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私と佐藤さんのニンゲン計画  作者: 花井花子
女子中学生は林檎味
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002

 

 空気はジメッと湿ていて、嫌な熱気が身体に纏わり付く不快な空模様だった。

 歩いて数分で思い出したが、傘を忘れてきてしまった。全然準備万端じゃない。魔王どころか最初の草むらあたりでモンスターに殺されるレベルだった。


 しかしモンスターとエンカウントするどころか人や車の姿もあまりない。九時前となると、学生や社会人の皆様は既に登校・出社しているからだろう。


 住宅街を歩いていると、井戸端会議のオバサマ諸君とチラッとすれ違っただけだ。

 私の姿を見ると、サッと消えてしまったが。

 わはは、この辺でも私は有名人なのかしら。


 いつだって私はニンゲンの天敵らしい。

 化け物、ゾンビ、人殺し。たくさんの異名がある。

 人はまだ殺したこと無いんだけれど。

 人殺し(予定)あたりに、ちゃんと訂正して欲しいものだね。


 さて、それでは予定を行うのは確定として、そこまでのプロセスはまだ決まっていない。

 人って簡単に死ぬらしいから、どうやって殺そうか。暇になるといつも考えてしまう。


 首を絞める。あれはあんまりしっくりこなかった。

 佐藤さんの首を絞めた時、気持ちいいとは思えなかったんだよな。佐藤さんだからかもしれないけれど。


 爽快感が欲しい。ニンゲンを殺したという爽快感が。


 そうなると道具を使う選択肢が、まず上がる。

 刃物に、トンカチに、色々あるけれど、バットが一番惹かれる選択肢ではある。

 こう、ガツーンと殴った感触が素晴らしかった。

 プロ野球選手もボールをニンゲンに例えて殴りまくってるし、やっぱり凶器専用の道具だけはあるなと。


 そんな事を考えていると、ぽつぽつ雨が頭を濡らした。しかも土砂降りになりそうな、そんな雨である。気付くと空はすっかり黒雲に覆われて、遠くではごろごろと雷の音が聞こえてきていた。


 やっぱり降っちまったよー。今からでも傘を取りに戻った方がいいかな。でも、もう大分歩いてきてるしなぁ。うーん。


「お姉さん、傘ないの?」


「およ?」


 空を見上げたまま考えていると、背後から声を掛けられた。振り返ると、栗色のボブが可愛らしい、大きなヘッドホンを首にかけたお嬢さんが、黒色の傘をさして立っている。

 半袖のセーラー服を着ていて、スクールバッグを背負った彼女は「ん?」と私に返答の催促をした。


「あ、うん。忘れてきたんだよね」


「わたしのに、入る?」


「え、本当に?」


「うん、いいよ」


 断る理由も無いので、図々しく(自覚はある)お邪魔させて頂くことにした。

 にこっと彼女は笑うと、躊躇いもなく私を傘の中へ入れてくれる。わぁい、相合傘だ。責任持って彼女は私の嫁に迎え入れよう。


 ふわりと雨に混じって香る女の子の匂いに、佐藤さんを思い出した。涎が垂れかけるのを感じて、口をきゅっと結ぶ。隙あらばニンゲンを食べたい欲が湧くのは悪い癖だ。


「お姉さん、どこ行くの? その制服って、向こうの私立だよね」


 歩き出しながら、ヘッドホンガールは人懐こい笑顔で問い掛けてきた。見ず知らずの私なんかを傘に入れてくれた上に、気さくに話しかけてくれるとは出来た子である。

 恐らく、私みたいのには一生友達になれないタイプの人種だ。そもそも、友達自体佐藤さんしか出来た事無いんだけれど。


「そうだよー。でもちょっと野暮用で瀬尾中学に行くんだよね」


「えー、そうなんだ。私も瀬尾中学だよ」


「ほへ、中学生か! こんな時間に登校とは不良さんだな。カツアゲは勘弁して下さい、今月遠出したからお小遣いピンチなんです」


「お姉さんって面白いね」


 やは〜、不良殿に褒められちゃったよ。

 こりゃ総長やるしかないかな?


「お姉さん、名前なんて言うの?」


「でたらめ子」


「うん、そういうのいいから」


「でたらめ子だよ?」


「傘、もういいよね。先に行くね?」


「ごめんなさい、嘯木飴子です」


「嘯木……あぁ、やっぱり」


 くすりと笑って、彼女は立ち止まった。

  今までの雰囲気が嘘のように、彼女から柔らかさが消えていく。


「お姉さん、“ゾンビ”でしょ」


 そして、からかうようにヘッドホンガールはほくそ笑んだ。覗き込んでくる視線は、どこか面白がるようだ。


「おやおや、中学生まで知ってるんだね〜」


 こりゃ本当に有名人だな、私は。


「『ゾンビは身体に包帯巻いてる、濁った黒目の大きい女の子』って、この街の七不思議の一つだからねぇ。まぁ、その正体は昔、母親を殺して食べた嘯木っていう女子高生ってのは有名だから、七不思議ではないよね」


「……待ってよ」


「え、怒ったの?わたしも殺されて食べられちゃう?」


 私より身長が低い彼女は、見下すような視線でくすくすと笑う。どうやら私は小馬鹿にされているようだった。別にそれはどうでもいいんだけれど。


「違う、違う。訂正してよ」


「え?」


「包帯は自分の腕を食べちゃった時しか巻かないから、たまにしか巻いてないよ!」


 間違った噂はおかしなスキャンダルになりかねない。

 フライデー辺りにおかしな記事を書かれても困るのだ。なんせ私は有名人なんだから。


「……は? そこ?」


「あ、えーと、他にはね。マミーの指を食べたのは本当だけど、殺してはないよ! マドンナ先生がどっか引越したって言ってるし、現に私、引っ越してくママンとパパン見たよ?」


「人喰いの化け物には変わらないじゃん」


「そうなんだよねぇ、それが私の悩み」


「は、なに? そうやって余裕ぶってるの?」


 ……な、なにを言ってるのかこの子は。

 いきなり笑ったり、怒ったり、おじさん怖い。

 苛立つように眉間に皺を寄せて、下から睨み付けてくる。うわあ、マドンナ先生ヤンキー怖いよ。


 どうしよう、殴られたり襲われたら、私はこの子を殺す自信しかない。加減出来ない、どうしよう。


「……もしかして本当に何も思ってないの?」


 そんなおろおろした私を見てだろうか。

 今度は心配そうに私を見つめてくるヘッドホンガール。

 ようやく私の真意を理解いただけたようで、私は首を大きく縦に何度も振った。


「うんうん、別になにも思ってないよ!」


「……面白いね、飴子さん」


 でへへ、褒められちゃった。


「ね、飴子さんの話もっと聞かせてよ」


「えーでも、中学校に……」


 一転、眩しいくらいの笑顔になったヘッドホンガールはニコニコと私を見つめてくる。

  話を聞かせろと言われても、私は早く薬が欲しいのだ。さっきから、人を食べたい欲だったり、殺人欲求だったりがちらほら影を見せている。

 いつどこで暴走するか分からないんだよなぁ……


「ほら、あそこの喫茶店行こう! わたしが奢ってあげるからさ 」


 そんな私の悩みは露知らず。ヘッドホンガールにぐいぐいと力強く引っ張られながら、喫茶店に連行されていく。なんだかなぁ、雨に打たれたかと思えば救世主が現れて、でもその救世主が実は魔王で強制イベントが始まるみたいなそんな感じ。


 思わぬ足止めに屈しながらも、私は喫茶店で何を食べようか思案していた。じゅるり。

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