7話
日が出始めたばかりの早朝の森。
辺り一面は日の光が届いていないのでまだ暗く、空気もひんやりとしているので薄着だと少々肌寒いかもしれない。
寝床であるテント内で、枕元に置いている子供には少々大きすぎる剣を腰に携え身支度を整え外に出る。
いつもの様に身体をグッと伸ばし森の空気を吸う。
俺がこの馬車に乗って今日で八日目。
当初、ハインに聞いた話では『神聖国家レブーム』には十五日程で着くとの事だったから、この馬車旅で過ごす日々も残り半分程か。
身体をグッと伸ばしそんな事を思い、この辺り一帯に厄介な魔族がいないか気配を探る。
特にいないみたいだな。
まぁ、それもそうか。厄介そうな魔族が出たら、寝ててもそれとなく分かるからな。
「お、今日もまた早いな。坊主」
「おはよう。ウィル君」
禿頭の大男で剣使いのナナシと、柔和な笑みを浮かべた細身の槍使いのハインに声を掛けられた。
「おはよう、ナナシ、ハイン」
改めてこの二人を並べて見ると対象的だ。ナナシはベテランの盗賊と言われても仕方がない容姿。対するハインは人に好かれそうないかにも好青年と言った容姿。これで同じ年齢と聞いた時はかなり驚いた。
何故、この二人がこんな早朝に起きているかと言うとハイン、ノイド、ナナシの三人は、魔族の奇襲を受けないようにそれぞれ交代で一日中見張りをしているからである。
その為、俺たちが寝た後も火を焚いて寝ずに番をしている。
本来は一人だけ起きて後の二人は休息を取るみたいなのだが、ゴブリンの大群に襲われてから警戒度を上げ二人で見張りをしているらしい。
「おい、坊主これでも飲め」
ナナシがそう言って、俺に暖かいスープを差し出してきた。
ナナシは見た目があれなだけで結構気の利く良いやつだと思う。
朝食まで、まだ二時間程あるのでとてもありがたい。礼を言ってそれを受け取り飲み始めていたら、ナナシが声を掛けてきた。
「そう言えば坊主、聞く機会が無かったから聞けなかったんだが、何でお前はこんな時間帯に起きるんだよ?」
「五歳の頃から狩りをする為にこの時間帯に起きてたら、いつの間にかこの時間帯に目が覚める様になっただけ」
「へー、狩りか。ウィル君は何を狩ってたの?」
「赤角鹿とか……」
こんな感じで談笑が始まり、気が付いたらいつの間にか皆が起き始めていた。
そして、ハインの。
「それじゃあ、そろそろ朝食の準備を始めようか」
この一言でお開きとなり、ハインとナナシは今日の朝食の当番である商人達と朝食の準備を始めた。
俺も一応手伝いをするのだが、料理は全てノイド達や商人達に任せっきりなので、近くの河川から水を汲んでくるくらいしかする事が無い。水汲みをする為、桶を持って近くの河川に足を運ぼうとしていたら後ろからトテトテと足音が聞こえ続けて声を掛けられた。
「ウィル、おはようございます」
「セリス、おはよう」
声を掛けてきたのは、きめ細やかな美しい青髪と綺麗な碧眼が特徴のセリスだった。
セリスも水を運ぶ為の桶を持ってきており、隣にぴったり引っ付くように歩き互いに談笑しながら一緒に水汲みをする。
水汲みを終えた後は、ハイン達が用意してくれた朝食を取る。
この朝食が結構美味く、これだけでこの旅に同行して良かったと思えるくらいである。
朝食を取り終わったら商人達とノイド達がどこまで馬車を進めるかを大体決めて、決まったら全員馬車に乗り込み出発する。
そして馬車に乗りこんだら、セリスの空間魔法の訓練が始まるのだが今日は。
「ウィル、今日の空間魔法の訓練は中止にしてもらっても良いですか? 」
揺れる馬車内の中でセリスがそう言ってきたので少し驚いた。
セリスは魔法に対しての意欲が高い。それこそ、俺が休憩をしようと言わなかったら魔力が空になるまで空間魔法の制御練習を続けようとするし、夜一人で秘密裏に練習したりなど。
そんな、セリスが自分から練習を中止しようと言ってきたのだ。
「別に良いけど。どうかしたのか?もしかして今日は体調が悪かったりとかするのか?」
全然そんな風には見えないが一応セリスの身体の魔力、闘気の流れを見る。案の定、病人等に見られる不自然な流れは無い。
「いえ、そう言う訳では無いのですが今日は出来るだけ魔力を使いたく無いのです」
という訳みたいだ。
それだったら空いた時間は何をするかと聞く前にセリスが笑顔で俺に提案をしてきた。
「空間魔法の練習する時間を、今日はこれを読む時間にしませんか?」
セリスは右手の指輪に魔力を通し、流れ作業をする様な動作で金箔で刺繍された装飾華美気味の一冊の本を異空間から取り出し大事そうに胸に抱きかかえた。
「セリス、それは?」
その言葉を待ってましたといわんばかりの表情で、セリスは笑顔を向けてきた。
「これは私の宝物の聖女ディアナ様の伝記です」
聖女ディアナ。
最近何処かで見聞きしたことがある様な名前な気がする。
