第17話 下に堕ちる
今回の出来もあれですかね。きっとサスペンス映画を見過ぎたせいですよ。という言い訳を先にしておく。
その後、穴埋め問題の話し合いを終えた俺達はその日の下ネタの会をお開きにして、各自順番に校舎から脱出していた。
保健室以外にも脱出ルートが存在するらしく、服部やサトシ君らが保健室に向かう最中、慣れている会員達は忍者かスパイのように壁を伝いながら校門に向かっていた。
んな、バカな、と思い、まだ常識のありそうな中田先輩や高橋、後藤先輩の方向を見ていると、
「ちょ、押すなよ」
「おぉ」
意気揚々に、
「絶対押すなよ」
「分かってる」
窓辺の席でじゃれあいながら、
「念の為にもう一回言うけど、何があっても押したら…」
「あっ、手が滑った」
「うわー!」
と、何処かのリアクション芸人さながら窓から飛び降りていた。
「なんで俺なんだよーーー!!!」
カッコつけて窓枠に座っていた図書委員の半田先輩が。
「あっ…」
ふざけて遊んでいた中田先輩の手に当たって押されて。
「せ、先輩。何やってるんですか!一歩間違えればって、もう色々と違うけど、下手すれば犯罪容疑で逮捕されますよ」
警官の血が騒ぐ、と言ったら嘘になるが、中田先輩達の危険極まりない行為に対して顔を青く染めながら思わずそう抗議すると、中田先輩は俺にそう言われて事の重大性を把握したのか、動揺した様子で自分の手を見つめた。
「お、俺は、な、なんてことを……」
肩や手を震わせながら玉のような汗を流す先輩の顔はショックからか土気色に染まっている。
千代池先輩や後藤先輩は、何か信じられないものを見る目で先輩を凝視していた。
シューベルトら音楽家達もありえない、といった眼差しで息を呑んでいる。(死んでるけど)
すると、中田先輩は何処か後悔に満ちた表情に顔を歪めながら、ヒステリックに頭を抱えてしゃがみ込んで叫び声をあげた。
「どうしておれはあいつをもっと強く押さなかったんだー!!!!」
「…………へっ?」
◇◇◇
「バカっていうか大げさだな、多田」
「あれっ、半田先輩、ってえっ?何で無傷なんですか?しかも、いつの間に戻ってきたんですか?」
「それはだな……」
半田先輩が親密な感じでこっそり耳打ちしてくる。
「じゃあ、これは夜の下ネタの会にオチをつける為の恒例行事だと?」
先輩の話によると、窓から飛び降りる行為は偉大なる下ネタの神(誰だよ)を信仰する際の重要な作法(お参りの一種?)らしい。
下に堕とす、という聞いてるだけで縁起の悪い語呂合わせも、下ネタという眼鏡を通して見ると、何処かで落とし所を見つけるという意味で大変いい意味を持つんだとか。下ネタだけに。
御利益としてはかなりの効き目があるようで、毎回誰かを押す時にビビってしまう、という中田先輩が苦手な英語のテストで90点以上とれたという比較的小さなものから、後藤先輩の妹の病気が治るという大きなケースまでと範囲は幅広い。
他にも恋愛運や金運が上がったり、下ネタのセンスが上がったりとか効果は絶大なのだそうだ。
とどのつまり、先輩達のやっていたことは、犯罪でもリアクション芸でもなくただの神聖なる行事の一つだったということで……。
「って納得出来るか?!先輩達この音楽室のあるここ何階だと思ってるんですか?」
「「三階だな」」
皆何処かケロッとした様子で淡々に告げる。正直頭が痛いが、こんなこと、全国の子供達が真似したら事故ではすまない。
親御さんの気持ちを代弁する訳ではないが、俺はあまりの非常識さからツッコミをやめると頭ごなしに説教をはじめた。
「何言ってるんですか?!普通そんな高さからジャンプすれば怪我しますよね」
「普通はな。だが、下ネタをこよなく愛する俺の辞書に不可能の文字はないのだよ」
