第9話 下ネタの掟
本日二度目の投稿。
十五歳以下のそこのあなたはきちんと退室するように。
それからキャラのことはあまり追求しないでくださいね。
「いいか、諸君。新人君もいるわけだからこの際はっきりと、君たちに下ネタの定義と犯してはならない掟を伝授しようと思う。いいな?」
会員の半数以上が股間に溢れる恐怖に怯え、産まれたての仔鹿のように足を竦ませている頃、下ネタの会会長、近藤睦月先輩は感情を一切表さないポーカーフェイスで淡々とそう告げた。
会長の言葉に場は真剣なムードに包まれ、会員達はかつてないほど真面目な態度を彼に向けている。
俺はいきなり変わった場の雰囲気に戸惑いながらも、怖いくらい目で威圧してくる会長に目線を移した。
「下ネタの定義。すなわち下ネタの掟そのものであり、破ってはならない境界線があるということだ」
何かいきなり意味が分からないが、会員が一斉にメモを取り出したので慌てて俺も穴埋め問題のプリントの端っこに書く。
「下ネタというのはだな、あくまでも下のネタであり、人々を笑わせるべく生まれてきた人類共通のネタだ」
なんか、規模が大きくなってきたが、隣で「その通りだ」って感動に啜り泣く中田先輩に同調しておく。
いや、ほんと、意味が分からない。
「それ故にネタはあくまでもネタで無くてはならず、ネタを越えてしまってはそれはただのセクハラと化してしまうのだ」
んんー、つまりどういうことだ?
俺が理解不能な状態に陥っていると、遠くの方でちょーイケメンな先輩がキャラメルよりも甘いボイスで手を挙げながら発言した。
「つまり、女性に対し『ヤラないか?』と尋ねるよりも『僕のカラオケマイクで一晩中歌わないか?』と尋ねた方がユーモラスでセンスがあるということだね」
その言葉に「おー、流石千代池先輩」という言葉から始まって「なるほど」とか「やっぱイケメンは格が違うな」とか千代池先輩を称賛する言葉がカエルの合唱のように次から次へと繰り出される。
俺はなんとなく頭の中で増した理解度に僅かながら感銘を受けていると、近藤会長が、観衆を落ち着かせながら彼の言葉を遮った。
「そのとおりだよ、千代池君。流石、うちのイケメン代表は理解力が違うね。君たちも彼を見習ってしっかり学習してくれたまえ」
最初は称賛で後半は俺たちに向かってそう告げながら近藤会長は一気に締めに入った。
「つまり下の発言と下ネタの発言には雲泥の差があるということだ。分かったな?」
あー、なるほど。だから会長ら図書委員の先輩が【ち】んぽ、とか【フェ】ち、とか書いた時に罰を与えたのか。
まぁ、もろそのまんまの発言だったからな。仕方ない。
俺は、ようやく合点のいった話し合いに感心気味に頷いていると、会長は今度は俺の方を見据えながらはっきりとこう告げた。
「君はまだまだひよっこだから彼も怒ったのだろうが、悪く思わないでくれ。彼の下ネタに対する愛情は山より高く海よりも深いのだよ。まぁ、それ故にああやって暴走する時もあるのだがね。だから今日は大目に見てやってくれたまえ。彼にも悪気はないのだよ」
まぁ、あの先輩が俺に突っかかってきたのは今日に始まったことじゃないし、どうやらこの下ネタの会では日常茶飯事のことらしいから別に問題はないだろう。
俺は会長の言葉に一つ大きく頷くと、会長は安心したように息を漏らしながら今度は全員に告げた。
「それじゃあ、気を取り直して再開しようか。穴を埋める問題」
最後の言い方に妙ないやらしさを感じたが、きっとこの会では当たり前なんだと思う。
俺も慣れなくては……っていかん。また下ネタダークホールに吸い込まれるところだった。
俺は間一髪のところで理性を取り戻すと、改めてホワイトボードに書かれた解答に目を向けた。
「でも、これをどうやって下ネタに…」
俺の疑問に答えてくれるものは誰もいない……と思ったらホワイトボードの側に立つ中田先輩がこんな提案をしてきた。
「じゃあ、一旦全員の解答を集計してどの下ネタが適切か後ほど検討することにしようか?」
「なるほど。それはいいですね。じゃあ、とりあえずホワイトボードに書かれたやつは今決めて、残りは集計することにしましょう、先輩」
ここで、学級委員の風格を醸し出しながらそう告げる服部に全員が一致で賛同する。会長も、異論はないようなので、ひとまず俺たちは目の前の課題に集中することにした。
