3話
何とか一週間以内に間に合いました。
翌朝、俺が泊まってる相部屋にノックの音が聞こえて来た。
「皆さん、朝食の用意が出来たらしいのでそろそろ下に降りて来てください」
ノックして入ってきたのは、槍を背に担いだハインだった。
部屋に泊まっていた他の人達は既に起きていた為、支度を素早く済ませ下の階に降りていっている。俺はハインが呼びに来るまでベッドに感動して二度寝していた為に少し行動がゆっくり気味だ。
俺が泊まった部屋は昨日の戦闘で怪我をしていなかった商人達と一緒の相部屋だ。
相部屋なのだが、充分な広さがあり一人一人にベッドまで付いている高級仕様だった。
昨日この部屋に案内してくれたハインにベッドで寝ていいと言われた時は、即座に床で寝なくていいのか二回聞き返してしまった。寝心地が良いベッドのおかげで今日はかなり気分が良い。今生においての初ベッドの余韻に浸りながら部屋を出ると、出た所すぐでハインが立っていた。どうやら俺を待っていたみたいだ。
「ウィル君、おはよう。昨日は良く眠れたかな?」
「ハインさん、おはようございます。所で、今更なんですけどこんな高級な宿に無料で泊まらせて頂いて良かったんですか?」
「いやいや、ここは普通より安いくらいだよ。所で、昨日も言ったけど僕の事はハインで良いよ。それに昨日も思ったけど少し口調が堅いかな?」
「そうですか?」
「少なくとも僕はウィル君の口調は少し丁寧すぎると思うよ? 僕としてはもう少し雑に話して貰いたいかな? 僕もだけど、ハインやノイドもそうやって接せられるのは余り得意じゃないからね」
ハインに言われて思ったが確かに子供にしては口調が丁寧すぎるかもな。
前世であいつに初対面の相手にはできるだけ丁寧に接しろと厳しく折檻されたのが原因だな。
取り敢えずこれから素で話したらいいだろう。
「……わかった、ハイン。所でここ本当に安い宿?」
昔の思い出に浸っていた為、少し返事が遅れてしまったがハインは笑顔で返答してきた。
「全員で泊まっても銀貨五枚だからね」
それは安いのか? 流通している金銭の種類はナロン村長に教えて貰い把握しているが、今の時代の物価を良くしらないから安いかどうか分からん。
……いや、ベッドがあるからそこらの宿よりは高級だろう。
「ウィル君、それじゃまた後で」
そんな事を考えていたら、ハインは下に行く為の階段をスルーして奥にある一つの個室部屋に入っていった。確かあそこは昨日気絶してた青髪少女が運び込まれた部屋だったな。
ハインが部屋に入ったのを見た後、下の階に降り食堂に向かった。
食堂には先に来ていた人達が既に朝食を食べ始めていた。かなり美味そうな匂いがする。俺も同じ様に席に座り、朝食を食べる事にした。
(ここやっぱり高級宿場じゃないのか?)
朝食を食べながらそんな事を思い始めた。
昨日食った夜食もそうなんだがここの料理は量も多いしかなり美味い。
……まぁ、そんな事考えるの後で良いや。取り敢えず今はこの幸せに浸っておくとしよう。
朝食を食べ終え少しゆっくりとしていた頃、ノイドとナナシが昨日怪我した人を連れてやってきた。
「まさか一晩で傷が治るとは……」
「昨日、女将さんから貰った傷薬が効いたんじゃねーのか? 何にしろ今日出発する事が出来るからいいじゃねーか。取り敢えず、飯にしようぜ。飯に」
昨日は持っていなかった筈の魔石が付いた大きな木の棒を持ったノイド、剣を腰にぶら下げたナナシが入ってきた事でこの場がかなり賑やかになった。
さっきまで朝食を食べていた人達はノイドとナナシが連れてきた怪我人に向かって無事で良かったな的な事を言ったり、ノイドに今日の予定を聞いたりナナシと談笑をしたりしている。
昨日怪我した人達も見た限りでは完全に回復している様だった。
かなり人が来て、ここにいても邪魔なだけだからそろそろ出ようと思い人を避けながら出入り口に向かう。食堂を出ていこうとしたら、丁度話を終えた様子のナナシに声をかけられた。
「よう、坊主。もう朝飯は食ったのか?」
「丁度食い終わったところ。かなり美味かった」
「だろ。ここの飯は昔から美味いからな。所でお前これからどうするんだ?」
「外の市場を見に行こうと思ってたけど何かあるの?」
「いや、何でもない。三十分程したらここに戻ってこいよ」
会話を終えた後人混みを避けて宿の外に出る。日の光と気持ちのいい風を身体に受け、グッと全身を伸ばし身体をほぐし、ナナシに先程言った通り市場を見るため人の声がする方に向かって歩き出す。
市場を見に行く理由は二つだ。
一つ目は今の物価を知ることだ。今の俺は全く物の価値を知らないので、これから金銭面で色々と騙される可能性もある。それを避けるために早い内に物価を理解していた方が良いだろう。
二つ目は、単純に買い物を楽しみたいからだ。特に飲食の出店には期待している。
「凄いな……」
思わず感嘆の声が出る程凄かった。人通りが多くかなり賑わい人々の活気が伝わってくる。出店なども見た限りでは数多く出ている。軽く探索をしていたが匂いに釣られてコート鳥の串焼きを売っている屋台の前で止まり空間袋を胸元から取り出す。
「コート鳥四本下さい」
空間袋から取り出した銀貨一枚を渡す。小銀貨九枚と大銅貨八枚になって帰ってきた。思った以上に安いな。店の親父が串に刺さったコート鳥を渡す時、俺にぼそりと呟いてきた。
「お客さん。あまりこの近くでそんな高価な物見せない方が良いですよ」
目線を見る限りではどうやら俺の空間袋の事を言っているみたいだ。空間袋はこの時代においても高価な物みたいだが、何でそんな事を言ってくるのだろうか?
