4話
「ウィルムス様、この度は誠に感謝しております。今は言葉でしか感謝を表す事が出来ませんが神聖国家レブームに着きましたら必ずお礼をさせて頂きます」
馬車内に入って少女と目が合った瞬間、開口一番にその場で座礼をされた。
名前も知らない初対面の少女に何故か礼を言われたんだが何なんだ?
取り敢えず名前を聞くか。
「まず名前を教えてくれないか?」
「申し遅れました。私はセリス・イスベリアと申します。どうぞお見知り置き下さい」
顔を上げてセリスがこちらを見上げてくる。無表情だし、何か妙な違和感を感じる話し方だな。
この違和感の感じはあれだ。暗記した文をそのまま読み上げられているような、会話してる筈なのに会話になって無いみたいな。
「よろしくセリス。所で一体何で俺に礼を言ってるんだ?」
「ゴブリンの軍勢から私たちを救出して頂いたのはウィルムス様との事。ウィルムス様がいらっしゃらなかったら私たちは命が無かったと伺っております」
ああ、昨日の事か。たかがゴブリン程度の事で礼を言われてもな……
それに別に言葉だけの礼とかいらないんだがな。こっちは魔法に興味があるって下心があって助けた訳だし。
「いや、礼は別にしなくて良い。俺の事はウィルムスかウィルって呼んでくれ。様付けで呼ぶのは止してくれ。あとさっき言っていた礼の話だが、レブームに着いてからの礼はいらないから今から俺にゴブリンを凍らした魔法を教えてくれ」
捲くし立てる様にそう言ったらセリスはその碧眼を大きく見開き一度瞬きしてから再びこっちを見てきた。そして五秒程経過した後セリスがゆっくりとした口調で質問してきた。
「……あの、失礼ですが私に畏怖や畏敬の念は抱かないんですか?」
こいつ何言ってんの? 何で俺がこいつを敬ったり、怖れたりしないといけないんだよ。訳がわからん。
「何で初対面の知らない奴にそんな事しないといけんないんだよ?」
至極当たり前の疑問をぶつけてやったら、無表情に少し変化が現れた。
「えっと、だって、それは私が『セリス・イスベリア』ですから……」
「いや、だから何でだよ」
言葉を被せる様にそう言ったら、セリスは無言になり困惑したといった表情を浮かべ黙りこんでしまった。いや、俺どうしたら良いんだよ…… 俺の方が意味分からなくて困惑しそうなんだが。
そのまま馬車内に沈黙が流れた。途中、話しかけようとも思ったが話しかけた結果、いきなり泣かれたり、怒られたりでもしたら厄介だと思い話しかける事が出来なかった。
どれくらい時間が経ったか分からないが、取り敢えず何で困惑しているか理由を訪ねようと思い声をかけようとしたら馬車の外から声がかかった。
「セリス様、ウィル君、馬車を一旦止めますね」
馬車を動かしていたハインの声によってこの沈黙は一時的に打破された。馬車が止まるとセリスはさっと馬車から降りた。俺もそれに倣い馬車の外に出ると深緑鮮やかな木々が目に入ってきた。近くには川も流れており、川のせせらぎが耳朶に気持ちいい。魔物も馬車内で気配を感知していたが、ほとんどがゴブリンやコボルドといった束になって襲ってきても瞬殺出来る程度の奴等しかいない。休憩を取るにはうってつけの場所だな。
ハインの話によると、どうやらここで昼食を取った後に休憩を二十分程取るみたいだ。俺以外の皆はそれを知っていたみたいでそれぞれ協力して手際よく昼食の準備を始めている。何にもしていないのは俺とセリスだけだ。一応手伝いをしたいとは言ったのだが、気持ちだけ貰っておくと言われてしまったのである。
俺と同じく何もしていないセリスはというと、馬車を出てからずっと俺の方を見てきている。
流石に昼食を取っている最中はこっちを見てこなかったが行動が謎すぎる。
昼食を取り終わりそれぞれが休憩に入った。俺かこの休憩の時間に馬車に乗る前にノイドが『セリス・イスベリア』について意味深な事を言っていたのでそれを聞こうと思いノイドがいる場所に向かう。ノイドのいる場所は、馬車の位置から木々によって遮られている死角の位置だ。ノイド、ナナシ、ハインがここに到着した時からそこを交代しながら見張っている。因みにセリスは昼食を取った後は、休憩中だったハインと話をしている。近づいてくる俺に気づいたようでノイドは軽く手を振って冗談でも言うかの様に、笑いながら話しかけてきた。
「どうしたウィルムス? まさか、セリス様に何か粗相でもして怒られたのか?」
また出たよ『セリス様』。ハインも馬車を停車する時にそんな事言ってたが貴族か何かなのか?