「すまない。その聖女ディアナ様って一体どんな人物なんだ?」
「そうですね。一般的には聖女ディアナ様は勇者ブルース様を導いた方として有名ですが知りませんか?」
それを聞いて思い出した。
その名前はあの日転生した事に気づき、ナロン村長に借りた『勇者伝説』で度々出てきた名だ。
「……逆に言うとそれくらいしか知らないな」
『勇者伝説』の事を思い出し声音に怒りが混じりそうになるのを抑えながら、その事を言うとセリスはやっぱりと言った表情をして、その本を俺の目の前に差し出してきた。
「ですから、ウィル、これを読んでディアナ様についての知識を少しは付けた方が良いですよ。レブームに着いたら絶対ディアナ様の知識が必要になりますから」
「いや、俺は……」
「そんな事言わずに是非読みましょう? ね?」
何故、俺がこの本を読みたくないかと言うとこのディアナとか言う人物はブルースが自分の権力を高める為に、勝手に創造した空想上の人物だと知っていたからだ。
五百年前を生きていた俺はその当時の事を覚えている。
当時、世の中に疎かった俺でも後世にこれほどの活躍を残している程の人物の名を全く聞いた事が無いと言うのは変だし、というか『勇者伝説』でブルースと共に旅に同行していたって記述から聖女ディアナが存在していない事が分かる。
そんな理由から読みたがらない俺にセリスは必死に勧めてきて、乗り気では無いがセリスと共に読み始める事にした。
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「もう夕方か。結構読んだつもりなのにまだまだページ数が残っているな」
「そうですね。では、今読んでいる黄金の獣の章で終わりにしましょう」
ほぼ一日かけて読んだ筈なのにまだ結構なページ数がある聖女ディアナの伝記。
現在読んだ限りでは、今の魔法体系や魔力を回復させる為の魔法薬を作ったり、一人で同時に百の魔法を操り魔族を殲滅する事が出来た人物との事。
色々とおかしな所が満載の人物だが空想上の人物だから当たり前か。
そして、今読んでいる黄金の獣の章とは五百年前に存在したと言われる伝説の魔獣の話である。
その魔獣は美しい黄金の毛並みと真紅に輝く瞳を持った魔獣でとても獰猛であったとの事。
紅の爪を一度振るえば百の命を奪いさり、大牙の前ではどんな防御も意味もなさず、咆哮を上げれば天地も跪く。
この本にはその魔獣が如何に危険であったのか書かれている。
その獣は心と言うものを持っておらず人も魔族も関係なく目に入った全てを本能のままに八つ裂きにしていたとの事。実在するのであれば龍よりは強そうである。
結論から言うとこの黄金の獣の章は、その魔獣を聖女ディアナが見事の調伏し人類史上初魔族を使い魔にしたという話であった。
「補足なんですが、今現在魔族を使い間にする魔法は聖女ディアナがこの時に生み出したと言われています。あ、馬車のスピードが遅くなってきましたね」
指輪で作り出した空間の中に本を仕舞い込みながらセリスはとても嬉しそうにしている。
セリスが本を仕舞うのと同時に馬車が完全に止まった。
「何だか嬉しそうだな。セリス」
「そうですか? それより、早く外に出ましょうウィル」
セリスが俺の手を握り、もう待ちきれないと言った表情で外に出る。
外に出て、目に入ったのは夕日が反射し煌びやかな光を放つ大きな湖畔であった。
どうやらこの湖畔が最も生える時間帯に来たようだ。
セリスは俺の手を取り湖畔のすぐ傍まで行きそこで立ち止まりこちらの方に向き直った。
「その、これからウィルに私の演舞を見てもらいたいのですが良いですか?」
「へー、是非見せてくれよ」
「まだまだ稚拙な演舞ですが最後まで見て貰えると嬉しいです。では、ウィルはそこにいてください」
セリスは一人で湖の波打ち際に行き一回深呼吸をした。
その直後セリスの体から大量の魔力が放出され辺り一面に粉雪が生まれた。
次に湖の水で氷の鳥と水の蕾を作り、粉雪の中セリスは舞を踊り出した。
自身の美しい青髪を粉雪の中で靡かせ舞を踊る。氷で作った鳥達も羽ばたくような動作を見せ、水の蕾が開花していき氷花になっていく。
湖畔が反射する夕日の光を相まって本当に幻想的な光景だった。
今、セリスが実は人間では無く水の精霊だと言われても信じてしまうだろう。
それくらい、セリスの舞は素晴らしいものだった。
……今日は俺にこれを見せる為に空間魔法の練習をしなかったのか。
時間にして約三分くらい舞は続いた。舞が終わると同時に辺りから粉雪が無くなり、氷の鳥と水の花が湖の水に戻りセリスが最後に一礼して舞は終わった。
そして俺はセリスに万来の拍手と心からの賛辞を送った。
四ヶ月も期間が開いたため、自分もどんな内容だったかうろ覚えになり最近読み直したりしていました。夏季休暇に入ったのでこの期間中に話を進めていきたいですね。
次回は戦闘パートになります。