第8話 穴を埋める問題(ひらがな編1)
おや?下ネタの会の様子が。
他のキャラもなんか変になっていくような…。まぁ、いっか。
「えーっと、【み】かんに、【い】んこに、ち【ょ】こ、と」
カリカリ、とボールペンの動く音が辺りに響き渡る。
俺達は今、近藤会長から配られた穴埋め問題のひらがなを穴の中に埋めていた。
どうやら、書店で売っている園児用のひらがな帳をコピーしたものらしく、穴の下にはそれに対応した挿絵が加えられている。
はっきり言って、こんな単純な小学生以下の問題をやる意味が分からなかったが、無言で圧力をかけてくる図書委員の先輩に押し切られ、仕方なく穴に埋めることにした。
「【は】かま、【く】ち、えっ?なんだこりゃ?【するめ】いか?」
中には明らかにおかしな穴埋めもあったが、多分ここら辺は会長のオリジナルなのであろう。
俺が一通り埋め終えた頃、会長は中田先輩に声をかけると、そのまま全員に視線を向けるよう伝えながらゆっくりとホワイトボードに向き直った。
キー、と回転椅子の鈍い音が不気味に木霊する。どこかで誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
会長は中田先輩にペンを渡すと、中田先輩はそれを受け取りながら静かにこう告げた。
「それじゃあ、早速上の問題から埋めていこうか」
そう言ってキュッキュとホワイトボードに大きな四角を五つとそれに続く言葉を綴っていく中田先輩。
俺は自分の解答を見つめながら先輩が書き終わるのを見届けると、おずおずと手をあげながら先輩に声をかけた。
「おっ?新人の多田君。トップバッターだね。それじゃあまずは君の解答から書いていくとしようか?」
俺は、中田先輩にペンを手渡されながらペンのキャップを取ると、そのまま四角の中に俺の解答を埋めていった。
1)【さ】んぽ
2)【く】ち
3)【め】いし
4)【あ】くび
5)【は】だし
結構、というか、絵の通りに書いたから必ず合っているはずなのだが、会員達の反応は乏しい。
それもそのはず。彼らが期待していたのは絵など関係ない全く別の解答だったのだから。
だが、この時点でまだマトモだった俺は気付くのが遅かった。
彼らの想像力と下品な発想にはすでに火がついていて、今まさに爆発するところだったことに。
「ふざけんな、多田!!!帰りやがれ」
図書委員の先輩が野次馬根性を垂れ流しながら俺に怒鳴る。そして、その声は今の今まで嵐の前のように静かだった部屋を活性化させる起爆剤としては十分すぎるほどの威力があった。
「そうだ!!そんなの下ネタじゃねぇ!!」
他の会員が興奮のあまり立ち上がる。
そう。この瞬間から口論と言う名の争いの火蓋は切って落とされた。
◇◇◇
「まぁまぁ、多田君も悪気があった訳じゃないし皆落ち着こうよ。ほら、あくまでもこれはただの一般的な解答であって世間ならこういう風に考えるってことが分かったんだからいいんじゃないかな?」
中田先輩の言葉に辺りが急にシーンと静まり返る。一番うるさかった図書委員の先輩も、どこかの図体のいい先輩にボディーブローをされて沈んでいたので今は本当に静かだ。
結局、口論は会長の黙れ、という一言によって終わりをつげた。
俺はとりあえずフォローされたことにホッと胸を撫で下ろすと、そのまま自分の席に戻る。
期待に応えられなかったのはともかく、意味もなく連れてこられたのにハイレベルな解答を求めてくるのはなんか違うと思う。こう、フェアじゃないというか何というか。
俺は何とも無しにそんなことを考えていると、いつの間にいたのか、いつもは寝ぼけ半分の高橋が急にハキハキとした声で図書委員の先輩に尋ねた。
「そういう先輩はどんな解答を書いたんですか?」
はっきりしてるのにどこか探るような物言いに他の大衆もそうだそうだと賛同の意を示す。
そんな先輩はフラフラとした足取りで覚束ない感じに立ち上がると、鼻を高くしながら俺に人差し指を向けた。
「少なくともこいつよりはマシだ!」
そう言って見下してくる先輩に苛立ちを募らせたのは俺だけではないだろう。現に先ほどボディーブローをした先輩が彼に特大の空手チョップを叩きこんでるし。
図書委員の先輩はその偉そうな鼻よりも大きいたんこぶを抑えながら中田先輩からペンと黒板消しを奪い取ると、俺の文字に上書きするように四角の中を消しながら自分の解答を書きはじめた。
1)【ち】んぽ
2)【フェ】ち
3)【こ】いし
4)【て】くび
5)【で】だし
「…………」
シーン。
全員が息を潜める。というか、空気が重い。どうやら先輩の解答はスベったらしい。
俺は最初の二つを見て一瞬なるほど、と思ってしまったが他の人はそうではないようだ。
っていかん。何感心しているんだ、俺。こんなものに感化されては俺の思考レベルが退化してしまう。
俺は一瞬取り込まれそうになった魔の手を頭の中から振りほどくと、そのまま何か言いたげな目線で図書委員の先輩を見つめる近藤会長の姿を見つめた。
「後藤君。彼をしばらくボコボコにしてくれたまえ」
さっきの図体のデカイ先輩は後藤先輩というらしい。
後藤先輩は会長の命令に従い、逃げるように床を這う図書委員の先輩を捕まえると、そのまま両足をとって思いっきり広げた。
「ギャー。か、会長。電気ドリルの刑だけは勘弁を……」
やれ、という会長の言葉と共に後藤先輩の足が図書委員の先輩の急所にあてがわれる。そのまま息をとめた図書委員の先輩は、その辺りを両手で思いっきり抑えると、ギョエ〜という漫画でしか聞かない悲鳴をあげながら悶えた。
数十秒後。床の上では、図書委員の先輩がピクピクと死にかけの魚のように小刻みに震えながら「もう、お嫁にいけない……」と呟いていた。
俺はただ唖然とこの状況を見つめることしか出来ない。
他の会員は俺とは違い、恐怖に顔色を変えながら一斉に股間の辺りを抑え、震えていた。