嫌、まさかそれは無いな。あいつら貴族は馬鹿が多いから戦時中でも見栄を張る連中だ。
馬車に乗る時は装具を豪華にしたり護衛を何人も付けたりとそんな連中だ。
俺の予想だと、セリスの親が今回ノイド達にセリスをレブームに連れて行く様に頼んだのだろう。
その為、俺はそのセリスの依頼に便乗した形となった為セリスの機嫌を損なうとこの馬車から追い出されるとかそんな所だろう。
「いや、ちょっと聞きたいんだけど何で皆セリスの事を『様』付けで呼んでるんだ?」
そう聞いたら、ノイドは心配するかの様に俺の方を見てきた。
「……ウィルムス、お前セリス様の名前を教えて貰わなかったのか?」
「セリス・イスベリアって本人から直接聞いたけど、それがどうかした?」
「……なぁ、もしかして『イスベリア』って家名聞くの初めてか?」
質問に質問を返される形になって、全く会話になっていないな。
話を進めるため、ノイドの問い掛けに頷くと驚愕された。
「おいおいマジかよ!! ウィルムス、言いか良く聞け。セリス様は神聖国家レブームで王の次に権力を持つ『四大貴族』の『水氷のイスベリア家』の方だ」
そのまま、四大貴族の説明が続いた。
『爆炎のクラティラス家』『水氷のイスベリア家』『風雷のデサストレ家』『土剛のスクエイク家』
この四家を『四大貴族』と言い神聖国家レブームを知っているなら、その家名を知らない者はまずいないと言われる程らしい。『四大貴族』が統治する領土はかなりの規模らしく、レブームや他国からも一国として扱われている程の規模らしい。これが今のレブームが最大の国家と呼ばれる所以でもあるらしい。この馬車もそんなイスベリア家が治める、水の都市アムステルから出発してきたらしい。
「あと『四大貴族』の方々はそれぞれ身体的特徴がいくつかあって、イスベリア家の方々を例とするとセリス様を見ても分かるとおり青髪と碧眼だ。レブームには色々な人種がいるがあそこまで美しく鮮やかな青髪、そして澄んだ泉を思わせる碧眼を持った人物はイスベリア家の方々しかいないだろう。それと、四大貴族の方々はそれぞれ得意とする魔法がある。イスベリア家の方々は水と氷の魔法を得意としている。お前も魔法を操る身なら氷を操る魔法がどれだけ難しいか分かるだろ? 事実、俺は使えないしな」
ノイドの話はそこで一旦止まった。えーと、つまり要約するとセリスは大が付くほどの貴族。
さっき立てた推測思いっきり外れてたな…… まぁ、それは良いや。大体の事は納得が言った。
だが、それでも今の話だけでは理解出来なかった疑問を聞いてみる。
「えーと、それだったら何でそのセリスさまがこんな馬車にいるんだ? レブームに行くんだったら転移道具を使用したり、言い方が悪くなるがこの馬車より機能性が高い馬車に乗ったりしないか?」
「セリス様の話だと、本当は転移道具でレブームに行く手筈だったらしいがその肝心の転移道具が何故か壊れてしまってたらしく急遽馬車を手配する事になったらしい。初めはAランク以上のギルドの精鋭を何人も付けた護衛馬車に乗るわけだったらしいがセリス様がそれを拒否され、代わりに何故かこの馬車で俺達と共に同行したいって仰られて、 ……まぁ色々あって今に至るわけだ」
つまり、セリス自身が望んでこの馬車に同行を望んだのか。
貴族なのに変わった奴だな。
「まぁ、何でこの馬車に同乗したのかは多分だが…… いや、推測で物事を話すのは止めておくか。それと最後に一つ重大な事だが、セリス様がこの馬車にいるって事を知った今から、この事は秘密にしててくれ。これもセリス様自身が望んだ事だ。そのため、この馬車にセリス様が乗っている事を知っているのは馬車に乗っている俺達と、あとはアムステルで二~三人くら…… もう時間みたいだな」
馬車がある方からナナシの休憩の時間を終える声が聞こえて来た。
「いいか、最後に一つ言っておくがくれぐれもセリス様が困る様な粗相はするなよ」
最後にノイドが念を押すかのようにそう言って、セリスについての話は終わることになった。
あー、遅かったな。すでに、セリスを困らせた後だわ。
そう心の中で思ったが、口には出さずノイドと共に馬車へと向かう。
ノイドと共に歩いている最中に、俺が考えていたのはこれからどうするかだった。
セリスについては、一応何であんな戸惑いの表情を浮かべたのかは理解したつもりだ。
多分だが俺の口調に戸惑ったんだと思う。とてつもない権力を持った貴族の娘だからあんな雑な発言を受けたのは多分生まれて初めてだろう。
そして問題は俺の発言にもしかしたら激高したかもしれないって事だ。そしたら、食事前にずっと俺の事を見ていたのも納得がいく。
この予想が当たってたらかなり面倒くさい。もし、セリスが激高していてこの後謝罪しても意味が無かったらレブームで一度捕まった後逃げるか、それかこの馬車から降りて逃げるか、それとも。
自分の中で考えがまとまり終わったのと同時辺りで馬車に到着した。既にナナシとハイン以外全員乗り込んだ後だった。ナナシとノイドもそれぞれ商人達の馬車を操縦する為、商人達が乗っている馬車の御者に乗り込んでいく。俺も馬車に乗り込もうとした直前に後ろから来ていたハインに肩を一回軽く叩かれた。俺の肩を叩いたハインの表情は何故か嬉々としていた。そして、何事も無かったかの様に御者に座った。
どういう意図か分からないが、気を取り直し馬車に乗り込んだ。
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