店の人に礼を言ってまた市場を見て回る。この通りはどうやら食料を主に扱っているみたいだ。色々と目に着いた物を買い食いしてみたがどれも美味だった。また保存が効く干し肉や、数日は持つ果物を色々と買った。買った食料を空間袋の中に入れようかと思ったが、あっちの中に食料類を入れたら変な金属臭が付くかもしれないからあれを作るか。
近くにあった路地裏に入り意識を集中させ目の前の何もない所に向かって魔力を使用する。
目の前がグニャリと歪み異空間が出来たのを見て笑みが浮かぶ。
久しぶりの空間魔法だが上手く成功したみたいだな。
空間魔法はかなり便利だからこれからもどんどん活用していくだろうと思いながら目の前に出来た異空間の中に買った食料を入れていき、終わったから異空間を閉じる。
これからは俺の任意であの食物が出せるな。
さて、そろそろ二十分程経っただろうから帰るか。
帰ろうと思い路地裏から出ようと歩き始めたらさっきから俺の傍をウロウロしていた奴が前から来ていた。後ろからも誰か来てるみたいだな。何故か知らないが目の前から歩いていた男はニヤニヤしながらこっちに向かって歩いてくる。
「おい、ガキ。命が惜しかったら空間袋をよこしな、逃げようと思ってももう無理だぜ」
「まさか、自分から路地裏に入ってくれる何てよ」
目の前の男と後ろの奴が短剣を抜きこっちに向かって殺気を放ちながら、愉悦と言った表情で笑っている。コート鳥屋の人が言っていたのは物取りがいるから出すなって事だったのか。
子供が高価な物を身につけて一人でいたら追い剥ぎして下さいって言ってる様なものだからな。
今は美味い物を喰ってそれなりに機嫌がいいので何もしないのであれば見逃してやろうと思い、一応声をかけてやった。
「邪魔だ。早くどけ」
そう言ってやったら、目の前の奴が後ろの奴と一緒に殺気立ちながら襲いかかってきた。
あー、めんどくさいな。
目の前の斬りかかろうとする奴に先に腹に当て身を当て気絶させる。後ろの奴も同様に気絶させてやった。
そして地面に顔面から倒れる形となったそいつらの手元から、短剣を勝手に拝借しその場から軽く飛んで近くの屋根に乗る。
「借りたものはきちんと返さないとな」
独り言を呟きながら、そいつらの心臓に向かって短剣を投げつける。投げたナイフが心臓を貫通したのを見届けた後、地面に降り宿に向かう。
距離はそんなに離れていないのですぐに宿に帰ることが出来た。
宿に帰ったら、入口でハインとノイドが話をしていたみたいで丁度今終わったみたいだ。
「あ、ウィル君丁度良いところに来たね。今、呼びに行こうと思ってたんだけど何処か行ってたの?」
「ハイン、お前は話出したら長くなるから後にしてくれ。ウィルムス、もう後十分したらここを出発する。その前に少し話があるから俺について来てくれ」
そう言われて、ノイドが借りていた個室に案内された。
「ウィルムス、お前がこれから乗る馬車にはあの子が乗っている。まぁ、あの子についてはお前も薄々感づいていると思うがそれでも変に気を使わず出来るだけ仲良くしてやってくれ。話はそれだけだ、時間を取らせてすまなかった」
そう言ってノイドは出て行った。取り敢えず何を言っているかわからないが俺が乗る馬車に何かあるんだろうという事がわかった。
時間が来たので馬車にノイドに案内されて中に入る。
……さっき言っていたのはこの娘の事か。
馬車の中には、きめ細やかな腰まであるであろう美しい青髪と、どこまでも澄み切った様な泉を思い浮かばせる碧眼が特徴の少女が座っていた。
そう、例のゴブリンを凍らした少女が馬車内にいたのだった。
金額の目安として
小銅貨 一円
銅貨 十円
大銅貨 百円
小銀貨 千円
銀貨 一万円
大銀貨 十万円
金貨 百万円
王金貨 一千万円
という感じです。