カーテンにクルクルと巻きついて、ナポレオンのようにマントをたなびかせる半田先輩。ナポレオンの有名な格言も言葉を変えれば非常識の大百科辞典へと生まれ変わるらしい。
「話をすり変えないでください。大体俺は先輩のことを心配して」
「おえっ。多田に心配されるとか、嵐でもくるんじゃないか?」
「んな訳あるか!!」
そんな一癖も二癖もある先輩に俺の情熱のこもった説教文句は全く歯が立たず、逆に心配されるくらいにのらりくらりとかわされてしまう。挙句には額に保健室からくすねたであろう、熱さまシートを貼られる始末だ。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ、新人君」
すると、ずっと傍観を貫いていた近藤会長が俺の興奮を鎮めるように肩に手を置いた。
どうやら会長自ら説教をするようで、半田先輩は会長に睨まれて渋々と口を結んだ。
「思ったより、君の頭の中はいしよりもかたいようだ。かといって、君のような思考を捨てるのも惜しい。どうだろう。来週から君自身の再教育のために研修期間を設けるというのは。なーに。君と僕らの齟齬を噛み合わせるためのオリエンテーションをするだけだ。どうだね?」
「えっ⁈ちょっ、今そんな話は……」
どうやら先輩に対しての説教ではなく俺への説教らしい。俺は常識的に叱っていたのに意味が分からない。
しかも会長はここぞとばかりに聞き捨てならない単語をずらずらと並べはじめた。研修期間?オリエンテーション?なんだそりゃ?
「多田君。君と僕らはどうしても理解しあえない存在のようだ。だが、君はもうすでに下ネタの会のメンバーだ。郷に入っては郷に従えということわざがあるように、君にも同じことをしてもらう」
「ですが……」
「そこで互いに理解し絆を深めあうように努力しようではないか」
どうやら俺の言い分は通りそうもなく多勢に無勢で肩身がどんどん狭くなっていく。
ちくしょう。これが民主主義の弊害か……。と、心の中で自分でも意味不明なツッコミをしていると、先輩達の間で勝手に話は纏まっていった。
「ということで多田君。君には来週から研修を行ってもらう。いいね?」
ここで断っておく方が身のためだろうが、会長の圧力というか周囲のプレッシャーに押しつぶされた俺は抵抗もなしに了承すると、会長は俺の手にあるプリントを手渡しながらこう言った。
「これは第一日目の為の宿題だ」
見るとプリントには下ネタでラップを作ってみよ〜say!と、何処かで聞いたことのあるようなフレーズが書いてあった。
「絶対無理ですよこんなの……」
「そうか。自信たっぷりか。流石だな新人君。では初日は半田君に渡すんだ。じゃあ、解散」
俺の文句を右耳から左耳へと流した会長は言いたいことだけをまくしたてると、そのまま解散宣言をして窓から飛び降りて行った。
「最後のやつ窓閉めろよ」
と、言って高橋がひゅーんと飛び降りていくのを見た俺は何も言わずにガシャリと窓を閉めてササッと音楽室を去っていった。
背後から、下ネタの会のテーマしっかり暗譜してきてくださいね、と誰かが言う声が聞こえてきたが、俺はそれに構わずに堂々と保健室まで歩いていくと、額の熱さまシートをゴミ箱に捨てて校舎から出て行った。
その後。日本の南で台風が発生しているとテレビで見た俺がもう二度と心配などしないと心に誓うのはまた別のお話。はは、お後がよろしいようで。
グスン。もうやだ。
注よい子のみんなはマネしないでね。よい大人の君も絶対に飛び降りないように。人生下ネタに溢れているからすごく楽しいよ!
とまぁ、冗談はさておき第二章始動です。
まだ登場してないけど下ネタの会をヨロシクねbyオカマ