2話
血と火の匂いが濃くなってきた。
まだ見えて来ないがもうこれは確実に分かる。
これは戦場の匂いだ。丘の向こうで何者かが戦っていると見た。
丘の上に到着し確認すると下の草原にざっと五百匹はいるであろうゴブリンとそのゴブリンに包囲され逃げ場を無くした十五人くらいの人間達と三台の馬車の姿が姿が目に入った。
良く見るとこのゴブリン達は統率された部隊の様な動きで人間達を翻弄している。
ゴブリンの癖に動きが妙だと感じ注意深く観察する。
「成る程、ゴブリンロードが指揮を取っているからか」
見ると一際、体格が良いゴブリンが指示らしい物を出している。
ゴブリンロードとは、ゴブリンの上位種で単体なら一般人でもそこまで脅威では無いはずなのだが非常に頭が回り、大体百〜百五十匹くらいのゴブリンを引き連れて行動するためゴブリンより危険度が高い。
ゴブリンロードにしては率いているゴブリンの数が少し多いと思ったが、まぁ、所詮はゴブリンだしどうでも良いだろう。
―――――助ける義理もないしどちらが勝つか高みの見物でもするか。
人間側は三人、火と土の魔法を使う魔法使いと、剣を扱っている体格の良い坊主頭と、槍を持った細身の優男がそれぞれ実力者みたいでゴブリン達をそれなりに倒しているが馬車を守りながら戦っている為に後手に回っている。
一般人も戦っているが集団戦に慣れていなくゴブリンに剣を突き刺して抜け無くなったりしている。
ゴブリン単体になら突き刺すのは良いが、多数のゴブリンを相手にするなら一般人は咄嗟に剣が抜けなくなりパニックに陥いりやすいので悪手だ。
……案の定思った通りの展開になったな。
パニックになった一般人を三人がフォローしているがあれでは間に合わない。
フォローが間に合わず一般人が次々とゴブリンに剣で斬られたり、棍棒で頭を強打されたりして倒れて行く。
人間達の士気が目に見える様に下がっている。
死んではいないようだが早く手当てをしないとあの一般人は達は手遅れになるだろう。
今の所、人間達に死者は出ていない。ゴブリンロードの指示でゴブリン達は人間に止めを刺さずにいるみたいだ。
「敢えて止めを刺さずにあの三人の注意を拡散しようとしてるわけか」
見た限りではこの後ゴブリン達が勝つだろう。手練れの人間達は馬車と負傷者を気にして戦っている為に隙が生じて少しずつだがダメージを受けている。ゴブリンロードもそれが分かるらしく積極的に攻めに出ている。
この戦、手練れの人間が一人でも倒されたらそこで勝負はつくだろう。
「さて、助けるべきか……」
今、襲われている人間達を助けるかどうか思案する。
今回助けてもゴブリン程度に苦戦しているのでは他の魔族と戦闘があった際、生き残れる確率は低そうだから助けなくてもいいかな……
ここら辺で野宿したら夜の風に混じって血の匂いがするだろうから、さっきの所まで戻って野宿の準備でもするかと思い見納めにしようとした時、戦場に変化が起こった。
馬車の中から少女が表れて、百近いゴブリンが一気に凍りついた。
凍ったゴブリン達からは凍てつく冷気が出ている。
その光景を見て一瞬思考が停止した。
「は……?」
高位の魔族かあいつでも無い限り扱えない筈の氷魔法を使用しただと……
目を凝らして今の少女を見る。うん、間違い無く今の少女は人間だ。
生前の時に魔族共とは数え切れない程の凌ぎを削った。見た目は人間しか見えない奴等も多々いたがその身に纏う魔力の質が違う。今更あいつらが纏う気持ち悪い魔力を見間違う筈が無い。
もう一回魔法を使ってくれないか、期待したのだが魔法使いの少女は魔力切れなのか気絶してしまったみたいだ。
興味深い。多分だが、これが五百年経ったこの世界の魔法なのだろう。
助けてやって話しでも聞いてみるとしよう。魔法について面白いことが聞けそうだしな。
さて、助けると決めたがどうするか……
ゴブリン全てを倒すのは簡単なことなのだが、もしかしたらあの人達に猜疑心や変な興味を持たれるかもしれない。
前世の時に、魔族に襲われていた似たような状況の村々を助けたことがあったが、その度に村人の中の三〜四人くらいに疑いの目を向けられたことがあった。
俺の事を化物の類じゃないのかと思ったらしく、怯えていたのを覚えている。
魔族共に占拠された国をあいつと共に救う事も多々あった。その時は国の危機に何も出来なかった無能貴族共が闘いが終わった後に擦り寄ってきて仲良くしましょうアピールをしてきて非常に煩わしかった。
……こういう事を思い出したら助ける気が無くなるから止めるか。
意識を切り替えてどうやって助けるか考える。
ーーゴブリン程度なら、蹂躙しても大丈夫だと思うが念の為自重するか。
とりあえず、ゴブリンロードを倒してみるとしよう。
今、指揮を取っているゴブリンロードを倒したら間違い無くゴブリン達は混乱する筈だ。
剣を抜き、丘の上から戦場である草原に距離を詰めながら気配を完全に消しながら後方からゴブリン達に近づく。
俺が背後にいるのに気づかないゴブリン達は前方の人間達を襲うのに夢中だ。後方には全く注意を払っていない。ゴブリンロードもゴブリンと同じく無防備な背を俺に向けている。
既に剣の間合いに入っているので、ゴブリンもろともゴブリンロードを剣で一閃する。
ゴブリンロードは、剣の一閃を受けて綺麗に頭と胴体に別れて絶命した。
首から上だけになったゴブリンロードの表情は死に対する恐怖ではなく、襲っている人間達に勝利すると確信した、気味が悪い笑みを浮かべていた。
