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私と佐藤さんのニンゲン計画  作者: 花井花子
私はガスマスクの佐藤さんを食べたい
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003

「佐藤、宿題サンキューっ」


「佐藤さんありがとね~」


「ご苦労様、佐藤さん」


 体育館から帰ってきたニンゲン達は、佐藤さんの机から自分のノートを各々持っていく。流石、人気者の佐藤さんである。あっという間にクラスメイトの中心だ。


「佐藤、また靴なくしたの?」


「ウケるんだけど」


 そう言えば、佐藤さんはよく靴をなくしている。

 現に今、履いているのは来客用のスリッパだ。

 クスクスとニンゲン達が笑う。佐藤さんはおちゃめなのかな。とにかく皆をよく笑わせる。


「ねー、佐藤トイレに行こー」


「はい、立って立って」


 連行される様に二人の女子に、脇を固められて複数人と教室を出ていった。まるでFBIに捕まった宇宙人みたい構図。一々、シュール過ぎる。


 私も佐藤さんを連行したい。手術台に張り付けて、あのパーカーにメスを入れるのだ。そして、黒タイツを丁寧に脱がす。うむ、綺麗な身体である。それでは手術を開始する。ペロペロ、うむ、味に異常はない。メス。がぶり。もぐもぐ。んまい!


 いけない、涎で教室を氾濫させる所だった。


「お前、腕どうしたの?」


「え?」


 不意に後ろの席のニンゲンに話しかけられた。絨毯みたい匂いがするという事は、確かタバタくんだ。

 汚い金髪で鼻のあたりたくさんぶつぶつがある。

 食べる前に不味いと分かる、典型的いらないニンゲン。


「包帯。血滲んでっけど」


「あぁ、突然腕が疼きましてね。ミニョンバがサルバージしてブブランですよ。私、思わずカバジってしまいまして。ガガガバランゾにレイボンされて、この通りです。全くゴンゾには、ほとほとルジーナですわ」


「は?」


「お構いなく」


 全く、ゴミの分際で気軽に話しかけないで欲しい。

 今の私は君みたいな不味いニンゲンには興味がないのだ。


 この世には三種類の人間がいる。


 不味いニンゲンと美味しいニンゲンだ。あとの一種類は知りません。異論は認めない。

 美味しいニンゲンは基本的に美男美女が多い。当社比だが。だからと言って、不細工が不味いという訳ではない。脂ぎってるサラリーマンがオレンジみたいな味がする事もあるし、芸能人みたいなお姉さんがゲロみたい味がする事もある。


 ええ、脂ぎったサラリーマンも芸能人みたいなお姉さんも舐めた事ありますけど?


 小学校低学年の私はまさに無敵だった。

 誰かれ構わず勝手に舐めていたし、噛んでいた。生まれたばかりの赤ちゃんから、はたまた棺桶に入った祖母の亡き骸まで。今思うと、我ながら狂った子供だ。


 狂っているといえば、もう一つ。私は、“痛み”が分からない。先程のように左腕を噛みちぎる勢いで皮膚をえぐっても、痛みはない。ある程度の痛覚から、それ以上を遮断するらしい。便利な身体だなぁ。


 だから私は、本当の『痛い』というものは知らない。


 お母さんの指を食べたとき、お母さんは悲鳴をあげて『痛い』と叫んでた。


 私を凄い力で殴りつけたけど、私は全然『痛い』と思わなかった。


 あんな事をしなければ、今頃の私は違う人生を歩んでいたのだろうか。

 無論、あんな事をする前にとっくに手遅れだったけど。


 あぁ、なんか嫌な気分になってきちゃったなぁ。頭の中にノイズが入り込んで、思い出がフラッシュバックしてくる。イライラする。眼球が縦横無尽に揺れて、小刻みに世界が歪んでいく。太股が痙攣して、貧乏揺すりのように身体を震わす。あぁ、吐きそうだ、私という化け物が、世界に馴染んでない。やばいやばい、落ち着け、クスリ、飲メ、はヤク――


 震える手で薬ケースから白色の錠剤を取り出す。あぁ、駄目だ落とした。はやく、あぁ、また落とした。もう面倒くさい。

 錠剤を手荒く鷲掴みにして、口内へ放り込む。めいいっぱい喉を広げて一気に飲み込んだ。

 『薬を飲む』という行為で精神が安定するのは何故だろうか。完全に脳が騙されてる。単純な脳で良かった。ふぅっと唇の隙間から息を抜いて、床に落ちた薬を拾う。


 久しぶりの発作だった。昔の事は考えてはいけない。


 ニンゲン達が出す音をシャットダウンして、目を瞑る。大丈夫だから、私は世界に馴染める。私はフツーのニンゲンだ。大丈夫、落ち着け。よし。


「アハハハ、佐藤めっちゃ面白かったぁ!」


「佐藤さんほんっと飽きないわ」


 ガヤガヤと佐藤さんと出ていったニンゲン達が教室に帰ってくる。そうだ、私は佐藤さんを観察するんだった。集中しよう。


 しかし、佐藤さんはそのニンゲン達の群れにはいなかった。暫くすると、授業開始ギリギリに佐藤さんが教室に入ってきた。立っている佐藤さんは、思ったより小柄だった。そして、ずぶ濡れである。


 そう言えば佐藤さんはたまにずぶ濡れになってる。

 ドジなのか、水浴びが好きなのか、とにかくずぶ濡れになっている事があった。今もそう。


 ニンゲン達が一斉に笑う。


 佐藤さんはこうやって教室に笑顔をもたらしていた。身体を張った人気者である。芸人魂に満ち溢れてますな。


 そのまま亡霊のように歩いて椅子に座る。いや、座ろうとしたら後ろの男子に椅子を抜かれて、佐藤さんは床に尻餅をついた。またニンゲン達が笑いあげる。

 佐藤さんは気にも止めない様子で、抜かれた椅子を元に戻して座り直した。


「マジ佐藤凄いよなぁ」


 後ろの席の絨毯が声をかけてきた。

 マジお前うるさいよなぁ。


「オレ、あんな虐めされたら学校これねーよ」


 は?


「…………虐め?」


「あ?」


 会話が噛み合わない。二度と話しかけんな。


 佐藤さんが虐められてる? あ、そうなの?

 あれ全部虐めなんだ。へぇ。つまり、佐藤さんは人気者なんかじゃなかったわけか。ふーん。


 佐藤さんが真っ黒い教科書を出す。

 その“黒”は全部、落書きだった。幼稚な言葉が、びっしりと羅列する。

 ニンゲンは時に無駄な労力に精を出すことがあるが、あまりにも無駄過ぎる。だけど、底辺高校にはあまりに相応しい仕打ちだった。


 そうか、虐めかぁ。


 三ヶ月も一緒のクラスになって、全然気付かなかった。だからと言って、気付いてどうしようとかそういうつもりは全く無いのだが。気分は悪いけれど、私にはあまりに関係のない事だ。


 私は佐藤さんを食べれたら、それだけでいい。


 6限目の担当教員が壇上に上がる。それでもなお、私は佐藤さんから目を離せずにいた。

 佐藤さんを包む、あの服の下にはどんな宝物が隠されているんだろう。いつか私は佐藤さんを本当に食べれるのだろうか。


 昼休みにあれだけ食欲を誘ったニンゲン達の匂いは、もう気にもならなかった。


 佐藤さんが欲しい。佐藤さんを私だけのモノにしたい。誰も知らない佐藤さんの身体を、私が独り占めしたい。


 『化け物』の鎖が、確かに外れた音がした。

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