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私と佐藤さんのニンゲン計画  作者: 花井花子
昼下がり、とある精神科医の贖罪
13/40

001

 白い少女は、口元をにやりと吊り上げ笑っていた。


 真っ白な首元には、見るのも痛々しい歯型が青紫色に咲いている。

 彼女はそれを大切な宝物を守るように、そっと手を当てながら私を真紅の瞳で見つめていた。


 その光景に、ゾッと背筋が冷える。


 彼女の名前は佐藤真白さとうましろ


 数万人に一人という確率でしか生まれない、先天性皮膚眼白皮症という症状の女の子だ。

 彼女の場合、特に“白色”自体に強い拒絶反応を示し、カルテには『白衣も脱ぐように』と書かれるほど注意されている。


 彼女も、“壊れた”少女だった。


 あの枯れたような声だって、彼女の中で壊れた一つに過ぎない。

 親との関係は良くないようで、掛かり付け医が虐待の線も疑ったようだが、特にこれといった証拠も証言も得られずに話は流れたと知り合いの精神科医から電話で聞いた。

 心を閉ざした少女は、誰にも振り向かないはずだった。


 彼女は女の私でも目を惹かれてしまうくらいの魅力があった。


 しかし、全てが白に包まれた、天使のように美しい彼女は、数十分前話していた彼女とはまるで違った。


 頬に付いた飴子の血さえも、愛おしそうに指につけては蕩けたような表情で眺めている。


「あの人の名前って、なんて言うんですか?」


 私に視線さえも送らず、彼女は呟いた。


「聞いてないの?」


「はい」


「……嘯木飴子うそぶきあめこ


「へぇ。飴子ちゃんって言うんですね、可愛い名前だなぁ」


彼女は満面の笑顔を浮かべて、首筋の歯型を指でなぞる。

まるで新しい玩具を与えられた子供のような純粋無垢の笑顔なのに、その笑顔はあまりにも狂気じみていた。


「……今度はこっちの質問よ、何があったか、答えて」


「そうですね――――」


 ◆


「これで良かったのかしら……」


 昼下がり、私は自室のベッドの上で苦悶していた。

 彼女達を引き合わせた事で生じた事件。

 完全に私の責任だ。


 飴子が理性を失って襲う事を想定してのマスクを付けさせるまでは良かった。

 まさか、佐藤真白の方から外すとまでは思わなかった。

 完全に満身だった。佐藤真白を分かりきったと勘違いしていた。

 私もあの場にいなきゃいけなかったんだ。


 あれから佐藤真白は太陽が昇る前の早朝には家へと帰っていった。

 帰して良かったんだろうか。私を過ちを重ねてしまったんじゃないか。あのまま一時入院して隔離した方が……いや、親になんて説明すればいいんだろう。

「危険な予感がするので、暫く入院を」いやいや、そんな理由で入院出来ないだろう。


 だって、彼女は見違えるほど生気に満ち溢れているのだから。


 掛かり付け医の話では、無表情で全ての物事に関心が全くないと聞いた。

 それがなんだ。飴子の事を知りたがり、飴子につけられた傷を愛おしそうに指でなぞり、笑みまで浮かべているじゃないか。


 ――“共依存”。


 その言葉が脳裏に浮かぶ。

 私は共依存を精神病の一種と考えている。


 他者に依存する事で、自身の存在意義を見出す行為。それが双方に重なった時、“共依存”が発病する。

 この厄介な病気は双方全く同じタイミングで完治しなければ、破滅にしかならないということ。

 事実上、治療法はない。


 自分が依存してると自覚しにくいのも拍車をかけて、自分達の世界から戻ってこれなくなるのだ。


 佐藤真白の話を聞く限り、極めて可能性は高い。


 泥沼に溺れるように、私達大人には理解出来ないレベルのケミストリーが二人に生じたとしたなら……

 壊れた歯車二つが、奇跡的に噛み合ってしまったのだとしたら……


 私は取り返しのつかない事をしたかもしれない。


 飴子はと言うと、朝方にはケロッとした様子で目を覚まし、おどける余裕もみせた。

 佐藤真白について聞くと、「綺麗だよね」「すっごい美味しいんだよ」くらいしか言わない。

 特別な好意は感じられなかった、ような気がする。

 昼前には登校してしまうくらい、飴子は普通だった。

 昨日の夜のことなんて、すっかり無かった事のように。


 正直、飴子に関しては本心が分かりづらい。


 そもそも彼女はでたらめな事しか言わない。

 かれこれ六年も親子のように接して、飴子も私を慕ってはくれているが、未だに彼女の心の奥底が見えない。


 彼女は、私達大人のせいで壊れてしまった。


 彼女は朗らかな笑みを浮かべる、素直で優しい女の子だった。


 そんな幼い彼女に行われたのは非人道的とも言える実験だ。秘密裏に行われたその実験は、時には皮膚にメスを入れ、監禁とも取れるような環境でその皮膚の再生の様子を一週間以上も録画し続けた事もあった。


 そのような実験の度には莫大な報酬が親の元へ入り、飴子の両親はそれをいい事に彼女を被検体として私達研究チームに提供し続けた。


 そして、事件が起きる。


 一ヶ月以上も研究施設に預けられていた彼女は、久しぶりにあった母親の指を噛みちぎった。


 クラスメイトにじゃれ合う程度に噛み付いた等の行為は度々あったが、肉を断ち切るほどの力で噛んだという報告は初めてだった。

 飴子に殺意めいた陰謀があったのか、久しぶりに噛む力を本当に間違ったのかは今となっては分からない。この事件を機に、彼女は“でたらめ”しか言わなくなったからだ。


 両親は彼女を“化け物”と蔑み、研究チームから多額の金を受け取って、私達に飴子を押し付けた。


 母親の指を喰いちぎった話は何処から漏れたのか、怪我をしてもすぐ治る体質や、痛みが分からない体質と合わせて人に噛み付く癖等で近隣住民や同級生からは“ゾンビ”と噂されていた。


 話が少し脱線してしまったな。


 もともと飴子と一番仲が良かった私は、研究チームから飴子の世話と監視を受け持つ事になった。

 それと同時に飴子は一切の実験を拒否するようになる。


 理由は「めんどくさいから」だが、本当の所はどうなんだろうか。


 二人暮らしにも、もう慣れたものだった。

 彼女の勉強机に向かう。引き出しの奥に隠されたノートを取り出した。


 『人間計画』と黒ペンで表紙に書かれたこのノート。


 開くと吐き気がする程、世界を恨む文字と計画が羅列している。びっしりと最後まで書かれたこの古いノート。飴子が小学五年生の頃からずっとこの位置にある。


 私も飴子が恨む一人だと考えると、胃からこみ上げてくるものがあった。


 でも仕方が無いことだ。

 彼女をここまで狂わせてしまったのは、私達なのだから 。


 それでも、私はお母さんにはなれないけれど、私だけは飴子の味方でありたい。

 もう、飴子に辛い想いはさせたくないのだ。

 飴子は私がいないと何も出来ないから。

 飴子は私が必要なんだ。

 私は飴子をどんな手を使っても守る。


 私の飴子は誰にも渡さない。


 タートルネックの下に隠された無数の歯型をなぞる。絶対に、誰にも……


 だから、私は今日も報告書に“でたらめ”を書く。


 『 本日も検体に異常なし』


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