第7話 ぶっかけ⁉
何故こんなテンションに?
多田君のキャラが定まらない今日この頃。
急いで鼻を抑えたがもう遅い。
俺の鼻から溢れ出た牛乳は留まることを知らずにポタポタと流れた。
その場が凍りついたのを肌で感じる。
「ゴホッ、ゴホッ」
そう。俺はたった今この瞬間、鼻から牛乳を吹き出し、この場をシラけさせてしまったのだ。
今まで平和だったぼっち生活も今日で終わってしまうだろう。
今後、これをネタにクラスから迫害されてしまって孤独感に身を包むことになることを想像しただけで後ろめたい気持ちになる。
まぁ、今までいじめられずによく頑張ったと思うし、残り二学期くらいなんとかなるだろう。
俺がそんなことを考えながら視線をあげると、そこでは服部達が唖然とした様子で俺を見ていた。
そうだ。きっとこいつらは俺をーーー
「おー!!ぶっかけだ~!」
「ーーーえっ?」
なんか、服部達のテンションがおかしい。普通、キモいとかそういう風に言われるはずなのになんでーーー
「ハハ、多田ちょーウケる」
ーーーなんでこいつらは笑っているんだ?
俺は期待を裏切る、というか想像の範疇を超えたこいつらの反応にあたふたしていると、服部が代表して俺に伝えてきた。
「多田。お前、今白いのをぶっかけられたみたいだぞ、ハハ」
そう言ってティッシュを渡してくる服部に、他の男子が
「流石、学級委員。準備がいいね」
「常に一人でやる気満々だね~」
そう茶化す。服部はちげーよ、とか言いながら俺に鼻を拭くよう促すと、まるで何事も無かったかのように漢の会話を続け出した。
「59!!」
「19、19、19~!!!」
と、またテンポよく言い出したこいつらについていけない。
いや、待て。今俺、牛乳吹いたんだぞ?反応はそれだけ?
何故か空回りを始めた思考に戸惑っていると、今度は高橋がそんな俺の様子に気づいたのか、そっと耳打ちしてきた。
「牛乳吹いたくらい気にすんな。こいつらにとっちゃ、それも下ネタの一種だからな」
そう言って自然に会話の中に戻る高橋を見て、やっぱりこいつは変だと思う俺はきっと気を使われたことに戸惑っているだけなんだと思う。
俺は普通の奴らとは違う目の前の男達を見つめながらそんな事を考えていると、また高橋達は数学の下ネタを再開しはじめた。
「やっぱり92だろ⁈」
「いやいや、それなら072だろ?」
正直、意味が分からないがまぁ、虐められることがないのなら何だっていい。また平和な日常に戻るだけだ。
いや、しかし、今の状況は……
「君のyに僕のxを代入した〜い!!!」
ガハハ、と目の前の奴らが笑う。
何がおかしいのか、下ネタというくだらないネタで腹を抱えるこいつらにははっきり言ってついていけない。
しかし、今目の前で起こっている変化は俺の平和な日常にもすんなりと馴染んでいるような気がして、変な感じがした。
牛乳のことで笑わないでくれるこいつらにこんなことを言うのは変だが、さっきの服部のティッシュといい、高橋のフォローといい、案外俺はいいクラスに巡りあえたのではないだろうか。
少なくとも、ぼっちキャラで突き通していた俺のアイデンティティが今のこの状況にほんの僅かな安らぎを感じているのは確かだ。
たかが牛乳くらいで。
キーンコーンカーンコーン……。
給食の終わりのチャイムが鳴る。どうやらもうこの時間は終わりのようだ。
俺はいそいそと片付けを始める服部達を見ながら少し下ネタのこと調べてみるか、と何となく思った。
まあ、こういうやつらだからいじめられずに済んだのだろうし。
「おーい、多田」
そしたらこんな優しいやつらの話題にももう少しだけ入れるかも……。
「放課後、会員集合な。後、机拭いとけよ」
服部達がそう告げながら机を片付けずに去っていく。
「………」
やっぱり、というか結局俺はぼっちキャラを突き通すことを決めた。
◇◇◇
「で、なんで俺はまたここに…」
放課後、掃除当番を終え、サトシ君と帰ろうとした俺は突然現れた服部と高橋に攫われ、また例の部屋に来ていた。
逃げようにも両腕をがっしりと掴まれた俺は足をバタバタと動かすことしか出来ず結局俺は半ば無理矢理、いや、半強制的に椅子に座らされることになった。どうやら、今日は俺たちが一番のりらしい。
もう、逃げきれないと確認した俺は腹を括って抵抗をやめると、前回気にも止めていなかった部屋の内装を見渡すことにした。改めてこの部屋を見回すと椅子とホワイトボードを除いてほとんどが空っぽで殺風景なのが目に入る。
俺は未だに捕縛を続ける服部達の腕を振りほどくと、ちょうど気になったことについて尋ねることにした。
「なぁ、下ネタの会ってなんでこんな所でーーー」
「やぁ、諸君。早いね。早速だが、次の議題が決まったからこのプリントを各椅子ごとに分けておいてくれたまえ」
すると、突然ドアから近藤会長が現れたかと思うと、他の会員もぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
その手には資料のような何かを持っていて、入ってきた早々プリントを俺たちに押し付けると、会長の指定席、すなわち回転椅子に座った。
俺は急に訪れた重量感に驚き少しだけよろけると、その拍子にプリントがヒラリと落ちた。
そして俺は無意識にプリントに目を向けると、何も考えずに表紙に書いてあったものを読んだ。
「今日の議題は【穴埋め問題】?」
「そうだ、多田。穴を埋める問題、すなわち穴埋め問題が今日のテーマだ」
図書委員の先輩の言葉にはっ⁈、と疑問符が浮かび上がる。
しかし、俺の疑問や困惑など関係無く、下ネタの会はまた始まった。