プロローグ(下)
前世の記憶を思い出したのはついさっきだ。
今日は狩りをする為に村から出て二時間程歩いた場所にあるいつもの狩場に訪れていた。無事に狩りを終えたので一休みしていたら何の前触れもなく突然意識を失い倒れた。意識を失っていたのは数分も無いだろう。
そして意識を取り戻した後、自分がアラン・イグノザードだという事に気が付いた。
どうやって生き残ったか分からないが即座にブルースを殺そうと決意し身体に闘気を纏い辺りを見回した瞬間、自分が何者なのかに気づき混乱した。
アラン? いや違う。俺はウィルムスだ。
何が何だか分からくなり、その場で立ち止まり事実だけを踏まえて長考する。
……あの傷で生き残れる筈もない。
それにウィルムスとして過ごした八年間の記憶、これも絶対に正しい記憶だ。いや、でも……
そして辺りが暗くなって来た頃、考えがまとまり一つの結論に至った。
――――俺はもしかしたら転生したんじゃないのか
転生などそれこそ夢物語のような話だが、そうとしか考えらねない現状なのだ。
現状に納得が行く考えに辿り着いたのは良いのだが、その考えに行き付くまで時間がかかり過ぎた。
まだ混乱しているが一先ず村に戻る事にし、先程狩った赤角鹿を担ぎ村に急いで戻った。
闘気を意識して扱える様になった現在、行きは二時間もかかったが帰りは五分もかからなかった。
村の入り口まで辿り着くと村の人々が、各々武装をしていた。
そして、俺を見てナロン村長が駆け寄ってきた。
「おお、ウィル心配したぞ。いつまでたっても帰ってこんから、何かあったんかじゃないかと皆心配しておったぞ。ほほぅ、今日はえらい大物を狩ってきた来たようじゃの。皆に運ばせる事にしよう」
「帰るのが遅れてごめんなさい。ナロン村長」
「良い、良い、それより疲れたじゃろ? 村に入りなさい」
他の村人達もそれぞれ無事で良かったと言っている。心配をかけたようだ。
この村は山村で名前も無い様な小さな村だ。というよりこの村しか周りに村が存在しない為、村に名前を付ける必要が無い。住んでいる人間も年配者が多く若者が居ない。というより子供が俺しかいない。そのため村の皆からはウィルと言う愛称を貰い大層良くしてもらってきた。
「ナロンさん、この狩ってきた赤角鹿、皆で分けて。……僕、今日は疲れたからもう寝るよ」
「それは駄目だ、ウィル。少しでもいいから食べて行きなさい」
村長は俺を引っ張って行きこの村で一番大きな村長の家に向かう。
この村では皆で村長の家で食事を囲んで食うのが決まりだ。その為、皆村長の家に向かう。
食事が始まり皆がそれぞて食べたり話したりしている。いつもなら、皆と話したり育ちざかりだからかよく食べるのだが今日は食欲が無く食事が進まない。
皆、心配をしてきたので体調が悪いと言って家に戻る。見慣れた我が家に戻る。
昔は母と二人暮らしだったがのだが一年前病で亡くなり以来一人暮らしをしている。そして寝床に就いて今日の事を考える。
カイン、ベルはどうなった。ここは一体何処なんだ。いや、そもそも今日のは壮大な幻覚を見ただけかも知れない。
そう言えば、昔ナロン村長が魔王を倒した英雄譚の話をしてくれた筈だ。その主人公の名前がブルースだった筈。何故か興味が無かったから深くは聞かなかったがもしかしたら……
明日ナロン村長の所に行きそれについて聞こう。
そして翌日俺は村長の家に赴き伝説となっている【勇者伝説】という本を貸して貰い読む事にした。
【勇者伝説】
『~序章~
今から500年前、私達が住む世界アルマディナは魔王によって滅ぼされそうとしていました。
魔王の力は強大で、その配下である魔族も魔王の強化を受け恐ろしい程の力をつけて国や村を次々と滅ぼしていきました。
このまま生きとし生けるもの全てが滅ぼされるのかと恐怖し皆全てを諦めようとした時、聖女ディアナにこの世界を作ったとされる創造の女神イリスの神託が下った。
女神イリスは、この窮地を救うであろう最後の希望である勇者を遣わしたとディアナに教えた。
勇者の名はブルース。
智、武、勇、全てに兼ね備えていたブルースは女神イリスに勇者と認められ伝説の聖剣を与えられた。そしてアルマディナを救う為ブルースは、聖女ディアナに導かれ[剣神カイン][聖人ベル]と共に魔王討伐の旅に出た……』
その本を一時間程かけて読んだ結果、自分が転生した事を確信した。完全に記憶を思い出すまではいかなかったが今はアランだった頃の記憶がかなり鮮明に思いだせる。
「……ナロンさん。ありがとう。もう良いよ」
「ウィルよ、もう良いのか?」
「うん。それとちょっと出かけて来るね」
村長が何か言おうとしていたがその前に家を飛び出し村から飛び出る。
とにかく今は一人になりたかった。
【勇者伝説】を読んで分かったが、ブルースは俺の存在を闇の中に葬りさり、俺が立てた功績を総て自分の物とし永久の栄光を手に入れていた。
別に栄光なんてどうでもいい。だが、俺は決してあいつなんかに栄光を与える為に闘った訳では無い。それだけは違うと言える。なのに『ありがとう』と言ってきたあいつの姿が脳裏に鮮明に浮かび上がり怒りが無限に湧いてくる。そしてその怒りをぶつける相手はとうに死んでいる。
何処をどうやって走ったのか気が付かなったが知らない間にいつもの狩場に来ていた。
一先ずここで高ぶった感情を落ちつかせる事にした。辺りからは生物の気配が全くしない。
