?」


「え?」


「ん?」


 ぴたっと歩みを止め、飴子ちゃんは私の顔を不思議そうに見つめる。


「あれ? 佐藤さんでしょ?」


「え、なにが?」


「でたらめ子的には、佐藤さんに着いてきたんだけど」


「私的には、飴子ちゃんに着いてきたんだけど……」


 完全に失念していた。通りで道取りがふらふらしてると思った。


「…………でたらめ子さん、今後の行動決めよっか」


「らじゃー!」


「じゃあ、とりあえず最終的な目的地は――――――」


「そこは大丈夫」


 飴子ちゃんは即答する。


「え?」


「ゴールはこのでたらめ子にお任せあれ」


 得意気に胸を叩く飴子ちゃん。

 

「いやいや、まずは病院行かなきゃ」


 信者とやり合った傷跡や痣、何より包帯から絶え間なく滲み出て、服を染める様が痛々しい。常人であれば、歩くことはもちろん、立つ事さえ出来ないだろう。


「こんな傷、1週間もあれば治るし、消毒すればだいじょうび」


「でも……」


「だいじょうぶだってー」


 口を尖らせて、うんざりしたように飴子ちゃんはおちゃらける。

 痛みの感じない体質、回復が異常に早い体質、そんな体質だからと言えども、放置していい訳では無い。


 一歩も引きませんという意思で見つめる私に、ふと飴子ちゃんが笑って、ぽつりと言葉を零した。


「それにさ――――――多分、街に行ったら、暫く佐藤さんと会えなくなるじゃん」


 あえて触れなかった話題だった。

 見て見ぬふりをした、えらく全うな事実だった。


 チクリと針が心臓を突き刺し、穿つ。

 もう日常には戻れないだろう。

 私も、飴子ちゃんも。


 飴子ちゃんの金属バットは、ボコボコだった。

 そして、固まった血が、黒く点々とバットに跳ねている。

 聞くまでもなく、きっと何人もの信者を相手に振るって、そして、薙ぎ倒して、噛み付いて、道をこじ開けたのだろう。私を助け出す為だけに。


 決して、飴子ちゃんは“悪”ではない。それどころか私にとっては正義そのものだ。しかしながら、ここはルール無用の異世界でもなければ、バーチャルでもない。受け入れ難くも、その全ては法が統治する“現実”に起こった事だった。


「飴子ちゃんと会えなくなるのは、嫌だ」


 小学生の駄々のような願望がポロリと口から零れた。

 “嫌だ”で済む問題ではない。そんなのは私も、飴子ちゃんも十二分に理解はしている。

 だからこそ、どうしようもなく突き付けられた現実に、駄々を捏ねるしか他ならなかった。


「じゃあさ」


 飴子ちゃんは笑う。


「何処までも、逃げようか」


 そんなのは無理だ。


「うん、何処までも逃げようね」


 この国で、この時代で、そんな事は不可能だ。


「わはっ」


 発言した張本人の飴子ちゃんですら、理解している。

 でも、そんな野暮な事を私達は口に出さなかった。

 きっとお互い分かっている。


 この世から、逃げ切る、その方法を。


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