ゴブリンロードが死んでから、すぐにゴブリン達に変化が起きた。指示を仰ごうとゴブリン達がゴブリンロードの方を見たらいつの間にか死んでいたからだ。
すぐにゴブリン全体に動揺が走り先程までの無駄の無い動きから隙だらけの雑な動きになった。
その隙を見逃さず、手練れの人間達がこの戦いで初めての攻めに出て一気に形勢を覆した。
パニックに陥った一匹のゴブリンが森の方に逃げ出したのを見て、残りのゴブリン達も続くように森に逃げ出した。
そして草原には、助かったことを喜ぶ人間達と俺だけが残った。あの三人は別段喜んでおらず特に魔法使いの男は怪我人に慌ただしく治癒魔法をかけている。剣と槍を持った男は辺りを警戒している。
そして槍を持った男が俺に気づいたらしく一言、二言、仲間達に言った後、此方に近寄り声を掛けてきた。
年は間近で見た感じでは二十五、六くらいだろう。
俺が剣を持っているのを見て少し警戒しているのも見て取れた。
「……もしかして、君が僕達を助けてくれたのかな?」
「丘の向こう側にいたのですが、何やら騒がしいと思い様子を見に来たらあなた達が襲われていたので助けようと思って、近くの大きいゴブリンを不意打ちで倒したらゴブリン達が突然パニックになって逃げ出したんです」
男に分かるようにゴブリンロードの死体を指差す。
槍を持った男は、ゴブリンロードの死体を見やり納得いったような表情になった。
「ゴブリンロードじゃないか…… こいつが原因だったのか。道理でゴブリン達が普段とは全く違う動きをするし、数が多いと思ったよ。ありがとう、君がこいつを倒してくれなかったら僕達は死んでいたと思う。自己紹介がまだだったね。僕はハイン、ギルドに所属している。ランクはDランク」
話の途中ハインは仲間達の方は振り向かなかったがハンドサインを送っていた。
どうやら警戒を解いてくれたらしい。
「初めまして、ハインさん。僕はウィルムスって言います」
「よろしくウィルムス君。あと僕の事はハインで良いよ。所でウィルムス君は何でこんな所にいたんだい? もしかして、ルフの村の住人かな?」
「違います。僕は神聖国家レブームに向って旅をしている最中なんです」
「見た所、若そうだけど年は幾つ?」
「八歳です」
「……ウィルムス君、もしかして一人かい?」
「ええ、そうですけど」
「今まで大変だっただろう? 道中は魔物がいて危険なのに良く一人で旅をしてきたね」
「名も無いような小さな村に住んでいたのですが、旅に出る際に村の人達に旅に必要な物を色々頂いたので無事にここまでこれました。魔物の方も運良く全然出会わなかったんです」
ハインとはその後も少しの間話を続けた。
そして、馬車にはまだ余裕があるから出来たら是非自分達と共にレブームに行かないかと聞いてきた。
この一行はどうやらレブームに向かう商業人の一行で、ハイン達はその護衛をしているらしい。
「本当ですか‼ 実は、僕も一人旅で不安な所があったんです。皆さんと一緒にレブームに行けると心強いです」
全くの嘘であるが、当然ながらハインは気づかず俺を連れて馬車の所まで戻って行った。
馬車の皆には、ハインが事情を説明してくれて暖かく迎えられた。
助けると決めたので少しだけなら治癒魔法を使える事を言って、怪我をした人達を魔法使いの男と一緒に治癒魔法を使い治療していった。
その際、闘気で治癒力も高めてやったので明日には傷も癒えているだろう。馬車と馬をハイン達が全力で守っていたらしくそちらは無事だった。
怪我人に処置を施した後は、ここはまだ危険と言うことで近くにあるルフの村に行くことが決まった。
そして俺が一番気になっていた氷魔法を使った少女だが、皆知っている様だったが詳しい事は教えて貰えず少女もまたレブームに向かっている旅仲間の内の一人だとしか教えてもらえなかった。
少女はまだ気絶しており一目だけ間近で見たが青髪でそれなりに顔が整った綺麗な少女だ。
年齢は俺と同じくらいだとも分かった。五年もすれば間違い無く美しくなると確信できる顔立ちだった。
少女については、目を覚ました時に本人に聞けば良いだろう。
村には馬車に乗って四時間程経った所にあった。その間に俺は先程の魔法使いと剣を使ってた男と知り合いになった。
魔法使いの男はノイド。三人の中でリーダーを務めているとの事で俺に色々と質問をしてきた。
他に魔法は何を使えるとか、魔法は誰に教わっただのとかきたのでとりあえず住んでいた村の村長に魔法の基礎だけ教わったという事にした。
剣を使っていた方はナナシと言って、坊主頭で顔には剣傷がある大男で少し人相も悪かった。
だが話をしてみるとかなり気さくな人物である事が分かった。
ルフの村に着いた頃にはすでに夜になっていた。すぐに宿を借りて青髪の少女と先程の戦闘で怪我をした人達を運び込んで安静にさせた。
ルフの村は村の筈なのにそれなりの規模であった。昔の時だったら街と言っても良い筈の大きさである。夜なのにそこそこ賑わっており良い村である事を感じる。
ノイドとナナシは少し村の周辺を警戒してくると言って外に出ていった。
その間、ハインは怪我人の様子を見るとの事で宿にいたが少女かなり気にかけていた。
他の商人達は今日はもう疲れたから寝るとの事。
俺はというとこの宿で出てくる見たことない料理の美味さに感動していた。
前話から引き続きゴブリンさん登場。
次回は一週間以内の筈です。