感情をコントロールできなくなった為に殺気が漏れ獣達が逃げたのか……
当分の間ここらに動物が寄って来る事は無いだろう。
少し落ち着いた今、辺り一面を見回し自分の行動を恥じる。
いくらあいつが憎いからと言って我を忘れるほどの感情に身を委ねたのは浅はかとしか言い様がない。
その結果、狩場が一つ消えた。あの時一瞬でも我に返ったから良かったが、あのままだったら激情に身を任せて物理的にこの狩場が消滅させていた可能性もある。 最悪の場合は我を忘れて村を破壊していたかもしれない。
今はブルースの事を考えても怒りが湧くが、それでも激情を抱く事は無くなった。
一度大きく深呼吸をする。そしてこの狩場の近くにある川に行き顔に冷たい水をかける。
そして水面に写った自分の変わり果てた姿を見る。
アランの時は金髪碧眼だったが今は黒髪黒眼だ。
背丈だってまるっきり違う。
……今更、前世の事を考えたって仕方がない。
今の俺はアランでもあるしウィルムスでもある。アランとなって今生をブルースに対する怒りの念だけで過ごすのはもったいなさすぎる。
そこで一旦、考えるのを止め深呼吸をした後、精神を落ち着かせる為に地面の上に寝転び今後の事について色々と考える。
……そうだ。そうだな。
だったらウィルムスとして今生を大いに堪能した方が良いだろう。
いつかこの村を出て世界を見て回ったりするとか良いかもしれない。
五百年も経ったのだ。未知の物や新たな魔法、美味い料理と沢山色んな物がある筈だ。いや、あるに違いない。
そう考えたら不思議と気分が高揚としてきた。完全に割りきれたかと言われるとそうではないが、今はこれで良しとしよう。
そう自分の中で割り切り、立ち上がって空を見てみると日が沈み始めていた。
そろそろ帰るか……
昨日と同じように五分程で村に帰り、そのまま自宅へと足を運んでいたら自宅の前に見知った人が立っていた。
「ナロンさん、どうしたんですか?」
「……ウィル、話があるから付いてきなさい」
いつもとは様子の違う村長の後に連れられ、村長の家へと入っていく。
村長の家には食事の時間でも無いのに村の皆が集まっていた。
いつも和気藹々としているのに今に限っては皆、一言も何も語ろうとせず異様な雰囲気であった。
いつも座っている席に座るよう言われたので座ったら、ナロン村長が俺の目を見てゆっくりとした口調で語りだした。
「……今から少し長い話になる」
村長の話はこうだった。
この村に住む皆はかつて、ある小国に仕えていた騎士達だったらしい。
だがある時、魔族が率いる軍勢にその小国は滅ぼされ、その時丁度任務で国から出ていた村長達は難を逃れ生き残った。
仇を討とうとしたが、国を滅ぼした魔族の行方は一向につかめず時間だけが過ぎ去っていき、やがて仇討ちを諦めた村長達は十年前、人目のつかないここに村を立て余生を過ごす事にしたらしい。
最早生きる意味のない木偶の坊とかした村長達の所に八年前赤ん坊を連れた一人の女性がこの村に現れた。
「お前のおかげで儂らは新たな生きる希望を持つ事ができた。お前さんには天性の凄まじい武芸の才がある。それをこんな所で不意にする必要はない」
話はそれで終わり、後は俺の意思を伝えるだけになった。
何故、今日こんな話をされたか分からない。 だけど、いつかこの村を出ようと思っていたのも事実。
ある意味これは、丁度良いきっかけなのかも知れない。
「わかりました。明日の早朝にこの村を出ます」
「……良し。となれば今夜は宴じゃ」
その日、開かれた宴はこの村に住んでいた八年間の中で一番の宴だった。宴が終わった後、村長から色々と今の世界について教えてもらった。
村長の話で特に興味深かったのは魔族についてとレブームについてだ。
魔族については、魔王亡き後にこの世に存在し今でも人々を苦しめているらしい。
今まで魔物、魔獣などを見なかったのはこの村の周辺には強力な結界を産み出す呪符が張ってあるおかげだそうだ。そして、一番気になった部分だが今は魔族を自分の使い魔とする事が出来るらしい。そのため、街の中で魔族を見かけてもいきなり殺すのは駄目だとか。
次にレブームについてだ。レブームは伝説の勇者ブルースが魔王討伐後、ブルースが王となり統治した国で、今でもブルースの血を引いている子孫がおり世界一の大国だとか何とか。
そして、今はレブームでは無く世界を救った偉大な勇者が統治した国。
『神聖国家レブーム』というらしい。
世界一の大国と言うだけの事はあるらしく魔法学校、ギルド、神殿等々、他にも沢山の建築物や有名所があるらしいがあげれば切りが無いらしい。
ここ十五年程訪れてないから更に発展してるだろうとも言っていた。
俺の時代はそんな国じゃなかったのにな……
子孫には全く興味無いが、ギルドと魔法学校には多いに興味を惹かれた。
特に魔法学校。色々と思うことがあり複雑な心境だがこうして俺が一番初めに向かう目的地が決まった。
目的地も決まり、生まれてからずっと世話になってきたナロン村長に今までの礼を述べ同様に村の人達一人一人に感謝を述べてその日は就寝した。
翌日村長から餞別として、空間袋、金銭、地図、剣などを受け取った。なんでも昔騎士であった時の名残らしい。是非役立ててくれと渡してきた。早速空間袋に貰った品を詰め込む。そして皆に見送られながら村を後にした。