1)【】んぽ
2)【】ち
3)【】いし
4)【】くび
5)【】だし
うーん。全くアイデアが浮かばない、というかこれに何をいれたらいいんだか……。
「ちくしょー!!」
その時、高橋が急に悪態をついたかと思うと、床に膝をつきながら拳で床を思いっきりぶん殴った。
痛そうー、と手を抑えたのは俺だけではない…はずだ。
そんな高橋を心配してか、彼の隣に座る千代池先輩が超イケメンな仕草で彼の肩に手を置くと今度は紅茶に角砂糖を五個くらいいれた以上の甘いボイスで彼に尋ねた。
「どうしたんだい、高橋君」
し、痺れるぜ千代池…と誰かが呟いたがそんなのは関係ない。
俺は今にも泣き出しそうな高橋の表情を見て只事ではないことを察すると、彼に視線を向けた。
普段、こんなキャラではない高橋に動揺してか、さっきから俺の手は前にいったり後ろにいったりと、空中を泳ぎ回っている。
その時、固く結ばれていた高橋の口から漏れでた衝撃の言葉は、更に俺の体を動揺の固まりで蝕んできた。
「くそ、俺にはどうしても1、2、4には【ち】しか入れられない。それに3には【せ】、そして最後には何も入れられなかった。もう、俺はお終いだ……」
突然始まったドラマ展開に俺はついていけない。て、いうかさっきから振り回されまくりだ。
俺は一旦落ち着くべく、高橋の言った言葉に焦点を合わせると、一文字一文字穴の中に埋めていった。
1)【ち】んぽ
2)【ち】ち
3)【せ】いし
4)【ち】くび
5)【】だし
な、なんということか。高橋の言った文字は先ほど会長が渾身の気持ちをこめて伝えてくれた下ネタの定義に真っ正面から対立していた。
真ん中は【静止】だからともかく、他の解答は取り返しのつかないものになっているじゃないか?!
俺は高橋の衝撃発言になんと反応すればいいのか分からなかったが、俺の悩みはいきなり狼狽えはじめた周囲の会員達によって掻き消されることになった。
「実は俺も同じことを…」
「お前、俺と同志だったのか…」
「俺は最後に【中】をいれてやったぜ!」
もはや壊滅的な雰囲気に全員がうおー、と虚しい雄叫びをあげている。
そんな様子を見兼ねた会長は椅子を揺らしながら盛大に立ち上がると、ゆっくりと語り出した。
「諸君。どうやら我々は修行が足りないようだ。かく言う会長の私も君たちの解答に近いものを書いている。どうだろう。明日の晩、もう一度この部屋に戻って彼らと修業をやり直さないか?」
会長の言葉に辺りが湧く。どうやら狼狽していた会員達は会長のおかげで士気を取り戻したようだ。
俺は興奮で叫びながら立ち上がっている彼らを冷静に座りながら見つめていると、ポン、という音と共に誰かに肩を叩かれた。
はて、俺も立った方がいいのだろうか、と振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた中田先輩の姿が。
中田先輩は、その笑みを崩さずまま俺の耳元に近づいてくると、そのまま柔らかい口調で囁いてきた。
「と、いうことで多田君も明日の夜の下ネタの会に参加ね」
へっ?、と間抜けな声が漏れるがもう遅い。そのまま、俺の目の前で先ほど回収された穴埋め問題の解答を掲示される。
俺は目の前に掲示された穴埋め問題に困惑していると、中田先輩が悪意のこもったいたずらっぽい声でこう告げた。
「これをクラスにばらまかれたくなかったら、キチンと参加するんだよ」
そう言って俺を脅す中田先輩に冷や汗をダラダラと流し始める俺。
いや、そんなものばらまかれたら今まで貫き通していた平和なぼっち生活が冷たいものになってしまうではないか。
女性からの冷たい視線に、下品だと笑ってくるサトシ君の顔が、脳内で鮮明に浮かび上がる。
俺は今後のリスクや残りの学校生活のことを考えて、彼に告げた。
「そしたら、下ネタの会のことも皆にばれますね。良かった良かった」
そう、下ネタの会など俺には関係のないことなのだ。
だから俺は唖然としながらガクガクと顎を震わせる中田先輩にこう言ってやる。
「それじゃあ、遅いんで僕帰ります」
俺はそのまま下ネタの会の皆さんに背中を向けると、図書室に続くドアを開きながら隙間風のごとくその部屋を去っていった。